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冴木 源九郎の苦悩

黒姫(くろひめ)との連絡が途絶えてから今日で3日か…」


ここは日本の警察庁、その中にある魔導課と呼ばれる部署、その一番奥にあるデスクに深々と腰掛けている白髪混じりの初老の男性がその顎に蓄えたヒゲを触りながらううむと唸る。

彼の名前は冴木(さえき) 源九郎(げんくろう)。この魔導課の課長である。

そんな冴木の様子を少し離れたデスクから見ていた20代前半ほどの若い女性が首を傾げ、隣のデスクに座る30代頃の男性に尋ねる。


川間(かわま)先輩、黒姫って誰ですか、課長の行きつけのスナックのママとかですか?」


「ん?あぁ、そういえば安曇(あすみ)はこないだ配属になったばっかりだから黒姫のことは知らないのか」


パソコンのキーボードを慣れた手つきで叩いていた川間と呼ばれた男性はその手を止めて、掛けていたメガネを指で押し上げて安曇と呼んだ女性を見やる。

男性は本名を川間(かわま) (きよし)といい年齢は34歳。この魔導課に配属されて10年になる中堅刑事である。

一方、安曇と呼ばれた女性の名前は安曇(あすみ) 鏡子(きょうこ)、元々彼女は捜査一課の刑事だったのだが、その優れた身体能力と優秀な頭脳を見込まれて、この魔導課に数ヶ月前に転属したばかりなのである。


「じゃあ教えてやる。黒姫ってのはな、日本に数百人はいると言われてる理外者(アウトルーラー)、その中で日本の警察に協力すると契約を結んでいるのはたったの20人。

黒姫はその中の1人でな、おまけに世界でトップクラスの実力を持つ「五帝」と呼ばれる5人の理外者、そこに挙げられるくらいの超有名人が持ってる二つ名だ。ちなみに理外者の事ぐらいは知ってるだろ?」


「理外者…ですか…ええ、多少ならば。警察や魔導犯罪管理局と契約しているフリーの賞金稼ぎの事ですよね?」


現在、理外者の総人口は世界全体の人口の約0.0002%程しかおらず、その中でも戦闘などの行為に興味を示さない、関わろうとしない理外者は実に90%以上と言われている。

残りの10%の内、8%が警察や魔導犯罪管理局に直接属していない理外者であり、警察・魔導犯罪管理局は戦いを欲する理外者たちに対し、自分たちの手に余る事件を依頼や任務として委託していた。

またその事件が解決した際には協力報酬といった形で賞金が支払われるというシステムで、それ故に警察関係者などの間ではバウンティハンターのような扱いで見られているのだった。


「認識としてはあながち間違っちゃいない。とにかく、黒姫は今世界で5,000以上存在する警察および魔導犯罪管理局の約半数と契約している文字通り最強の理外者なんだよ。しかも最強でありながら報酬は数万円支払えば確実にターゲットを仕留めるからな。あとは本名は俺どころか課長ですら知らないが、『血化粧(ちげしょう)黒姫(くろひめ)』が二つ名の正式名称、歳はお前より下の20歳だそうだ」


「凄い…って、えっ⁉︎20歳ですか、私より4歳も若いじゃないですか…そんな人が墜魔導士と渡り合って戦っているなんて…」


「しかも、まだまだ手を結びたがってる国が山ほどいるんだと。そりゃこのご時世、安くて強い奴を雇えるなら喉から手が出るほど欲しがるだろうよ、それに魔導犯罪者ってのは簡単に国を転々とできるからな、自分の国で被害が出ないように躍起になってんだろ」


世界の理の外にいる者たち…理外者、その中で最強と謳われる女性が日本にいて魔導犯罪を扱う者たちがこぞって手を結びたがっている。

そんな事を聞いた安曇は驚きながら、彼女の若さにまた驚くのだった。


「それにしても理外者のことが世間にあまり広まらないのはどうしてです?それこそ強力なA級墜魔導士との戦闘になれば理外者の力は必要不可欠…大規模戦闘が起きれば必ずと言っていいほど招集されるのに」


「そりゃ、理外者の存在を世界が必死になって隠してるからさ。何よりも理外者の大半は普通に暮らしたいって要望が多いらしいからな、可能な限り各国の政府も情報統制に関しては厳しくしてるらしい。それでも一般人の間には戦闘を目撃しただのなんだのと、噂とか都市伝説みたいな感じで広まっちまうけどよ」


「要求を呑まなかったら後々怖そうですよね。ところで、そんな凄い人と課長ってどういった関係なんですか?話を聞くところからして家族とかそういうのじゃないことは分かりますけど」


ふと安曇の耳に課長の「何かあったのだろうか」といった唸り混じりの一言が彼女に新たな疑問を芽生えさせ、川間へそれを尋ねた。

その言葉に川間は「あーそれな」と言いながら口を開く。


「何かもう8年来の付き合いらしいぞ。黒姫の父親も理外者らしくてその人もおやっさんと昔から交流があったらしくてな。んで、その父親の後継者として紹介されて知り合ったんだと。それからというもの世界最強の理外者を自分の娘のように気にかけてたんだってさ」


「それなら心配するのも無理はないですね…8年来っていうことは、彼女は12歳から理外者として戦っていたんですか⁉︎」


「ところがどっこい…聞いて驚くなよ、黒姫は10歳の時にはもう召喚獣の単独討伐に成功してたらしい。しかも、熟練の魔導士たちが小隊を作っても討伐が困難なキマイラをたった一人でだ」


黒姫と呼ばれる人物が幼い頃から戦い続けている事を聞いて驚く安曇だったが、それよりも幼い頃には異界の魔獣であり、経験を積んだ魔導士ですら相手にすれば手に余るほどの強大な力を持った召喚獣をたった一人で打ち倒していることを知り、更に目を見開く。


「川間、他の管理局や警察から情報は入ってきてないか?」


そして、(くう)を見つめていた冴木が各国に情報を集めさせていた川間に尋ねるが、何か手がかりを欲していた冴木の期待を裏切るように川間は静かに首を横に振った。


「そうか…」


冴木はそれだけ小さく言うと、椅子に深く腰掛け背凭れに寄りかかると、デスクの上にあった雑誌を顔に被せて落胆した様子を見せた。


「課長、本当に黒姫さんのことが心配なんですね」


「そりゃ家族同然に接して、仕事じゃ大切な同僚としていくつもの修羅場をくぐり抜けてきたんだ…その同僚が突然行方不明になったってんだから心配もするさ」


そう言う川間の表情は、尊敬する上司が困っているのを見ながら、自分はというと確かか不確かかも分からない情報を集めることしか出来ぬ歯痒さを表すように唇を噛み締めていた。


「ところで先輩、その報告書は?」


先ほどから川間の手元のパソコンが気になっていた安曇は内容を少しチラ見した後に尋ねてみる。


「あーこれか、こりゃ黒姫が行方不明になる前日に担当した魔導犯罪の報告書だ。つか、先輩のパソコンを覗くんじゃねぇ」


「いたっ…すみません。それより、その事件は黒姫さんが担当したんですよね、なのに何故先輩が?」


覗き見した罰として軽く額にチョップを食らった安曇は少し赤くなった額をさすりながら涙目のまま首を傾げる。


「それがな、いつもなら次の日の朝にはメールで纏まった報告書が黒姫から届くんだが、なぜかあの事件の時に限って、その夜に彼女が帰った少し後で俺のパソコンに報告書の大まかな部分は書き出しておいたから、代わりに纏めておいてくれってメールが来たんだよ」


「それってまるで…」


「あぁ、行方不明になるのを予め知っていたとしか思えないよな…自ら望んでの失踪、でもアレがそんなこと考えるとは到底考えられねーんだよ…」


安曇の言葉に頷いた川間は胸ポケットからタバコを取り出すと一本咥えて火をつける。

その様子を見ていた安曇はムッとした表情を浮かべて川間の口元からタバコを取り上げる。


「先輩、署内は禁煙ですよ」


「別にこんな場末の部署に来るのなんて変人くらいだっての、返せっ」


安曇の注意に川間はというと、首を横に振ってため息混じりに反論すると、あっという間に彼女の手からタバコを奪い返し、蒸し始めて再びパソコンのキーを叩く。

その姿を見ながら安曇が続けて質問する。


「先輩は黒姫さんの戦う姿をご覧になったことはあるんですか?」


「そりゃ、俺もこの部署に配属されてそれなりに長いからな。日本にいる理外者のいくつかには面識があるぞ。まぁ、その中でも五帝に入る黒姫、呪創主(クリエイター)は別格の強さだな」


「ちょっと興味が湧いてきました。先輩、黒姫さんのことをもっと教えてくださいよ」


あまりに川間が強いと言うので、好奇心から黒姫のことについて深く聞きたがる安曇。

そんな彼女の様子を見て、煙を吐きながら川間は語り始めた。


「今から5年くらい前の話だ。当時世間を賑わせていた殺人鬼、「辻斬り一閃」の事件を俺は担当してた。ヤツの本名は藤沢(ふじさわ) 雅美(みやび)っていう悪魔憑きでな、証拠は残さないが被害者を一回斬ったのみで殺すっていう決まった手口だけを残して現場を去るもんだからいつしか辻斬り一閃だなんて名前が付いてな。そのくせ、ヤツに繋がるモノがなさ過ぎて警察も殆どお手上げ状態だった」



〜5年前〜


「かー…こんだけの一閃に関連してる事件があるってのにどうしてヤツの正体に繋がる証拠が全く出ないんだ!」


川間 聖、この時29歳だった彼は頭をガシガシと乱暴に掻き毟ると、デスクの上に山積みになった「辻斬り一閃」が関係していると思われる事件の調査書、報告書を隅から隅までじっくりと読み、その結果分かっていたことだが、犯人に繋がる証拠が一切無いことに頭を抱えていた。


「川間、苦戦しているみたいだな」


「おやっさん…ええ、全くもって突破口が見えないんすよ」


未だ姿を捉えられぬ犯人に悪戦苦闘している川間のデスクにコーヒーの入ったマグカップを置きながら彼が魔導課へと配属される以前から親交がある冴木が隣に椅子を持ってきて腰掛けた。


「確かに手掛かりといえば被害者の身体を斬った得物(えもの)と道とか壁に刻み込んでいる得物が同じものって事ぐらいだからな」


「そこなんすよ、ポン刀なら人の身体を真っ二つにするくらいなら剣術に精通してりゃ可能だとは思うんすが、それでコンクリとかをぶった斬って刃こぼれの痕跡すらないって…それだから魔導課(ウチ)に回ってきたんでしょうけど…それにしても手掛かりが無さ過ぎますよ…」


川間がそこまで言った時、不意に凜とした少女の声がその話に水を差す。

川間はその声に自然と寒気を感じた。


「凶器は恐らく応用した風魔術だと(わたくし)は考えるのですがいかがでしょうか?」


「あん?」


「おぉ、誰かと思えば黒姫じゃないか。いつ帰ってきたんだ?そんなことよりもよく来てくれた。このヤマ、どうやらコイツだけじゃ手に余るようでな。良かったら今後の為にもコイツをサポートしてやってくれないか?」


冴木の呼んだ名前に川間が振り向くと、腰までの長く艶のある髪を結ぶことなく下ろし、その髪の間から覗くのは何も宿さない冷ややかなエメラルドを彷彿とさせる翡翠色の瞳を持つ少女。

(よわい)わずか15にして「血化粧の黒姫」の二つ名を持ち、のちに「五帝」と呼ばれる5人の最強の理外者に数えられることになる少女がそこにいた。


「お久しぶりです冴木の小父(おじ)様、私の方は先ほど帰国しました。小父様が直接私に依頼の連絡をよこしたと聞きましたので、その足でこちらに来ました」


「そいつはすまなかったな、2年もアメリカに単身で住んでいたんだ、1日くらい家でのんびりすれば良かったのに」


黒のゴシックドレスを身に纏い、白く細い指で髪を耳に掛ける。

彼女の言葉で川間がその奥に目を向けると、確かに旅行帰りのようなキャリーバッグや荷物が積まれていた。


「お気になさらないでください、家に帰ったところで家族が五月蝿いので休む暇もありませんから。それに、墜魔導士は事件を起こすのを待ってくれたりなどしないので」


「おやっさん、彼女にこの事件を任せるんですか?」


「いんや、彼女にやってもらうのはあくまでもお前の補佐だ。いざ一閃と対峙した時には彼女に任せても構わないがな」


ハハハッと笑う冴木に川間はムッとした表情を浮かべると少し面白くなさそうに反論する。

パッとしないように見える彼だが、魔術に関しては魔導課の中でも1,2を争うほどの実力の持ち主で、この部署に配属されてたった数年で部隊長に抜擢されるほどなのである。


「別に女の子に助けてもらう必要なんてねーっすよ、確保ぐらいなら俺にもできますし」


その言葉を聞いた斬葉が一切表情を変えることなく視線だけを川間に移すと淡々と言い放つ。

恐らく彼女は川間のことを心配して言っているのだろうが、無表情のせいで棘のある言い方に聞こえてしまう。


「お言葉ですが川間さん、相手は墜魔導士です。最下級の悪魔と契約していてもそれを使う術者の力量次第でいくらでもその魔力を増幅することが可能なんです。それに今回の犯人、風魔術を人やコンクリートを複数回にわたって切断、穿つことができるような相手ですから練度も決して侮れるものではないはずです。彼らは貴方のような普通の魔導士が一人でどうにかできるほど甘くはありませんよ?」


「くっ…」


「まあまあ、黒姫も説教はそのくらいにしてやれ、コイツも手がかりの一つもない現状で精一杯やったせいでパンク寸前なんだよ」


そう言って冴木は川間の頭をポンポンと叩くが、川間はイライラを抑え込むために大きくため息をついてデスクに突っ伏した。

これが川間青年と「血化粧の黒姫」との最悪の出会いだった。

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