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皇女の帰還

「聞いたか?第一皇女様が昨日いきなり中央門の詰所に現れたんだってよ」


「あぁ、アレだろ10年前の…とはいえ別人の可能性だってあるだろう?」


「ところがな、持ってたネックレスに王家の紋章の刻印があったんだと。そいつを調べてみたらレオナ様の物だったのも分かったらしくてな」


「そりゃ間違いなさそうだな」


リフィナス…フィーナの帰国は瞬く間にネールス合衆国の玄関口であり帝都であるザガリムに広まった。

彼女が生きていたという大ニュースは号外で民衆に配られ、配達員の周りは我先にといった様子で情報を欲しいのか号外を求める人だかりで溢れかえるほど。

街人や商人さえもあちらこちらでその話題で持ちきりだった。


「あっという間に広まったな、フィーナの事」


「帝都ザガリムは土地面積で言えばラグ・バルの2分の1程度しかありません、1日ほどで話が広まる事は大いに考えられます。ましてや、死んだと思われていたネールス皇帝ライゾット1世直系の皇女とあれば尚更です」


街の喧騒を聞いてヴァルがポツリと呟くとそれを耳にしたセレネが情報を交えながら分析する。


「そういえば、皇帝直系の皇子、その母親である側室たちも含めて全員が相次いで不慮の事故とか行方不明とかになってるんだっけか。唯一、国外に逃げられたフィーナを除いて」


そこでヴァルがふと思い出したのは王家に続く不穏な事件の話。

それにセレネが補足しながら解説し始めた。


「はい。リフィナス第1皇女が消息不明になった後、リフィナス第1皇女の異母弟で皇位継承序列第2位であるユーグリッド皇子、同じく第3位のベリアト皇女、それ以外にも皇位継承序列第15位までの王族が次々と死亡、失踪などになっています」


「そんな異常事態だったのに国は動かなかったのか?」


その話のあまりの異常さに零葉がセレネに尋ねる。


「失踪の件においては勿論、国が総力を挙げて捜索活動に乗り出しました。ですが事件を匂わせるものどころか失踪の原因となるものすら何一つ見つかることなく事件は迷宮入りとなりました」


「なんか不気味だな」


「こんな所にフィーナちゃんをこのまま放って置いていいの?」


「そんな訳ねーよ、必ず連れ戻す」


掘り下げれば不穏な話が次から次へと飛び出してくるこの国、そんな所にあの気弱なフィーナを置いて帰るわけにはいかない。

全員の意思が合致したところで零葉がボソッと呟く。


「っていうか、それ以前に何でこんなことになってるんだ?」


零葉は自分と他の3人の手足に着けられている頑丈そうな手枷と足枷を見て大きく舌打ちをした。



「何がどうなってんだ?」


1日前、フィーナが名乗った後まで時間は戻る。

焦り顔の番兵がどこかに連絡しに行き、その更に数十分後、ようやく門を通された一行の目の前には大勢の獣人の兵士たちと奥にはモノクルをつけた燕尾服を着た1人の老獣人が豪華な馬車の前に立っていた。

足元にはレッドカーペットが馬車に向けて敷いてあり、フィーナが先頭を切って踏み出した瞬間、大勢の兵士たちが「リフィナス皇女お帰りなさいませ!」と声を上げ、流石の零葉たちも予想だにしていなかった光景に唖然とする。


「リフィナス様…よくぞお戻りになられました。(わたくし)、ライゾット様のお屋敷にて執事長をさせて頂いております、ジールベルムと申します…以後お見知り置きを」


唖然としていた一行に老獣人が進み出てきてフィーナに対して恭しく一礼すると挨拶をしてくる。

ジールベルムと名乗った老執事は自己紹介を終えると馬車の扉を開けて物腰の柔らかそうな笑みを浮かべる。


「リフィナス様、お連れの皆様もご一緒にどうぞこちらへお乗りください。宮廷にてライゾット様がお待ちです」


兎にも角にも無事に入国できたらしいと判断した零葉たちはジールベルムに勧められるがまま馬車に乗り込んだ。

そして、流石は獣人といったところだろうか、ジールベルムは馬車の扉を閉めると老いているとは思えないほど軽やかにヒラリと身を翻すとそのまま御者台に乗り込んで馬車を走らせ始めた。


「…黙っていてすみませんでした」


思っていた以上に快適な馬車の中に似つかわしくないどんよりとした重苦しい沈黙を破ったのはフィーナの弱々しい謝罪だった。


「謝るなよ、別に隠そうとしてたわけじゃないんだろ?」


首を回しながらヴァルがフォローを入れるが、今一つ納得のいかない様子の零葉は窓の外に流れる街並みを眺めたまま黙り込んでいた。


「つーか、お前の父親は鍛治職人だって言ってなかったか?」


「あれは転移魔法で飛ばされた先でとあるヒトに拾ってもらったんです。そのヒトが鍛治職人で今の私の技術も全部そのヒトに教わりました…私の育ての父です」


「なるほどな…」


ようやく重々しく口を開いた零葉が以前フィーナの言っていた事を思い出して聞いてみるが、返ってきた理由に再び口を閉ざしてしまう。

5人をまた無言の空気が包み込んでからしばらくして、馬車が減速したのか揺れが収まってくる。

その揺れが完全に止まった頃、ガチャリと馬車の扉が開かれジールベルムが顔を覗かせた。


「リフィナス様、それとお連れの皆さまお待たせ致しました。こちらでお降り下さいませ」


零葉にヴァル、セレナが順番に降り、続いて百葉とフィーナがジールベルムに手を借りながら降りた。

目の前には巨大な王城、すると先ほどのデジャヴかのように零葉たちを挟むように脇にズラッと並んだ兵士たちがファンファーレを吹き鳴らす。


「皆の者、リフィナス第一皇女のご帰還である!」


「何つーか、圧巻だな」


「だな」


「皆さまどうぞこちらへ。ライゾット様が既にお待ちになっていますので」


見慣れない光景に圧倒され先ほどまでの不機嫌さが吹き飛んだ零葉とヴァルだったが、横からジールベルムに促されレッドカーペットを歩いて宮殿内に入った。

宮殿に入ってすぐ零葉たちを迎えたのは数々の高そうな調度品と中央に鎮座する金色に輝く獅子の像だった。

零葉は勿論の事、フィーナを除くであろう一行の誰も宮殿などという建築物の中に入った事などなかったため、尋常ではない居心地の悪さと周囲に立つ衛兵たちの好奇の視線を感じていた。


「よくぞ、お戻りになられましたなリフィナス第一皇女様、それからようこそお客様方」


その時、零葉の目の前に落ち着いた雰囲気を纏った壮年の獣人が現れた。

しかし、雰囲気とは打って変わって獣人の容姿は丸みを帯びた耳に黄色がベースの毛並みに黒のストライプ。

トラの獣人である。

下手を打てば食い殺されそうな見た目に思わず後ずさりする零葉だが、ジールベルムは彼を見るとその真面目そうな表情を僅かに顔を綻ばせて声をかける。


「これは、エデルフォン卿。如何されましたか?」


「何、姫様が戻られたとあれば陛下に仕える者として御目通りさせていただくのが道理だと思いましてね」


「左様でございますか」


「あのー、お話が弾んでるところ申し訳ないんですが…どなたっすか?」


会話に花を咲かせているジールベルムとエデルフォン卿と呼ばれた獣人の間に割って入るように零葉がジールベルムに尋ねる。


「おお、自己紹介が遅くなりましたな。私はネールス合衆国にて国防大臣を任せられているティグルス・エデルフォンという者。以後お見知り置きを」


そう言って名刺を渡してくるエデルフォンに慌てて挨拶を返す零葉。


「こっ…これはご丁寧に、お…俺…じゃなくて、自分はフィーナ…でも無くて、リフィナス皇女のとこで住み込みバイトやらせてもらってます、魔殺(まあやめ) 零葉(ぜろは)です」


零葉にならって自己紹介をしていく一行、一通り終わるとエデルフォンが提案してくる。


「ジールベルム殿、ここは私が王の元まで姫様とお客人を案内するというのはいかがだろうか?」


突然の提案に目を丸くするジールベルムだが、すぐに首を横に振る。


「しかしながら、エデルフォン卿のお手を煩わせるなど…」


「リフィナス皇女の帰還にご助力頂いた方々だ。私も移動がてら彼らの話を聞きたいと思っていてね」


「畏まりました」


ジールベルムは深々と一礼すると案内役をエデルフォンに譲った。


「さて、道すがらいくつか質問しても構わないだろうか?」


「ええ、答えられるものならば幾らでも」


「君たちは人類(ヒューマン)のようだが、どうやって皇女とお知り合いに?」


「あ、えーっと…」


いきなり答えにくい質問をぶつけて来たエデルフォンに思わず表情を引き攣らせて口籠る零葉に百葉がすかさずフォローする。


「私たち、兄妹で田舎から出てきたばかりの上、右も左もわからなかったんです。そしたらたまたま行商で通り掛かったリフィナス様が、良かったら乗っていきますか?と優しくお声を掛けて下さったんです」


よくもまあそんな嘘八百を瞬時に思いついて並べ立てられるものだと零葉は舌を巻きつつ、百葉の立ち位置についてはツッコミを入れたい衝動に駆られながら、なんとか言葉を飲み込む。


「もちろんその時はリフィナス様が皇女だとは露ほどにも思わず、その好意に甘えてしまった挙句、住み込みで働かせてもらっていて…本当に獣人族(ビーストール)は素晴らしい種族だと…ですが、今思うと何とおこがましく失礼なことだったか…」


次々と百葉の口から放たれる嘘の応酬をエデルフォンは疑うことも無く、どころか自種族が褒められたとあってすっかり上機嫌な様子だった。


「そうですか、そうですか。さすがリフィナス様、懐の深さが違いますな」


「ええ…まあ…」


エデルフォンはフィーナを褒め称えるが当然、彼女には身に覚えのない話であるため返事に困っていた。

しかし、彼はそれを謙遜と受け取ったのか、更に褒め言葉を並べる。


「いやはや、ご謙遜とは素晴らしい。淑女たるもの…と言ったところですな。それにしてもリフィナス様もお美しくなられましたな、若き日の貴女のお母上を彷彿とさせますぞ」


「ありがとうございます…」


話の中に彼女の母親の事が挙がり、僅かながらフィーナの表情に笑顔が戻った。


「おっと、もう謁見の間の前に着いてしまったか。ではお先に」


そう言ってエデルフォンは別の通路があるのだろうその先の角を曲がり姿を消した。

ようやく、自身の役目を果たすべくジールベルムが一行の前に立つ。


「ではこれより王への謁見のお時間となります。ご承知かと存じますが、くれぐれも失礼のありませぬようにお願い申し上げます。姫様はそのままで結構ですので」


彼が言い終えるのを待っていたかのように謁見の間に繋がる大きな扉がゴゴゴと大きな音を立てて開かれる。

ジールベルムの後に続いてそこに足を踏み入れた一行が目にしたのは小さなコンサートホール程ありそうな広い部屋だった。

天井は吹き抜けになっており屋根はガラス張り、そこから差し込む陽光に照らされた先、中心に置かれた大きな金色の玉座と同様に陽光を浴びて燦々と輝く金色の(たてがみ)、口元に並ぶのは鉄さえも悠々と嚙み砕きそうな鋭く尖った純白の牙、見た者全てを萎縮させるような黄金の双眸。

そして何よりも呆気にとられる体格、零葉の倍以上はあろうかという巨躯をした獅子(ライオン)の獣人が腰掛けていた。


「陛下、お待たせ致しました。リフィナス第1皇女、並びにそのお供の方々をお連れ致しました」


ライオンの獣人に向かって深々と一礼するとジールベルムはその場を離れた。


「…まずはリフィナス、よくぞ帰ってきた。父として、王として、これほど喜ばしいことは無い」


腹の底に響くような低い声でフィーナに声をかけるライオンの獣人。


「そして、娘の従者たちよ。よく娘を無事にこの国へ連れ帰って来てくれた。親として感謝している。知っているだろうが名乗っておこう、我こそはネールス合衆国第6代皇帝、ライゾット・ギル・レオリオンだ。そう固くならずとも良い、(おもて)を上げい」


先ほどから跪いていた零葉たちはライゾットに促され顔を上げる。


「なるほど、いい面構えをしているな青年。それに只の人類(ヒューマン)とは思えん面白い眼をしている…名は何とする」


「はっ…魔殺 零葉と申します」


「ふむ、ときにゼロハよ、人類(ヒューマン)ともあろうお主がなぜ拭いきれぬほどの数多の血の匂いを若き身空にして染み付かせている。一体お主は如何なる道を歩んできたのだ?」


ライゾットのその一言に城内がどよめく。

一瞬で己の本質を見抜かれた零葉は冷や汗を一つ流すと答えた。


「さすがは陛下、早々に見破られてしまうとは…深くは申し上げられませんが、一言で申しますと修羅の道…といったところでしょうか」


曖昧に言葉を濁した零葉、その対応に家臣たちが批判を浴びせんと口を開いた瞬間、ライゾットが手で制する。

そこに異論を唱える者は当然無く、城内は再び静まり返る。


「まことに面白い青年(おとこ)だ、気に入った。ところでこの国に来た理由、我が娘リフィナスを送り届けることだけが目的では無いのだろう?」


「そこまでお見通しとは…恐れ入りました。そう思われた根拠をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「何、簡単なことよ。お主の目、獲物を探す獣の眼をしておる」


クククと喉を鳴らして笑うライゾットの観察眼に感服しながら零葉は頭を掻く。


「殺気を隠すのは得意なんですが…これ以上は隠すことも無意味ですね。それに、この際ですから陛下の臣下の皆さんが揃っているうちに目的を話しておきましょう。私たちは10年前のクロムシェイド家襲撃事件の真相を探りに参りました」


零葉の言葉に騒めき出す城内。

ライゾットは目を細めて異論を唱える。


「しかしだなゼロハよ、その件に関してはこの国の捜査機関を総動員しても何一つとして犯人につながる手掛かりは愚か、情報すら得られなかったのだぞ?」


「それは唯一の目撃者であり、生存者だったリフィナス皇女…フィーナ自身の話を消息不明になったことで聞けなかったことが大きな理由ではないでしょうか?」


「それはあるかもしれんが…」


零葉の言葉に返答を詰まらせるライゾットだったが、次の零葉の一言に目を見開いた。


「私たちは先日、その事件の実行犯を名乗る男と接触しました」


「何だと?」


「鬼剣のグラード、名前くらいはご存知かと思いますが、森精族(エルフィー)の傭兵です」


「なるほど…鬼剣が絡んでいたとは…」


グラードの名を聞いたライゾットは大きく一つ溜息を吐くと玉座に深く腰掛けた。


「ですが彼はあくまでも実行犯、黒幕は他にいると私たちは考えています」


「その根拠は?」


零葉はライゾットや彼の臣下たちに向けてフィーナに説明したように幾つかの根拠と証拠を提示した。


「よって事件の黒幕はこの中にいると判断しました」


零葉の説明が終わり、しんと静まり返る城内。


「その程度の証拠で我々の中に裏切り者がいるというのか!」


そんな中、誰かが声を荒げて言い放つ。

確かに10年前のことである、今では証拠や根拠は想像に過ぎない。

そんな一言を皮切りに口々に零葉たちへの批判を浴びせるライゾットの臣下たち。


「ライゾット様、こやつらこそ我らが国の転覆を図る不穏分子ではないのでしょうか?」


長い白髭を生やした鹿の獣人が零葉を指差しながらライゾットに進言すると次々に周囲の臣下たちが賛同し始めた。


「……黙って聞いてりゃ喧しい上に頭の硬ぇジジイばっかか」


散々罵詈雑言を浴びせられた零葉の頭の中で何かの切れる音がし、次の瞬間には笑顔に青筋を浮かべながら辛辣な言葉をボソリと呟く。

そこはさすが獣人というべきか、臣下たちと零葉の距離はそれなりに離れているにも関わらずその言葉を拾い上げる。


「貴様、リフィナス様の付き人だと思いこちらが我慢しているのをいい事につけ上がりおって!」


「んじゃ聞くけど、アンタら全員フィーナの辛い過去さえ嘘っぱちだって言うのか?だとしたらテメェら揃いも揃って無能ばっかの集まりだな。これが獣人国の重臣だって言うんだからとんだ笑い話だぜ」


零葉の言葉に激昂する獣人の1人だが、零葉もイライラを表に出してお返しと言わんばかりに罵詈雑言を浴びせると、さすがに自分たちの批判の対象にフィーナのことが含まれていた事に気付き言葉に詰まる。


「ゼロハよ、そのくらいにしてやってはくれぬか?…我の部下の失態、どうか許してやってくれ」


「ライゾット様、こんな者に謝罪されるなど…ヒッ⁉︎」


そんな一触即発の空気を断ち切ったのは他ならぬライゾットだった。

彼が零葉に対して謝意を示すと、それを見た臣下の1人が慌てて止めようとするが、向けられた鋭い視線に息を詰まらせる。


「こちらこそ申し訳ありません。確かに自分の妄言と言ってしまえばそれまでの事を…出過ぎた真似を致しました。王の御前にてこのような無礼、如何様にも処分を」


さすがにこの状況をマズいと感じたのか素直に謝罪する零葉にライゾットが首を振る。


「いいや、独自の見解とはいえ、よくぞ我らのたどり着けなかった仮説に辿り着き、それを知らせてくれた。だが、我としてもこの中に裏切り者がいるなどと信じたくは無い」


ライゾットが周囲を見回すと臣下たちは一斉に息を呑む。

その中、零葉はというとホッと胸をなで下ろして緊張を解いていた。

どうやら、いらぬ事を言ったことで国外追放などの面倒な事態にはならずに済んだようだ。


「これ以上はいらぬ争いが生まれるやもしれぬな。ジールベルムよ、ひとまず彼らを客間に、それから空き部屋をいくつか寝室として使えるように女中たちに伝えよ。それから彼らと食事を共にしたい、用意するようにせよ。リフィナスは少し我の話に付き合ってもらえぬだろうか?」


「御意」


「畏まりました」


ライゾットはこの場を収めると隣に控えていたジールベルムに指示してフィーナを除く4人を客間に案内させた。


「彼らの言葉に大臣らの言葉にお気を悪くなされたならば一介の執事に過ぎませんが代わって謝罪させて頂きます。申し訳ありませんでした」


客間への移動中、ジールベルムが零葉たちの方へ振り返って頭を下げた。


「ですがご理解頂きたい、彼らとてこの国を守りたいと考えた故、あの様な言葉になってしまった事を」


「そこまで俺らも心狭くはないですよ、それにあの意見も尤もなものです。いきなり他国からやって来た部外者の言葉なんて信用できないと思うのはどこだって同じですよ」


「そう言っていただけるなら幸いです。では、お荷物がございましたら、ここでお預かりして後ほどお部屋にお運び致します。晩餐のお時間まではこちらのお部屋でおくつろぎ下さい」


ジールベルムに促され、手にしていた荷物をいつの間にか待機していたメイド達に預け、零葉たちは客間に通された。


「まったく、お前にはヒヤヒヤさせられるぜ。そういう無謀な所は姉弟でソックリなのな」


ようやく4人だけになった客間に備え付けられている高級そうなソファにドカッと座りながらヴァルが半目で零葉を睨む。

そんな彼の表情を零葉は鼻で笑いながら部屋を見回す。


「んな事言って、こっそりお前も構えてやる気満々だったじゃねーかよ」


「そりゃーな。他種族と一戦やらかすなんて、このご時世そうそうやれることじゃねーからな」


「とは言え、偉そうな割にあの中の9割はどう見ても戦闘に関しては素人ばっかりだったし。あれ位なら俺一人でもねじ伏せる自信はあったけど…」


「王様、ハンパじゃない威圧感だったな。それに柱の陰に隠れてやがった甲冑のヤツ、アレも只者じゃなさそうだったな。あの時に手を出さなかった零葉の判断は正解だったと思うぜ」


さらりと物騒なことを話している零葉とヴァル、そんな2人に割って入るように客間の扉が開かれ、数名のメイド服を着た女性の獣人が現れた。


「皆様、お食事の準備が整いましたのでご案内致します」


そうメイド達に促され向かったのは中央に長いテーブルの置かれた広間だった。

零葉たちのいる場所の正反対にはすでにライゾットが座っておりにこやかな笑顔を浮かべていた。

それに対してフィーナは緊張や不安のためかどことなく落ち着かない様子だった。


「さて、ささやかながら馳走を用意させてもらった。どうか思う存分飲み食いして欲しい」


手を広げて零葉たちを迎え入れたライゾットはテーブルに並べられた数々の料理を指した。


「それではお言葉に甘えまして…」


ライゾットに促された零葉たちが席に着くのを待って、ライゾットが手元のグラスを手に取り軽く掲げる。


「では改めて、我が娘リフィナスをこの国に送り届けてくれた事、娘の父として感謝する。ここには口煩い家臣たちも居らぬ、堅苦しい事は抜きにして楽しんでくれ、乾杯」


乾杯の音頭に合わせてグラスを掲げる一同。


「ライゾット様…」


「畏まる必要はない、気軽に呼んでくれ」


「ではライゾットさん、いきなり不躾な質問で申し訳ありませんが、何故俺たちの言葉を信用してくださったのでしょうか?」


食事が始まりしばらくした頃、零葉が聞きたかった事をライゾットにぶつける。


「先ほども言ったが、我は種族差別はしない。この世界は実力主義だ、強き者が上に立ち、弱き者はそれに続く、故にお主の目を見た瞬間、只者では無いと感じた。この者の言葉に根拠が無いにせよ、聞き入れるべきモノだと判断したまでよ」


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらの方だ、我に再びリフィナスと会わせてくれた事、心から感謝している」


ライゾットの懐の大きさに感謝する零葉だったが、ライゾットから逆に礼を言われてしまう。


「本当に娘さん…フィーナが大切なんですね」


「この子は我の初めて愛した者に良く似ていてな、少し見なかった内にそれに拍車が掛かったように美人になった」


思わぬ父の言葉に顔が真っ赤になるフィーナ。


「おっ、お父様!」


「話は変わるが、明日、10年前叶わなかったリフィナスの披露式を執り行おうと思うのだが、良ければ其方たちも参列して貰いたい、どうだろうか?」


「そうですか、喜んで参列させて頂きます」


食事を終えた一行は再び客間に戻り、くつろぎながら今後の作戦を練っていると、扉が開かれ数名のメイドが部屋に入ってきた。

彼女たちの手には零葉たち人数分のティーカップ、湯気の漏れているティーポット、ケーキなどのお茶菓子が山盛りになっている皿をトレーに乗せられていた。


「お客様、食後のティータイムのご用意が出来ましたのでお持ちいたしました」


無駄のない動きで準備を整えるメイドたちに感嘆の息を漏らす一同。


「お部屋のご準備は今しばらくお待ち下さいませ。その間、ご用命等ありましたら外に控えておりますメイドに何なりとお申し付けください。それでは失礼いたします」


そう言ってメイドたちは深々と一礼して部屋から出ていった。


「こういうのをVIP待遇っていうのねー…お母さん幸せ…」


早速、口いっぱいにお茶菓子を詰め込んでいた百葉がご満悦の表情で文字通りに幸せを噛み締めていた。


「外にもメイドがいるんじゃ、怪しいことは出来ないな」


「とりあえず、しばらく様子見だな。(くだん)の相手がいきなり動くって事もなさそうだし」


メイドの後ろ姿を目で追って肩を竦めるヴァルに零葉は百葉の摘んでいたクッキーを1枚掠め取ると齧る。

その際、百葉からガルルッという唸り声が聞こえたような気がしたが耳を貸さないことにした。

そのとき不意に、バルコニーに繋がる大窓がコンコンとノックされた。

突然の事に零葉はヴァルと顔を見合わせるが、ノックの主は律儀に外で待っているようで窓を突き破ったりしてくる様子は無かった。

もしかして空耳かもしれないと思い、しばらく返事をせずにいると今度はガンガンと強めに窓のサッシが軋む。

向こうにいる相手も流石に苛立っているのだろう窓越しにもそれが伝わってきた。


「開けるぞ」


「おう、いつでも来い」


バルコニーからとはいえ律儀にしてくるあたりその人物は危険ではないのだろうが、一応用心として、いかなる状況にも対応できるようにヴァルが右腕を龍の腕に変えて少し離れた場所に構えていた。

零葉がヴァルに軽く目配せをしてノブに手をかける。


「遅過ぎですわよぉ!ふにゃぁぁぁ⁉︎」


零葉が窓を僅かに開けた瞬間、待ってましたと言わんばかりに向こうにいた相手が不満をわめき散らしながら飛び込んできた。

咄嗟に開け放たれた窓から飛び退いた零葉は無傷、乱入者はヴァルの巨腕で体をガッチリとホールドされ、これは向こうも予想外だったのか悲鳴を上げる。


「何なんですのこれぇ⁉︎」


「そりゃこっちのセリフだ」


「離しなさい、トカゲもどきの分際でこのゴルディエール家次期当主、リリアナ・ゴルディエールに触れるなんてなんて身の程を(わきま)えなさい!」


「ほっほー…よほど握り潰されたいと見えた。自分の置かれた状況も考えない、相手を選ばず神経を逆撫でる一言をほざける無鉄砲さには感服するな」


「にぎゃぁぁぁ⁉︎痛っ、つ…潰れるうぅぅぅ!」


黒とグレーの毛並みをした瞳の青いネコ耳少女、元の世界のネコの品種に当てはめるとロシアンブルーだろうか。

そんなケモミミ少女はリリアナと名乗り、自身を捕らえているヴァルに向かって罵声を浴びせる。

流石の温厚なヴァルも初対面でいきなり侮辱されたとあって青筋を浮かべながらリリアナを掴む手に力を込める。


「そのくらいにしといてやれよヴァル、そもそも彼女が何のために来たのか聞いてすらいねえし」


見かねた零葉がヴァルを諌めると、彼は舌打ちしながら力を込めることを止めた。


「あぅ…ふっ…ふんっ、サルもどきの分際で良く分かっているじゃないですの。その知能を褒めて差し上げますわ、光栄に思いなさい」


「ヴァル、GO」


「あいよ」


「ぎにゃあぁぁぁぁ⁉︎ギブッ、ギブアップですわ!リリアナが悪かったですのぉ!」


明らかな危機的状況にも関わらず、減らず口を叩く彼女にさすがの零葉もカチンときたようで、ヴァルにGOサインを出す。

というわけでリリアナは再びギリギリと全身を締め上げられ、堪らずギブアップの声を漏らしてようやく解放された。


「はぁ…はぁ…口から乙女にあるまじきモノが色々と噴き出るところでしたわ…」


締め上げられていた事で、息も絶え絶えのリリアナを見下すように仁王立ちする零葉とヴァル。


「で、公爵家の令嬢が俺たちに何の用だ?」


「え、コイツそんなに偉かったの?」


床に崩れ落ちたリリアナをジト目で睨みつけるヴァルと、彼から知らされた素性に驚きを隠せない零葉。

コイツ呼ばわりされた事にツッコむ気力も無いのか、げんなりした様子でリリアナが答える。


「べっ…別に貴方たちに用があったわけじゃないですの…リフィナスが帰って来たと聞き顔を見に来たんですの」


「それなのに何で半分忍び込むような真似したんだよ」


「何故か門兵に門前払いを食らったんですの、忍び込むほか無いじゃないですの」


「その割に堂々とした潜入だったな。騒ぎまくってたし。そもそも門前払いって、訪問の約束はしてたのか?」


「もちろんしてませんわ!」


犯罪同然の行為をしたにも関わらず何がそんなに誇らしいのか胸を張るリリアナ。

因みにぺったんこな為、特に誇張されているわけではない。


「つーか、アポ無しだったとしても公爵令嬢を門前払いするか?この世界に詳しくねーから何とも言えんが」


「なーんか、きな臭くなってきてないか?」


その時、リリアナが鼻をひくつかせ始めた。


「確かに何か臭いますわね…って…はれ?」


不意にグラリと崩れ落ちたリリアナ。

突然の事に訝しげに彼女を見る一同にリリアナがうつらうつらとしながら一言零した。


「これ…昏睡草…」


そのまま意識を失ったのかコテンとうなだれて寝息を立て始めてしまった。

その様子を見たヴァルが珍しく血相を変えた。


「しまった…罠か!」


すぐさま扉に駆け寄り、力任せにこじ開けようとするがビクともしない。

バルコニーへの大窓も同様ですっかり閉じ込められてしまったようだった。


「クソ…俺としたことが…」


そう言い残し、リリアナ同様に眠ってしまったヴァル。

零葉は慌てて周囲を見回すと、換気口のようなところからうっすらと煙のようなものが流れ込んできていた。

どうやら2人はあれで眠ってしまったらしく、零葉も例外ではなく目の前がボヤけて歪み始めた。


「母さん…は…?」


唯一の希望を持って母のいるであろうソファに目を向けると、


「くかー」


お茶菓子の食べカスをそこら中に散らかしたまま大口を開けて爆睡している百葉がいた。


「期待した俺がバカだった…」


その言葉を最後に零葉の視界と意識も暗転した。

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