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師匠と弟子

「まずはこの馬車をどうするかだが、何かいい案あるヤツー」


「とりあえず、タイミングを見て乗っ取る」


「それしかないよなー。ところでセレネはあの時何してたんだ?」


「旦那様から面倒事を起こすなと命令を受けましたので何も致しませんでした」


「あ…そうでしたね…」


「忠実さがここに来て仇になるとは…」


次に零葉たちが目を覚ました時にはすでに護送用の馬車の中で揺られていた上、手足に枷を着けられており、どこかに向けてゆっくりと移動していた。


「んにゃ…もう食べれませんわ…むにゃ…」


「人が真面目に考えてるつーのに呑気にスヤスヤ寝やがって…」


気の抜けた寝言が聞こえ、ヴァルの視線は手足が拘束されているにも関わらず寝言を漏らしながら器用に熟睡中の公爵令嬢に向けられる。


「おい、お前たち煩いぞ。何をコソコソと話している!」


その時、御者台から中を覗ける小窓がガラッと開かれ、ドーベルマンの獣人が怒気を交えて睨みをきかせる。

しかし、零葉はその怒号にも物怖じせずに尋ねた。


「これから俺たち、どうなるんすか?」


「ふん、貴様のようなマヌケなヤツらに教えてやる義務など無い」


零葉の質問をドーベルマンの獣人は嘲笑うと小窓をピシャリと閉じてしまった。


「ムカつく…消し飛ばしていいか?」


獣人の対応がヴァルの怒りを買ったのか、鋭い牙を剥き出しにして口を開くと、吐き出した呼気に焔が混じっていた。


「あくまでも穏便に済ませるって決めたろ、武力行使は最低限無しだ」


「わーってるよ、冗談だ冗談」


零葉の制止に怒りの矛を収めるヴァルだったが、冗談と言いつつもその目は笑っていなかった。


「…何か来ます」


唐突にセレネが口を開いたかと思った次の瞬間、馬車が急停止する。

それと共に外からあのドーベルマンの獣人の声だろう、男の声が聞こえてくる。


「おい、そこの子供!いきなり飛び出してきたら危ないじゃない…ガッ⁉︎」


「貴様、何をする!グハッ⁉︎」


ドカッ、バキッという鈍い音が外から聞こえ、男の呻き声を最後に静かになった。

何事かと耳を澄ませていた一行だったが、突如馬車の荷台が開け放たれ、眩しい陽の光が差し込んで思わず目を細める。


「なーんか金目のものはーっと…って、おたくら誰?」


「そりゃこっちのセリフだけど」


声から少女らしき人影は零葉と視線が合ったのか首を傾げながら尋ねてくるが、零葉はそれをそのまま少女に返す。


「なんで拘束されてんの?」


「こっちが聞きたいくらいだ」


「ふーん、まいいや。何か金目のもの持ってない?」


零葉との会話などそっちのけでかれのジャケットのポケットを物色し始める少女。

しばらくそんなことを続けていた少女はバッと離れるとその手に長方形の物体を携えていた。


「何だこれ?とりあえず一番最初に触ったもん出したけど」


「そりゃ、俺のスマホだ。返してくれないか?」


零葉が返して欲しいと言った瞬間、少女の目が怪しく輝いた。


「すまほ?ってのが何なのかよく知らないけど返して欲しいって事は盗られたら困る、つまり金になるっ!いただきー!」


1人で勝手にテンションを上げた少女は勝手な想像を膨らませた挙句、脱兎の如くその場から走り去ってしまった。


「はぁ…面倒くせえけど盗られたまんまってのも癪にさわるし追っかけるか」


少女の背中を見送った零葉が悪態をつきながら立ち上がると、その手足からガチャンッと音を立てて鋼鉄製の(かせ)が外れる。


「どうやったんだ?」


零葉の手際の良さに目を丸くするヴァルに軽く伸びをしながら答える零葉。


「魔殺家の人間なら出来て当然だ」


「アレは?」


「ふぬぅおぉぉぉ⁉︎零君help!」


零葉の返答にヴァルが指差したのは、どうやったらそうなるのかと聞きたくなるほど雁字搦めになった手枷と足枷の鎖に悪戦苦闘している百葉の姿だった。


「ありゃ例外」


「そうか」


そんな会話をしつつ、ヴァルは大きく口を開くと白く輝く鋭い牙で自身を拘束している鎖を噛み千切る。


「こんな脆い枷使うとかこの国のヤツらやる気あんのか?」


「確かに。んじゃヴァル、母さんの運搬よろしく。セレネ、発信機あるか?」


テキパキと指示を出す零葉の呼び掛けに応じてセレネは指先を変形させて創った小型化のレーザーチェーンソーで鎖を断ち切る。


「旦那さまどうぞ」


すぐに立ち上がったセレネが差し出したのは小さなサイコロのような立方体。


「半径5キロ以内であれば多少の誤差はありますが発信機を追跡できます」


「これは俺が持っておくから母さんの鎖を切ってからのんびり追ってきてくれ。俺はあの盗っ人を追い掛けてくる」


「お気をつけて」


零葉は言い終えるや否や馬車を飛び出して少女の後を追った。



「ふぃー、ここまで来れば追って来れないだろ。それにしてもこんな板っきれが大事だなんて人類(ヒューマン)は変わってんなー」


「ほいお疲れ、水飲むか?」


「サンキュー、喉乾いてたんだ」


「にしても残念、ちょっと詰めが甘かったな」


「そうそう、よく師匠にもそうやって怒られ…ブーッ!」


スラム街の一角にて先ほど盗んだ長方形の物体を眺めながら一息ついていると不意に水の入った容器が手渡される。

それに口をつけた瞬間、隣に立っていた人物の顔を見て口に含んだ水を盛大に噴き出した。

それもその筈、そこには先ほど件の物体をくすねて逃げてきた青年が笑顔で腕を組んでいたからである。


「なっ…なっ…何でアンタここに⁉︎」


「ん?別にお前を追っかけてきただけだけど?」


「嘘だ!人類がアタシの脚に追いつけるはず…どんな魔術を使ったんだ!」


「別に何も使っちゃねーよ」


「クソッ!」


目の前の青年に驚愕していた少女は急に彼のことが恐ろしくなり再び逃げ出した。



「ここまで来ればさすがに…」


バタンッとけたたましい音を響かせながら一軒の家に飛び込んだ少女は度重なる全力疾走に疲れたのか肩で息をして床にへたり込んだ。


「うーん、ギリギリ及第点ってとこかな。でも逃走にムダが多過ぎる」


「うぴゃぁぁぁ⁉︎」


いつの間にか隣に座っていた青年に素っ頓狂な声を上げて反対側の壁にまで後ずさりする少女。


「なんなんだよぉ…しつこ過ぎる…分かったよ、返すよぉ…」


さすがに観念したのか青年に向けて盗んだ板きれを放り投げるとそれを目で追い一瞬だけ青年の視線が少女から外れた。


「喰らえっ!」


それと同時に青年に向けて懐に忍ばせていたナイフを投げ放つ。

確実に捉えたと思ったがガキンッという金属音を立ててナイフの軌道が逸れ、青年の脇の壁に突き刺さる。


「態度を変え相手の油断を誘いつつ物を上に向けて放り投げることでその気を逸らすか、典型的だけど悪くなかったよ。だけどやっぱり詰めが甘い」


パシッと板きれを片手でキャッチした青年のもう一方の手には銀色の大剣がいつの間にか握られていた。

彼女の中でも自信のあった一撃を、己よりも遥かに能力で劣る人類に完封されて少女の目に涙が滲む。


「え…?」


「びぇぇぇ!なんなのよあんたぁ!」


とうとう泣き出してしまった少女にオドオドする青年。


「こんなとこ家族に見られたら思いっきり誤解される…」


「うわ…年下泣かせてるよ」


「何やってんの零君、お母さんそんな子に育てた覚えないよ」


「手遅れだった!」


号泣する少女を何とか宥めようとする青年だったが、後から遅れてやってきた彼の仲間に見られあらぬ誤解を受けると、頭を抱えて天を仰いだ。


「誤解だっつの!」


「大丈夫です、旦那さまがいかなる性癖を持っていようと本機はそれに対応してみせます」


弁解しようとする青年を小柄な機甲人種(マキナ・ドール)の少女がフォローにもならない言葉を投げかけていた。


「何やら騒がしいな…コゼット、お前なのか?」


「師匠!」


ギャアギャアと騒がしくしていると、奥の部屋から落ち着いた雰囲気の女性の声が聞こえてくる。

コゼットと呼ばれた盗っ人少女は軽く表情を強張らせると慌てて涙を拭い奥の部屋に飛び込んでいった。

その様子を怪訝に思った零葉たちは師匠と呼ばれた女性のいるであろう部屋の扉を少し開けて中の様子を覗き込む。


「何だコゼット、泣いていたのか?」


「なっ…泣いてません!」


師匠の問い掛けにコゼットは鼻声で答えたため全く隠せていなかった。


「それにしてもこの家に客人とは珍しいな、遠慮せず入ってきなさい」


零葉たちの盗み聞きもお見通しだったのか部屋に入るように促す師匠、バレているためシラを切るわけにもいかずゾロゾロと小部屋に足を踏み入れる。

どうやら小部屋は寝室のようで、隅にはベッドが置かれており、1人の女性が上半身を起こしてこちらに向かって微笑んでいた。


「私はエレメイラ、この子の師匠兼、家族のようなものだ」


エレメイラと名乗った女性はショートの茶髪を掻き上げながら軽く会釈する。

コゼットの師匠というだけで少し警戒していたのだが、思わぬ対応に面食らってしまった零葉たち。


「この子は…もう分かっているとは思うが、コゼットという。ところでキミたちはどうしてこんなスラム街に?」


「いや実は、その子、コゼットに持ち物を盗られてしまって」


「今…何と…?……コゼット‼︎」


珍しい来客にキョトンとしていたエレメイラだったが、コゼットに所持品を盗まれたと聞いた瞬間、その表情がみるみる曇っていき、コッソリと部屋を抜け出そうとしていたコゼットの背に向けて怒鳴り声を浴びせる。

悪事のバレてしまったコゼットが振り返ると、その顔には滝の様に汗が流れ、必死に言い訳を考えるように視線を上下左右と忙しなく動かしていた。


「師匠…これには…深いワケがありまして…」


「馬鹿者、悪行に深いワケも浅いワケもあるか!私は散々お前には人様に迷惑を掛けるようなことだけはするなと口うるさく言ってきたはずだ!」


「エ…エレメイラさん、落ち着いて…」


「すまないが、これは私とコゼットの問題だ、口出し無用で頼む。そもそも、お前の父君と母君はそんな風に育てた覚えはないはずだ!私も彼らの遺志を継いで師匠として、姉として真っ直ぐ育つようにしてきた…私は何を間違ったのだ?」


エレメイラの説教を俯いたまま聞いていたコゼットだったが、真っ赤になった顔を上げて反論を始めた。


「…ッ…師匠はそう言うけど、真っ直ぐ育ったとこでこんなゴミ溜まりじゃ何の役にも立たない!埋もれて野垂れ死ぬのが関の山、師匠のは追い求めるのもムダなタダの理想なんだよ!」


言いたい事だけ吐き捨てるように言い残して家を飛び出してしまったコゼット。

エレメイラは彼女の言葉が余程ショックだったのかその背中を見送ることしかできなかった。


「とはいえ、今あの子を追い掛けても逆効果だろうし、しばらくは1人にさせてあげるのが一番じゃないかしら」


百葉の言葉に黙って頷くエレメイラは唇をキュッと噛み締めていた。


「そう言えば、エレメイラさんは師匠って呼ばれてたけど、コゼットとどういう関係なんです?」


「…彼女は私の命の恩人の娘なんだ。10年前、とある事情で行き倒れていた私を彼女の両親が救ってくれた」


零葉の問いにエレメイラは窓の外を眺めながら答え始めてくれた。


「彼女の両親は足が不自由な私を快く家に迎え入れてくれた上に、足が動かなくても済む働き口を紹介してくれた」


「コゼットとはその時からの付き合いなんですね」


「そうだ。私はすぐに彼女とも親しくなり本当の家族同然に暮らしていたが、5年前、彼女の両親は流行り病に罹り命を落とした。それ以来、2人で暮らしてきたのだが私の知らないところでコゼットがそんな事をしていたなんて…」


自分の責任だと言わんばかりにエレメイラは両手で顔を覆うと塞ぎ込んでしまった。


「零くん、ヴァルくん、セレネちゃん、ちょーっと2人きりにしてもらえる?」


唐突な百葉の提案に目を瞬かせる零葉だったが、すぐに合点がいった。

見た目のせいで忘れがちだが百葉も彼を含める子供を3人育てた立派な母親なのである、年頃の子供をもつ保護者という立場でしか分かり合えないものがあるのかもしれない。

そう考えた零葉はヴァルとセレネを連れて部屋を出ていった。



「はぁ…何であんな事言っちゃったんだよアタシ…でもこうするしか生きる術がないんだよ…」


スラム街の一角、大きな樹の傍でコゼットは膝を抱えて1人泣いていた。

顔を上げて泣き腫らした目を向けた先には、木を括っただけの簡素な墓標が2つ建てられていた。


「お父さん…お母さん…アタシやっぱりダメだよ…師匠みたいに強く生きれないよ…」


ポロポロと零れ落ちる涙を止める事が出来ずに再び塞ぎ込んだその時、彼女の背後から声がした。


「ハァ…ハァ…やっと…開けた所に出ましたの…あんのサルもどき…リリアナを護送車の中に1人置き去りにするなんて…いい度胸してるじゃねーですの…」


その声に振り向いたコゼットが見たのは、身なりの良さそうなネコの獣人の少女、しかし幾度となく派手に転んだのか高級そうなドレスのあちらこちらが破けてホコリまみれ、オマケに容姿にそぐわぬ乱暴な口調で愚痴を零す少女を見て呆気にとられ、気付くとあれ程止まらなかった涙もピタリと止まってしまった。

肩で息をしていた少女はコゼットと目が合うと急接近してきた。


「ちょうど良いところに居ましたわね。貴女、この辺りでおかしな4人組を見かけなかったかしら?匂いを辿ってきたのだけれども元々そういうのは不得手なんですのよ」


少女の質問に真っ先に思い浮かんだのは、先ほど師匠に自身の悪行がバレるキッカケを作った人類(ヒューマン)たち。

今すぐ教えればアイツらも居なくなるかもしれないと考えたコゼットは口を開こうとするが、ふと八つ当たり気味に意地悪な考えが頭をよぎる。


「しーらない」


「そうですの…仕方ないですわね。……隣いいですの?」


コゼットの嘘を全く疑う事なくガックリと肩を落とした少女はコゼットの隣に腰掛けた。


「ちょ…人探してるんじゃなかったの?」


「別に困るってほどの事じゃないですの、たださっさとあのサルモドキの横っ面を一発ぶん殴らせて頂きたいと思っただけですの。ワタクシはリリアナ、貴女は?」


すっかり諦めムードで腰掛けた少女に驚いて目を見開くコゼットだったが、そんな事はお構い無しに自己紹介を始めるリリアナと名乗った少女。


「ふん…お貴族様に名乗る名前なんてねーよ」


「構いませんわ、見ず知らずの相手に名乗りたくないと思うのは当然でしょうし」


彼女の身なりから貴族の令嬢である事は容易に想像できたコゼット。

ぶっきらぼうな彼女の対応に咎める事なく肩を竦めて苦笑するリリアナ。


「こんな所で何をなさっていたんですの?」


「別に何もしてない。ただボーッとしてただけ」


「その割には目、真っ赤ですわよ。良かったらコレ、使って下さいまし」


リリアナの質問にも素っ気なく答えるコゼットだったが、泣き腫らした目を見たリリアナはハンカチを差し出した。

そして腰掛けている樹のそばに2つの墓標が立っていることに気が付く。


「それ、お墓ですの…?」


「そ、アタシの親のね…もう5年になる」


「5年というと…キニー病に…?」


「うん…」


「お悔やみ申し上げますわ…」


「ヤメてよ…そんな慰め…。アンタみたいなお嬢様に何が分かるんだよ…」


「ワタクシも…キニー病で母を亡くしてますの。それ以来父はワタクシに次期当主の自覚を持つようにと厳しく接する事が多くなりましたの…ワタクシもその期待に応えようと必死にやりましたわ…でも辛くて泣きそうな時、いつだって優しく抱きしめてくれた母がいなくなった、味方のいないそんな環境が嫌で嫌で…結果的に今は家出中ですの」


リリアナが打ち明けた過去にコゼットの胸がチクリと痛む。

彼女が今まで見てきた能天気で強欲で姑息な貴族たちとは違い、リリアナは寂しさを表に微塵も出さず、それどころか笑顔まで見せて強く生きている。

自分に似通った境遇で生きているはずの目の前の少女は、自分よりも遥かに強かなのだとコゼットは気付いた。


「ゴメン…何も知らないのはアタシも同じだったな…」


「謝らないで下さいまし、所詮は過去の話ですの。悔やんだところで死者は戻りませんから」


「……良かったらアタシの話も聞いてくれないかな…?」


「えーっと…」


「コゼット…それがアタシの名前」


「!…もちろんですわ、コゼット!」


彼女にならすべてを話しても構わないかもしれない。

コゼットはリリアナに対して親近感のようなものを抱いていた。

コゼットの申し出に微笑みながら答えたリリアナに彼女は自身の両親の事、師匠であるエレメイラの事、そしてその師匠と喧嘩して家を飛び出してきた事を話した。

コゼットが話し終えるまで無言で聞いていたリリアナだったが、突然立ち上がり1つの提案をした。


「じゃあ、仲直りしに行きましょう!」


「いやいや、無理だって…師匠一回怒り出すとしばらくは続くし…」


「怒っている今だからこそちゃんと向き合うべきなのですわ!」


そう言って歩き出すリリアナの腰に抱き着いて必死に止めようとするコゼットだが、ズリズリと引き摺られてしまう。

数歩歩いたところで引き摺られていたコゼットが核心を突く声を上げる。


「そもそも、アタシん家知らないでしょ!」


「あ、そうでしたわ」


「案内するわよ、しなきゃ終わらないっぽいし」


「ふふーん、ワタクシの性格を早くもお分りいただけて良かったですわ」


どうせ教えなければ教えないで、しつこく聞いてくるのだろうと半ば諦め気味のコゼットと何故が勝ち誇った顔で鼻を鳴らすリリアナ。

とりあえずドヤ顔のリリアナを1発で良いから引っ叩きたい衝動に駆られながらコゼットは家に案内することになったのだった。



「まったく…コゼットのヤツがとんだご迷惑を…本当に申し訳ない…」


「仕方ないわよ、こういった環境の中だと尚更ね…」


深々と頭を下げるエレメイラに百葉は難しい顔をして否定する。


「それにしてもやっぱりこの世界にもスラム街はあるものなのね」


「ん…この世界?」


「気にしないでタダの独り言。それよりもこの国、聞いてたよりも他種族に寛容なのね」


百葉は窓の外から見える貧困街の様子にため息混じりに呟くと、それが聞こえたエレメイラは彼女の含みのある呟きに首を傾げた。


「何だ、ネールスに来たのは初めてなのか?」


「そうね、つい昨日来たばかりだから土地勘も無いし」


そして、ネールス合衆国に来たのが初めてという百葉にエレメイラは忠告する。


「そうか、だったら尚更この国を歩く時は気をつけた方がいい。王が変わってからというもの他種族に関しては確かにある程度は寛容になったが、一方ではいまだに我ら獣人族(ビーストール)こそ至高の種だというくだらない古い考えに囚われ続けている者が多いのもまた事実だ」


「政府が二派に分かれてるって事?」


「あぁ、ライゾット王を中心とした他種交流推進派、数名の大臣を中心とした獣人至上主義派。政府は大きくこの2つの派閥に分けられる。国民も同様だ」


「だーから、昨日の謁見の時に敵意剥き出しのヤツらが何人かいたわけね…」


「どうした?」


「これも独り言、気にしたら負けよ」


「何に負けるんだ…」


百葉のおかしな言い回しに苦笑いを浮かべるエレメイラだったが、ふとある事に気付く。


「話は変わるが、さっきの少年は息子か?」


「そうよ、あの子の他にも今は別行動してるけど娘が2人ね。という事はエレメイラさんも?」


「あぁ、事情があってしばらく会っていないが娘が1人…私には似ない大人しい子だった」


「会いに行ってあげないの?」


「そうしたいのは山々だがこんな身体じゃな…外に出る事もままならない」


そう言いながら動かない足をさするエレメイラ。

さすがにその辺りの気持ちは百葉には推し量れないものがあり難しい表情を浮かべる。


「その代わりというわけでは決してないが、コゼットには愛情を持って接していたつもりだったが、どうやら迷惑なだけだったようだな」


「そんな事ないわよ、あの子だって年頃だし時には反発もしたくなるものなのよ」


「そういうものなのか?」


「そういうものなのよ」


ため息を吐いたエレメイラの耳に聞き慣れた声が聞こえてくる。


「ただいま帰りました…」


「噂をすれば何とやらね」


彼女の愛弟子の帰宅にクスッと笑みを浮かべる百葉だったが、間髪入れずに怒号が響く。


「何置いてけぼりにしてくれやがったんですの⁉︎」


「「おー、無事だったかネコ娘」」


「誰がネコ娘ですの!」


「いやだって、間違いじゃないだろ?」


「そっ…それはそうですけど…そうじゃなくて、あーもう!」


部屋から顔を出すと呑気な顔をして声を揃えている零葉とヴァル、そしてそんな2人の塩対応に頭を掻き毟りながらムキーッと奇声を上げるリリアナがいた。


「コイツもアンタらのツレだろ、早いとこ帰れよ」


「残念だったな、すでにエレメイラさんに宿泊の許可は取ってある」


「んなっ、師匠ォ⁉︎」


リリアナを送り届けた事で零葉たちから解放されると思っていたコゼットだったが、エレメイラが彼らを家に泊めると聞いて愕然とする。


「お前が迷惑を掛けたんだ、当然だろう?寧ろ、この程度の事で今回の件を水に流してくれるという彼らの寛大さに感謝すべきではないか」


「うぐっ…」


エレメイラに物盗りの事を引き合いに出されて返す言葉も無いコゼットにさらなる追い打ちが掛けられる。


「ちなみに彼らが必要な限りこの家を宿として提供するつもりだ」


要するにしばらくの間は彼らと一つ屋根の下で暮らさなければならないという展開にガックリと肩を落とす。



周囲がすっかり寝静まった頃、零葉はランプを灯しながら1人今後の行動について考えていた。


「この国での拠点が見つかったのは良かったけど、どうやって城に戻るかだな」


家から持ってきたノートに書き込みながら計画を立てていく。


「あの様子だと正面から行ったところで俺たちもリリアナ同様に門前払い、それどころか拘束されて連れて行かれたくらいだし、抜け出したのがバレたらまた拘束される可能性もあるからな。逆にそれが忍び込むには一番手っ取り早いけど、相手に俺らの事が知られると状況が悪くなるかもしれないし…あーもー分かんね」


ガシガシと頭を掻いて、ドサッとソファに凭れ掛かる零葉の背後に人影が近付く。


「旦那さま、こんな遅くまで起きられていてはお身体に差し障ります。暖かくなってきたとはいえ、ネールスは北方の領域ですので夜は冷えますよ?」


人影の正体はセレネだった、彼女は向かい側に寝ているヴァルを起こさないように小声のまま零葉に毛布を掛ける。


「おう、悪いなセレネ」


「旦那さまは彼女…リフィナス皇女の事を何故これほど気に掛けていらっしゃるのですか?聞いたところ一ヶ月ほど共に生活していたというだけの相手。ここまでする道理、本機は到底理解出来ません。利益にすらならないと思うのですが?」


人の感情などへの理解が未だ乏しいセレネの辛辣かつ的確な指摘に零葉は思わず苦笑いを浮かべて頰を掻く。


「うん、セレネにはちっとばかし難しい話かもしれねーけど…人間、俺たちの世界の人類(ヒューマン)にはそうやっていくら見返りが割りに合わない事でも他人をほっとけないヤツがいるんだよ、俺も含めてな」


「それが情というものなのでしょうか?」


「かもな」


自嘲気味な零葉を見ながらセレネが寂しそうに呟く。


「フィーナさんが少し羨ましいと思ってしまいました…」


「何でだ?」


しかし、すぐ傍にいた零葉には彼女の言葉が丸聞こえで首を傾げる。


「いっ…いいえ!旦那さまはご友人を大切になされているんですね」


「友達ってか、もう家族みたいなもんだろ?バジリスクだとか森精族とか、同じ修羅場潜って来たんだし。勿論、セレネお前もな」


珍しく動揺したセレネを見て首を傾げる零葉。

そんな彼の一言を聞いてセレネはハッとして顔を上げるがすぐに顔が熱くなり、思わず視線を逸らしてしまった。


"旦那さまはズルいです…"


機械であるはずの自身に起きた顔の火照りに違和感を覚えながらも、今度は零葉に聞かれぬよう胸の奥で呟くセレネ。


「とはいえ、あと一手足りないんだよな…」


ピコーン、唐突に鳴った電子音が静まり返った部屋に木霊する。

初めはキョトンとしていた零葉がポケットからスマートフォンを取り出しチェックし始めた。


「メール?この世界に電波なんて無かったはずじゃ…」


電子音の正体は零葉のスマートフォンに届いたメールの通知音だったようで、すぐに内容を確認した零葉は訝しげに眉をひそめる。


「差出人不明…本文も無い…添付ファイルが1つだけ…しかもスマホじゃ開けないのか。そうだセレネ、俺のバッグ取ってくれるか」


彼はしばらくブツブツと独り言を呟いていたが、思い出したようにセレネにバッグを持ってくるように指示した。


「どうぞ」


「サンキュー、家からノートパソコン持ってきたのは正解だったな。バッテリーはまだ大丈夫…スマホ繋げて………ようやく見れると思ったら暗号化されてるのか。普段は姉さんの領分だけどやるっきゃねーか」


そう言って零葉は1人黙々とノートパソコンのキーボードを叩き始めた。



日がすっかり登り暖かくなる頃、零葉がキーボードを一際強く叩く。

そして大きく息を吐いて伸びをするとそのままの体勢で後ろに倒れこんだ。


「やっと終わった…」


「お疲れ様です」


傍に座っていたセレネから労いの言葉をかけてもらう。


「セレネも悪いな朝まで付き合ってもらって、休みたかったら休んでもいいぞ」


「問題ありません、機甲人種(マキナ・ドール)に睡眠は必要ありませんので。それよりも何が送られてきたのですか?」


セレネの言葉にガバッと起き上がる零葉。


「いっけね、解読の達成感で目的忘れてた。えーっと…何だコレ…真獣計画(プロジェクト・スヴァンシーグ)?」


「……本機のアーカイブにも未登録の情報です」


「ところどころ文字化けしてる所為で読み難いな」



零葉が添付ファイルの解読に成功した頃、朝日に照らされてフィーナは目を覚ました。


「結局、昨日も零葉さんたちの事一度も見なかったな…どうしたんだろ…?」


豪華な皇女の部屋でフィーナは溜息混じりに零葉たちの事を心配していた。

昨夜の晩から城内を探し回っていたのだが一向に見つからないのだ。

フィーナは彼らの強さを目の当たりにしているので、万が一という事は無いだろうとは思っていたものの、やはり心配なものは心配なのである。


「リフィナス様、お召し物の替えをお持ち致しました」


コンコンと控えめなノックの後、数人の侍女が着替えを持って現れた。

最初は慣れない事に戸惑っていたものの、2日目ともなるとぎこちなさはある程度取り払えたと自負していた。


「零葉さん…私の友人の姿が見えないのですが、ご存知無いですか?」


着替えを済ませ、部屋を去ろうとした侍女たちを呼び止めて零葉の所在をそれとなく聞いてみるものの、彼女らの答えは昨日と変わらず、「知らない」の一点張りだった。

まるで彼らの存在など初めから無かったかのように。

いつも一緒にいた人がいないだけでここまで心細くなるのかと、フィーナは泣きそうになる心を必死に抑え込んで両頬を軽く叩く。


「零葉さんなら大丈夫だよね、私は私に今出来ることを一生懸命にやらなきゃ」


1人決意を固めたフィーナだったが、突然ドアがノックされる。


「はい?」


「リフィナス様、少々お時間を頂けますかな?」



「母さん、ヴァル、急いで起きろ!」


「あんだよ…朝っぱらから喧しいな…何かあったのか?」


「うー後5分…分かったから揺らさないで……人が気持ちよく寝てたのに何よぉ…」


リビングで雑魚寝していた百葉とヴァルを叩き起こす零葉。

しばらく呻いていた2人だったが零葉の切羽詰まった様子に目を開ける。


「のんびりしてる場合じゃねぇんだよ!」


「それは分かったから、要点だけまとめてくれ」


肩を掴まれてガクガクと揺らされるも落ち着き払ったヴァルの問い掛けに零葉も少し落ち着くことができた。


「昨日俺宛にメールが来たんだが、一緒に送られてきたファイルにこんなモノが」


そう言って零葉は不眠不休で解読した添付ファイルの表示されたパソコン画面を2人の方へ向ける。

無論文字化けの部分は省き、要約したものとなっている。


「……真獣計画?」


「これによると覇獣因子を持つ獣人から因子を抜き取って培養、覇獣個体を量産する計画らしい」


「それがお前の焦りとどう関係して……そういう事か?」


「ご明察、フィーナも覇獣個体だ」


「それなら10年前の事件にも説明がつくかもしれないな、同じく覇獣個体だったフィーナの母親の遺伝子を継いでいるあの子なら幼い頃でも狙われる理由にはなる。オマケに王族の連続失踪も関係してくるかもな」


「問題はこれが誰の物かって事だな…」


その時、外から大きな爆発音が鳴り響いた。

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