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招かれざる者

「とまあ、これが俺と黒姫の昔の話だよ。こんなの聞いても何の面白味も無かっただろ?」


タバコの煙を吐き出した川間(かわま)は年甲斐もなく感傷に浸りながら昔話をしていた自分に苦笑しつつ、それを聞いていたであろう安曇(あすみ)に向けて肩を(すく)める。


「いやいや、そんなことありませんよ。話を聞くまでは黒姫さんって怖い人なのかと思ってたんですけど、素敵な人だったんですね。それに先輩ってば黒姫さんのこと…」


「アーッ、アーーーッ何も聞こえないぞー!」


黒姫への印象を川間の話を聞いて改めた安曇はニヤニヤしながら明らかに彼が触れて欲しくなさそうな部分を敢えて掘り返す。

すると慌てた様子の川間が彼女の言葉を遮って子供の様に耳を塞ぎながら大声で騒ぐ。

そんなやり取りをしていた川間のデスクに置かれた電話が部署内にけたたましく鳴り響いた。

耳を塞いで騒いでいる川間は気付いていないようで、安曇が彼の肩を叩いて鳴っている電話を指さす。


「先輩、電話鳴ってますよ」


「ん?あぁ、悪い…こちら魔導課……あぁ………分かった、すぐに向かう。お前は先に住民の避難を」


安曇に促されて電話を取った川間は掛けてきた相手と数回言葉を交わすと、真剣な面持ちになり電話を切る。

そして、少し焦った様子の川間は仮眠を終えた冴木の元に向かうと電話の内容を報告する。

その切迫した雰囲気に冴木もその居住まいを正す。


「おやっさん、緊急事態です。新宿に墜魔導士が現れたと非番だった五平(いつひら)から報告が入りました」


「よりによって黒姫がいないときに…仕方がない、すぐに周辺を巡回している捜査員を現場に向かわせ、全員に戦闘用デバイスの携帯を許可させる。お前と安曇も準備が出来次第現場に向かえ。俺は千里眼に連絡して近辺にいる戦闘可能な理外者を寄越してもらえるように手配する」


「了解!」


返事と共に急いで出動する川間と安曇の背中を見送り、携帯を開くと部署に取り付けられた監視カメラに向けて手を振って電話の相手に合図を送る。


「という訳だ、千里眼(せんりがん)。もう現場も()ているんだろう?」


監視カメラを通して全てを見ているだろう相手に説明も無く話し掛ける。

通話状態になった携帯からはその言葉に答えるように、事の重大さとはかけ離れた女性の呑気な欠伸混じりの声が流れてきた。


「はふぅ…じっちゃんがアタシに電話してくるなんざ何年振りよ、まぁそんなこたどーでも良いわな、もちろん観てるぜ。早くも大暴れってとこだな、運の良いことにまだ人に被害は出ちゃないが術が術なだけに時間の問題だ。よりによって分子操作魔法のしかも特化型だ…その気になりゃ日本どころか世界の人間の半数が分子レベルで分解されて消滅するぜ。不幸中の幸い、まだそこまでの魔力はないようだが…」


「十分危険だな」


「だなー………は?嘘だろオイ…いや、でも…」


おちゃらけた雰囲気は昔から変わらないのか、姿は見えないながらも何か別の作業をしている片手間に答えているようなガサゴソと何かを漁るような音と共に適当な答えを返す千里眼(ファー・アイ)

しかし、彼女の見つめる監視カメラの映像の1つに何かを見つけるとボソリと呟いた。

彼女の狼狽ぶりが電話越しでも伝わり、冴木も思わず片眉を吊り上げる。


「何か現場に動きがあったのか?」


「いんや、墜魔導士も気になっけど、もっと気になる輩が現場の近くにウロウロしてるみたいでな、そいつの挙動の一つ一つが不安でよ…ここまで言えばじっちゃんも何となく誰だか分かるだろ?」


「まさか…そんな事があるのか?」


千里眼の珍しく動揺したような様子に冴木も彼女をそうさせる人物に1人だけ心当たりがあり思わず絶句する。

それは大都会の雑踏には到底無縁の人物。

「血化粧の黒姫」、「全てを見通す視界」千里眼(ファー・アイ)と並ぶ「五帝」の名を冠する人物。

普段は表に出ることが殆どない()の人物がなぜ大都会東京に出没したのかその思惑は計り知れない。


「幸か不幸か…何の用があってアイツが日本にいるんだか知らねーけど、アレが動くときは決まってロクなことにならないってのはいつだって共通してるからな」


(くだん)の墜魔導士と接触する前に避難を終えなくては…」


「そーしときなじっちゃん。それと復旧作業の手配もしておくことをオススメするぜ。なんせ、アタシたち五帝の中でもプリンセスと並んで最強の二角の呼び声高い『呪創主(クリエイター)』だ。アイツが通った跡にゃ、いかなる魔法も否応なしに支配されるからな」


その後すぐに千里眼との通信を切った冴木は大きく溜息をつきながら無線の電源を入れる。

何が起こるかが分からない以上、捜査員たちを不必要な危険に巻き込む訳にはいかない、そう判断した冴木は声を張って捜査員たちに告げる。


「現場に向かう全捜査員に告ぐ、現場対応する理外者は『呪創主(じゅそうしゅ)』。繰り返す、『呪創主(じゅそうしゅ)』が動く。全捜査員は至急、付近の住民を避難させよ。彼の到着前には捜査員も避難するように、以上」


一仕事終えた冴木は深々と椅子に腰掛け思慮に耽る。

今の冴木の頭の中は行方不明となった娘のように可愛がっていた少女の事よりも、彼女と並ぶ実力者であるあの青年が周囲に大きな被害をもたらさない事を只々祈るだけで精一杯だった。



「先輩、呪創主って誰なんですか?」


無線から流れてきた聞きなれない名前に安曇は眉を(ひそ)めながらハンドルを握る川間に尋ねる。

彼女が尋ねてくる前から眉間に皺を寄せていた川間が苦虫を噛み潰したような表情をしながら現場へと急ぐ。


「呪創主…クリエイターは今現在、世界中で使われている魔法。過去の魔術を改良し纏め上げ、新魔法大全として僅か10歳で編纂、発表した天才の二つ名だ。今じゃ「五帝」の1人として力のプリンセス、技のクリエイターだなんて呼ばれてる」


「そんなすごい人を妙に危険視してるような気がするんですけど?」


冴木の無線や川間の表情から、心強い援軍の話をしているにも関わらずどこか鬼気迫るものを感じ取り(かたき)のように扱われるまだ見ぬその人物のことを思いながら頬を引き攣らせながら尋ねると、川間は首を小さく横に振りながら答える。


「実際アイツは危険なんだよ天才ゆえってやつなのかもしれんが、何を考えているのかサッパリ分からん」


「ヒドイなー。川間さんもボクをそんな風に見てたのかい?ボク悲しくて泣いちゃうよ?」


川間と安曇の2人だけだったはずのパトカーの車内で彼の放った言葉にあり得るはずのない反論が返ってきて、その声の主をバックミラー越しに視界内に捉えた川間の表情が凍りつく。

安曇が慌てて後部座席の方へ振り向くと、1人の青年が足を組んで座っていた。

青年は手で顔を覆い泣くようなジェスチャーをするが、もちろん泣いてなどおらず顔を上げると銀灰色の瞳を細め、どことなく不思議な雰囲気を持つ笑みを浮かべる。

一瞬その笑みに心奪われる安曇だったが、車内が軽く揺れたことでハッと我に返って青年を睨みつける。


「アナタ誰ですか!一体どこから入って…」


「白昼堂々公衆の面前で高難度魔法である転移魔法を使った上に走行中のパトカーの中に転移なんていう離れ業で不法侵入をしてまでこんな下らない話をしにきたんじゃないだろ呪創主(クリエイター)


「え、この人が呪創主(クリエイター)!?」


安曇の敵意剥き出しの言葉を遮り、川間が皮肉交じりの一言を青年に浴びせる。

その一言に悪びれた様子もなく、それどころか彼女の驚いた表情を見て楽しむようにウンウンと頷き、青年は自己紹介を始める。


「初めまして、ボクはしがない魔法使い、みんなには光栄なことに呪創主(クリエイター)なんて素敵な二つ名を貰えたから、基本的にはそっちの名前を使ってるよ」


そう言いつつにこやかに目を細めて笑うが銀灰色の瞳の奥には冷笑すら浮かんでいない上辺だけの笑みであることが安曇にも読み取れた。

川間が彼に関して話した際、警戒心を露わにしていたことも、こんな彼の挙動に不信感を抱いていたからかもしれないと彼女は悟った。

味方であるはずの自分たちにすらその本心を微塵も晒そうとしない人間を誰が信じられるのか。

呪創主の何とも言えない不気味な雰囲気に息を飲んでいた安曇の思考を遮るように今まで口を閉ざしていた川間が警告してくる。


「そんなことより2人とももう現場に着くぞ」


「はい!」


「とりあえず、川間さんと冴木さんに幾つか聞きたいことがあるからアメリカの片田舎から、わざわざこんな人ごみの中に出てきたんだ。悪魔憑きの人には力を手に入れて浮かれてるところ悪いけど、サックリと終わらせちゃうよ」


呪創主のその言葉に再度、表情を硬くする川間。

彼がいつ爆発するか分からない爆弾のような存在である以上、可能な限り不安要素を取り除くために忠告する。


「呪創主、くれぐれも辺り構わず破壊してくれるなよ」


「わかった」


「へ?」


川間の知っている彼は他人の忠言など意に介さない性格だったはず、そんな彼が予想に反して返してきた素直な返事に思わず間の抜けた声を出してしまう。


「だって、言うこと聞かなかった場合、下手したらみんなヘソ曲げて僕の質問にも答えてくれなくなっちゃいそうだからさ。ここは敢えて素直に従っておくよ」


そう言いながらもやはり不服そうに肩を竦める。

しかし、そんな彼が不本意な行動をしようと言うのだからそれなりに重大な問題を抱えてやってきたのだろう。

とんだ厄介ごとでなければ良いが。と彼がため息をついていると突然、前を見ていた安曇が悲鳴のような叫び声を上げる。


「先輩!前、前、前ェ!」


その声にハッとして川間が進行方向に意識を向けると、得体の知れない紫色の球体が川間たちの乗るパトカーの寸前に迫っていた。

直感で危険と判断した川間は慌ててハンドルを左に切ると、歩道に設置してあったガードレールに勢い良く激突してしまう。

モウモウと前部分から煙を上げるパトカーから何とか自力で這い出す川間と安曇、ガードレールに衝突する直前に安曇が前部座席に座っていた自分と川間を守るため防御魔法を展開したため大きな怪我にはならなかったが、パトカーは大破して使い物にならなくなってしまった。


「イテテ…先輩無事ですか…?」


「何とか…お前が障壁を張らなきゃ危なかったけどな…」


「そういえば呪創主(クリエイター)さんは⁉︎」


「ボクなら平気だよ。一早く転移させてもらってたからね」


安曇は姿の無い青年をキョロキョロと見回して探すが、突然頭上から掛けられた声に見上げると、まるで見えない椅子があるかの様に空中に腰掛けて浮いている呪創主の姿があった。


「お前、そそくさと1人で避難しやがって…」


「残念ながら楽しい談笑の時間は終わりみたいだよ」


呪創主の薄情な行動に衝突の際の衝撃で軽く揺れる視界を頭を振って慣れさせつつ、悪態を吐く川間。

その一言を遮って呪創主は先ほど紫色の球体が飛んできた方向に指をさし、そちらの方向へ川間と安曇が振り向くと30代くらいの男性が立っていた。

しかし、男性はその両目を虚ろなものにし、ダランと力無く下がった腕と口から伝っている涎が男性の正気が既に失われていることを示していた。


「よりによってステージ3か…ありゃもう悪魔に精神を喰らい尽くされた後だ…あの状態になっちまったが最後、二度と普通の人間としては生きられねえ」


「じゃあ逮捕じゃなくて、討伐対象として対処しちゃって良いんだよね?」


川間の男性を見る辛そうな表情を、呪創主は意にも介さずに楽しげな声で目の前の人だったものを見やるが、安曇が彼の腕を掴んで引き留める。

その行動が予想外だったのか、彼は銀灰色を丸くして次に来るであろう彼女の一言を待っていた。


「待ってください、いくらなんでも討伐なんて…相手は人なんですよ!?」


「キミ、もしかしてステージ3を見るの初めて?」


「初めてですけど、悪魔学を学んでいたので多少の知識ならあります」


「だったら悪魔憑きのステージ分類を知っているだろう?この次のステージになったらどうなるかは言うまでもないよね」


彼の言うように悪魔を召喚し契約した者を墜魔導士、悪魔憑きと呼ぶ。

その中でも初期段階のステージ1から始まり、最終段階であるステージ5の中で人間と悪魔の境目に当たるステージ3、男性はまさに悪魔にその身を墜とすのも時間の問題という状態だった。

そんな危険な存在に対し呪創主が下した判断は間違いなく正しい。

しかし、悪魔になる手前とはいえ人間の姿をしたものを手にかけることが彼女が一線を越えようとすることを踏み留まらせている要因に間違いなかった。


「ですがそれ以外に方法はないんですか…?」


「安曇…最初にも言っただろ…もう手遅れだって」


「今度こそ本当に手遅れみたいだよ。これが悪魔と契約した者、人であることを捨てた者の成れの果てさ」


彼女の必死の訴えも虚しく川間は助ける方法はないと言い切った直後、目の前の男性の禍々しいオーラが爆発的に膨れ上がり、視認できるほどの魔力が揺らめいている。

そして変化は魔力だけでなく彼の肉体にも起こっていた。

虚ろだった黒い瞳は見開かれ燃えるような赤に染まり、四肢が不自然に伸び始め、同じように鋭い牙が生えていた。

その姿は正しく異形そのものだった。

そうなったのを見届けた呪創主は安曇の方へと向き直り告げる。


「ご覧の通りこれが悪魔憑きのステージ4、悪魔に成り下がったこれをボクは人間だと認めないんだけど、キミの意見は今も変わらないのかな?」


明らかな皮肉を込めて安曇に笑顔を向けてくる彼の性格の悪さに彼女も苦渋に満ちた表情を浮かべる。

その表情を見て彼がどう捉えたのか貼り付けられた作り物の笑顔の下を窺い知ることはついに叶わなかった。


「さてと、じゃあ害獣駆除と洒落込みますか」


呪創主のその一言を皮切りに、辺りを濃密な魔力が渦を巻く。

次の瞬間、彼の周囲には無数の魔法陣が浮かび上がり、臨戦態勢を整えていた。

その異様な魔力に気付いた悪魔が咆哮すると、彼の方へと一直線に突っ込んでくる。


「んーそういうのもボク、嫌いじゃないよ」


ガァンッという大きな音を立てて悪魔が呪創主の張った防御障壁に激突する。

凄まじい勢いだったにも関わらず、障壁にはヒビ一つ入ってはおらず生半可な攻撃ではビクともしない堅牢さを見せていた。


「でもそんな汚らしい手で触れて欲しくはないかな」


その言葉を受けた悪魔は激昂し、再度大きな雄叫びを上げる。

そしてその長い手足を振り回し何度も障壁に攻撃を加えるが呪創主も手出しはせず、ただ無意味に障壁を殴り続ける悪魔をつまらなそうに睥睨(へいげい)していた。


「これを容易く壊せるのはボクが知っている限りプリンセスとあの子だけだからね」


そう言った彼の冷たい瞳に一瞬だけだが熱が宿るのを安曇は見逃しはしなかった。

その意味を考える間も無く呪創主が動き出す。

彼は川間と安曇を一瞥すると大きく溜息をついた。


「さてと、今度はこっちの番って言いたいんだけど監視が付いてるからね、フルパワーで相手してやれないのは申し訳ないけど充分だよね?」


スッと右手を前方に向けた呪創主の前に幾重もの魔法陣が並び、右手を中心に渦巻いていた魔力の一部が収束する。

彼なりに2人を巻き込まないよう力を抑えてあるのだろうが、目にするだけでも体が感じ取る暴力の塊に安曇の全身を寒気が走り抜けた。


「ウル・ボルケリオ」


その短い詠唱と共に凶悪な熱量を持った炎の槍が放たれる。

彼の後ろに立っていた安曇の肌もチリチリと焼け付くような熱さを感じながらその光景を呆然としながら見ていた。

しかし、槍が放たれる直前にそれを向けられていた悪魔は距離を取り、不揃いな翼を羽ばたかせながら避ける。


「シル・ストリーガ」


槍を回避されたことは想定内だったのか、呪創主は驚きもせず今度は悪魔の飛んでいる辺りの地表に魔法陣を4つ配置してそこから4本の風の柱を出現させて悪魔の動きを封じる。

そして追い討ちを掛けるように悪魔の頭上に魔法陣を動かし右手を天高く掲げて叫ぶ。


「ヴォダ・ボルトニクス!」


爆音と共に極大の雷が悪魔目掛けて降り注ぎ、その光量にて辺りが真っ白に染まる。

それが晴れた時、安曇は信じられないものを目にする。

空には左半身を真っ黒に焦がしながらも雄叫びを上げる悪魔がいた。


「今の雷を受けて生きてるなんて…それに竜巻のせいで避けることなんて出来なかったはず…」


これはさすがの呪創主も同意見だったらしく表情から余裕を消して空中でいまだ健在の悪魔を睨みつける。

その直後、悪魔の周りに現れた無数の紫の球体を見て納得がいったように左手で額を押さえて首を振り呟く。


「そうだったアレが使うのは分子操作の魔法だったね…初撃以来使ってなかったからすっかり失念してたよ」


つまり、雷が降り注いだあの瞬間、分子操作の魔法を発動することで雷の分子を破壊。

結果として直撃寸前にその効果範囲を大幅に縮小されてしまった雷は悪魔を消滅させるどころか、左半身を掠めることしかできなかったのである。

光速の攻撃を防がれた呪創主は自身の持っていた絶対的なプライドを傷付けられたのが余程癪だったのか、俯きながらギリッと歯軋りをする。


「ガァァァッ!」


「チッ…仕方ねえ。安曇構えろ、来るぞ!」


「はいっ!」


再び悪魔が吠えた瞬間、空中に浮かんだ無数の紫の球体が3人に襲いかかる。

俯いている呪創主は当然襲い来る悪魔の方などには目もくれず、今目の前で項垂(うなだ)れている彼には期待できないと判断した川間は小さく舌打ちをすると安曇と共に懐から冴木からの指示通り携帯していた拳銃型の魔導器(デバイス)を抜くと球体に向けてその引き金を引く。


「ウル・ファイラ!」


「ディネ・アクリス!」


2人が同時に呪文を詠唱しながら引き金を引くとマズルフラッシュの代わりに魔法陣が浮かび上がり、川間の銃からは炎、安曇の銃からは水の魔法が弾丸の代わりに放たれる。

最初は魔法で紫の球体を相殺して耐えていた2人だったが、次第にその無尽蔵に湧き続ける球体に無限ではない魔力にも底が見え始め、相殺できずに回避行動をとる回数が増えてきていた。


「…る……るな…ざけるな…フザッけんなァァァッ!」


奮闘する川間と安曇を余所に呪創主は依然俯いたまま何かボソボソと呟いていたが、それが聞き取れるものになった瞬間、彼の抑えていた魔力が怒りに任せて解き放たれる。

その膨大な魔力の奔流に彼のすぐ後ろにいた川間と安曇の2人は吹き飛ばされるが、受身を取って頭から地面に叩きつけられる事だけは何とか回避して彼の変化を唖然として眺める。

荒れ狂う魔力の渦に球体が接触すると最初からその存在が無かったかのようにフッと掻き消される。

それだけでは終わらず、次の瞬間には魔力の渦に掻き消されたはずの無数の球体が先ほどより二回りほど巨大化、個数も増えて悪魔に向かって飛びだした。

安曇は何が起こっているのか全く理解出来ず、川間に問いただす。


「先輩、アレは一体何なんですか!」


「アレがアイツのもう一つの常識から外れた力、『呪詛反射(スペルリフレクト)』。あの状態になったアイツ自身は魔法を使えなくなるが、あの魔力の渦に触れた魔法を問答無用で発動者に向けて数倍の威力で返す。術式の解析と解除、そして自分の術として一瞬で再構築し直すあの渦、アイツだけが持ってるバカげた技だ」


悪魔も向かってくる球体を打ち消そうと球体を放つが、威力を増幅された彼の放った球体はそれを跳ね返しながら悪魔へと殺到する。

始めの内は少し前までの2人のように自分に返ってきた球体を自分の生み出した球体で相殺して打ち消していた悪魔。

際限なく続くそれが無駄であると分かるや否や、恐怖に支配された表情を見せて球体を振り払おうと天高く飛び上がる。

先ほどまで殺意を向けていた川間と安曇には見向きもしないで空を両翼を羽ばたかせながら駆け回るが、球体も悪魔を執拗に追い回して、とうとうその内の1つが悪魔の片翼に直撃、それを分子レベルで分解・破壊して存在を消し去る。

飛行不能になった悪魔はその勢いのまま落下するが、それを見逃すはずもなく大量の球体が悪魔を見えなくなるほどに覆い尽くした。


「ギャッ…」


そして悪魔の短い断末魔を最後として地面に墜落する前に悪魔を覆っていた全ての球体がその元の発動者と共に消滅する。

後に残ったものは何もなく、静寂が訪れ荒れ果てた大都会の一角には魔術の天才と呼ばれる青年の荒くなった呼吸の音だけが大きく木霊していた。



「推定被害額2,000億円…か。随分と派手にやらかしたな」


悪魔へと墜ちた魔導士との戦いから一夜明け、デスクチェアに深々と座る冴木が手にしているのは朝刊紙だった。

その一面に大きく取り上げられた記事を手の甲で叩きながら、眉間のシワをこれでもかというほど寄せてしかめっ面で苦言を呈する。


「その為のブレーキとして自分がいながらこの有り様…返す言葉もありません」


(わたし)も反省しております…申し訳ありません」


彼の前に立っているのは、項垂れて反省の言葉を述べている川間と安曇、そして…


「たかだか2,000億で日本に住む1億人以上の人間の命が救えたなら良い買い物でしょ?そもそも、たった数時間魔力供給が途絶えたくらいで大騒ぎになるほど魔力に頼り切った生活をしてることの方がボクは問題だと思うけどね」


一切悪びれる様子もなく、その上日本の在り方にまで食って掛かるような発言をしたのは大混乱を引き起こした張本人である呪創主(クリエイター)だった。

彼は軽く肩を竦めると説教は聞き飽きたと言わんばかりに冴木に背を向ける。


「お前、少しは反省したらどうなんだよエイタ」


そんな呪創主に新たな声が掛けられる。

全員が部署の入口の方へと視線を向けると金髪蒼眼の美女が半眼で呪創主を睨んでいた。

予想外の来訪者に驚く3人とパァッと拗ねていた表情を一転、明るいものにして女性へ飛びつく。


「アイねーちゃー!」


「アホかお前はァ!」


飛び掛かってきた呪創主の横っ面を鋭い左フックでドゴッと拳をめり込ませて吹き飛ばす。

「ギャンッ」と小さく悲鳴を上げて資料を保管している本棚に突っ込むと、衝撃で飛び出した大量のバインダーが容赦なく降り注いだ。


「ったくよぉ…全モニターがシャットダウンしたおかげで復旧までの数時間、アタシの能力フル活用で世界中視るハメになったんだぞ。それに纏まりかけてたネットを通じての新規顧客との契約もサーバーダウンのせいでおじゃんになっちまった。どう責任取ってくれんだ」


千里眼(ファー・アイ)、なんでここに?」


疲れ切った表情で頭を抱えている千里眼に川間が訪れた理由を問う。

するとピタッと動きを止めて大きく溜息をつく。


「脱線しちまった…川間っち、プリンセスの件なんだけどよ…いくつか興味深い情報があってだな」


「何か分かったのか?」


「前に、あの子の素性を覗こうとするとアタシでも破れない強力な妨害魔術が掛けられてて視れないってのは電話でも言っただろ。だから何かしら関連したものがないか日本を集中的に調べてたら……ほら、入ってきなよ」


唐突に自分の後ろに向けて話しかける千里眼。

その声に従って彼女の後ろから現れたのは少し茶色がかった黒髪を後ろで一つに縛り、黒曜石のような綺麗な黒い瞳の高校生くらいの制服を着た少女だった。

快活そうな顔立ちとは裏腹に、その黒い瞳は不安げに揺れて自分が何故ここに連れてこられたのか分からないといった表情をしていた。


「あの…何でワタシここに連れてこられたんですか?」


千里眼(ファー・アイ)、この子がどう関係してるんだ?」


「最後まで聞けよ、さてと。じゃあ自己紹介とキミが3日前に目にしたものをこのおっさんたちに教えてやってくれないか?」


「おっさんって…」


「はい…ワタシ、六場(ろくば) 遥花(はるか)って言います。高校3年生です。こんな話お巡りさんに信じてもらえるか分からないんですけど…ワタシの幼馴染の家が急に無くなったんです」


「無くなった…というのは倒壊したということですか?」


ゆっくりと語りだした遥花と名乗った少女の言葉にいち早く食いついたのは今まで話に入り込む隙が無くだんまりだった安曇だった。

そんな安曇の率直な疑問に遥花は首を横に振る。

ここでようやく川間と冴木の2人もこの件が遥花の言うように信じ難い話、つまり魔法絡みの事件であることに気付く。


「ワタシの目の前で家が一軒丸ごと消えたんです…最初からそこに何もなかったみたいに…」


「ちなみにボクの愛しのフィアンセの魔力がこの世界から消失したのも3日前だよ」


「お前のフィアンセってーと…あぁ、あの子か」


遥花の話を聞いて、何事もなかったかのようにバインダーの山から平然として立ち上がった呪創主の一言でバラバラのパズルのピースだったモノがようやく一つに繋がり始める。

1日で3人の失踪、これ自体はこの世にいくらでも起こる事件であるが、そのうち2人が理外者(アウトルーラー)の中でも最強の「五帝」とその関係者である時点で疑いを持つには充分だった。


「遥花っち、話は逸れるんだけどその幼馴染みの子には兄弟がいたりするかい?」


川間のその考えを見透かしたのだろう、まさに彼が聞きたかったことを千里眼が代わりに尋ねると、初めはどうしてそんなことを聞くのかとキョトンとした表情を浮かべていた遥花だったがすぐに小さく頷く。


「はい、何度か挨拶はしたことあります…多分お姉さんが2人いたと思うんですけど…顔は…よく思い出せないんです…何でだろ…」


「これって…」


いくら記憶を辿っても思い出せない幼馴染みの姉たちの顔、その遥花の様子を見た安曇がハッとして口元を押さえる。

彼女の頭を過ぎった可能性を肯定するように呪創主が大きく頷く。


「恐らく、認識阻害の魔術を使ってたんだろうね。他人に顔を覚えられると厄介だっていうこと…つまり…」


「この子の幼馴染みの姉がプリンセスと"緋翠(ひすい)鬼巫女(おにみこ)"ってことか…これでアタシがプリンセスをアタシの千里眼で視れなかった事も何となくだけど繋がる。そりゃ自分の素性だけじゃなく家族の素性なんて他人に教えたくないだろうからな」


ようやく川間たちは黒姫が何かトラブルに巻き込まれたという確信に辿り着いたのである。

どーもお久しぶりでございます、煉獄です。


ここ3話ほど週刊での連続アップとなりました、第2章・現代編。

如何でしたでしょうか?

ここまで読んでくださった方に、こんな趣味丸出しの駄文にお付き合いくださったことに最大級の感謝を!

そして、これからも是非ともお付き合いくださいませ!


ということでここ最近なぜ連続アップができたかと申しますと、しばらくアップが遅れていた間に次の話だけでなくその先の話の製作を同時進行していたためでありまして、それが更新が途絶えていた理由でもありますです。

とにかく、初登場のキャラクター盛り沢山だった第2章でしたが、同時にいくつか今後のための伏線を張っておきました。

正直、作者本人もそれをどこで回収するのかまったく予想できておりません笑。

第3章には再び零葉達のいるレイドラル編へと場面を戻します。

読者の皆さんでもだいぶ前の話過ぎて忘れているかと思いますが、ようやく彼らが新天地へと移動を始めます。

そして何より!この作品に欠けていたもの、そう「ヒロイン」が登場します。

当然の如く異世界ものですからね、その子だけがヒロインだなんて甘っちょろいことは言いませんよ、せっかくならハーレムを!

とりあえず1人目のヒロインが出るとだけ言っておきます。

そして、その前の障害として立ちはだかるものとは?

乞うご期待!


と言うわけで、長々と書いてしまった後書きですが、また第3章の前書き、そして後書きでお会いできることを楽しみにしています!

では!


それから、ボチボチ更新しなければと危機感を覚えている、「家の居候が戦国武将なんだが。」と「Rank.D」もよろしくお願いします!

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