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恋とはなんぞや

「キミが不覚を取るなんて…久しぶりの現界(げんかい)に身体が(なま)ってた?」


「ヘブラム、監視対象に手を出したそうですね。主様(あるじさま)の御意志に背くつもりですか?」


「ザマァないねヘブラム。調子ノッて出ていくから返り討ちなんてみっともない目に遭うんだよ」


闇の中、3つの声が飛び交う。

円卓を中央に据えた広間、それを囲んで腰掛けているのは4つの人影。

その飛び交う声を聞いてか、どこか苛立たしげな4つ目の声が吠えるように答える。


「ウッセェ!黙ってりゃゴチャゴチャと好き放題言いやがって、ヘブラムちゃんにはヘブラムちゃんなりの考えがあんだよ!」


「そうとは思えないほど見事な返り討ちでしたね。ワタシもああはならないようにしっかりと脳裏に焼き付けておかなければなりませんね」


怒鳴り声の(ぬし)、ヘブラムの言葉に右隣に座っている落ち着いた雰囲気の男性の声が明らかな皮肉を交えながら独り言ちる。


「んだと、ヴォルドス。まずはお前の首を叩き切ってやろうか?」


「ヘブラム、まだ切断された腕の修復が終わってない。もう少しジッとしていて」


ヴォルドスと呼ばれた科学者を彷彿とさせる白衣を羽織り黒縁メガネを掛けた黒髪の男性に掴みかかろうとしたのか、座っていたイスを跳ね飛ばし立ち上がるヘブラムだったが、彼女の肩を掴んでその先の行動を制したのはすぐ傍に座っていた控え目な声の少女だった。

少女はその赤色のショートヘアを掻き上げて眠そうな瞼の奥に光る金色の瞳をヘブラムに向ける。

その少女に同調するようにヘブラムの向かい側に腰掛けていた漆黒の鎧騎士が、その重厚な見た目にそぐわない若い少年の声で語り掛ける。


必惰(ひつだ)の魔神がせっかく寝る間も惜しんで治療してくれてるんだ、暴れないでおくべきだと思うなー」


「ケッ…寄生虫風情が説教タレてんじゃねーよ」


「サージェリオ、ボクその呼ばれ方大嫌い。次呼んだら跡形も無く消し飛ばす」


「ありゃりゃ、正論なはずなのに酷い言われよう」


女魔神2人の容赦無い辛辣な言葉を浴びせられてサージェリオと呼ばれた鎧騎士はガシャガシャと音を立てながら肩を竦める。


「ヘブラム、キミの腕斬った剣…厄介なシロモノ。魔力神経まで完全に断ち切ってる」


ヘブラムの生々しい腕の傷に触れながら少女が目を細めた。


「ところでシャクナ、我々がここに呼ばれた理由は一体何故なのですか?」


赤髪の少女…シャクナにヴォルドスが掛けていたメガネを白衣のポケットから出した布で拭きながら尋ねた。


「さぁ、ボクも知らない。てか、腕の修復に集中力割いてるからあんまり話しかけないで」


シャクナのその言葉をキッカケに4人の間に沈黙が訪れる。


「貴様ら、揃っているな」


暫くしてその空気を切り裂く刃のような5人目の声が部屋に響き、残響は闇に消える。

4人が声のする方へ目を向けると、そこには輝くプラチナブロンドを靡かせ、腰に長剣を携えた女騎士が立っていた。


「誰かと思えば、主様(あるじさま)騎士(ナイト)か。相変わらず偉そうだな」


「フンッ、そう言う貴様こそ誰彼構わず噛み付く様はまるで躾のなっていない駄犬のようで浅ましいなヘブラム」


「ハッ、どっかの鈍剣使いとは違ってヘブラムちゃんは忠犬らしく主様の脅威になりそうな馬の骨どもの一人で監視してんだ。感謝されることはあれど罵声を浴びせられる筋合いはねぇ」


「ハァ…プルセレア、ヘブラムといがみ合いするは一向に構わないんだけど、そろそろボクらの集められた理由を教えて」


女騎士の登場に真っ先に声を上げたのは彼女を面白くなさそうな表情で睨むヘブラム。

しかし女騎士はそれを意にも介さずヘブラムを一瞥(いちべつ)すると鼻を鳴らして悪態を吐く。

その一言にヘブラムは触れていた円卓の縁を握り潰し粉砕する。

そんな一触即発の雰囲気を漂わせるヘブラムと女騎士だったが、ため息混じりにシャクナがその間に割って入ることで場を収めた。

プルセレアと呼ばれた女騎士はヘブラムを再度一瞥すると口を開く。


「今回貴様らに集まってもらったのは主様(あるじさま)からの言伝を聞かせてやろうと思ったからだ、特にそこの駄犬にな」


「よっぽどお前はヘブラムちゃんに八つ裂きにされてぇみたいだな」


「ならばやってみるか?」


「上等じゃねーか」


「プルセレア、ヘブラムいい加減にしてくれないかな。ボクも気が長い方じゃ無いのは知ってるでしょ?」


再び険悪なムードが漂い始めた2人にシャクナが苛立った様子の声で一喝すると、その異様な威圧感にプルセレアとヘブラムは黙り込む。

少ししてプルセレアが小さく咳払いして本題を切り出す。


「本題に移るとしよう。まずは主様とは別件だが、先刻、エル・フィオナの鉄騎戦車隊が東に向けて進軍を開始したという報告が入った。それに加え先行部隊として彼の王直属の精鋭が各地に放たれたそうだ」


「おー、本隊の7割近くを潰されたってのに随分と早く持ち直したな」


「フンッ、あの下賎な王が国民感情を一度煽れば低脳な者たちのことだ、喜んで戦地に赴くのだろう」


「つまり殆どが義勇兵と…」


「そんなんであの家族に勝てるとは到底思え無いけどねー。そこら辺、直接アレと戦ったヘブラムはどう思う?」


プルセレアからの話を受け、各々の見解を述べ始めるが、サージェリオがヘブラムに話題を振る。


「あー?別にどっちがどうなろうと関係ないね。むしろこれでアイツらが潰れてくれりゃ監視なんてメンドくせー任務なんざしなくて済むんだ、願ったり叶ったりだぜ」


「そして主様からの言伝だ。ヘブラム、今後もあの家族の監視を継続しろ。もし、家族とエル・フィオナが接触した際にはどさくさに紛れて消しても構わんとの事だ」


そして2つ目の用件を述べたプルセレアは面白くなさそうにヘブラムを見やる。

それに対してプルセレアの表情を見てニンマリと口の端を吊り上げたヘブラムは嬉しそうに声を上げる。


「さすが主様、どっかの堅物(バカ)と違ってヘブラムちゃんの事をよく分かってらっしゃるぜ。んじゃ、主様からの許可も出たことだしそろそろ行きますかね。サンキューなシャクナ」


「ん、まだ魔力神経は修復途中だからくれぐれも暴れすぎないように」


欠伸混じりにそう告げるシャクナにヘブラムは後ろ手を振りながら闇に消えた。

それを皮切りに続々と席を立つ魔神たち。


「んじゃ、しばらく寝る。進展あったら使い魔に伝えて」


そう言って背を向けたシャクナの陰から一匹の黒猫が飛び出し、テーブルにふわりと音も無く着地した。

猫はそのままトテトテと歩くとサージェリオの膝に乗っかり丸まった。


「ワタシはまた研究室に篭ります」


「んじゃ俺は少し身体動かしに行ってくるかな」


「サジェ、少しいいか」


ヘブラムやシャクナ同様に闇に姿を消したヴォルドスに続こうと猫を円卓に移動させて立ち上がり歩き出したサージェリオをプルセレアが呼び止める。


「なんだいルシィ」


彼は振り向いてプルセレアを2人きりの時だけ使う名で呼ぶ。


「その…なんだ、身体の調子はどうだ?」


「悪くないよ、それどころか今までで一番調子が良い」


「そうか、それなら良いんだ。すまない(われ)のせいで…」


「ルシィ、それはもう言わない約束だろう?俺はこの世にいられるだけで満足なんだから」


「そうか、呼び止めてすまなかった」


そして2人が去った後の円卓の置かれた広間にはシャクナの残した使い魔以外に誰もいなくなった。



「皆さん、もしよろしければ素材収集にお付き合い願えますか?」


零葉たちが商業都市ラグ・バルに辿り着き、フィーナの店の2階にある彼女の自宅で世話になって3日が経とうとした頃、彼らが店の手伝いをしていると帳簿をつけていたフィーナが申し訳なさそうにそう言い出した。


「どうしたんだ?一昨日行商人から仕入れたばっかりじゃなかったか?」


「そうなんですけど…実は皆さんがお手伝いしてくださったお陰で魔具が飛ぶように売れてしまって…」


「想定外の需要に供給が追いつかなくなってしまったワケですね」


「はい…」


フィーナの店は人の往来が多い大通りから1本脇道に入った場所に構えており、本人も客の入りの少なさを自覚して落ち込んでいたのだが、狩葉や百葉がビラ配りなど大通りで客引きしたところ、あれよあれよと言う間に彼女が記憶する限り、数ヶ月分に相当する客がたった2日で訪れた結果、在庫まで売り切れになってしまったので急遽、臨時休業という形をとらざるを得ない状況になってしまっていたのだ。


「狩ちゃんの客引きが効果覿面(こうかてきめん)だったのね」


「それもあるかもしれないが、フィーナが造る魔具のクオリティが高いことが大衆に広く認知されたのもあるだろうな」


「そんなこと…自分なんてまだまだですよ」


「それはさておき、何が必要なんだ?」


親バカな発言をしている百葉はさて置き、ヴァルディヘイトの素直な評価に対して、照れ臭そうに頬を染めながら頭を掻いて謙遜の言葉を述べるフィーナ。

そんな彼女の頭をポンポンと撫でながら零葉が話を本筋に戻すとハッとして零葉を見上げる。


「あのですね、必要な素材というのがゲルペーストという素材とベルベットホーネットの毒針という素材なんです」


「ゲルペーストはともかく、ベルベットホーネットの毒針なんて何に使うんだ?」


フィーナの口から飛び出した魔獣の名前にヴァルは首を傾げる。


「えーっと、新しい万能薬をウチで売り出そうと思ってるんですけど、どうにも解毒成分において他の効果といい具合に噛み合うものが無くて…唯一試していないのがベルベットホーネットの毒から作れる解毒成分なんです」


「なるほどな、とはいえベルベットホーネットの討伐ランクはBランクだぞ。並大抵の冒険者でも苦戦するのを相手にするなんて…」


「その討伐、私が請け負いましょう」


目標の魔獣の討伐難度に苦言を呈するヴァルがそれを言い終えない内に斬葉がその相手をすると申し出た。


「じゃあ斬ちゃんにはお母さんが付いて行くわ。ヴァル君、道案内よろしくね」


「え、もう行くんすか?」


「勿論です」


斬葉はいつの間に準備していたのか荷物の詰められたリュックを背負いヴァルの手を掴むと、それに百葉が続いて3人は出ていってしまった。

残されたフィーナ、零葉、狩葉はあっという間の出来事にポカンとしていたが、ようやく状況の飲み込めた零葉が苦笑を浮かべる。


「どうやら姉様は魔物狩りに行きたくて仕方なかったみたいだな」


「そうね、しっかり数日分の荷物は用意してたみたいだし」


「フィーナ、覚悟しとけよ。あの様子だと目的以外の素材も大量に持って帰ってくるだろうから」


「あうっ…倉庫の空きがあったでしょうか…」


それはともかく、零葉たちも素材収集に向かわなければならない。

フィーナ曰く、ゲルペーストはスワンプゲルという魔獣から採れるのだが、分布地は広範囲に及んでおり数を集めるには苦労しないらしい。

それでも数があった方が良いという彼女の意見ですぐに出発する事になった。


「お2人とも準備はよろしいですか?」


フィーナが面倒を見ている幼竜、ピー助の()く荷車の御者台に乗ったフィーナが荷台にいる零葉と狩葉に用意がいいかを尋ねる。


「とはいえそんなに時間がかかるものでもないだろ。必要なものは持ったし大丈夫だ」


「アタシは零葉に任せるだけだからこれでオッケー」


サラッと働かない宣言をぶち込んできた狩葉はさて置き、2人の同意が取れた事でフィーナは手綱を振るう。


「ピー助、出発だよ」


「グルルッ!」


フィーナの一声にピー助が元気良く唸り、目的地に向かって走り出した。



「ここがラザン大湿原です」


「見事に見渡す限りずっと湿地帯ね。スワンプゲルっていうのはここにいるの?」


3人はラグ・バルから南東に3時間ほど荷車に揺られながら進んでいた。

暫くして、辺りの風景に沼や池が多く見られるようになった頃、ピー助がその歩みを止めた。

零葉と狩葉が外を見るために荷台から顔を出すとフィーナが現在地の名称を教えてくれる。

それを聞きながら狩葉は目的の魔獣を探して、自身の目を強化しながら周囲を見渡すが、スワンプゲルどころか生き物の痕跡すら発見できなかった。


「でも何もいないわよ?」


「えっとですね、この辺りに生息してるスワンプゲルは少し徒歩で移動したところにあるベワル湖という大きな湖の湖畔に巣を作ってるんです」


スライムのような軟体魔獣が巣を作るなど聞いた事もない2人だったが、情報はフィーナの口から得る事しかできないので仕方なく徒歩で移動を再開する。

彼女が言うにはこの先は沼が多くあるため荷車などの車輪が取られてなかなか進む事ができない。

それ故、ピー助と荷車はその場で留守番になっていた。

順調かと思われた道程だったが、その進行が突如止まる。


「マッドドールですね、ゴーレム種の下位個体ですので苦戦はしないかと」


「それが1体だけならな。この数を相手にするとなると結構骨が折れるな」


零葉たちはいつの間にやら泥の魔獣に周囲を取り込まれていた。

どうやら、この魔獣たちは地面と一体化しているらしく、それが原因で先ほどの狩葉の索敵に引っ掛かることなく彼らを取り囲むことができたようだ。


「とりあえず、殲滅しなきゃダメか。今回ばかりはフィーナもいるから姉さんも頼むぜ」


「えーやだー、アタシが戦うのは本当にピンチな時だけって決めてるのー」


自宅警備員(ニート)めが」


「何か言った愚弟クン?」


「何でもありません!」


どうしても働きたがらない狩葉にボソリと悪態を吐く零葉だが、彼女の地獄耳はそれを聞き逃さず追求してくる。

ダメ人間街道真っしぐらの狩葉だが腐っても自分の姉、実力差を弁えている零葉は諦めて魔法陣から「永劫」を抜き放つと間髪入れず飛び出した。



「何だか魔獣たちが動揺してるというか、落ち着きがなくなっているのは気のせいでしょうか?」


零葉が最後のマッドドールを斬り伏せた頃、その圧巻の戦闘を眺めていたフィーナがそんな一言を漏らす。


「どういう事?」


「あくまでも自分の勘ですけど、マッドドールはもともと好戦的な魔獣では無いのですが、今回ばかりは応戦するどころか隙あらば逃げようとしていたような気がして…」


「フィーナ、スワンプゲルってあれか?」


魔獣たちの行動に違和感を覚えたフィーナが狩葉にその事を相談しようとするが、全く話を聞いていなかった零葉が数メートル先にいる灰色がかった半固形の物体を指差しながら首を傾げる。


「あ、はい。そうです」


「フィーナちゃん、さっきの話って何だったの?」


「いえ、何でもないです」


すっかり話の腰を折られてしまったフィーナは聞き返してきた狩葉に苦笑しながら否定するように手を振る。

零葉はというと、スワンプゲルを追い回すのに夢中でそんな2人のやり取りには一切気付いていなかった。


「うへぇ、ブヨブヨしてて斬り(にく)い」


「零葉さん、ゲルは体内に溶解液を蓄えているので肌に触れないように気を付けてくださいね」


「は?」


ズバッと清々しい程にスワンプゲルを縦に叩き斬った零葉だったが、それと同時にゲルから噴出した溶解液が彼の黒色のコートの裾に掛かる。

するとジュウゥゥとコートが裾から溶け出しボロボロになってしまった。


「あのさ、そういう大事な事は先に言ってくれって…」


コートが音を立てて溶け始めるや否や零葉はそれを脱ぎ捨てたため身体にゲルの体液が付着する事はなかったが、もしそれが身体に付いていたらとその後の想像は難しくなかった。

お気に入りだったのか、既にボロ切れになってしまったコートを少し悲しそうに見つめつつ、フィーナに文句を垂れる。


「うぅ…すみません…」


怒られてしまったフィーナはいつものように頭の獣耳をペタンと垂れさせて謝意を示す。

彼女の落ち込み様に零葉はバツの悪そうな表情を浮かべると無言のままゲルの破片を回収して次の標的を探し始めた。


「ホント零葉ったら女の子の心なんて御構いなしに怒って…とっちめてやろうかしら」


「いいんです狩葉さん、どれもこれも自分が悪いんです…零葉さんに怒られても仕方ありません…」


「一途ね、フィーナちゃんみたいな子があのバカのお嫁に来てくれたらお姉さんとっても嬉しいんだけどなー」


泣きそうなフィーナを見て、捩り鉢巻きを着けたおっちゃん宜しく、腕まくりをして零葉を殴ろうとする狩葉を、フィーナは少し元気なさげに微笑みながら首を振る。

しかし、次の狩葉の一言に顔が茹でダコのように真っ赤に染まる。


「おっ、おおおお、お嫁さんだなんて!自分が零葉さんのお嫁さんになんて相応しいはずがありませんし、そもそも零葉さんは自分をそんな対象として見てくれてなんか…」


「自分を必要以上に卑下する…フィーナちゃんの悪いクセだよ。まだ知り合って数日だけどその位はお姉さんにだって分かっちゃうんだから」


自分を過小評価し過ぎているフィーナの額を狩葉はコツンと指先で小突きながら微笑み言葉を続ける。


「アナタはアナタの思っている以上に素敵な女の子よ。あとはあのバカに気付かせるくらいの気合いと、自分への自信を持てばきっと大丈夫」


そう言って狩葉はフィーナを家族にするように優しく抱きしめた。


「狩葉さんは凄いです…なんでもお見通しなんですね」


「姉様やお母さんには負けるけどね」


彼女の抱擁と言葉に少し元気を取り戻したフィーナは微笑みながら本当の姉のように自分を抱きしめてくれた狩葉を見上げる。

そんなフィーナの視界に"何か"が映り込む。


「こんな時間に星?」


その言葉に狩葉は振り返るとおかしな事に気付く。


「ちょっと待って…日中に星が見えるわけないし、そもそも今日は曇り空じゃない」


それは曇天を穿ち、みるみる内に大きさを増して落下してくる。


「何だ?」


さすがの零葉も気付いたのか空を見上げると表情を強張らせる。


「ウソでしょ…」


この世界に来て何度目になるか、狩葉が呟くその言葉が向けられたのは「隕石」。

大気圏外から落ちてきた事を示す真っ赤に燃える隕石が零葉たちのいる辺りに向けて落下してきていた。


「とにかく逃げるぞ!」


「逃げるってどこに!」


「分かんねーけど、とにかく遠くだ!」


零葉が叫んだ次の瞬間、彼らのいる場所から数百メートル先に隕石が激突。

1秒経たない内に到来した猛烈な衝撃波は零葉たちを襲い、その身体を軽々と吹き飛ばした。



「ケホッ…ケホッ…痛たた、フィーナちゃん大丈夫?」


「狩葉さんが守ってくれたので平気です」


「思ったよりか被害は無かったな」


恐る恐る煙の上がる隕石の落下地点へ向かうと、思った以上にそのサイズは小さく、クレーターも直径にしたら10mほどで隕石のサイズに至っては2mも無いだろう。

しかし、3人ははたと足を止める。


「あのさ、俺の目がおかしくなったのかな。そこに"いる"のって…」


「自分も多分零葉さんと同じものが見えてます」


「そうね、"女の子"ね」


クレーターの中心で横たわるのは全身を覆う拘束服を身に纏った朱色の髪をもつ少女だった。


「ん…ぅ…」


「あ、起きた」


ゆっくりと目を開けた少女は満月のような金色の双眸を零葉たちの方へと向けた。

その視線に敵意は無いものの、視線を向けられただけで一瞬のうちに臨戦態勢を整えてしまう自分たちに苦笑を浮かべる零葉と狩葉。

しかし、次の瞬間に少女が取った行動に3人は硬直してしまう。


「好き」


そう言いながら少女が零葉に向かって飛び出し抱き着いたのだ。


「旦那さま」


少女が続けざまに放った一言でフィーナがピシッと音を立てて石になる。


「何アンタ、いつの間にそんなちっちゃいヒューマンの子まで手篭めにしてたの?」


呆れ顔で零葉を睨む狩葉に、彼は慌てて反論する。


「いやいやいや、俺も知らねーって!」


「好き」


「お前は少し黙っててくれ!」


「何故?この種のオスは異性に好きと言われれば嬉しいはず」


そう言って首をかしげる少女の朱く短い髪がサラリと肩を擽るように下に流れる。

その様子を横で見ていたフィーナがハッとして後ずさる。


「そんな…ウソです…あり得ない…」


「フィーナちゃん?」


「2人とも離れてください!その子はいいえ、"ソレ"はヒューマンなんかじゃありません!」


叫んだフィーナはヒステリック気味に零葉と少女を引き離すと少女を力任せに投げ飛ばすが、少女は難なく着地し口を開く。


「肯定します」


「何で絶滅したはずの機甲人種(マキナドール)がこんなところに…」


少女の纏う拘束服の袖から覗く病的なまでに白い指には人形のような球体関節が備えられていた。


機甲人種(マキナドール)…?」


「歴史上、最低最悪の大量殺戮兵器です」


フィーナの言葉を聞いて再び戦闘態勢を取る零葉と狩葉。

しかし、機甲人種(マキナドール)の少女の口から飛び出したのは突拍子もない一言だった。


「本機体に恋を教えてください」


「は?」


「へ?」


「えーっと…今なんて?」


あまりにも話が飛びすぎたため、キョトンとする狩葉とフィーナ。

そして、頭の理解が追いつかない零葉は頭痛がしそうなほど脳をフル回転させようと、こめかみを指先でトントンと叩いてから聞き直す。


「恋を教えてください」


どうやらまた厄介ごとが増えたようで、零葉は本当に頭痛の始まった頭を抱えたのだった。

魔刃と魔神、ようやく20話突破しました。話としてはまだまだ序章のうちですが今後も宜しければお付き合いくださいませ。

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