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刺客襲来

「まだズキズキすんぞ…お前のビンタ強すぎだろ…」


「うぅ…だって零葉さんがあんなイジワルするから…」


「そりゃそうかもだけど、何も俺だけがやったわけじゃないだろ」


「あぅっ…」


左頬を真っ赤に腫らして不機嫌な表情で隣に座るフィーナを睨み付ける零葉。

そんな彼の頬に氷の入った布袋を当てているのは顔を真っ赤にして罪悪感からか茶色い獣耳をペタンと下げているフィーナ。

彼女の弱々しい反論と赤く染まった頬に思わずドキッとしてしまう零葉。

なんだかんだで彼女も人間ではないにしても、元の世界でもそうそうお目にかかれない美貌の持ち主である。

そんな美少女に潤んだ瞳で見つめられ何も思わない男子などこの世に存在するのか。

いいや、いない。

そんな一人問答を延々と続け悶々としている零葉。

2人は、日が沈んで周囲が闇に染まる前に前以(まえもっ)て狩葉が持参してきて、零葉が1人で設営させられた大型テントの前に座っている。

零葉とヴァル、フィーナ以外の女性陣はテントの中で既に眠りについており、ヴァルはというと草原の上で折れた太めの木の枝を枕にして寝ていた。

フィーナも少し前までピー助と身を寄せ合うようにして眠っていたのだが、ふと目を覚ますと火が絶えないように落ちていた枝で焚き火を(つつ)きながら、彼女の怪力ビンタによって今だにパンパンに腫れたままの頬を冷やす零葉が視界に映り、彼の痛々しい頰にどうしようもなく申し訳ない気持ちに襲われた彼女が隣に座ったことで現在に至る。


「ところでフィーナは疑問に思ったりしないのか?」


「何がです?」


とりあえず睨むのを止めてフィーナに尋ねると質問の内容が理解できない彼女はピクッと耳を動かして首を傾げる。


「いや、特に深い意味はないんだが…初対面の相手が異世界人だなんて言い出したら頭のおかしい話だと思うんじゃないのか?」


「そんなことですか。命の恩人さんがそんなことを伊達や酔狂で言うとは思えませんから」


「そんなことって…お前、結構騙されやすい性質(たち)だろ…」


「………やっ…やだなぁ零葉さんてば…そそそ…そんなことななな…ないですよ!」


明らかに心当たりのある様子のフィーナが見せた動揺ぶりに苦笑いを浮かべる零葉。

次の瞬間、その表情が強張るとすぐに眼光が鋭く冷たいものに変わる。

彼の表情の豹変は先刻の荷車での一件で見知っているにも関わらず、今回のそれは獲物を見つけた獣のような獰猛さを瞳の奥底に宿していた。


「零葉…さん…?」


「フィーナ、今すぐテントの中に入れ。事情は後で説明する、絶対に顔出すなよ」


彼の雰囲気にフィーナは言いようの無い不安に駆られ、おずおずと声をかける。

しかし、零葉は最低限の言葉だけで答えると指を鳴らす。

すると空中に魔法陣が浮かび上がり、そこからどういった原理なのか剣の(つか)だけが現れる。

そこからズルリと引き抜かれたのは、彼の身の丈ほどある巨大な銀色の剣、所々に文字や記号が刻まれ怪しい雰囲気を纏っている、彼の愛剣"永劫"である。

零葉はゆっくりと立ち上がると、闇の中にその銀色の切っ先を向ける。

彼から放たれた殺気にフィーナは小さく息を呑むと、指示通りに斬葉や狩葉の寝ているテントに身を隠した。


「よぉ、何処のどいつか知らねぇがさっさと姿見せろや。上手く気配を殺してるつもりなんだろうが、抑え切れてねぇ殺気がちょっとばかり漏れてるぜ」


独り言にも聞こえる言葉が闇の中の襲撃者にも届いたのか気の狂いそうなほど濃密な殺意が零葉に対して向けられる。

本来、身体能力的には獣に近いはずのフィーナがその僅かな殺気に気付かなかったということは、今その姿を隠している相手は相当な手練れなのだろうと予測出来た。


「キヘヘハハ…主様(あるじさま)に言われた通りに不可思議な匂いを辿ってきてみれば…どーやら大当たりみたいじゃーん。ヘブラムちゃんってば、そんなラッキーを与えてくれた神様に感謝感激雨霰(かんしゃかんげきあめあられ)。このお礼は神殺しで返すぜェ!」


闇から湧いたように姿を現したのはヘブラムと己を呼ぶ謎の女。

彼女は不気味な笑い声を上げながら、おかしな言い回しと共に天に向かって高々と中指を突き立てる。

長い紫色の髪を2つに縛ったツインテール、不健康そうな白い肌に纏うのは胸元が大きく開いた紫色のカッターシャツに鎧のようなプレートが着いた黒のレギンス。

瞳孔が開き切った紫の瞳は零葉を捉えて離さず、極め付けは某時計塔のハサミ男よろしく身の丈の半分以上はある巨大な鉄鋏(てつばさみ)を手にしている。

彼女が常軌の逸した存在であると認識するには一目で十分すぎる程だ。


「で、誰だお前」


危険なオーラをダダ漏れにしているヘブラムに物怖じする事なく切っ先を向けたまま尋ねると、彼女は口角をグッと吊り上げて嗤いながら答えた。


「キヘヘハ、良いね良いね良いね面白いよお前ェ、このヘブラムちゃんを見て動じないヒューマンがいたなんてな。いやーヘブラムちゃんも見聞が狭い…ちゅーわけで、"絶断(ぜつだん)の魔神"ヘブラムちゃんどぅえーっす。わざわざ覚えなくていーよ、主様とヘブラムちゃんの世界に無遠慮に入り込んだ異物はもれなく細切れさまだからねェ!」


言い終えるや否や、一瞬で零葉との間合いを詰めてきたヘブラムは鈍色の刃を閃かせながら大鋏を広げ、目の前の獲物を切断しようとする。

零葉もそれを紙一重のところでしゃがみ込んで回避するとジャキンッという凶悪な音が頭上から聞こえ、彼の背後では真っ二つに切断された木々が重々しい音を立てて倒れた。

あと一秒、彼の反応が遅ければ後ろの木々のように頭と胴体が永遠の別れをするところだった。


「シッ!」


「あらよっと」


「クッ!?」


零葉も負けじと大剣を横薙ぎに振るうがヘブラムは大鋏を後ろに振り上げた勢いでサマーソルトを決めて零葉の顎に蹴りを浴びせつつ距離を取る。

2人揃って巨大な得物を使っているにも関わらず、その動きは軽々としていた。


「んー、やっぱ一筋縄じゃいかないか。今の蹴りもバジリスク程度くらいまでなら余裕で意識保てる威力じゃなかったはずなんだけどなー。ヘブラムちゃんは嬉しいよォー、だって久しぶりに本気でやってもしばらく楽しめそうだから」


「ありがたい事に体の頑丈さに関してはちょっとばかし自信があるもんでね」


咄嗟の判断で蹴り上げられる瞬間、頭を上げて受け流し失神を免れた零葉だったが、殺しきれなかった威力で口内が切れたのか、口の端から顎までをツーっと一筋の血が伝う。


「そう来なくっちゃなー、まだまだ殺されてくれるなよー?せっかく見つけた暇つぶし相手だもんよ、ボロッボロのバッラバラになるまで遊んでやんよ」


「趣味悪いな…先に言っとくがタダじゃ斬られねぇぞ」


「上等、そんぐらいしてもらわなくちゃヘブラムちゃんも張り合いがねーぜェ」


ジャキンジャキンと大鋏を開閉させて歯を剥き出しにして嗤うヘブラムに、今度は零葉が間合いを詰めて斬り掛かる。

しかし、ヘブラムも大鋏を地面に突き立てると、それを盾にして零葉の斬撃を受け止める。

すぐに零葉は後方に飛び退いて間合いを取ると、今度は不可視の速度で立ち回って隙を伺おうとするが、負けじとヘブラムも同等の速度で動き回る。

そして、2人の姿が掻き消えた数瞬の後、鍔迫り合いが闇を切り裂くように無数の火花を散らしながら森に金属音を響かせた。


「キャッハァ!」


ガギンッとヘブラムが押し切り、体勢の崩れた零葉の首元に彼女の大鋏が迫り来る。


「ウル・ファイラ!」


「へばっ⁉︎」


咄嗟にヘブラムの方へ掌を向けた零葉は制限を掛けずに全力で炎魔術を発動する。

それは洞窟で使ったものとは比べ物にならない威力で放たれ、彼女を一瞬で火だるまに変え、飛び散った残り火が草木を燃やし始める。


「しゃらくせぇ!」


怒号と共に火だるまになったヘブラムが腕を薙ぐと、その身を焼いていた炎は瞬く間に霧散した。


「あークソ、大事な一張羅だったのによォ。久しぶりに頭きた」


「さすがにこの程度じゃ、くたばりゃしないか」


ブスブスと煙を上げながら所々に焦げて穴の空いてしまった服を見て悪態を吐くヘブラムは狂気の瞳を更に歪めて大鋏を2つに分離させる。


「キヘヘェ!」


「セイッ!」


その刹那、2人の姿は再び掻き消え、刃の交わる金属音と打ち合う度に飛び散る火花だけが彼らの居場所を示していた。


「ハァァァッ!」


「キヘヘヘヘッ、ラァッ!」


「ウラァァァッ!」


「おっとっと、キヘヒャ!」


闇の中に響き渡る裂帛(れっぱく)の気合いと奇声のような笑い声、わずか30秒の間に繰り広げられた無数の斬撃の余波が周囲を抉っていく。

その互角とも思えた両者の攻防は唐突に終わりを告げる。


「そこだ、羅刹剛閃!」


ドッという音と共に舞い上がったヘブラムの右腕と大鋏の片割れ、始めはキョトンとしていた彼女も己の右腕が自分の後方にボトッと落下したのを見て、裂けんばかりに口角を吊り上げる。


「面白いね、面白いよ、まさかヘブラムちゃんの右腕がスパッといかれちゃうなんてね。キヘヘヘヘ、楽しめたし今日はこのくらいでいっかなー。主様もヘブラムちゃんのおちゃめくらい許してくれるよねー。お前、何て名前?覚えといてやるよ、ヘブラムちゃんに傷を付けた初めてのヒューマンだからねェ」


「零葉。魔殺(まあやめ) 零葉(ぜろは)。」


「零葉ね、オッケー次会うときはヘブラムちゃんが後ろのみんなもまとめてズッパリチョッキリ首と身体を真っ二つに切断してあげるから。んじゃばいびー」


叩き斬られた右腕で手を振りながら一瞬で闇の中に消えてしまったヘブラム、零葉もこの場を離れてまで深追いする理由も無かったので永劫を再び魔法陣にしまい込む。

そして、握っていた拳を開くとジットリと汗で濡れていた。

理由は、恐らくだが彼女が本気では無かったという零葉の立てた仮説に起因する。

彼女の言葉から推測するに、監視は何者かに指示されて実行、今日襲い掛かってきたのは完全なヘブラム自身の独断、故に殺すつもりも毛頭無かったと言うか、明らかに攻撃や防御に関してどこかしら手を抜いていたのだ。

攻撃そのものには確かに殺意が込められていたものの、ギリギリとはいえ避ける事のできるものばかりだった。

そもそも魔神と呼ばれ、恐れられる存在が自分と同等程度の実力であるはずが無いというのが、今しがた刃を交えた零葉の率直な感想である。

その零葉の仮説を後押しするようにテントの方から声が聞こえてきた。


「一体あの魔神は何がしたかったのでしょうか」


「うーん、監視にしては何か変だし。そもそも監視対象にわざわざ自分の存在を晒すわけ無いし」


「っていうかあの子の言った通り追跡してきたんじゃないかしら」


「だとしたらエルフィーの差し金?」


「その線も無い事はありませんが、世界的に忌み嫌われる魔神と手を組むメリットが見当たらないと思います。それに彼女が主様と呼んでいた存在も気になりますね」


「なななな…なんで皆さんそんな落ち着いてるんですか⁉︎魔神ですよ、この世の災厄と呼ばれている存在が襲ってきたのに何で…」


「止めとけフィーナ、この人たちの思考回路はこの世界の誰にも合致しない特殊な思考回路だから」


何とも気の抜けた会話が聞こえ、ゲンナリとした表情で零葉が振り向くとテントの真横に胡座(あぐら)をかいているヴァルと、某だんごの三兄弟よろしくテントの入口から縦に連なるように顔だけを出す女性陣。

そんな彼女たちを見て思わず嘆息する零葉がポツリと呟く。


「警戒しなきゃいけないのはエルフィー以外にもいるってか…何かただの転移とは思えなくなってきたな」


もちろんその呟きは誰にも届かず、誰かの欠伸と共にこの狂乱騒ぎに幕が引かれた。


「とりあえず夜も遅いですし寝ましょうか。では零葉は引き続き見張りの方よろしくお願いします。あと周辺の消火の方も。おやすみなさい」


「んじゃ、姉様もああ言ってるし、零葉よろしくー…あ、フィーナちゃんはこっちで一緒に寝よ?おやすみー」


「え?え?え?あ、あの零葉さんおやすみなさいませ!」


「零君がんばってね、おやすみー」


「拒否権無しか…」


「災難だな。ま、あれは逆らうだけ無駄か」


見事なまでに放っておかれる零葉にヴァルは憐憫の眼差しを向けながら隣に腰掛ける。

すると、零葉は苦笑しながら答えた。


「別にお前も俺に構わず寝て良いんだぞ?あの人たちの理不尽さは今に始まったことじゃないしな」


「だろうな」


何だかチクチクと刺すような殺気を背中に感じるが零葉とヴァルは気にしないことにした。


「まったく、本気を出してなかったとしても仮にも魔神を無傷で撃退するとかマジでヒューマン…じゃないかニンゲンだっけ?ニンゲンなのか?」


「そんなどこぞのUMA…って知らないか。まぁ、人間辞めてはいないな。おっとそうだった、ディネ・アクリア」


そんなふざけた会話を交えつつ、すぐに水魔術を使って燃える草木の消火を済ませると、朝日が昇るまで2人の男子は語り明かしたとか。



「ふぁぁぁぁ…」


荷車に揺られつつ大きな欠伸を一つして、ほぼ不眠状態の零葉がうつらうつらと舟を漕ぐ。

昨夜のへブラムの襲撃以降は特に何も起こらず、零葉の見張りは無駄になってしまったわけだが、そうなることを知らない数時間前の零葉は起きたまま朝日を拝むことになり、ラグ・バルに向けて移動を再開して何もやることのないこの時に襲ってくる猛烈な眠気がその代償だった。

このままではいざという時に対応できないことは頭では理解しているものの、昨日の戦闘で疲れ切ってしまったのか身体が拒否していて抗えば抗うほどにどんどん瞼が重くなっていく。


「欠伸がうっさいのよ…ヴァルみたく寝なさいよ。そんなんじゃ昨日の魔神どころかそこら辺のザコ魔物に殺されそうよ?」


「ふへぇ?」


「覇気のないマヌケな顔ですね、フィーナさん曰くラグ・バルまでは正午前には着けるそうですからそれまでは寝てなさいな」


昨晩の鬼畜ぶりはどこへやら、打って変わって少し優しい家族に気持ち悪さを覚えてそそくさと寝る態勢に入るが突然ブレーキが掛り、横になっていた零葉はゴロゴロと転がって荷車の壁に顔面からぶつかる。


「へぶぁっ!?オイコラ、フィーナ!急ブレーキは止めろって何回言え…ば…?」


「あぅあぅ…」


フィーナが急ブレーキを掛ける度に何かと被害を受けている零葉は今回も文句を言うために真っ赤な鼻を押さえながらバッと起き上がるが、彼女の少し青ざめた表情に気付いてその視線の先を辿る。


「お嬢ちゃん、酷い事されたくなかったら全員身ぐるみ一式置いていきな。ゲヘヘ」


3人組の男がナイフや棍棒、ダガーのような短剣を片手にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

布切れを繋ぎ合わせたような粗雑な衣服に傷だらけの顔。

そう、ファンタジー世界定番の盗賊である。

当然、今更な盗賊たちの登場に魔殺家の一同は大きくため息をつく。


「盗賊とか出てくるの遅過ぎだろ…普通こういうのって異世界に来て最初の関門とかじゃねーの?」


「仕方ないわよ、アタシたちの場合は出たとこが出たとこなんだから」


「そうは言っても彼らを退かさないと先に進めそうにないですよ。フィーナさんが怯えきってしまっていますから」


明らかに先日の岩窟竜(バシリスク)の方が何十倍も恐ろしかったはずなのに、それ以上に盗賊を見て怯えるフィーナに零葉は首を傾げる。

ともかく一旦そちらは先送りにして、まずは遅れて現れたファンタジー世界の定番への文句を垂れる。

すると、盗賊たちは意外と物分りがいいのか自分たちが遠回しに気にするほどもない脅威として認識されていると悟って声を荒げる。


「んだとこのヤロウ!」


「バカにしてんじゃねーぞ!」


「ねーぞ!」


約1名周りの雰囲気に流されているだけの下っ端がいる気がするが、とりあえずフィーナが怯えている以上、目の前の厄介事を放って置くわけにもいかず零葉は重い腰を上げる。


「どっこいせっ…しゃーねーな。とは言え、うるせー邪魔者はとっとと駆除するべきか」


「ナメてんじゃねーぞクソガキ!」


「お前らの相手するにゃ、そこらへんの石ころで十分だろ」


そう言って零葉は道端に転がっていた何の変哲もない石ころを器用に蹴り上げるとパシンッと片手でキャッチする。


「殺す!」


見え透いた挑発に簡単に乗るあたり、所詮は小物といったところだろうか。

典型的な癇癪を起こして武器を構えると一斉に襲いかかってきた。

しかし、素人目に見ても隙だらけのその構えは武術の覚えはなさそうである。

そんな中で唯一彼らの褒めるべき点は、相手に1人だけでも確実に傷を負わせるためか3方向から仕掛けてきた事である。

同時に彼らが不運だったのは、零葉が戦闘の経験者であった事だろう。


「ほらよ」


「ハッ、どこ投げてん…だっ⁉︎」


零葉の鋭い第1投は短剣を持つ一番左の男の真横を通過していく。

見掛け倒しなコントロールに鼻を鳴らして笑い、その行き先をチラリと見やるが視線を戻した時に視界に映ったのは、目の前で飛び上がる零葉の姿。

呆気に取られているその顎を強烈な飛び蹴りが容赦無く打ち抜く。


「ひとーり」


「は?」


そんな声が聞こえ棍棒を持つリーダー格らしき男が足を止めた次の瞬間、ドゴッという鈍い音が耳に届きそちらを振り向くと、ナイフを構えていた下っ端の盗賊が数メートル後方にバウンドしながら吹き飛んでいく姿を捉えた。


「ふたーり」


作業的な感情の篭っていない声に男が恐怖を覚えるにはあまりにも時間が短く、気付いた時には目の前で笑顔を浮かべる少年が棍棒の先端をガッチリと掴んでいた。


「3人」


リーダー格の男の耳に底冷えする様な冷たいカウントダウンの声と頭蓋に響く様なグシャッという嫌な音と顎の骨が砕ける感覚がするのはほぼ同時、僅かに宙に浮く感覚と共に男の意識は瞬く間に刈り取られた。


「はい終わり」


パンパンッと手で埃を払いながら零葉は短く息を吐く。


「化け物じゃあるまいし、石ころ一つでどうにかなるわけねーだろ」


ほんの10秒足らずで3人の盗賊を倒した時点でかなり化け物じみているが、零葉は軽い運動をした程度の認識なのか呑気に屈伸運動を始める。


「で、この盗賊A.B.Cはどうするわけ?」


「ほっとこうぜ、構ってるだけムダだし」


とは言えこのままにしておけば再び悪さをするであろう盗賊をそのまま放っていくわけにもいかず、荷台に置いてあったロープで逃げられない程度に縛っておき、木の板に「私たちは盗賊です」という立て看板を作りその場を去った。

ああしておけば誰かしらが見つけるだろうと踏んだ結果の処置である。

あとは彼ら以外にも盗賊仲間がいてそいつらが彼らを解放しないことを少しだけ願うのみだった。


「ところで姉様、昨晩の件について現在ほんの僅かながら彼女の気配が感じられるのですが」


「どうやら監視というのは間違いではなさそうですね。それにしても彼女の主…あまり考えたくないことですが…」


「恐らくその見解は間違いではないかと…」


「だとしたら私たちに課せられた依頼はかなり大それた話になりそうですね」


盗賊たちと出会ってから数十分後、ようやく零葉も寝静まり、荷台で起きているのは斬葉と狩葉、そして百葉の3人だけだった。

狩葉は零葉に聞こえないように口の動きだけで斬葉と会話を始める。

百葉はその様子を眺めながら呑気に爪をヤスリで磨いていた。

何やら不穏な空気をこの異世界転移から感じ始めていた姉妹を含めた彼ら家族がその正体を確信するのはもう少し先の話。


「皆さん、見えてきましたよ!あれが貿易都市ラグ・バルです!」


唐突にフィーナが荷台に振り向きながら前方を指差して声を上げる。

狩葉と斬葉は勿論、寝ていた零葉も跳ね起きて顔を出すと、確かに城壁に囲まれた街が見えてきていた。

貿易都市ラグ・バル、商人ならば一度は訪れておきたい交易の街。

フィーナの説明によると、この都市の創始者はヒューマンの商人だったそうで、大陸の中心に位置し、幾人もの冒険者や旅人の為にこの場所に市場を開いたのが始まりらしく、そこから街へと発展。

その結果この大都市へと成り上がったのだと言う。

市場だった頃は主にヒューマン相手の商売をしていたそうだが、市場の噂を聞きつけた他の種族が続々と移り住み、今ではあらゆる種族がこの地に店を開いている。

そんな話を聞いていると、ラグ・バルの入り口なのだろう巨大な門の前まで辿り着いていた。

そこにある詰め所から兵士らしき鎧を着込んだ男性が現れる。

男性は何度かフィーナと言葉を交わし、彼女が通行手形らしき紙を見せるとすんなりと通してくれた。

荷台に乗っている明らかに身分不明の零葉たちに対して一切詮索しない辺り、冒険者や旅人が頻繁に行き交う場所なのだと零葉は感じていた。


「おー、フィーナちゃんおかえり!今回の商談はどうだったんだい?」


「あ、ライムさん。お陰様でバッチリでした!帰り道にバシリスクに襲われて荷車はボロボロになっちゃいましたけど」


「そりゃ、災難だったな。あとでコーレンの爺さんのとこで修理してもらいな…ってその人たちは?」


「あ、この人たちは自分の命の恩人なんです」


「そうかい、俺は仕立て屋のライムってんだ。その子を助けてくれてありがとうな、服が入り用の時は是非ウチに寄ってくれ。サービスしてやるから」


ライムと名乗った男性はフィーナを見るなり娘が帰ってきたかのように笑いかけ、荷台に乗る零葉たちに訝しげな視線を送るが、事情を知ると再び笑顔で気さくに迎え入れてくれた。

優しい店主の仕立て屋をあとにしてフィーナは一軒の店の前でピー助を止める。


「皆さん、お疲れ様でした。ようこそ、安心・安全・有用がモットーのクロムシェイド魔具店へ!」


フィーナがcloseの札の掛けられた扉を開けるとカランカランというベルの音が誰もいない店内に響く。


「ホントに魔術関連のアイテムばっかり置いてるのね、店中に濃密な魔力が漂ってるわ」


真っ先に入ってきた狩葉が思わず後退りするほどの雰囲気と魔力の量に後から入ってきた面々も苦笑を浮かべる。


「お茶持ってきますね、少し店の中でも見ててください」


「フィーナちゃん、アタシも手伝うわよー」


フィーナがパタパタと小走りで店の奥に消えていき、百葉もそれを手伝おうと後に続いて店内から姿を消す。

それを見計らってか、狩葉が口を開く。


「色々あったけど、なんとか無事に第一目標のラグ・バルには辿り着けたわね。とりあえず、当面はこの街で補給して過ごさなきゃならないし、迦楼羅国(かるらのくに)に行くにしても旅路は長いし。どうしたもんかねー」


「そこは何とかフィーナさんに協力を取り付けて運んでもらう方が得策だと思いますが、さすがに理由を一から十まで話すわけにもいきませんからね」


「ここで滞在するハメになるだろうし、後で考えればいいんじゃないっすか?」


「邪魔だろうから、俺は適当に買い出ししてくるぜ。何か必要なものはあるか?」


「じゃあ、適当に今夜の食材の買い出しお願いしてもいいかしら?」


これからの行動について意見を交わす狩葉、斬葉、零葉の3人にすっかり蚊帳の外にされてしまったヴァルが買い出しの品について尋ねるが、討論に熱が入っているからか3人から返事がくることはなく、代わりに店の奥から百葉が顔を出して答えた。


「あいよ」


ヴァルはその頼みに小さく肩を竦めると店を出ていった。


「ところで零葉、昨日の魔神についてなんだけどさ」


狩葉の急な話題変更に片眉を釣り上げる零葉だが、斬葉がその言葉を続ける。


「何か違和感を感じませんでしたか?」


「違和感…ですか?」


最後まで聞いてもその意味が理解できずに首を傾げる零葉。

確かに何か引っ掛かるものがある筈なのだが、うまく言い表せないのか口籠ってしまう。


「お待たせー、フィーナちゃんの紅茶とお母さん特製スコーンよ」


そんな空気をぶち壊すように百葉がトレーに紅茶の入ったティーポットとカップ、そしてどうやってこの短時間で作ったのか、大皿に山盛りに乗せられたスコーンを運んできた。

思わぬ形で身内に水を差された3人は苦笑いを浮かべながら百葉からティーカップを受け取った。

中を覗き込むと、元の世界と変わらない色と香りの紅茶がたっぷりと注がれていた。


「しゃーない、この話は後回しね」


「今は久しぶりの休息を楽しむとしましょうか」


スコーンを手に取りながら狩葉がため息交じりにぼやくと、斬葉も小さく首肯しながらチョコチップの練り込まれたスコーンを一口(かじ)

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