Escape
「…そして「その慢心、必ず命取りになる」と…申し訳ありません兄上…私が居ながら…たった1人の人類の娘などに我らが本隊を壊滅させられた挙句、すごすごと負け帰り…この責任、我が命で償う他ありませぬ…」
ゼノンは満身創痍の身体を引きずって、森精族の中心都市「樹上帝都 エル・フィオナ」へと何とか帰還していた。
そして間を置かず、傷だらけのその身体のままで自身の兄である森精族の王へと謁見し、事の顛末と斬葉からの宣戦布告を一語一句違わず直接伝えた。
「そう気に病むでない、今回の件、お前1人の責任ではない。此度の戦いで負傷した同胞たちもそう思っている筈だ…良くぞ再びここに帰ってきた我が弟よ。そこのお前、すぐに医者を呼びゼノンを担架で運べ」
「ハッ!」
彼の兄である聖森帝 ゼーブルは弟を責めることなく、傷付いた彼を労った上に側にいた従者にゼノンの治療のため医者と担架の手配をさせた。
暫くして、白衣を着た数人の森精が弟を担架に乗せて運び出していった。
「下等なヒューマンの小娘が…死人を出さず森精族の中でも屈強な猛者を揃えた我が軍をたった1人で壊滅させるだと…?ナメた真似を…」
ゼノンが運ばれゼーブルのみになった玉座の間で、たった1人の人類の娘に自慢の軍隊を潰された上に宣戦布告されたとあって、煮え繰り返る腑をどうにか抑えつけて森精族の王は苛立ちで唇を血が滲むほどに噛みしめるのであった。
「何か、今日はぶっ飛びまくりの1日だったな」
零葉はリビングでヴァルが淹れたハーブティーを啜りながら一息ついていた。
彼曰く、気持ちを落ち着かせる効用があるらしく、さすがの魔殺家の一同もようやく一息つけることに少なからず安堵を感じていた。
「ヴァル君、このハーブティーの淹れ方今度教えてね」
百葉は、斬葉の治療をしているヴァルにお茶の教えを請うと意外と彼も快く承諾してくれた。
「別に構いませんよ。じゃあ今度時間がある時にでも」
「…流石にゴーレムに殴られたのが効いてます…数十か所の血管破裂と肋は何本か折られてるでしょうね」
ヴァルに包帯を巻かれながら、冷静に自分の身体の負傷状態を分析する斬葉。
今の斬葉の姿は治療の為に上半身は下着しか着けておらず、彼女には羞恥心というものは存在していないのか、健全な男子が2人居ても表情一つ変えることなくヴァルの治療を受けていた。
「そもそも、ゴーレムに殴られるなんて、地面に身体叩きつけられる様なものなんだから、無傷で済むはずが無いですよ」
狩葉はヴァルが包帯を斬葉に巻くのを手伝いながら言う。
彼女も家にあった救急箱を広げながら斬葉の体にできた細かな擦り傷などに傷薬を塗って絆創膏を貼っていた。
「それ以前にゴーレムの拳を受けて、生きてる事自体がおかしいっての」
そんな魔殺家の普通の人間とはかなりズレた会話に飽きれながらヴァルがツッコむ。
ヴァルは既に、彼らがかなり常識から外れたデタラメな家族だと認識していたが、斬葉がゴーレム相手に殴り合いの勝負を征したと聞いて、こんな華奢な身体のどこにそんなバカげた力を隠しているのかと考えざるを得なかった。
「とにかく姉様があの軍隊を壊滅させたお陰で、今日襲われる心配は無くなったんだよな」
「あぁ、あれはエル・フィオナの軍本隊だからな。あの様子だと、再編成するには相当な時間が必要かもな。もしかしたら王都の魔法技術で何とかなりそうかもしれないが…それでもこの森で襲われる心配は当面の間は無くなったし、今回の件で帝都は今頃大混乱だろうからな。よし、終わった」
さすがに姉とはいえ女性の肌を見ることにいくらか抵抗があるのか、自分の使う大剣、「永劫」のメンテナンスを1人黙々と行っていた零葉が口を開く。
元いた世界であれば信用できるメカニックが居たのだが、それらのサポートが無い今、自分で全てを熟さなければならなかった。
そんな零葉の言葉に頷きながらヴァルは斬葉の治療を終えて包帯の端を結ぶ。
「さて、この森もようやく静かになりましたし、この世界の事を教えてもらえますか?」
包帯を巻き終えた斬葉がパジャマの上着を羽織の様に肩に掛けながらヴァルに質問をする。
その質問の前に前提条件を確かめようとヴァルが逆に質問を返す。
「その様子だと俺たちみたいな種族はそっちの世界にはいないんだろ?」
「そうね、アタシ達の世界には人類以外のエルフィーやドラグールみたいな知的生命体はいないわ」
「なら、まずは基本的な知識からだな…クランフォリアってのがこの星の名前でここはその中の大陸の一つ、魔法大陸 レイドラル。外には別の大陸があるらしいけど、この大陸だけ数千年前に起きた地殻変動で隔離されたらしい。俺自身、大陸の外には行った事は無いから仲間から伝え聞いた話だけどな」
「つまり、この大陸にはその地殻変動で取り残された生き物が独自の進化をし、多種多様な文明が存在する土地という事ですか」
「簡単にまとめるとそうだな。ちなみにこの大陸に住む種族は、大きく分けて9つ、アンタらみたいな人類。さっき襲ってきたのが自然の護り人、森精族。俺みたいな龍族。半人半獣の獣人族。全てを破壊する剛腕を持つ巨人族。地の底に住む魔族。自然界に住む精霊族。神の使い天使族。そして、この世界を統べる神族。その他にもいくつもの少数の種族で構成されているのがこの大陸の生態系だ」
「思った以上に構成種族みたいなものは少ないんだな。それも何か理由があるのか?」
「数百年前に大規模な争いが起こってな、それこそ大陸全土を巻き込むようなとんでもない戦いだ。そんな大陸に一体の魔神が現れた」
「魔神?」
「あぁ、魔族の中でもかなりの力を持った存在を魔人って呼ぶんだが、魔神はその魔人の中でも取分け強大な力を持った化け物の事を指すんだ。この世界に現存する魔神は片手で数えられるくらいにまで減っちまったが先の大戦の頃にはその怪物が何十と居たらしい。」
「そんな怪物がどうして数を減らすような事になったの?単純に考えれば対抗出来そうなのは神族くらいだと思うけど」
「その原因こそ、この世界にいる種族のほとんどが滅びる原因にもなった一体の魔神の出現だ。その魔神の名はルキエル。ヤツはあろう事か同じ強大な力を持った魔神を自身に取り込んだ。いわゆる同族喰いだ。それによって絶対無二の存在になった魔神は大陸を崩壊寸前まで追い詰めた。まぁ、最後には封印されたらしいけどな」
「消滅したってワケじゃないのが何か不気味よね…でもそんな化け物がウジャウジャいるような世界なら他にもいるんでしょ?」
ヴァルの話に軽く身震いする狩葉は考えられる一番面倒な展開を口にする。
その言葉に頷いてほしくなかった一同だったが、そんな期待を裏切るようにヴァルはすぐに首肯した。
「いる。この世界で魔神に匹敵するほど面倒な存在がな。魔神や神に匹敵するヤツら、この世界を現状支配している6匹の龍。六世龍王だ」
「六世龍王?」
「龍族の中の龍王、その上に君臨するのが六世龍王。ヤツらの半分はこの世界には基本的に傍観主義の無害な龍なんだが、残り半分が厄介なんだ。黒煌龍 、永遠龍 、殲滅龍 、破創龍 、獄罪龍 、城塞龍。こいつらの中でも殲滅龍、破創龍、獄罪龍、この3匹に遭遇したらとにかく逃げた方が良い。アイツらほど好戦的で面倒な龍はいないからな」
「会ったことあるのか?何か知ってるような口ぶりだけど」
「いんや、俺も聞いた話だから詳しいことは分からないんだけどな」
「話は変わるけど、なるべく早い段階で人類の住む国には行きたいな。ヴァル、一番近い人類の住む土地ってどこなんだ?」
聞き返してきた零葉にヴァルはしまったという表情を浮かべるが、誰も気付いていなかったのか彼が否定するとそれ以上の追及はされなかった。
先日、家の周りを自分の目で見渡していた零葉は話題を切り替えて、一刻も早く森精族の支配しているこの土地を離れるのが得策だと考え、ヴァルにどうするべきか今後の指針について相談する。
「だったら、明日からの目的地はこの大陸の貿易の中心地、中立都市 ラグ・バルだな。人類の土地、迦楼羅国に行くにはそこを経由して行った方が楽だ」
「そうですか、じゃあ明日はそのラグ・バルに向かいましょう。ちなみに距離はどれ位なんです?」
次の目的地が決まり、そこまでどれ程で着けるのか聞いた斬葉だったが、ふとあることを思い出したヴァルは少し口ごもってしばらく逡巡した後おずおずと口を開いた。
「それは…」
「歩いて三日って、途方もねー…流石に無理だ…」
朝日が登る前に家のあった森を必要最低限の荷物だけ持って出発した一行だったが、日が頂点を指す頃、とうとう耐えきれなくなった零葉がボヤいた。
周囲を見渡しても鬱蒼とした木々と植物ばかりで万が一、一歩でも道を外れようものならばすぐに道に迷ってしまうだろう。
「仕方ないでしょ、アタシ達には飛ぶ方法なんて無いんだから…てゆーかそういうアタシも、こんなに歩いたのいつ以来かしら…長期間の依頼でもこんなに歩かないって…もう足パンパンよ…」
狩葉も同じような景色の森の中をひたすら歩き続け、すっかり乳酸が溜まって動かすことすら億劫になったふくらはぎを軽く叩きながら疲れの滲み出た声色で呟く。
「まぁ飛んだところで、山の手前で降りる羽目になるけどな。あの山は通称「断つ壁」って呼ばれてて、地上からじゃ七合目も見えない山だからな。俺たち龍族でも越えられるのはほんの一握りのヤツらだけっていう巨大な山脈が森精族の土地を守るように囲ってるんだ」
「なるほど、宇宙空間まで到達できる飛行能力を持つ存在以外が出入りすることが可能なのは山脈の麓に複数点在する洞穴のみ。そして、洞穴の入り口には関所…森精族の土地のであるこの広大な森、欲しがらない存在は居ないはずなのに、奪われないのは地の利を彼らが有効活用しているからですか」
一番近い洞窟へと零葉たちを誘導しながら土地の説明をするヴァリに斬葉が納得したように頷き、昨日の夜にヴァリから学んだ知識を整理しながら相槌を打つ。
「そう。関所で異常が発生した場合、つまり外部からの侵入者を洞穴の内部で待ち伏せをすることで迎え撃つ、故に相手には逃げる暇を与えないまま殲滅してきた、だからこの森は数千年もの間、他者に奪われる事無く森精族の土地であり続けることができた」
「あら?ヴァル君、もしかしてアレが?」
そして、ふと前を見た百葉がはたと足を止めて指差した先、そうだ。とそれに肯定を示すヴァル。
「ここがこのナユルの森の入り口、そして"断つ壁"の外に繋がる洞穴の一つ、ルヤ洞穴だ」
ヴァルの指差す先にはポッカリと洞穴が口を開けていた。
山の向こうまで通じる洞窟となるとその大きさは計り知れないだろうといった具合に数十メートル先は一切の光のない真っ暗闇だった。
「んじゃ行きますか、もたもたしてたら日が暮れちまう」
「零君、ちょっと待って」
洞窟に足を踏み入れようとした零葉の腕を掴んで百葉が制止する。
「何かいる」
狩葉に言われ、零葉も感覚を研ぎ澄ますと、確かに洞窟の奥から妙な気配が漂ってきていた。
その気配を2人と同じように察知していた斬葉は、その気配が自分たちのいる入口からかなり距離があることと動く気配のないことを告げる。
「ですが、向こうからはこちらに来る様子はありませんね。それでも何がいるか分からない以上は慎重に進むとしましょう」
そして、斬葉を先頭に一行は洞窟へと、足を踏み入れていった。
入口から数十メートル進み、自分の手さえも視認できにくくなってきた頃、狩葉が光源を求め零葉に提案すると
「うわ…本当に真っ暗ね…零葉、何とかなんないの?」
「んなこと今言われてもな、手元すら見えねえのに…とりあえず炎魔法で用意してきた松明でも着けるか…ウル・ファイラ」
狩葉の提案を渋々呑んだ零葉はバッグの中を確認するために初歩的な炎魔術を発動すると、
「零葉…バカッ!」
狩葉が真っ青な顔をして叫ぶのと同時にカッと魔法陣が強烈な輝きを放ち、初歩魔法とは思えない威力と量の炎が洞窟を埋めるように撒き散らされて辺り一面を火の海へと変えた。
それが収まる頃、炎の中から丸い球体のような水の塊が姿を見せる。
水の塊がシャボン玉のように弾けると少し赤い顔をして肩で息をする狩葉とそれ以外の全員が現れる。
炎が洞窟の闇を塗りつぶす寸前に狩葉が水魔法の防御結界を張り、全員を護ったのだ。
「アンタ何考えてるのよ、前にこの世界は精霊の量が多いって言ったじゃない!向こうと同じ魔法陣なんて発動したら暴発するに決まってるでしょ!」
「そういえばそうだった…とはいえ咄嗟に水結界を張ったのはさすがだな」
「たく…調整も終わってない段階だったのにぶっつけ本番なんてどんな鬼畜設定よ」
洞窟の岩には燃焼物質が含まれていたのか所々の天井や壁に火が付き、ボンヤリと明かりが揺らめく中、息も絶え絶えな狩葉の叱責と零葉の声が響く。
どうやら、元いた世界と魔法の発動に関して勝手がだいぶ違うようで、それを失念していた零葉の魔法が彼女の言うように暴発、あわや大惨事といった展開に繋がったのである。
「アンタの魔法陣をちゃんと前もって確認しておくべきだったわ。とりあえず今回はアタシが松明作るから、次は失敗しないように自分で修正しておきなさいよ…ウル・ファイラ」
狩葉は今の事故は自分の注意不足だと反省しつつ、松明に火を灯すために指先に小さな魔法陣を展開、ライター程度の小さな火を出すと松明の先端に着火する。
「これでかなり明るくなったわね…進みましょ」
「ちょっと待て…何か聞こえる…」
松明を掲げると、その光に煌々と照らされ洞窟内の様子が浮かび上がる。
それを確認した狩葉が歩き出そうとした時、その腕がヴァルに掴まれて引き止められる。
彼はそのまま前方の少し開けた空間を指さすと耳を澄ますように指示を出す。
「キャアァァァァッ!」
「ゴアァァァァァァッ!」
すると少女の声らしき甲高い悲鳴が聞こえてくる。
それから一拍置いて地鳴りのような咆哮が洞窟全体を震わせるように響き渡った。
「こっち来ないでぇぇぇぇっ!」
「ガァァァァァァッ!」
そんな声が聞こえると一人の少女がこちらに向けて走ってきた。
そしてその少女の後ろから巨大なイグアナのような土気色の鱗の怪物が体で洞窟の壁や天井を抉りながら零葉たちへ向かってきた。
タイミングの悪いことに洞窟は一本道になっており、零葉たちも必然的にUターンをして逃げ出すハメになる。
「ヴァル、アレ一体何なんだ!?」
「ありゃ岩窟竜だな。まさか今はこの洞窟にいるとは思わなかった」
「あっ、そこの人たち待って!助けて!」
バシリスクと呼んだ怪物から逃げながらヴァルが意外そうな声を上げる。
そんな零葉とヴァルの間に割って入るように先ほどまで30mほど後方にいたはずの少女が必死の形相で助けを求めてきた。
どこかの民族の踊り子の衣装のような露出度の高い服装に少し明るめの茶色の髪と瞳、そして彼女の容姿で最も目を引くのが頭頂部でピコピコと動く髪と同じ色をした獣の耳だった。
少女の容姿を見た狩葉が少女に話しかける。
「アナタ、獣人族ね。名前は?何でこんなところにいたの?」
「はっ…はいです、自分はフィーナと申します。ラグ・バルで小さな魔道具店を…」
「そんなことより先に後ろのアレ、何とかした方が良いんじゃないかしら?」
狩葉に促されてフィーナと名乗った少女だったが、それを遮って百葉が少しずつ追いついてきているバシリスクを指さすと巨大なトカゲの怪物が彼女らのすぐ後ろにまで迫っていた。
「どうにかするって、バシリスクですよ!?その鱗はいかなる武器も寄せつけず、その牙はあらゆる鎧をも紙のように引き裂く怪物ですよ!」
「へぇ、それは面白そうですね。黒椿!」
青ざめたフィーナがバシリスクの危険性を教えるが、それに興味を持った斬葉がザッと右足で踏み止まるとそれを軸にして再びUターンすると化物トカゲも彼女の姿を見て歩みを止める。
「もしかしてあの人、バシリスクと一人で戦うつもりなんですか!?」
「そうね、残念ながらあの怪物は姉様の興味を引くには十分すぎる存在だったみたい」
「だからっていくらなんでも無茶ですよ!」
「大丈夫、大丈夫。いいから見ときな」
慌てて斬葉を引き留めようとするフィーナの腕を掴んで止めたのは、既に一度彼女の戦いを目にしていたヴァルだった。
彼は目の前の怪物相手に斬葉がどのように立ち回るのかを興味深そうに眺めていた。
「グルルルルゥ…ゴガァァァァァッ!!」
「私の一閃、貴方のその鱗はどれだけ耐えられますかね?」
「ギャゴォォォォッ!」
斬葉は自身の持つ刀「黒椿」の柄を握ると、腰を落として抜刀の構えを作る。
そんな動作を見た怪物は鋭く尖った牙が並ぶ咢を彼女など容易に丸呑みできそうなほど大きく開いて飛び掛かる。
その巨体からは想像もできない俊敏さと跳躍力に零葉たちは驚くが、斬葉は表情一つ変えずに漆黒の刀身を抜き放ち一閃。
「黒牙刻閃哭!」
その強力な剣閃によって洞窟の中であるにも関わらず、一陣の風が吹き荒れる。
そして怪物はというと斬葉に飛び掛かった状態のまま空中に繋ぎ止められたかのように停止していたが、彼女が刀を鞘に収めた次の瞬間にはその巨体が上顎と下顎で横一文字に真っ二つにされ土煙を上げながら地面に落下した。
一瞬の出来事に獣人であるフィーナもその神速の一閃を目で追うことが叶わず、あんぐりと口を開けていた。
「一体何が起こったんですか…?」
「流石に体内までは堅くはないようでしたね、ゴーレムに比べればかなり斬り応えはありましたけど、やはりこの程度では退屈凌ぎにもなりませんか」
ビュッと刀を一度振ってから鞘に収めた斬葉はため息交じりに呟くと、肋骨の折れている怪我人であることを知っているヴァルや狩葉は彼女の相変わらずのデタラメさに苦笑しながら拍手を送る。
洞窟に響く拍手の音にハッと我に返ったフィーナはブンブンと勢いよく首を横に振りながら声を上げる。
「だっ…だからって岩窟竜をここまで鮮やかに真っ二つにするなんて聞いたことも見たこともありませんって!」
「とにかく目前の脅威は去ったワケだし、君のこと教えてもらってもいいか?」
ここでようやく口を開いたのは零葉。
彼は手を軽く叩くと先ほどバシリスクから逃げるために中断してしまったフィーナのことについて尋ねた。
「え?あぁ、はい。自分はフィーナ・クロムシェイドと言います。先ほども言ったかと思いますが現在、ラグ・バルにて小さな魔道具店を経営していますです。ここにいた理由はですね、先日エル・フィオナに魔道具の配達をした帰り道で、しかも運の悪いことに30日周期のバシリスクの停滞日にぶち当たってしまったわけでして、立ち往生してる時に皆さんの気配を感じて…」
「で、さっきに繋がるってワケね」
「はいです」
「ところでさっきからアレのこと見てるけどどうしたの?」
フィーナはそう言いつつソワソワと落ち着きなく切断されたバシリスクの死骸を横目で見やる。
それに気付いた狩葉がフィーナに声を掛けるとビクッと体と耳を跳ねさせて遠慮がちに尋ねてきた。
「あのぅ…皆さんが良ければあのバシリスクの素材、自分が頂いてもよろしいでしょうか?」
「別にいいわよ、アタシたちが持ってても使うどころか何に役立つのかも分からないから」
「バシリスクの素材は市場にも出回らないレア素材なのですがご存知ないのですか…そういえば、貴女様の剣を少し見せていただいてもよろしいですか?」
そしてフィーナが指差したのは斬葉の持つ黒椿、すると斬葉は別に構わないと言うように無言で頷いてフィーナに黒椿を投げ渡す。
受け取ったフィーナはというと興味津々な様子でそれを眺める。
「ほわぁぁ…迦楼羅国の刀匠と呼ばれる武具職人の作る刀という剣によく似てます…ですが術式付与が施してある珍しいタイプの魔具ですね…」
彼女のその一言を聞いて魔殺一家の面々に緊張が走る。
何故なら初対面であるフィーナが斬葉の刀を一目見ただけで魔術式が組み込まれたシロモノであると見抜いたからだ。
「それが只の刀じゃないってよく気付いたな」
「んぇ?あ、職業柄こういうモノの目利きには慣れてまして」
「魔道具の販売だけじゃないのか?」
驚嘆しながら零葉が話しかけるとフィーナは刀に視線を釘付けにしており、ぽやーっとした表情で返事をするがすぐに我に返って少し照れくさそうな顔をして手で茶色の獣耳を触った。
そして零葉が不思議そうに尋ねると彼女は首を横に振って答える。
「確かに最近は魔道具の販売がメインなんですけど、副業といいますかついでといいますか…父が武具に術式付与をする専門の鍛冶職人だったのでそれなりの目利きとか一通りの鍛冶作業もできるんです」
彼女のその一言に零葉の頭に一つの考えが生まれる。
「アンタ、フィーナちゃんに取り入って自分で永劫のメンテナンスの手間省きしようとしてるでしょ」
が、狩葉にその考えをあっという間に看破され、そうはさせるかと言わんばかりに狩葉がフィーナを抱きしめた。
狩葉に見抜かれて「ウグッ…」と小さく呻いた零葉はガックリと肩を落とす。
フィーナはというと彼女の小柄な身長では狩葉に抱きしめられた際、丁度顔が胸の位置にあり必然的にフィーナはその柔らかな双丘に埋もれてしまう。
「―――――!?」
「狩葉、そろそろ離してやれよ。いい加減その子窒息しちまうぞ」
しばらくもがいていたフィーナがグッタリとしてきた頃、その様子を眺めていたヴァルが狩葉の肩をトントンと叩く。
ようやく気付いた狩葉が慌てて彼女を解放するとフラフラと覚束ない足取りで目を回していた。
「ごめんね、大丈夫?」
「へっ…平気です…危うくお花畑に足を踏み入れるところでしたけど…はっ…そういえば皆様のお名前をまだキチンとお伺いしておりませんでしたです!」
ピンッと急に背筋を伸ばし、命の恩人達の名前を聞いていなかったフィーナが何故か敬礼をしながら尋ねるが、まだ窒息しかけていた後遺症が残っているのかフラッとよろけて地面に座り込んでしまう。
「そういえばそうね、アタシは狩葉。この人の妹よ」
そう言って掌を向けて斬葉に自己紹介を繋げる。
「私は斬葉、ダメ姉弟の姉です」
そう言って零葉に冷たい視線を向けると、彼は口籠りながら無理やり笑顔を作って名乗る。
「俺は零葉、でここにいるのが俺たちの母さん…」
「百葉でーす」
「俺はヴァルディヘイト、訳あってこの人たちと一緒に行動してる。気兼ねなくヴァルって呼んでくれ」
自己紹介を終えた一行を再度グルッと見回し、フィーナは屈託のない笑顔で全員と握手を交わすが、百葉と握手をした途端、キョトンとした表情で匂いを嗅ぐように鼻をヒクつかせる。
「んー?百葉さんでしたよね…失礼かもですが、ヴァルさんを除いて皆様は人類ですよね?」
「え?そうだけど?」
「うーん…すみません、自分の勘違いだったみたいです」
どこか訝しげな顔をするフィーナだったが、すぐに元の明るい笑顔に戻ると「あははー」と笑いながら頭を掻いた。