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思わぬ再会と不吉な予言

「これが私、フィーナ・クロムシェイドの腐りきった過去です…アナタを慕っていたのがこんなヤツで幻滅したでしょう?あの時、私が母さまを見殺しにしたせいで獣人族(ビーストール)は他の種族に滅亡の一歩手前まで追い詰められた…その原因を作った私を誰も許しはしないでしょうね」


過去を明かし終えて、短く息を吐くと悲しそうに微笑んで零葉を見上げるフィーナ。

それを聞いて彼は何か思うところがあるのか、フィーナの話が聞こえるように横に座ってセレネの頭を撫でていた狩葉に尋ねる。


「…姉さんはどう思う?」


「多分、アタシもアンタと同じ事考えてる」


「どういう事ですか?」


「フィーナちゃんのその話、アタシたちの仮説が正しければかなり面倒で、おまけに現在進行形で終わってない話かもしれないって事」


狩葉の言葉を聞いて零葉は「だよな」と呟くと、今だに膝枕しているフィーナの頭をそっと撫でる。

彼女には理解できない場所でやり取りをしている2人に眉を潜めていると、狩葉がその話をかいつまんで補足をしてくれるが結局分からずじまいだったので更に眉間にシワが寄る結果になってしまった。




「どうも皆さん、お初にお目にかかります。ワタシ、"悪欲の魔神"ヴォルドスと申します。是非とも皆さんを研究させて頂きたく…」


「お断りです」


深々と降り積もる雪の中、白衣を着て黒縁メガネを人差し指で持ち上げる魔神と斬葉、百葉、ヴァルディヘイトの4人はお互いに対峙していた。

ヴァルは魔神と名乗る怪しげな男を見て、「少し難易度の高い素材集めだったはずがどうしてこうなった」と盛大にため息を吐いた。

何故このような状況に陥ったのか、それは斬葉たちが村に到着してから少し経った数時間前に遡る。


「占い師…ですか?」


「何でもよく当たる流浪の占い師らしくて、今は獣人国に向かう道中でこの村に滞在してるんだと。そこの酒場でやってるらしいぞ」


「興味ありませんね」


「うわ、身も蓋もない発言」


「たかだか占い如きでその日の自分の幸、不幸を左右されるなんて馬鹿らしいと思いませんか?」


「斬ちゃん、お母さん占い気になる…」


「今すぐその酒場に行きましょう」


斬葉の至極ごもっともな意見に閉口するしかないヴァルだったが、意外と言うべきか、そうではないのか、占って欲しいと声を上げた百葉が言い終える前にガタンッと勢い良く立ち上がる斬葉。


「え…え?」


「行・き・ま・しょ・う」


あまりの変わり身の早さに目を白黒させるヴァルだったが、斬葉がズイッと詰め寄ると掛けていたメガネに部屋のランタンの光が反射して不気味な威圧感を放った。

それらの要因が彼に有無を言わせぬ状況を作り出した。


「はい…」


先ほどまで全く乗り気でなかった斬葉に壁際に追い込まれ、斬葉が壁にドンッと手を突いたことで俗に言う「壁ドン」状態になってしまう。


「それって普通は立場が逆じゃないかなー」


問題の所在は本来そこではないはずだが、相変わらずの天然、能天気ぶりを発揮する百葉をよそに情報源だったはずのヴァルが首を縦に振るという何とも奇妙な展開になってしまった。


「村の酒場にしては随分と賑わってますね」


「そりゃこの村はラグ・バルとネールスの間の交通の要所みたいなもんだからな、必然的に行商人が立ち寄るんだ」


村の酒場とは思えないほどの盛況ぶりに目を見張る斬葉にヴァルが答える。


「それに今は占い師が来てるから尚更だろうな」


「それでその人はどこにいるの?」


ピョンピョンと跳ねながら(くだん)の占い師を探す百葉、それほど広くない店内でその人物を見つけるのは苦労しなかった。

人だかりが出来ている中、頭までスッポリとローブで覆い隠した人物が、いかにもといった様に目の前に座る男をテーブルの中央に置いた水晶玉で占っていた。


「うわーお、いかにもって感じね」


「お母様、水を差すようで申し訳ないのですが胡散臭さが私の中で急上昇中です」


「あー…うん…なんかすまん」


ヴァルもあそこまで露骨な占い師だとは思っていなかったのか、営業妨害もいいとこの会話をしている2人に無意識のうちに謝ってしまっていた。


「そこの御三方、なかなか面白いものが見えますな」


遠巻きに眺めていた3人だったが、唐突に占い師が歩み寄ってきた。

すると女性らしき声でそう言うと、ローブから覗く口元を笑みの形に歪ませる。


「皆さん、申し訳ないが予約客が来たようだ。今日は終わりにするから明日また来ておくれ」


クルリと彼女の占いを待っていた人だかりに店じまいである事を告げると、多少文句が上がるがすぐにバラバラに散っていった。

それを見届けた占い師は去っていく客たちの背に「すまないね」と投げかけ道具一式をまとめ始める。


「予約客というのは私たちの事ですか?だとしたらそのような事した記憶がないのですが」


「俺も今日この村に着いてから知った話だし何よりこの人とは初対面だぜ?」


「右に同じー」


予約客という言葉が引っかかり首をかしげる3人をよそに持っていた鞄をヴァルに放り投げるとチョイチョイと指を動かす。


「あーしの占いが必要な3人組が近いうちに訪れるって未来が見えてね。それにさっき見たところ、御三方ともあまりおおっぴらに出来そうもない過去(モノ)をお持ちのようで。そこで特別にあーしの泊まっとる部屋で占おうって魂胆なんじゃ」


「なるほど…」


未だ胡散臭さは抜けないものの、少しばかり彼女の言い回しに興味をそそられた斬葉たちは占い師に酒場の上にある宿屋の部屋に案内された。


「さてと、そこのドラグール殿。鞄から水晶を出してくれんかね」


ベッドに腰掛けた占い師は備え付けのテーブルを自分の前に引き寄せるとヴァルの正体をあっさり見破って指示する。

ヴァルはラグ・バルに来てからというもの、正体がバレぬように翼や尻尾を隠してあくまでも人類(ヒューマン)に見えるように過ごしていたのである。


「それで、そちらのお二人さんはこんな世界にはるばるようこそ」


「そんな事まで見えるの?」


「そりゃー見えた過去の景色が明らかにこの世界とは違うからね」


どうやら彼女の力は本物のようだ、そう確信付けて斬葉が話を切り出す。


「そこでですね、お母様の運勢を見ていただきたいのですが」


「ありゃ、意外と普通の占いをご所望かい。まぁ良いけど」


そう答えた占い師はテーブルに置いた水晶に手を翳すと何やらブツブツと呪文のようなものを唱え始める。

暫くして黙り込んだ占い師だったが、何か見えたのか「はふぅ…」と息を吐くと頬杖をついて百葉を見やる。

とはいえ、彼女の目はフードに隠れているので本当はどこを見ているのか分からないのだが。


「何だか面倒なもんを背負ってるね」


その言葉に百葉は(まばた)きを一つすると「そうかしら?」と素っ気なく答える。

何となくその雰囲気が普段の彼女と何処となく違っていたような気がしたので眺めていたヴァルがそれを尋ねようとするが、その前に占い師が口を開いた。


「まー、近いうちに面倒ごとに巻き込まれるだろーね。しかもとびきりの。そんでもって周囲にいるアンタたちも問答無用で巻き込まれるだろーね」


「それだけですか?」


占い師の言う、とびきりの面倒事を「それだけか?」と一蹴した斬葉に彼女は答えた。


「アタシはネタバレ…じゃなかった、まーそれだけさね」


先ほどから若干キャラが迷走気味な占い師に再び不安を募らせるヴァルだったが、何故自分の正体を見破れたのか。

それだけがどうしても気になり尋ねた。


「話は戻るが、何で俺が龍族(ドラグール)だって分かったんだ?」


その問いに占い師は意地の悪い笑みを浮かべながら答える。


「何でだって?その程度の認識阻害じゃ、あーしの目は誤魔化せないよ」


そしてローブの奥から僅かにキラリと輝いた青い双眸を見た瞬間、斬葉が勢い良く立ち上がり占い師のローブをバッと外すと詰め寄る。

現れたのは金色の短く切り揃えた髪に青い双眸の10代前半といった見た目の少女だった。


「何となく怪しく思っていたのですが…一体なぜここに貴女がいらっしゃるんでしょうか?」


「……………なっ…なんのことやら?」


その双眸から目を逸らすまいとジーッと睨みつけて疑問をぶつける斬葉に、初めはしらばっくれて彼女の目を見つめ返したまま1分ほど耐えていた占い師も視線が外れないと分かると、とうとう目を逸らし滝のような汗を流して上ずった声で答えるがあからさまに怪しさが丸出しだった。


「この質問は正確ではなかったですね、ならば変えましょうか。どうやって私たちがこの世界にいると分かり、尚且つこんな回りくどい方法でコンタクトを取ってきたんですかね、千里眼(ファー・アイ)?」


ヴァルも初めて聞く名前らしき単語を聞いた瞬間、ビクッと肩を揺らす占い師。

汗は止まることを知らず、そろそろ脱水症になってしまうのではないかというほど動揺していた。

一方、すっかり放置されていた百葉はようやく斬葉の行動に合点がいったのか「あぁー…」という納得の声を漏らしていた。


「だっ…だってさ…アンタが行方不明になってもう二週間だぜ?あっちの世界を隅から隅まで探してみたけどどこにもいないし」


「そうですか、向こうとは時間の経過は殆ど変わらないのですね」


とうとう観念したのか頰を掻きながらしどろもどろに答える占い師こと千里眼。

しかし、斬葉の着目点はそんなことより元の世界との時間の差異に向けられていた。


「それにしても貴女、別次元の世界を覗けるだなんて知りませんでしたよ」


「そりゃ、今まで使う機会もなかったんだから教える必要もなかったんだよ。それに一度繋げるのに相当疲れんだよコレ」


「と言うことはその身体は元々は別人のものということですか」


「まーな、極力負担が掛からないように波長が近いヤツを選んで視界を借りてるけどな」


「じゃあここに来たのは偶然?」


「いんや、それはこの目で見た」


「ところでどうしてこの世界に私たちがいることを?」


「そりゃ、アンタの弟の幼馴染ちゃんの情報提供で家の場所を割り出してな、そんでもって呪創主(クリエイター)に魔力跡を辿ってもらったってだけさ」


千里眼の言葉を聞いて納得した斬葉はどことなく掴みようのない青年の顔を思い浮かべる。


「そういえば、アレはさすがの私でも引くくらいにあの子にLOVEでしたね。やはり日本に行きましたか」


「今は川間っちの家に転がり込んでるよ、アタシはいつもどーり店から観ながら間借(ログイン)りしてる。短時間なら意識も借りれるからこうやって会話が出来るしな。ちなみに身体の主には人探しっつー事で協力してもらってる」


明らかに身体の持ち主への悪影響が出そうな無茶をしていると答える千里眼に、斬葉たちと似たアタマのネジのぶっ飛び具合を感じて呆れ顔を浮かべるヴァル。


「大丈夫だろ、人間じゃねーし」


ヴァルの表情から思考を読み取ったのか、肩を竦めながら借り物の身体を指差す千里眼。

彼女の指差した先、そこにあったのは長く尖った耳である。


「エルフィーの少女ですか」


「ところがどっこい、こう見えて200歳だぜ?」


どこをどう見ても10代前半の幼い少女にしか見えないが見た目を変質する魔法でもあるのだろうか、その若すぎる容姿に千里眼からそう聞いてもにわかには信じられずにいる斬葉と百葉だった。


「この世界には見た目詐欺のヤツなんてごまんと居るぞ」


ヴァルがそんな夢もへったくれもないぶっちゃけ話をする。


「そのような人、そうそう居るわけが……そういえばどこかに見た目詐欺の方が約1名いましたね」


「んー?」


思い出したように隣の少女にしか見えない自身の母を見て、案外そんなのばかりだなと考えを改める斬葉だった。


「なぁ、アイちー。流石のウチもキツくなってきたぞー。問題なかったら雑談はまた明日以降にして欲しいんだけどー?」


突然、斬葉たちの目の前に座っていた占い師が先程までとは全く違う口調で喋り出す。

こちらが彼女の本来の話し方なのだろう首をグルグルと回しながら気怠そうに自身の中に居座る千里眼に話しかけた。


「ワリーねクワンタ、もう終わるからあと一言だけ。とりあえず、ジッちゃんたちには元気にしてるって伝えとくわ。またちょくちょく様子見に来るからくたばんじゃねーぞ。以上、通信終わりっ!」


「一言じゃないじゃーん。それにちょくちょく来られても困るんだけど?うん、うん、そっか…なるほどねー…分かった。うん、それじゃねー」


千里眼がクワンタと呼んだ占い師に催促され、少し早口気味に一方的に話し終えるとクワンタが文句を言い始める。

そして、彼女にだけ聞こえる会話をしているのか、しばらく独り言のようにブツブツと呟いていたクワンタだったが、それも終わり千里眼の肉体への干渉が及ばなくなったからか、身体をほぐすため座ったまま軽く腕を頭上にあげて伸びをする。


「さてと、あんたらウチにいったい何を見てほしーの?」


改めて居住まいを直したクワンタは目の前の斬葉たちを一瞥するとフゥッと息を吐いた。


「えーっと、彼女の運勢を見てもらいたいのですが」


そう言って斬葉は百葉を指さす。

占ってほしいと最初に言い出した当人はうつらうつらと舟を漕いでいた。


「……失礼しました。とは言え、このままお(いとま)させていただくのも勿体ありませんし、私を占っていただけませんか?」


ずり落ちたメガネを直して自分がと進言する斬葉。


「何だよ、本当は占って欲しかったんじゃ…」


「何か問題でも?」


「いいえ、ありません…」


斬葉の発案にヴァルは茶々を入れるが、振り向いた斬葉の恐ろしいまでの鋭い眼光に(たしな)められ慌てて視線を外す。


「分かったー」


そんな2人のやりとりを全く気に留めず淡々と答えたクワンタは水晶玉に手を翳すと何か呪文のようなものを唱え始める。

しばらく水晶玉と向き合っていたクワンタは目を見開くと、斬葉と水晶玉を交互に見つめてボソリと呟く。


「これ…どういうこと?」


「何が見えたんだ?」


彼女の呟きを聞き逃さなかったヴァルが問い掛けるとクワンタは眉間に皺を寄せる。


「いんや、見えなかったのよ。その子の事が何一つも」


「そんなことってアンタからしたら珍しいのか?」


「珍しいも何も、占いを始めて150年…色んな種族を占ってきたけどこんな事は今までなかったよ。見えない代わりなのか知らないけど、たくさんの怨嗟の声が聞こえたんだけど…あんた、一体何者?」


クワンタの問い掛けに斬葉はメガネの奥で翡翠の瞳を細める。

そして何処からか布切れを取り出すとメガネを外して拭き始めて口を開く。


「そうですか、貴女のような占い師でも私の運命は見えませんか。それだけ分かれば充分です、お手間をお掛けしてすみませんでした」


短く息を吐いた斬葉はスッと立ち上がるとそのまま部屋を去っていった。

ヴァルは慌てて追い掛けようとするが、眠っていたはずの百葉が彼の腕を掴み、クワンタが言葉で彼を制する。


「待ちなよ、まだ聞き忘れた事があるんだけど」


「何すか?」


「あんたみたいな"存在"がなんであんな得体の知れない子と一緒に行動してるの?」


クワンタの質問の真意を理解したヴァルは片眉を吊り上げる。


「何でそれを聞く?」


「別にー気になっただけー」


「そうだな…強いて言うなら、"面白そう"だからかな」


「そっか、悪かったね引き留めて」


ヴァルの答えに満足したのかは分からないが、クワンタはそれ以上は何も聞かずに本を開いた。


「なんか悪かったな、俺が彼女のことを教えなかったら…」


「気にしないでください。正直分かっていた結果でしたから」


クワンタの部屋を後にし、自分たちの宿に戻る途中の斬葉を、少し遅れてすっかり熟睡してしまっている百葉を担いだヴァルが呼び止めて謝った。

しかし、彼女は気にした様子もなく当然の結果と答えて短く息を吐く。


「分かってた?どういうことだ」


「昔、千里眼(ファー・アイ)に興味本位で未来視をしてもらったことがあるのですが、その時も同じように何も見えなかったそうです」


斬葉はそう答え、意味をさっぱり理解できないヴァルは首を傾げるが、その先を彼女が語ることはなかった。



「おはよう2人とも、よく寝れた?」


「それなりには」


「俺もそんなところかな」


翌朝、百葉の声で目が覚めた斬葉とヴァルは簡単に身支度を済ませると朝食を取るべく昨日の酒場に向かうと、その一角にポツンとクワンタが座っていた。


「おー、あんたらようやく来たねー。待ちくたびれたよー朝飯奢れよー」


幼く可愛らしい印象を受ける容姿に似つかわしくないぶっきらぼうな口調。

昨晩は大して気にならなかったものの、改めて朝一番に見るとなかなか強烈なものがあった。


「待ってたってどうしてだ?」


「今言ったでしょー、朝飯奢れー。それで昨日の代金はチャラにしてやっから」


親指と人差し指で輪っかを作り、ニシシと笑う少女はその可憐さを思いっきり台無しにしていた。


「ところであんたら、これからどうするわけ?」


朝食のバッカムビーフのサンドウィッチを齧りながらクワンタは斬葉に尋ねる。

斬葉は紅茶に口をつけながら手にしていたフォークでサラダの上に載ったアラミスバードの半熟卵を割った。


「どうするというか、お遣いを済ませるだけですよ。これからもう少し進んでベルベットホーネットを狩るつもりです」


「ふーん、意外と普通のことだからちょっとガッカリだね」


「アンタは何を期待してたんだ…」


「いや別に?あ、朝飯ごちそうさん。龍族のおにーさん、近いうちにろくでもないことが起きるよ、用心しなね。じゃあまたどこかで会えることを願って」


サラッと不吉な予言をヴァルに残してローブのフードを被り直したクワンタは去って行った。



時を同じくしてラグ・バルから少し離れた場所、森精族が陣を構えている小高い丘の上。

そこからはラグ・バルの全貌が見渡すことができた。

その最奥、森精族の王であるゼーブルは近衛兵長(このえへいちょう)である鬼剣、グラード・ロイクリフの報告を眉間に皺を寄せながら聞いていた。


「…つーわけで連行に失敗しました」


「貴様、我らが王の弟君の仇を前にして逃げ帰ってきたというのか!」


「この愚か者、不忠者めが!」


ゼーブルの腹心たちが騒ぎ立てる中、グラードは面倒臭そうに頭を掻いていた。


「黙れ」


彼の報告を聞いていた間、沈黙していたゼーブルだったがようやく口を開いて発したのは、臣下たちへの一喝だった。

その重圧に騒いでいた臣下たちは一斉に口を閉ざす。


「グラード、お前ほどの男が何の成果もないまま帰ってくるとは…それほどまでに厄介な相手ということだな」


「ご明察」


「貴様、我らが王に何という口を…」


「よい。それよりも先ほどから外が騒がしいようだが何事だ?」


グラードの態度を注意しようとした臣下を手で制するゼーブルだったが、何やら本陣の外の兵士たちがざわめき出したのに気付き目を細める。


「我らが王、本国から緊急の魔鏡伝令です!」


本陣に飛び込んできた伝令係と思われる兵士が、近衛兵に止められるのを押しのけ慌てた様子で顔ほどの大きさの鏡を差し出す。


「何だ」


「我らが王、緊急事態です。本国に…エル・フィオナの南西1kmの地点にて魔神の姿を確認、至急ご帰還願います!」


ゼーブルが鏡に手を翳すと、その表面が波打ってゼーブルではない別の森精族の男性を映し出した。

その男性はゼーブルに向けて一礼すると、伝令の内容を話す。

魔神が自国のすぐ近くに現れた、その情報は周囲にいた臣下たちを震撼させるには充分過ぎた。

再び騒ぎ出す臣下たちをゼーブルは目だけで黙らせる、そして短く息を吐いて立ち上がる。


「狼狽えるな。やむを得ないが、我々はこのまま本国に帰還する。やはり噂は本当だったというのか…?」



聖森帝ゼーブルが撤退を決めた頃、森精族の一軍を少し距離を置いて遠くから眺める者がいた。


「キヘヘッ…何だかんだ言ってテメェが一番好き勝手にヤッてんじゃねーか騎士さんよォ」


誰もいない草原に佇み、紫の髪を靡かせる魔神は不気味な笑みを浮かべながら独り言を吐き捨てるように呟いて一陣の風の如く姿を消した。

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