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全てを見通す瞳

「一体どこに向かっているのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」


「どこに行くかというのは着くまでのお楽しみですが、目的だけはお教えしますよ」


「何をするんだ?」


「情報収集です」


週末の朝から若者たちが行き交う大通りを苦も無くスイスイと、人の合間を縫うように前に進む黒姫と彼女のようには歩けず何とか人を掻き分けながら追いかける川間。

彼が行き先について聞くと、何故か行き先を教えることを勿体ぶっている黒姫だったがここに来て目的だけは教えてくれた。

だが、情報収集するにしても先日までに川間が可能な限り現場を何度も見て回ったり周辺での目撃情報がないかの聞き込みを行ったり、昼夜問わず調べ尽くしていたことを彼女に告げる。


「それはもちろん知っています。ですがまだ聞き込みをしていない場所もあるんですよ」


と答えるが、その意味がいまいちピンとこない川間は顔を(しか)めることしかできなかった。

そうこうしている内に、2人は大通りの雑踏から離れて繁華街によくある暗く陰気な路地裏の一つを黒姫の先導で歩いていた。

ここで、川間がこの付近に到着した時からずっと気になっていたことを口にする。


「ところで、ここって事件に何も関係ないよな?ここら辺で一閃関連の事案が起きたってのも聞かなかったし」


「確かにここは事件と何の関連もない場所ですね。ですが、ここ以上にこの手の事件について詳しく聞込みが可能な場所も無いでしょう」


川間の疑問に素直に答える黒姫だったが、ある建物の前で足を止める。

川間がその建物に視線を移すと同時に固まってしまったのだが、その理由というのが、陰湿な路地裏にはピッタリともいえる怪しげなレンタルビデオ店が彼らの前に建っていたからだ。

そしてその店に躊躇う様子もなく入っていこうとする黒姫を川間が慌てて彼女の腕を掴んで止める。


「イヤイヤイヤ、ここはマズいだろ黒姫!てか本当に事件に一切関係ない場所に行こうとしてんじゃねーか!」


「何を言っているんですか川間さん、いいから一緒に入りますよ」


「良くねーよ、お前とこんな所に入ったなんておやっさんに知られたら殺されるわ!」


あーだこーだと店の前で言い争う2人だったが、突然その会話に割り込んできた3人目の声に喧嘩が中断されてしまう。


「声高らかにこんな所呼ばわりさせて営業妨害かよプリンセス。まーた新人には何にも教えないで連れてきて、覚えのない言いがかりをつけさせてウチの評判落として…楽しいか?」


声の主に川間が視線を移すと、”TATUYO”と書かれたいかにもパクリな店員用の前掛けを着けた20歳くらいの外国人と思わしき女性だった。

彼女はポニーテールにした金髪を揺らしながら腰に手をやる仁王立ちの格好のまま綺麗な蒼い双眸をギラつかせ、明らかに不機嫌な表情で2人を睨んでいた。


「評判も何も毎日閑古鳥が鳴いているような店ではありませんか。それに彼がいちゃもんをつける前に貴女が出てくれば良かったのではなくて、千里眼(ファー・アイ)?」


「はぁ…このイタズラ好きはいつまで経っても変わらないね、おかえりプリンセス」


黒姫は女性に対してペロッと舌を出して、いたずらっ子が見せるような年相応の表情を川間の前で初めて見せると、それを見た千里眼(ファー・アイ)と呼ばれた女性は怒るでもなく、軽くため息を吐いた後に優しく黒姫を抱きしめた。

黒姫もそれを嫌がることなく受け入れ、その表情はどことなく安堵しているように川間には見えた。


「さてと、挨拶はこのくらいにして…人様の店をこんな店呼ばわりとはなかなか度胸のある新人なこった」


「ギクッ…聞こえてたんですか…?」


「そりゃー店の前でアレだけ騒がれたら当然の如く、中にいるアタシにだって聞こえるわな。それはさておき2人共入りな、お茶くらいなら出せっから」


そう言って千里眼は2人を店の中に招き入れた。

店の中はカビ臭い路地裏とは対照的に清潔感の溢れる店内に驚きを隠せない川間。


「意外とキレイにしてるんだな、外があんなんだからもっとあれなのかとばっかり」


「おい、プリンセス。お前の今度のパートナーは特に次から次へと失礼なヤツだな、前のパートナーがカビ臭いだの何だのって言うからこうしたってのに。なったらなったでこの言い草か。つーか、前のヤツはどうしたんだ?」


「えーっと、いつものように転勤されました」


「あっそ」


千里眼は川間の言葉に口を尖らせるがそれほど怒っているようには見えなかった。

どうやら彼女は他者に文句を言われることすら楽しんでいるようだ。

最後に彼女の言った自分の前任者の事が少し気に掛かった川間だったが、深くは追求しない事にした。

何となく嫌な予感がしたからである。

そして彼女はそのままカウンターに入ると奥から湯呑に入った日本茶を持ってくる。


「立ち話もなんだから…って座るとこもないか。欲しいなら持ってくるけど」


と、自分はカウンターに置いてある椅子に腰かけながらニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべるが、椅子が必要かと聞いてくるあたり実際は優しいのではと川間は感じていた。


「お気遣いなく、早速ですが本題のほうに入らせていただきます」


千里眼の好意を黒姫は丁重に断ると、湯呑を受け取りながら本題について切り出す。

すると、千里眼の表情も先ほどのおちゃらけた雰囲気から一変、どこか不気味な雰囲気を漂わせた笑みを浮かべながら大きく首肯する。

すっかりこの店の見た目にやられていた川間は、ようやくここに来た理由を思い出して手帳にメモをしようとスーツの内ポケットを探る。


「おうよ、そこの新人君が来たってことは”辻斬り一閃”を追ってんだろ?」


その一言に川間は思わず息をのむ。

彼はここに来てから彼女に一度たりとも自分が一閃について調べているなどと告げていないからだ。

もしかしたら、事前に黒姫が伝えていたのかもしれない。

と、考えていた川間の瞳を介して頭の中を覗き込むように千里眼はズイッと顔を近づけてニマッと笑う。


「何で俺のこと知ってるのかって顔だな。アンタのことなら身長・体重からetc…何でも知ってるぜ。今回のプリンセスの訪問はアポ無しだったから正直驚いてるけどな」


「驚いているなんて嘘をよくもいけしゃあしゃあと…」


「そりゃこの世界にアタシの知らないことなんて何一つ無いからな。お前がここに来ることも勿論筒抜けだぜ」


「それってどういう…?」


「アタシのヒミツ、知りたきゃ教えてやるよ。ついてきな」


川間にはよく理解の出来ない千里眼と黒姫の会話だったが、千里眼が唐突に川間をカウンターの奥に来るよう(さそ)ってきた。

彼女の後に続いてカウンターの奥に入った川間が見たものは、何の変哲もない六畳ほどの畳張りの居住スペースだった。


「これのどこがヒミツなんだ?」


思った事を素直に口に出す川間に、千里眼がチッチッチと舌打ちしながら指を揺らして戸棚の一つに置いてあった部屋の雰囲気とは明らかに場違いなフランス人形をクルリと一回転させる。

と同時にガコンッという音と共に畳の一枚が跳ね扉の様に開いた。


「この部屋はただの入口だ。本命はこの先にあるからそうガッカリすんなよ」


そう言って千里眼は畳の下にある重々しい金属の扉を暗証番号を打ち込んでから開くと中に入り姿を消す。

後に続こうと川間が中を覗き込むと階段になっており真っ直ぐ地下へと繋がっていた。

黒姫も驚いた様子も無く千里眼の後を追って降りてゆく。


「ようこそアタシの城へ、歓迎するぜ」


黒姫の後に長い地下への階段を降りてきた川間が目にしたのは、両手を広げ彼を迎え入れる千里眼の姿と彼女の後ろにあったのは…


「テレビ?」


巨大な体育館ほどの広さの空間に壁、天井から床に至るまでこの広大な空間の全ての面に隙間なく埋め込まれた大量のテレビ画面たちだった。

それらに映っているのは無数の人々、人種を問わず様々な人間がテレビ画面の向こうで生活を送っていた。


「何だこれ…」


「そうですね…例えばこれを見てください」


目の前に広がる異様な光景に呆気にとられる川間の疑問に答えるように黒姫が1台のテレビを指差すそこ映っていたのは、


「これ…ウチの部署の映像か?もしかして部署にあった監視カメラの…」


それに映し出されていたのは見覚えのある職場風景。

川間がそれを見間違える筈もない、一つだけ空きのあるデスクに高く積まれた資料の山と大量のタバコの吸い殻、そして太陽光で首を振る置物がポツンと置かれた彼のデスクだった。

思ってもいなかった場所の映像に動揺する川間の横から千里眼がニヤニヤとした笑みを浮かべながら顔を出す。


「そう、ここにある画面はどれも監視カメラのリアルタイム映像だ。余談だが、アタシはここ数日のアンタの行動は自宅にいる時以外バッチリ記憶してるぜ。もちろんアンタだけじゃない、ここにある全世界の監視カメラの映像、それに映る全ての人間の行動は全部ここに刻み込んで把握してる。ま、ぶっちゃけた話この画面も本来なら全然必要ないんだけどな」


そう言いながら彼女は自分のこめかみの辺りを指でトントンと叩く。

イマイチ理解の追いつかない川間に黒姫が補足するように口を開いた。


「彼女は私と同じ理外者(アウトルーラー)で、得意分野は瞬間記憶、大量の情報に対する瞬間処理、そしてどこにいても好きな時に好きな場所を見ることができる千里眼の能力。この究極とも呼べる3つの能力によってこの世で彼女の右に出る者はいない情報収集の女神などと仰々しく呼ばれてますが、」


「おっと忘れるところだった、これが発生時刻の周辺の監視カメラの映像だ。それとこっちにゃ、監視カメラに映ってた中でも怪しげな人間のプロフィールとかの個人情報が入ってる。使い終わった後の処理…それに関してはプリンセスは問題ないか」


そして千里眼は思い出したようにモニタールームから繋がる別の部屋から一つのDVDと茶封筒を持ってきた。

それを受け取った黒姫は懐にしまいながら頷く。


「ご心配なく、いつも通りの方法で抹消させていただきますから」


「んじゃ、金はいつものとこによろしく。その映像が見たけりゃそこにあるプレーヤーを好きに使ってくれ。アタシは店の方にいるから何かわからんことがあったらそこの内線で呼ぶんだぞ。あと、隣の部屋には冷蔵庫があるから後払いで良けりゃ好きに飲み食いしてくれ、くれぐれもこぼしたりすんなよな」


一通りやることを終えたのか、二人が居座るために設備を教えて出ていく。

その背を見送りながら黒姫は一度懐に入れたDVDと封筒を出してDVDをプレーヤーにセットする。


「ご覧の通り、彼女はあのような厳しい性格ですが根は優しい人なんです。見てれば分かると思いますが」


「あぁ、分かるよ。あの子、真面目そうだもんな」


「とりあえずこの映像、数か所のものが連続してあるようなので見逃さないでくださいね。それに資料と照らし合わせながら見てください」


川間はそこから数時間、モニタールームで監視カメラの映像と睨み合いながら”辻斬り一閃”に繋がるであろうほんの一かけらの手掛かりを掴もうと必死になって何度も見返した。

そして、それが4回目を数えたとき彼の眼に留まった一人の人物がいた。


「なぁ、黒姫。この女の人のプロフィールってあるか?」


そう言って彼が指差したのは一人の女性、黒髪に白いワンピースの姿で顔は監視カメラの低解像度ではよく分からなかった為、黒姫に頼んで資料の束からその女性に該当しそうなプロフィールを探してもらう。一緒で見ていると非効率的だと考えた黒姫はDVDに入れられた映像の後半部分をもう1枚分焼き増し、分担して映像を繰り返していた。

その前半部分を見ていた川間は、黒姫から受け取った資料を目にした瞬間に「やっぱりそうか…」と呟いて彼女を呼んで問題の部分を再生する。


「ちょっと待ってください。ありました、藤沢(ふじさわ) 雅美(みやび)28歳、恐らく映像の人物は彼女かと。彼女が何かありましたか?」


「ここ、よく見ててくれ。彼女の眼が赤く光るんだ」


映像の中で確かに監視カメラの方へ向いた瞬間、ほんの一瞬だが瞳が赤く輝いた。

そして彼女のプロフィールにある写真に写る瞳の色は黒。

光の反射でそう見えただけと言われればそれだけになってしまう。

だが、彼にはそれだけでも十分に彼女を疑う証拠になり得た。


墜魔導師(フォールウィザード)…悪魔憑きは瞳が赤く輝く。マニュアル通りですね」


「こんなにもあっさり見つかるとは思わなかったな…それよりも一閃の正体が女だってことも驚いたぜ」


「これだけで決めつけるのは非常に早計ですが、他に証拠のない以上もう少し彼女について調べてみる必要がありそうですね」


彼女も川間と同意見だったのか内線を使って千里眼を呼び出す。

すると数分後、千里眼は再び川間たちの前に現れた。


「何だ、何か分かったか?」


「そうですね。では、今回の答え合わせといきましょうか」


黒姫の言葉に川間は首を傾げる。

それを理解した瞬間、彼は思わず激怒する。


「答え合わせって、アンタは犯人が誰だか気付いていたってのか!?」


「当然だ。最初に言っただろ、アタシが知らないものは無い。ってさ」


「もしかして、一番最初の事件が起こった時には…」


「もちろん知っていたさ」


「俺たちがここに来るまでに被害に遭った人たち全員を救えたかもしれないんだぞ!」


「あんなぁ、最初からアンサーの出てる推理ゲームなんて面白くないだろ。ましてやアタシが動くのはチートそのものだからな」


千里眼の言葉を聞いた瞬間、川間は彼女の胸ぐらを掴んで怒鳴る。

我慢の限界だった川間の怒りはモニタールーム全体が震えそうなほど響いた。


「ふざけんな、これはゲームじゃねぇんだよ!現実に人が死んでるんだよ!」


「あーそうかい、じゃあな川間のニイちゃんよ、アンタにもう一つ教えてやるよ。アタシはこの能力のせいでどこに行っても怪物扱いされてきた。そんなアタシを蔑んだ人間っていう生き物が何人減ろうがアタシにゃ関係ねぇんだよ」


彼の怒号に対してそう言い返す千里眼の蒼い瞳には人間不信の色と人に対する失望の色が入り混じっていた。

その瞳を見た川間は、熱がサーッと引いてすぐに冷静になり彼女を掴んでいた手を放す。

千里眼は少し伸びてしまった襟元の形を整えて横目で黒姫を睨んだ。


「つーかよプリンセス、お前はこんなことのためにアタシを呼んだんじゃねーんだろ?」


「そうですね、簡潔に聞きます。彼女はクロですね?」


「そうだよ、間違いなく彼女だ。それぞれの事件当日には必ずその周辺をうろついてやがる。それに被害者にも隠れた共通点があってな」


「それはなんですか?」


「全員同じオンラインゲームをプレイして、同じ大規模トップギルドに所属してやがった。被害者だけじゃなく、その藤沢 雅美も所属してた。んで、気になったんでそのギルドのメンバーに聞いたところ男女のイザコザが原因で一人の女プレイヤーが半ば強制的に退団させられたんだと」


「何となく話の全容が見えてきましたね」


「あとは本人の口から聞くんだな。恐らく今日、彼女は最後のターゲットを襲う」


その予言にも等しい不吉な一言は川間の背に嫌な悪寒が走った。

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