機械じかけの少女
フィーナによると、機甲人種とは遥か太古から存在している、意思を持って自律行動する殺戮兵器なのだと言う。
その姿は人型に留まらず、獣型や兵器型、果ては龍や巨人(獣)の姿を象ったものまで存在したらしい。
それらの全身にはあらゆる兵器が搭載されているが、今現在のこの世界にある技術では再現不可能とされるシロモノばかりとのことである。
その他にも太古からとはいえ、実際はいつ頃から存在しているのか、誰が創り出したのか、機甲人種については様々な事が謎に包まれている。
しかし、最近の研究で判明した一説として、彼らの肉体の構成物質はこの星のどの生物、物質にも該当せず、ここ以外のどこかで創造された物である可能性が非常に高いとされているそうだ。
「そうは言うけど…」
零葉には自分の目の前で大人しくちょこんと座りながら目の前をヒラヒラと舞い飛ぶ蝶々を目で追い、捕まえようとしているのか時たま手を伸ばしている少女がフィーナの言うような殺戮兵器には到底思えなかった。
「とはいえ、この子はすっかりアンタに懐いちゃってるみたいだし…今のところ無害なら連れて行ってあげれば?」
「そんな簡単に決めちまっていいのか?」
蝶々とじゃれ合う少女を穏やかに目を細めて眺めている狩葉が意外にもあっさりと彼女の今後をどうするかの決定権を零葉に委ねるが、零葉はフィーナの意見もある手前、なかなか決められずにいた。
「こんな可愛い女の子を置き去りにしようとするなんて寝覚めが悪くなるどころの話じゃないわよ」
狩葉は決めあぐねている零葉を半目で睨みながら少女を膝上に抱きかかえて小動物を愛でるように頭を撫でくり回す。
少女はというと狩葉の行動が謎だと言わんばかりにキョトンとした表情で目を瞬かせながら不思議そうに彼女を見上げていた。
「本当にお肌プニプニ…この感触で人間じゃないとはとても思えないわね」
◯橋名人の16連射よろしく、少女の頬をプニニニニと連打する狩葉。
少女は相変わらず無表情でされるがままになっている。
「少しは抵抗してもいいんだぞ」と言いながら零葉は狩葉の額にチョップを浴びせ少女を解放してやる。
「ムゥ…」
ウンウン唸りながらその様子を眺めているフィーナは零葉たちのやり取りがよほど気に食わないのか顰めっ面を浮かべていた。
「うわーんフィーナちゃん、零葉がアタシをチョップしたよー。家族内暴力だー」
そんな彼女の心境など露知らず、狩葉が棒読みのままフィーナに抱きつこうと前のめりに倒れてくる。
「早くゲルペースト集めましょう」
そんな狩葉の腕をフィーナはスルリと躱すと、新しいスワンプゲルを探してスタスタと歩き去ってしまった。
「フィーナ…?」
さすがにフィーナの様子に気付いたのか、その背中を眺めながら首を傾げる零葉に狩葉が倒れ込んだときにぶつけたのか真っ赤になった鼻を押さえながら彼の耳元で囁く。
「アンタってラブコメの主人公並みの朴念仁ね」
「ハァ?何言って…」
「それはアンタ自身が気付きなさいな…それがアンタの、あのコのためなんだから」
後半はそれこそ独り言のように呟いたので零葉の耳に届くことはなかったが、彼がそれを聞きなおす前に狩葉はフィーナを追って行ってしまった。
「旦那さま困惑されていますか?瞳孔、表情筋、共に動揺を示す動きが現れています」
「…そうだ、お前の名前って何て言うんだ?」
「名前…識別番号ということですか?でしたら本機体は番外個体である為、識別番号は存在いたしません」
ふと思い出したように少女に名前を尋ねる零葉だったが、彼女から返ってきたのはあまりにも的外れな回答で、番外個体という言葉に引っかかりを覚えつつも溜息を吐きながら口を開く。
「いや、そうじゃなくて…まぁいいや、それは一先ず置いておくとして、お前には色んな兵器があるんだよな?」
「肯定します」
「だったら索敵装置みたいな物もあるのか?」
「肯定します」
「だったら周囲にスワンプゲルがいるか探ってくれるか?」
「旦那さまの命令とあれば」
そう言って少女の右耳のあたりからアンテナのような物が髪をかき分け飛び出し、左耳の辺りでカシャカシャという音が聞こえたかと思うと小さなパラボラアンテナのような物が姿を見せる。
恐らく、向こうと同じでアンテナが発信機でパラボラが受信機なのだろう、その場でゆっくりと一回転する少女はしばらく逡巡した後にフィーナの歩き去った方向を指差す。
「あちらに複数の生体反応を確認、その方向に向かう生体反応が2つ。先ほどの2人だと思われます」
「よし、じゃあさっさと追いかけよう」
「了解。旦那さまについて行きます」
そう言って走り出す零葉を少女はパタパタと拘束服をはためかせながら追いかけた。
「きゃあぁぁぁ⁉︎」
少しして狩葉の背中が見えてきた時、不意に彼女の姿がフッと消えると同時に悲鳴が上がる。
「姉さん⁉︎」
慌てて駆け寄ってみると、彼女の脚にスワンプゲルが纏わりついていた。
どうやら気付かぬうちに足元に忍び寄られ、絡め取られたようだった。
運の悪いことに、倒れた際に手をついた先が沼だったため服は泥だらけ、おまけに手が抜けなくなってしまったのか四つん這いの体勢になってしまっていた。
「ダサ…」
「……とりあえず全力で一発ブン殴ってやるから今すぐ助けなさいよ」
「先行ってるから」
「ゴメン、ゴメンってば!お願いだから助けて!」
思わず口から漏れてしまった零葉の一言に狩葉は目つきを鋭くしてもがきながら助けを求めるが、殴られて喜ぶ趣味はないので放置してその場を立ち去ろうとする零葉。
さすがにこれはマズイと感じたのか、狩葉が慌てて素直に助けて欲しいと叫ぶ。
「はいよ、シル・ウィデア」
そんな彼女の泣きそうな声に応じて風魔術を発動する零葉。
すると彼女の身体は風に包まれて泥やスワンプゲルを弾き飛ばしながら浮き上がらせた。
「ウガァァ!」
「ケバブッ⁉︎」
沼から救出してもらってゆらりと立ち上がった狩葉は腕を振りかぶり、体重を乗せた渾身の右フックで零葉のわき腹を抉るように殴り、フンッと鼻を鳴らしてスタスタと先に行ってしまった。
「旦那さま、悶絶してらっしゃいますか?」
「おぉぉぉぉ…」
ガックリと膝をついて苦悶の声を漏らす零葉に少女が首を傾げながらしゃがみ込む。
ふと、少女が顔を上げて遠くの一点を凝視する。
「ど…どうした…?」
「いえ、何となく知っている匂いがしたものですから」
「?」
少女の答えの意味を理解できなかった零葉はその視線の先を追うが、そこにあるのは曇天と地平線だけで少女の言うような匂いの元になりそうなものは見つからずじまいだった。
「よし、かなり集まったわね。フィーナちゃん、こんなモンでどうかしら?」
「はい、充分すぎるほどです。お疲れ様でした」
数時間後、持ってきた大量のビンに詰められたゲルペーストを並べながらフィーナが満足そうに狩葉に笑いかける。
とはいえ、収集の大半は零葉の功績なのだが先の一件からフィーナは彼の方に見向きもしなくなっていたのだ。
「今日はもう遅いし、ピー助のところまで戻ってそこで野宿しましょ。んで、明日の朝出発で帰るって予定で大丈夫かしら?」
「はい、自分も異論は無いです」
「俺はどうせ見張り役だろ?」
「当然」
「ですよねー」
「旦那さまが見張りをされるなら同行いたします」
いつもの見張りのくだりを話している時、唐突に少女が手を挙げる。
零葉と一緒に見張ると言い出した少女を見てか、フィーナがムッとした表情で手を挙げる。
「じゃあ自分もやります」
「モテモテねぇ、お姉ちゃん嫉妬しちゃうわ」
「勘弁してくれ…」
ニヤニヤと笑みを浮かべて茶化してくる狩葉に疲れたような顔で答える零葉。
フィーナと少女は種族的に相容れない過去があるようだ、そんな勘違いをしている零葉を狩葉は相変わらずニタニタと笑みを浮かべて、何も言わずにその三つ巴を眺めていた。
一方その頃、フィーナの目的であるもう一つの素材、ベルベットホーネットの毒針を求めて斬葉、百葉、ヴァルディヘイトの3人は北へと向かっていた。
「フィーナちゃんの言うベルベットホーネットの生息地っていうのが北にある獣人族の国、ネールス合衆国のすぐ近くって聞いたけど、具体的にはそこまであとどれくらいかしら?」
「順調に行けば明日の日頂の頃には着けると思いますよ?」
「そういえば、この世界の時間について調べる事を忘れていましたね。道すがら聞いてもよろしいでしょうか?」
「別に良いぞ。えーっと、今ぐらいの時間は影の刻で、さらに細かく言うと影の没刻かな。この世界の時間は大雑把に分けられてて、日が頂点を指す頃を日頂の刻、それ以前の時間を煌の刻、日の登り始め辺りを煌の昇刻、日頂がもうすぐの辺りで煌の天刻、日頂過ぎを影の落刻」
「そして、今の影の没刻ですか」
「そういうこと」
長々と説明してくれたヴァルに斬葉は水を渡しながら納得する。
ラグ・バルで過ごしていた数日間、何となくだが商人たちの始業時間がまちまちだったのである。
その原因が時間の区切り方にあると彼の話から推測できた。
「じゃあ、夜間はなんて言うのかしら?」
「それは纏めて闇の刻と呼んでいます。細かい名称は煌影と同じですね。月を見て判断します。」
「今思ったのですが、それだと曇りや雨の日には使えませんよね?」
ふと浮かんだ疑問に斬葉は首を傾げる。
「今は煌影計があるからな、日の傾きなんて気にしないで時間が分かる。ただし凄く稀少で一般には出回らないんだ」
「そうなんですか、とりあえず日も暮れてきましたから早いところ目的の村まで急ぎましょう。残念ながら天気は待ってくれそうにありませんし」
そう言って空を見上げる斬葉の視界には進行方向から迫る黒雲を捉えていた。
「名前を決めないか?」
唐突に零葉が口を開いて見やったのは、彼らの家から持ってきたレトルトのカレーライスを黙々と口に運んでいた朱髪金眼の少女だった。
彼女は零葉の視線に気付くと小さく首を傾げて答えた。
「本機に固有の名称は不必要と判断します」
「そうは言っても不便だしねぇ」
少女は零葉の提案を不要と言うが、狩葉はすぐに同意してくれた。
「いいんじゃないでしょうか、そこはお任せします」
フィーナはというと依然として不機嫌な様子でぶっきらぼうに答えると2人に丸投げしてそっぽを向いてしまう。
「何にしようかなぁ…」
ゲル狩りの最中に遭遇したレイジボアの肉を焚き火で焼きながら狩葉が頭を悩ませる。
それは零葉も同じなのか、いい候補の出ないまま沈黙が訪れ薪の爆ぜるパチパチという音が響く。
「その子の瞳…満月みたいにキレイね…」
ふと、少女を見つめていた狩葉がポツリと呟くと、零葉が思いついたように顔を上げる。
「セレネとかどうだ?」
「なるほど、ギリシャ神話のセレネーから貰ったわけね」
「ぎりしゃ神話?」
聞きなれない単語にフィーナも思わず振り向いて首を傾げる。
狩葉が彼女の疑問を解消するように大雑把に説明する。
「ギリシャ神話ってゆーのはアタシたちの元いた世界で有名だった神話の1つでね、セレネーっていうのはそこでの月の女神様の名前なの」
「よし、お前は今日からセレネだ。よろしくな」
「旦那さまの命令ならば。本機の名称を"セレネ"に変更、以後解除コードの一部をセレネに変更します」
セレネと名付けられた機械の少女は、相変わらずの無表情だがどことなく嬉しそうにしているようだった。
「まさか雪が降るどころか吹雪になるなんて…ぶえっくしょんっ!」
一方その頃、村を目前にして猛吹雪に晒されてしまったヴァルが、宿に備え付けられていた暖炉に火を焼べながら外の轟音に負けない大きなクシャミをする。
「コートを持ってきたとはいえ変温動物には辛そうですね」
「うー…全身ビショビショ…」
「こんな時に狩葉がいれば良かったのですがね」
ヴァルと同じ様にビショビショになってしまった斬葉と百葉がいきなり服を脱ぎだす。
「うぉぉぉっ⁉︎何やってんの⁉︎」
2人の腹部がチラリと見えるや否や、首を痛めてしまうのではないかという勢いでヴァルは視界から2人を外す。
「さすがに着替えないと風邪を引いてしまいますからね」
「ヴァルくんも早く脱いだ方がいいわよ」
最初は男女別々に宿の部屋を取ろうという話だったのだが、百葉が節約すべきだと言い出したことで3人一緒の部屋にされてしまったのである。
「つーか、少しは恥じらえ!」
「別に見られても減るもんじゃないですし」
「ねぇ」
必死に顔を背けるヴァルには分からないが、恐らく下着姿なのだろう斬葉と百葉は顔を見合わせて首を傾げる。
2人のいた世界の女がどんなものかヴァルには知る由もなかったが、少なくともこの世界の人類の女は恥じらいというものを持っていたはずだ。
やっぱり世間と感覚のズレているこの家族に、彼は大きく息を吐くことしかできなかった。
その後もフリーダムな2人によって更に地獄を見ることになるヴァルなのだが、それはまた別のお話。
翌日、零葉は上半身に重さを感じて目を覚ます。
起き抜けで合わない目の焦点を何とか定めて見やると、
「朝です旦那さま」
セレネが彼の胸に跨るように座っていた。
「何やってんだセレネ…」
「朝ですので人類の活動開始時間と思い、起こしにきました」
それは非常にありがたいが…と動く首だけで周囲を見渡した零葉の目に飛び込んできたのはオレンジ色の日の出。
「って早すぎだろ!」
先ほどまで跨がれていてビクともしなかった上半身がバネ仕掛けのように跳ね上がりセレネをポーンと飛ばす。
仕方がないので起き上がろうとした零葉の着ていたシャツの裾がクイッと引っ張られる。
何事かとそちらの方へ目を向けると、
「んぅ…ぜろはしゃーんまってくらさ…むにゃむにゃ」
夢の中まで零葉と一緒にいるのか、どことなく幸せそうに寝言を呟くフィーナがスヤスヤと寝息を立てていた。
時おり耳がピクンと動く様を見せられて零葉は猛烈にフィーナの耳や頭を撫でてやりたくなっていた。
一見無趣味に思える彼だが、唯一好きなものがある。
それは小動物などの可愛い動物である。
そんな零葉の心をくすぐるフィーナの耳はフサフサでサラサラの毛で覆われており撫で心地の抜群さは見て取れた。
「この変態、何フィーナちゃん見てハァハァしてんのよ」
「フギャンッ⁉︎」
ゴキンッという鈍い音と共に彼の脳天から尾骶骨まで痛みが走り抜ける。
完全に気の抜けていた零葉はその頭上からの奇襲に対応できずに尻尾を踏まれたネコのような悲鳴を上げる。
バッと振り向くと汚物を見るような冷たい目で零葉を睨む狩葉が仁王立ちしていた。
「何すんだよ!」
「セレネちゃんの声が聞こえるから何してんのかと思えば、朝っぱらからフィーナちゃんに手出そうとしてるのよ」
「誤解だ!」
「ん…おはよございます…」
あらぬ罪を着せられそうになり慌てて弁解する零葉だったが、狩葉は聞く耳を持たない。
そんな周囲の喧騒のせいか、フィーナが眉間に皺を寄せて寝ぼけ眼をこすりながら起きる。
「さーて、そろそろ出発しましょうか。フィーナちゃんに変態の魔の手が伸びる前に」
「?」
サッパリ状況の理解できないフィーナを置いてけぼりに話を進めて荷物をまとめはじめる狩葉。
横を見ると目元を手で覆ってため息を吐く零葉がいて、フィーナは彼の服の裾をガッチリと掴んでいた。
「ごっ…ごめんなさいっ!」
慌てて手を離すフィーナだが零葉は心ここに在らずといった様子で「いーよ、いーよ」とヒラヒラと手を振るだけだった。
「ったく、朝から酷い目にあった」
帰りの荷車に揺られながら零葉が独り言ちると、隣に座っていたセレネが空気の読めない質問をぶつけてくる。
「旦那さまはあの獣人族に性的興奮を覚えられたのですか?」
「お前なぁ…無知だからって時と場合を考えろよ…」
「セレネは自身の探究心を追い求めただけです」
「何で無知のワリに微妙に難しい言い回し知ってるんだよ」
「マスターの口癖でした」
「マスターってお前を創ったヤツのことか?」
「肯定」
「ふーん…」
そんな素っ気ない2人の会話が終わる頃、一行はラグ・バルの正面門の前にようやく辿り着いた。
「おかえりフィーナちゃん、わざわざゲル狩りに行ってたんだって?ご苦労さん」
前回と同じように優しそうな男性、フィーナのご近所さんであるライムが声を掛けてくれる。
フィーナはもとい、一行が会釈をすると彼の表情が一変する。
「ところで聞いたかい?ここ最近、森精族がとある人類の一団を追ってるってウワサが流れてんだよ」
その言葉に表情は崩さないものの内心ギクッとする零葉と狩葉、そのウワサの発端が後ろの荷台にいるとは知らないフィーナは目を丸くする。
「えっ…何でまた突然そんな事に…」
「何でも、その一団が森精族の部隊を皆殺しにした上、聖森帝の弟を瀕死の重傷に追い込んだらしいってのが専らのウワサさ」
どうやらウワサが伝わる過程で尾ひれがついてしまったようだ、主に斬葉と百葉のせいでお尋ね者になってしまった零葉と狩葉は頬を引き攣らせるしかなかった。
「おかしいですね…森精族と人類は互いに不可侵条約を結んでいたはず…」
「あぁ、だから今回の件は人類の現体制反対派の仕業じゃないかって言われてる。聖森帝も直属の精鋭部隊を放って自分は迦楼羅に向けて軍を進め始めたって…」
「戦争ですか…?」
「国の要人が不可侵条約を結んだとはいえ過去の敵対国に襲われたとあっちゃな…」
そしてライムと別れた一行、零葉と狩葉の表情には暗いものが浮かんでいた。
「お疲れ様でした、自分はこれを工房に運んできますね」
店に着くとフィーナはすぐにゲルペースト入りのビンが詰められた風呂敷を背負って店奥の工房に消えていった。
零葉と狩葉、セレネの3人になった店内で零葉が口を開く。
「どうする?」
「どうするも何も…元はと言えばアタシたちが撒いた種よ」
「自分たちでケリつけるしかないよな」
「フィーナちゃんにはどう言い訳をするの?」
狩葉の言葉に頷く零葉だったが、彼女の口からフィーナの名前が出ると途端にしかめっ面をする。
「どうせ俺から言っても話すら聞いちゃくれねーだろうな。そこは姉さん頼むわ」
「アタシってば毎度損な役回りばっか。良いわよ、それも今に始まった事じゃないしね」
口では文句を垂れる狩葉だったが、それもいつもの事だと割り切って零葉の頼みを受け入れる。
次に零葉はセレネの方に向くと、彼女をどうするのか思案し始める。
「セレネ、お前はどうしたい?」
「セレネは旦那さまについて行きます」
彼女は零葉が尋ねるとその言葉に被せ気味に即答する。
その返答の早さに苦笑する零葉だったが、真剣な表情を浮かべてセレネに質問を重ねる。
「そうは言うけど、今回はモンスター狩りじゃない。相手の数はそれこそ何千、何万なんていう単位だ。対してこっちはお前を入れたとしても5人」
「もしかしたらヴァルくんは文句言いながら付き合ってくれそうよね」
「かもな。それでも6人だ、悪いけど誰かがピンチになっても助ける余裕なんて無い」
「旦那さまは目の前の敵に集中してくだされば構いません。セレネはこれでも機甲人種です。自衛の手段は持ち合わせています。それに絶体絶命、上等です」
セレネに出会ってまだ少ししか経っていないにも関わらず、どんどん人間のような言い回しを覚えていっている彼女に零葉は今度こそ吹き出してしまう。
「ハハッ、そうだな。お前に心配なんて無用だったな」
「この問題は解決したけど、姉様たちはどうするの?予定だと明日の夜までは帰ってこないわよ?」
いざという時に次から次へと問題が発生する。
これもいつものことながら今回はタイミングが悪すぎる、零葉と狩葉が何か姉たちと連絡を取る方法は無いかと考え始めた矢先、店の扉が大きく開け放たれる。
ドアベルが鳴ったことで工房の方からフィーナが顔を出す。
「すみませーん、今日は棚卸しでお休みにさせてもらって…」
closeの札がドアに掛けられていたとはいえ、気付かずに入ってきてしまったのかとフィーナは謝罪と共に休業日と伝えようとしてその言葉が途中で止められる。
「貴様らだな、我らが王の弟君に大怪我を負わせた賊は」
「何言って…?」
店に入ってきたのは甲冑を着込んだ浅黒い肌の4人の兵士だった。
状況の理解が追いつかないフィーナが目を白黒させていると零葉が一歩前に出る。
「だったらどうする?」
「拘束し連行させてもらう」
「ふーん、んじゃさっさと連れて行ってもらおうかな」
そう言って零葉は両手を前に突き出す。
その様子を見ていたフィーナの脳裏を過ぎったのは数日前の彼の言葉。
『エルフィーに追われてる』
「あの言葉って…本当だったんですか…?」
「その娘も共犯か」
真実を知って絶句するフィーナに手を伸ばそうとする兵士の1人の腕を零葉が掴んで止める。
「彼女は何も知らなかった。連れて行くなら俺たちだけ連れて行け」
「指示を受けたのはヒューマンの拘束、連行だけだが匿っていたという疑いのある以上連行はさせてもらう」
そう言って4人の兵士はそれぞれ零葉、狩葉、セレネに手錠を掛ける。
どうやら人相書きなのど顔が分かる情報は流されていないらしく、セレネに関しても疑いもせずに手錠を掛けていた。
「フィーナ…巻き込んで悪い」
「どうして謝るんですか、狩葉さんが言っていたじゃないですか、正当防衛だったって。それは本当なんでしょう?」
こんな展開になってしまったことを謝罪する零葉に、首を横に振りながら優しく宥めるフィーナ。
彼女は「連れていく前に店だけ閉めさせてください」と兵士に頼むとドアに鍵を掛ける。
「すぐ戻ってくるから」
いつも出かける時はそうしていたのだろう、店へ束の間の別れの挨拶を済ませると兵士たちの方へ向き直る。
「ついてこい」
兵士はそれを見届けると短く告げ歩き出す。
あまり人目の無い道を歩きながらラグ・バルの正面門の方角へ向かう一行。
門の衛兵と兵士が数回やり取りするとすぐに外に出ることができた。
「護送車みたいなのは無いのか?」
しばらく西へと歩いたところで零葉が疑問をぶつける。
すると兵士は零葉を一瞥したあと答えた。
「我らが王がすぐ近くまで進軍なされている。このまま歩けばすぐにも合流出来るだろう」
それを聞いて零葉は兵士に見えないようにわずかに笑むのが横を歩いていたフィーナの目に入った。
「姉さん、ここ辺りでいいかな?」
「いいんじゃない?任せるわ」
「おい、私語は謹め」
「んじゃ、遠慮なく」
狩葉と会話していた零葉の手錠が兵士に止められる前にパキンッという音が鳴って外れる。
「なっ…貴様!」
一瞬、呆気に取られる兵士だったがすぐに気を取り直すと剣を抜き放ち零葉に斬り掛かったが、彼にはそのわずかな一瞬で充分だった。
予め発動しておいた魔法陣から大剣を抜き放つと兵士の剣を跳ね返す。
「どこから剣を⁉︎」
剣が弾かれ崩れた体勢を立て直した兵士は瞬きの内に現れた大剣に驚愕の色を浮かべる。
「くっ…あまり使いたくはなかったが…仕方がない。多少強引でも我らが王の前に引っ立ててやる!」
剣を抜き放った兵士の言葉を皮切りに一斉に剣を抜く兵士たち。
「セレネ、準備は良いか?」
「旦那さまの命令ならばいつでも」
零葉の呼び掛けに手錠をいとも容易く引き千切るセレネ。
彼女がピョーンと飛び跳ねると零葉の横に音も無く降り立つ。
「旦那さま、命令を」
「セレネ、可能な限り無傷で相手を無力化、姉さんがフィーナの避難を完了させるまでは時間を稼ぐんだ」
「了解、遂行開始」
セレネは零葉の指示を受けると右腕をガトリング砲のような銃器に変化させて弾丸を射出する。
これにはエルフィーの兵士も予想外だったのか自分たちの足元に着弾するや否や逃げ惑い始める。
「なっ…なんで機甲人がこんなところに!」
「報告と違うじゃねえか!」
「こんなデタラメな集団なんて聞いてねーよ!」
そんな中、1人だけこれが威嚇射撃と気付いているのかまったく動じていない兵士がいた。
彼は兜のフェイスガードを上げるとクックックッと喉を鳴らして笑う。
「慌てんな阿呆ども、こりゃタダの威嚇だ。少年、随分と早い再会だったな」
その兵士は他の兵士を一喝すると零葉に向けて両腕を広げる。
その顔に零葉は見覚えがあった。
「関所のオッサン…」
「オッサンとは酷えな、こう見えても300代よ俺」
「アンタ何者だ」
この世界に来て何度目かの問い掛けを男に向けて放つ零葉。
彼はつまらなそうに肩を竦めるとようやく剣を抜く、直剣が主流のこの世界では珍しい曲剣が陽の光を浴びて鈍く輝いていた。
男の一喝でようやく恐慌状態を脱した他の兵士たちも剣を構え直す。
「名乗りぐらいはしといてやるよ。俺の名前はグラード、世間じゃ鬼剣のグラードなんて二つ名まで付けられてるけどな」
彼の二つ名を聞いてハッとしたのはフィーナただ1人、彼女は声を震わせていた。
「鬼剣のグラード…」
「知ってるのか?」
「10年前の多種間戦争で無敵の兵と呼ばれたエルフィー出身の傭兵です…。彼の手に掛かれば龍族さえ赤子のように屠るとまで言われ、彼のせいで自分たちの種族は絶滅寸前にまで追いやられたと言っても過言ではありません。獣人族にとって彼は…」
「おー…お前さん、亜狼の生き残りか。言っておくが、俺は依頼者の命令で動いただけだ。俺はあくまでも忠実に依頼を遂行したに過ぎねーよ」
「許さない…許さない…許さないッ!…母さまの仇、ここで討つ!」
グラードの言葉に激昂したフィーナは怒気を込めた口調で叫ぶと、牙を剥き出しにして男を睨んだ。