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一路、獣人国へ向かう

「ここが姉様たちのいるコルノ村か」


「正確にはその村はずれの森の中だけどな」


「何でこんな森の中に降りたわけ?別に村のそばでいいじゃない」


「村のすぐそばにドラグールが現れたら騒ぎになんだろ。ましてや数時間前に魔神に遭遇したばっかりなんだ」


「まだウロついててもおかしくないよな」


「そゆこと」


「それなら仕方ないわね…はぁ…歩くのメンドくさ」


零葉たちがラグ・バルを立ってから数刻後、ヴァルは村はずれの深い森に降り立っていた。

少し距離のある場所に着陸したことで周囲からの反感(主に狩葉から)を買うが、あっさり説き伏せられて思わず本音が漏れる。


「それにしても寒いな…防寒具なんて持ってきてないぞ…お?」


ブルッと身震いをする零葉だったが、そんな彼の首元に何かが巻きつけられる。


「良かったらこのマフラー半分使ってください。少し歩き難くなってしまうかもしれませんが…」


突然の事に一瞬身構えるがそれがフィーナの貸してくれたマフラーだと分かると礼を告げつつ警戒を解く。


「いやー、ダッフルコート持ってきて正解だったわ。なんて思った時期がアタシにもありました…可愛い女の子の着けてたマフラーを半分こで着けてさせてもらえるだなんて、なんて羨ましいイベント起こしてるのよ、このアホ零葉!」


「とばっちりっ⁉︎」


いつの間にかバッチリと茶色のダッフルコートを着込んでいた狩葉だったが、零葉とフィーナのラブラブカップルのような光景を目の当たりにして次の瞬間には彼の腹部に容赦無く拳を叩き込んでいた。

フィーナのこともあり、すっかり油断していた零葉の腹筋にドボォッと音がしそうなほど深々と狩葉の拳がめり込み、身体をくの字に曲げて悶絶する。


「おぉぉぉぉ…」


「ぜっ…零葉さん⁉︎」


「あー、スッキリした」


「アンタ弟相手に容赦ねぇな…」


「失敬な、これでも全力100%の内の83%しか使ってないわよ」


「◯ファ◯ンでも半分は…やっ…優しさ…だ…ぞ…」


「零葉さーん!」


腹を押さえて悶えている零葉を見て、ヴァルが引き攣った笑みを浮かべ、フィーナが慌てる。

さすがにやり過ぎではないかと狩葉を窘めようとするヴァルを無視して彼女はスタスタと村の方へと歩き去ってしまい、姉のフリーダムさに耐え切れなくなった弟はバッタリと倒れ伏してしまった。


「村っていうわりにはこんな夜中まで明かりが点いてるところばっかりね」


夜も更けているというのに今だに活気づいている村の中を歩きながら時折見受けられる酒場の中を覗いたりしている狩葉。


「商人が行き交う村だからな、情報交換したい商人たちのためにできるだけ遅くまでやってんのがこの村の酒場さ」


「そんな事より早く姉様を迎えに行こうぜ…」


狩葉の問いに答えるヴァルと、そんなやり取りをしている2人から少し離れてフィーナに肩を借りて歩いている零葉は先ほどの一撃ですっかりグロッキーになっていた。


「別に少しくらい良いじゃない、さすがの姉様もしばらく安静にしてなきゃなんないんだからどこにも行きやしないわよ」


「それ、何ていうフラグ…って姉さん?」


「マスター、セネディル頂戴」


「早っ!?ってそうじゃなくて、アンタまだ未成年だろ。マスター、変更してミルク2つ」


零葉の提案をあっさりと棄却した狩葉は近くで賑わっていた酒場に突撃するとカウンターに腰掛けて店主に注文し始めた。

さり気なくアルコールを注文していた姉にツッコミを入れつつ、諦めた様子で隣に腰掛けながら注文を変更する。


「別に良いじゃない、この世界の成人年齢18歳なんだから」


「良くねーっての。いいから大人しくミルク飲んどけ。ちなみにフィーナたちはどうすんだ?」


「俺はガドゥーム、ストレートでくれ」


「私は零葉さんと同じもので」


「本機は冷却用の水分であればどんなものでも構いません」


約1名、堂々とアルコールを注文しているのがいるが実年齢が不明なためあえてツッコまない零葉。

ガドゥームというのはほんのりと柑橘系の香りがする酒で、アルコール度数がそこそこ高めである為、本来はロックや水割りにするものなのだが、ヴァルはそれをそのまま飲むという明らかに普通の酒は飲み飽きたような飲み方で注文していた。


「そんじゃとりあえず素材集めお疲れ、姉様と母さんはいないけど乾杯」


零葉の音頭でグラスを傾ける4人、セレネは注水口に繋がったチューブをジョッキに突っ込んで補給していた。


「ってゆーかなんか後ろが騒がしくない?」


「確かに言われてみれば…」


カウンターに座っていた5人の後ろに何やら人だかりができていた。

彼らの入ってきた時からそれが騒めいているのに腰を落ち着けたことでようやく気付いた狩葉は好奇心に駆られて人だかりに潜り込む。


「もう無理だ…」


「アタシの勝ちだね、約束通りに賭け金はいただいてく。毎度ありって寝ちまってるから言っても無駄か」


どうやら飲み比べ対決が行われているようで、対戦者の1人である男性はすっかり酔い潰れたのかテーブルに突っ伏していた。

もう一方の対戦者である銀髪の美女はまだまだ余裕だと言わんばかりにケラケラと笑いながらジョッキを傾けて残っていた中身を喉に流し込みながらテーブルに置かれた布袋を手にする。

中身は硬貨なのかパンパンに膨れた袋がジャラジャラと音を立てていた。


「ふぃー、次は誰が相手してくれるんだぃ?」


持っているジョッキを空にして軽く振る。

そのまま女性は顔色一つ変えずに次の対戦相手を人だかりから物色し始めた。

そんな中、美女と狩葉の視線がぶつかり美女の片眉が僅かに動く。

しかし、狩葉を除く周りの野次馬はそれに気付かないが何事も無かったかのように美女が伸びをして大きな欠伸を一つ漏らす。


「やーめた、今日はこの位にしといてやらぁ。ほんじゃねー」


美女が面倒くさそうにパチンと指を鳴らすと同時に夜中の屋内であるにも関わらず目も開けていられないほどの閃光が周囲に迸る。

光が収まり野次馬たちの輪の中心にいたのは先ほど負け、酔い潰れた男だけだった。

お開きになったということでバラバラと散っていく野次馬を掻き分けて零葉たちが狩葉の元にやってきた。


「姉さん、今の光は何だったんだ?」


「それはアタシが聞きたいくらいよ。てかさっきの美女(ヒト)…どっかで見たような気がするのよね」


「誰が?」


「いんや、多分アタシの思い違い」


気にしないで、と手をヒラヒラと振って話を終わらせる狩葉に何か引っ掛かりを覚える零葉だったが、結局その後詳しい話を聞くことは出来ずじまいだった。


「ここが姉様のいる診療所なのか?」


「おう」


「スゴく廃墟っぽいわね」


「姉さん、俺だって思ってても言わなかったのをサラッとブチまけないでくれよ」


酒場をあとにした一行はその後も情報収集がてら寄り道しながらも斬葉が運び込まれた診療所にようやく辿り着いた。

しかし、それらしい雰囲気が満載の外観に狩葉の口からは思わず本音が漏れ、同じことを考えるだけに留めていた零葉から間髪入れずにツッコミが入る。


「そんな事より早く見舞いに行こうぜ。その場にいた俺としてはアイツの容態が気になるし」


外観を見ただけでこんなやり取りを行っている姉弟に痺れを切らしたヴァルはお構いなしに無言でズカズカと中に入ってしまった。

それを慌てて追いかける零葉たちが中に入ると、思っていたより掃除や補修などが行き届いている内装に驚く。


「そりゃよくよく考えれば診療所なんだから清潔なのは当たり前よね…って、ちょっと待ちなさいよアンタたち、女の子を放置だなんていい度胸してるわね!」


そんな事を1人呟く狩葉をよそに、ヴァルたちはどんどん奥へと進んでしまっていたので慌ててその後についていく狩葉。

廊下の突き当たり、角部屋の一室から淡い光が漏れていた。

ヴァルがその部屋に入っていったのでそこが斬葉の病室であることに間違い無いだろう。

彼に続いて部屋に入る3人と1機だったが、そこにあった光景に思わず立ち尽くしてしまう。

ベッドに横たわっていたのは、額に脂汗を滲ませて額に脂汗が滲むほどに苦しそうな表情を浮かべている斬葉の弱った姿だった。

彼女が着ている病衣の袖から覗く白く細い腕、それだけではなく足や首筋、頬に至るまで不可解な紋様がビッシリと浮かび上がっていて、まるでそれは彼女を蝕むが如く、時折不気味に発光していた


「みんな、どうしてここに?」


零葉たちが入ってきて真っ先に声を上げたのは彼らの母、百葉だった。

いつもマイペースな彼女も娘の容態悪化に動揺しているのか声が震えていた。

何よりも動揺を表しているのは自分からヴァルに零葉たちを呼びに行かせた事さえ忘れているほどだ。


「百葉さん、頼まれた通りに連れてきたんですよ。そんな事より何があったんですか、解毒薬を投与したから大丈夫だった筈じゃ…」


「そ…そうだったっけ…斬ちゃんが瀕死に近い状態だったとはいえ解呪に手間取るなんて普通ならあり得ないわ。あの女王バチ、よっぽど改造されてたみたい」


「対象を弱らせつつ呪詛を仕込む…かなり効率的なやり方よね。毒を流し込むと同時に複数の呪術を複雑に組み合わせて発動することで、仮に解毒されたとしても復調して解呪される前に対象を呪殺する。5年前、イシザワで起きた連続呪殺事件によく似てると思わない?いやでもあの犯人は追い詰められた挙句自殺してる上、ここは異世界…同一犯であることはまずあり得ない…」


予想外の異常事態に狼狽えるヴァルと零葉たちの前で初めて焦りの表情を見せる百葉。

普段は冷静な狩葉でさえ現在の姉の状態を冷静に分析しつつもよほど苛立っているのだろう、親指の爪をボロボロになるまで何度も噛みながら自問自答を始める。

いくら強靭な肉体を持つとはいえ斬葉も人間なのである。

病にかかる事もあれば、呪いも人並みに受けてしまう。

この場にいる家族はそれをよく理解していた。


「うる…さい…ですよ…」


周りが騒がしくなったのに気付いたのか息も絶え絶えに斬葉がゆっくりと瞼を開いて悪態を吐く。


「姉様、無茶するなって!」


無理矢理上半身を起こそうとする斬葉を零葉が慌てて止めるが、彼女はその手を払い除けてこの場にいる全員を睨み付ける。


「この程度の事に一々大騒ぎするだなんて…いつからそんな腑抜けの集まりに…なったのでしょうかね…こんなもの…少しばかりタチの悪い風邪を引くようなものです…明日には治しますから…もう少し静かに寝させてください…」


途切れ途切れに言葉を紡ぎながら家族の動揺ぶりに喝を入れた斬葉は言いたい事だけを言うと再びベッドに横たわり瞼を閉じた。


「姉様の言う通りだな…みんな…心配かもしれないけど姉様の頼み事だ、とりあえず宿に戻ろう」


姉の言葉を渋々呑んだ零葉は後ろ髪を引かれる思いでありながら部屋を出て行った。

その後にセレネ、フィーナ、百葉が続く。

最後にヴァルがその後に続いて部屋を後にしようとして狩葉が残っている事に気付いた。


「どうした?」


「アンタは先に帰ってて、アタシはまだちょっとだけやる事があるから」


「それなら俺も…」


「ううん、平気。それにあんまり他人に見られたくない事だから…特に姉様がね」


「それならワシも少し出ているとしよう。ほれ、キミも疲れておるじゃろう?良かったらワシの部屋で一息ついていきなされ」


空気を読んだ老医師に促されて狩葉1人を残して病室を後にするヴァルの気配がなくなったのを見計らってベッド脇のイスに腰掛ける狩葉。

その気配を察知したのか斬葉が薄っすらと瞼を開いて狩葉を見やる。


「貴女にも帰れと言ったと思うのですが…そんなに叩き斬られたいんですか…?」


「今の姉様ならアタシでもいい勝負になると思いますが?」


「冗談も程々になさいな…(ちから)…使ったのでしょう?」


「あ、分かりました?」


「何年…貴女の姉をやってると…思っているんですか…」


言うことを聞かない狩葉に毒を吐く斬葉だったが、思ってもいなかった反撃に少し目を瞬かせる。

短く息を吐いてジト目を向ける。


「とは言え…ソレを立て続けに使わせる姉も…ロクなものではないでしょうね」


「姉様の人使いの荒さは今に始まったことじゃないでしょう?姉様がフリーダム過ぎて陰でオペレーター泣かせって呼ばれてるの知ってる?」


「ケンカ…売っているんですか…それなら喜んで買いますよ?てゆーかあの子達は帰り次第シバきます」


「あーはいはい、今は暴れないの。配置がズレちゃうから」


らしくない事を言う斬葉に狩葉は、彼女が病床に伏せているのを良いことに次々と減らず口を並べ立てる。

身体が蝕まれて肉体的・精神的にも疲弊しているのか、軽い冗談にさえ嚙みつく斬葉を抑えながら彼女の身体やベッドの周りにポケットから取り出したチョークで書き込んでゆく狩葉。

そして徐々にぞんざいになる扱いを不満に感じる斬葉だが彼女の言う通りで、動くとその分面倒なことになるため溜め息を漏らすしか出来なかった。


「とりあえず、どんな呪いなのか調べないとね」


魔法陣を書き終えた狩葉が斬葉の身体をそっと触るとホログラムのように文字のような模様が空中に浮かび上がる。

それを暫く見ていた狩葉は首を傾げる。


「動悸・息切れの呪い………救◯でも飲んどきゃ治る呪いじゃないのこれ?」


「毒も相まって悪化してたんですね…確かに先ほどと比べて格段に体調が良くなってきましたから」


「何よ…焦って損しちゃったわ…一応解呪はしておくから明日の朝まで安静にしててね…ってそうじゃなくても土手っ腹に風穴開いたんだから暫くはジッとしておく事、いい?」


「そんな必要は無いと…」


「おーねーえーちゃーん?」


「分かったからその呼び方だけは止めて…むず痒いから」


数年ぶりに姉妹らしい会話をしたなと思いながら魔法陣を介して狩葉は姉の解呪に取り掛かる。

こうして斬葉の命の危機(?)は何事もなく乗り越えたのだった。



「昨晩はお騒がせ致しました。この通り、怪我はまだ完治していませんが体調はすっかり良くなりました」


翌日、再び見舞いに訪れた零葉たちが見たのは病衣を変わらず纏いながらも身体に浮かび上がっていた呪詛が幾分か薄くなった斬葉と、一晩中付き添っていたのか彼女のベッドに突っ伏すようにして寝息を立てている狩葉だった。

しかも余程疲れているのか零葉たちが来ても身じろぎ一つしない。


「寝かせておいてやってください。日が昇るまで看病してくれていたみたいですから」


「んじゃ、姉さんはそのままにしておいて、俺たちがここに来た理由なんですけど、姉様の見舞い以外にもう一つ用事があるんです」


「えぇ、そうでしょうね。たかだか見舞い一つにわざわざ全員で来る理由がありませんから」


斬葉も予期していたのか零葉の言葉にさして驚いた様子もなかった。

そこで零葉はフィーナの過去を話した。

その間、斬葉は静かに耳を傾けていたが話し終えたところで重い溜息を一つ吐く。


「どうしてこう見事なまでにトラブルが立て続くのでしょうかね」


「零葉さん…そろそろ私にも教えて下さい…何がそんなに引っ掛かっているんですか?」


「それな、これは俺たちの憶測でしかないんだが、お前を襲ったおっさんの依頼主(クライアント)、もしくはその裏にいるヤツはお前の獣人族(どうぞく)だ」


零葉の思わぬ説明に目を見開くフィーナ。

子供の頃の記憶しかないものの、彼女の知っている獣人たちはそんな非道な事をするようには考えられず彼女の唇は知らずの内に震えていた。


「しかもソイツは今も生きている可能性が高い」


「で…でも…どうしてそんな事が…」


「根拠は2つ、まず1つ目は森精族のおっさんが獣人国に、更にはそこにあるお前の家にどうやって忍び込んだのか。最も簡単なのは依頼主が侵入の手助けをした」


ピッと二本指を立てた零葉が根拠を示す。


「それは国外の人間でも可能なんじゃ…」


「その可能性もあったがセレネに聞いてその線は消えた」


零葉がセレネに視線を向けると彼女は小さく頷いて獣人国について語り始めた。


「獣人国、正式名称 ネールス多部族連合合衆国は東西を切り立った山に囲まれ北には氷海、他種族唯一の入り口である南側は長大な城壁と複数の門によって隔離された半閉鎖的な国。入国には国内の獣人による紹介状か国発行の通行許可証がなければ入国できません。これは50年よりも前から続けられています」


「つまり、10年前の戦争時点では鎖国状態のネールスに他種族が入り込むのはかなり難しいつーこと、そっから考えられたのがグラードのおっさんの裏には確実に獣人が絡んでるってこと。でもって、黒幕が生きてる可能性については根拠の2つ目、どうして昔はお前を攫いに来たおっさんがこの間の再会の時には殺そうとしてたのかがヒントだ」


「それは…私が邪魔だったのではないでしょうか?」


次々と述べられていく根拠にフィーナの表情はみるみるうちに青ざめていき、それに気付いた百葉が止めに入る。


「零くん、その話フィーナちゃんにはキツ過ぎるんじゃないかしら。ちょっと休憩にしない?」


「いいんです…百葉さん、私…真実を知りたいんです…何であの日私と母は襲われなければならなかったのかを…」


しかし、キュッと唇を噛み締めたフィーナは今にも泣き出しそうになりながらも百葉の申し出を断った。

零葉は「いいんだな」と尋ね、彼女が首を縦に振るのを見て再び口を開く。


「さっきの話、こうは考えられないか?今は森精族(エルフィー)に付いてるはずのおっさんはお前が真実を知る前に殺そうとしたんじゃないかって。要するにおっさん以外にも10年前の事件が起きた本当の理由を知ってるヤツが今も生きてるかもしれないってこと」


「まぁ無きにしも非ず…ってところかしら」


「話半ばで遮ること悪いけどよ、零葉…龍遣い荒れえよ」


そこに紙片を持ったヴァルが肩で息をしながら部屋に入ってくる。

ヴァルの文句はどうやら手にしている紙の束と関係があるらしくそれを零葉に向けて放り投げた。


「お、サンキュー」


「ったく、龍を使いっ走りにする人類(ヒューマン)なんて聞いたことねえよ」


「それ、なあに?」


「10年前の入国リスト、ヴァルに頼んで借りてきてもらった」


「どうやって?」


「ちょっとばかしツテでな。で、お目当の名前だけどよ…」


「無かったんだろ?」


ヴァルが言い終える前に零葉がその先を言うと肯定するように首を縦に振る。


「それどころかこの辺りを何度見返してもエルフィーの男が出入りしたっていう記録がねぇ」


「あっさりコイツを渡してきた辺り怪しいとは思ったが、これで決まりだな」


「何がですか?」


疑問符を浮かべるフィーナに対して、零葉が紙の束をパンッと叩いて答える。


「入国リストを改竄できる立場のヤツが絡んでるってことだ」


「獣人国の中でも立場が上のヤツが怪しいな」


ヴァルの一言に僅かに表情が曇るフィーナだったが、それには誰も気付かない。


「そのエルフィーが密入国したと言う線は?」


「セレネの土地情報に間違いが無けりゃ検問だらけのネールスに密入国はまず無理でしょうね」


「仮に黒幕の存在が事実だったとして、これからどうするつもりです?」


一先ずフィーナの件についての話が一段落したところで斬葉が今後の予定を零葉に尋ねると、彼は少し瞼を閉じて逡巡した後答えた。


「とりあえずネールス合衆国に行ってみようと思っています」


「そうですか」


それを聞くや否や病衣を脱ぎ始める斬葉、未だに腹部が包帯でグルグル巻きにされているのも構わず着替え始めた。

彼女の突然の行動に零葉はできる限り姉の肌を見ないようにそっぽを向きながら止めに入る。


「ちょっ…姉様、まさかついて来るつもりじゃないですよね⁉︎」


「何かおかしいですか?」


「おかしいも何も…腹にどデカい穴が開いたんですよ⁉︎」


「それならもう平気です…っとと…」


零葉の悲鳴にも似た制止も聞かず上半身だけで軽く伸びをするが、不意に視界が歪みベッドに倒れてしまう。


「言わんこっちゃありませんね。いいですか、姉さんが解呪してくれたとはいえまだ処理しきれなかった呪いは残っているんですから姉様はくれぐれも安静にしておいてください。やることが終われば迎えにきますから」


「……分かりました」


フラついたのが意外にもショックだったのか拗ねた様子の斬葉は零葉の忠告をあっさり受け入れた。


「一応何かあった時の為に姉さんは置いていきますから、絶対に待っていてくださいね」


どう考えてもフリにしか聞こえない台詞を残して部屋から出て行った零葉たちの背中を見送りながら狩葉と2人になった斬葉。


「もう起きているんでしょう?」


「うん。ゴメンね、お姉ちゃんホントは行きたくて行きたくて仕方なかったでしょ?」


「とは言え、今の貴女を連れ出すワケにもいきませんからね」


「ポンコツな妹でゴメン…」


「そんな事ありませんよ…貴女は私の自慢の妹なんですからもっと自信を持っていいんですよ。それにたまには息抜きも必要だと思うんです」


いつの間にか目を覚ましていた狩葉に声を掛ける斬葉。

完治しつつある彼女が残るハメになったのは自分のせいだと自己嫌悪に陥る狩葉だったが、そんな事はないと真っ向から反対する斬葉に狩葉の気分は多少晴れる。


「今は休んでお互い英気を養うとしましょう」


「そだね、ところでお姉ちゃん。昨日診た時、呪式に改変の跡があったんだけどお姉ちゃんがやったの?」


「いいえ、呪式が発動してからは殆ど意識はありませんでしたからそんな事は出来ないかと」


「じゃあお母さんがやったのかな…」


大事に至らなかったのは幸いだったが狩葉は姉に対して僅かな不安を抱くのであった。



「斬葉は大丈夫なのか?」


ネールス合衆国の入り口である巨大な壁と門が目前に迫った頃、思い出したようにヴァルが尋ねてきた。


「平気だろ、万が一の時用に姉さんを置いて来たんだし」


ヴァルの問いかけに別段心配している様子のない零葉が答える。

あの2人が揃っているのであれば例え軍隊が大砲を率いて攻めてきても問題ないと踏んでいるのだろう。


「ところで、ネールスに入るにしても俺たちは通行許可証も紹介状も持ってないんだぞ。そこの所どうするつもりなんだ?」


「強行突破…はさすがに論外だよな」


「当たり前だ、フィーナの調べ事をするどころの話じゃなくなるぞ」


「だよなー」


ヴァルと零葉が入国方法に関して思考を巡らせる中、ここまでまったく喋らなかったフィーナがおずおずと手を挙げる。


「あの…私がいれば多分通れると思います…話が通じればですけど…」


「どういう事だ?」


フィーナの言葉に首を傾げる零葉だったが、それ以上の事は話したくないのか彼女は再び俯いて黙り込んでしまった。


「まぁ、今はフィーナの言葉を信じるしかないな。ダメだった時の事はまた後で考えようぜ」


何となく腑に落ちないもののこれ以上の追求は彼女も辛いのかもしれないと思った零葉は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「止まれ、通行証か紹介状を見せろ」


何処となく気まずい雰囲気の中、唐突に前から呼び止められる。

何事かと顔を上げた零葉たちの眼の前にはいつの間にか巨大な門が聳え立っており、そこを任されている番兵なのだろう男の獣人が長槍を横に構えて通せん坊していた。


「フィーナ、これからどうするんだ?」


頰を掻きながら獣人である番兵に何処まで誤魔化せるか分からないが、極力聞かれないように小声でフィーナに尋ねる零葉とそれを見守る一行。

暫くして意を決したように顔を上げたフィーナが口を開く。


「リフィナス・エシア・レオリオン…この名前ご存知ですか?」


零葉たちは聞き覚えのない名前に目を瞬かせるが、番兵は何か知っているのか怪訝そうに眉を(ひそ)めた。


「見たところキミは獣人族(ビーストール)のようだが、一体どんな要件で来たんだ?」


「父に…会いに来ました」


「失礼だが、父上の名前は?」


「ライゾット・ギル・レオリオン。現ネールス合衆国皇帝です」


普通であるならば出るはずのない名前に、番兵だけでなくその場にいた全員が耳を疑いフリーズした。

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