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テレビ

作者: tomo

「ねーっ見たー?」

「見たー」

「見た!」

「笑えたー」

 教室に入った瞬間から、ほとんど叫び声だ。


「コマネチ!!」

 お調子者の男子がお笑いタレントのギャグを真似るのを見て、周囲の小学生たちは一斉に笑った。教室に明るい笑顔が満ち溢れた。


 小学校の月曜の朝は、熱狂的に盛り上がる。土曜の大人気のお笑い番組の話をしたくてしたくて、皆我先にと口を開く。

「さんまがさー……」

「それ、見てたときに、お姉ちゃんがさー、し、死ぬほど笑って、うるさいってお母さんが怒って」

「笑えるー」

「笑えるー」


 担任がその日何か粗相をしようものなら、たいへんな騒ぎになる。 


「ざ・ん・げ!ざ・ん・げ!」


 お笑い番組の締めを飾る定番コーナーの一節の大合唱。

 番組内で失敗をした人が、キリストを模したキャラクターから懺悔を強いられ許しを乞うが、必ず罰を受けるという内容。

 それを真似て、たとえば教師の言い間違いに対して、誰も指示しなくても一斉に声を揃えて「ざ・ん・げ!」が教室に響き渡り、教師も含めて皆それを面白がっているようだった。


「彩、見たー?」

 明るい子が、根暗の彩に声をかける。

「見てない」

「ホント笑えるから、一回見て見てー」


「彩は見ないんだよね、勉強するから」

 普通の子たちが寄って来て、話に割り込む。

「テレビ見ないで勉強するのー?馬鹿ジャン」

「頭良いからいいんだって」

「私馬鹿だからー頭良い人はすごいねー」


 自分の机から動かずじっとしていた彩に最初に声をかけてきた明るい子は、もう別の子のところへしゃべりに行ってしまった。


 数人は、まだ根暗の彩の周囲で

「頭良いとたいへんだねー」

「ねー」

「いいよねー、頭良いとお金いっぱいもらえて」

「そうだよね、偉い仕事するんだよね」

 口々に言った。

「これからは女の時代だからーってお母さんいつも言ってる」

「女でも大学ぐらい出ないとねー」

「彩はいいよねー」

 テレビを見ないで勉強しても、べつにかまわないのだ。それはよくわかっている。


 でも彩は勉強しているせいでテレビを見ないのではなかった。

 彩が好きな番組を見られるのは、一日にアニメ30分。それも、問答無用で親が優先される。

 なぜなら「働いて稼いでいるのは親だから」「彩が生活できるのは親のお陰だから」だ。


 どこまで説明すればいいのかわからなかった。

 しゃべり過ぎれば嫌われる。10才ともなれば、そういうことには厳しい。下手すると大人よりも。

 なぜか自分が悪いと感じて、恥ずかしくて仕方なかった。

 動けなかった。動くことは許されない。一体何によって許されないのか?そんなのわからない。

 その場に相応しくない愚かで醜い自分が消えてしまえばいいと思った。

 

 彩が相変わらず何も言わないので飽きたのか、

「何、なんで何もしゃべらないの」

「気取ってる」

「頭良いと思って」

 彩に充分聞こえる声で言いながら、みんなは彩の席から離れた。



「チャンネル争いで負けた、って言えば良かったのよ」

 彩は、コーヒーを飲みながら言った。

「『お父さんがいばってて』って言えば、大概はそれで納得すると思う」

 うんうん、と頷きながら正面に座る彼が答える。

「かわいそー、ってなったかもね、逆に」

「なったかなー?わかんないな」

「ほんとに会話力のない人だね。ちょっとは頭使いなよ」

「はいはい」

 彩は大げさにため息をついてみせた。


 待ち合わせしたいつものファミレス。二人の前にはブラックコーヒーだけ。長居はしない。

 吸っていたタバコの短さが、時を告げる。


「あ、私選挙行ったのよ。行った?」


 社会問題。まるで自然にそうなっちゃいましたみたいに。

 いじめもそうだった。いじめが社会にあるのは当たり前、だから学校でその対処法を学ぶのも当たり前。いじめ「問題」があると、その原因にされたのはいじめっ子でも教師の対応でもなく、常にいじめられた方だった。 


 クラス内でいじめられていることが知れると、先生に呼び出されて説教を食らったものだ。何でいじめられてるのかわかってる?何で黙ってるの?どうしたらいいと思う?


 自然であるはずがない。すべて人為的なものだ。

 「みんなと一緒にいじめなきゃ、自分がいじめられるから」という理由で、集団無視やいじめに加わっていた方が、「協調性が高い」と評価された。

 教室の隅っこで本を読んでいるよりも。


 人と人を比較して、意味の奪い合いをして、それを面白がり味わい尽くしたのは誰?


「笑えるー」

 彩は言ってみた。

 向こう正面では彼が財布の中身を確認しながら、うんうん、と頷いている。

 彩の話をあまり聞く気のなさそうなその顔を見ていると、横っ面を引っ叩いてこっちを向かせたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえた。

 怒りを抑えるために息を整えて姿勢を正して彼を見ていたら、視線を感じたのか、うつむいていた顔を上げて、彩を見て彼が微笑んだ。

「莫迦……」

 心の中で、罵った。 了

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