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第3話-”お願い"

はじめまして&続きです。

今回は「軽口の日常 → 急転直下」で、主人公が“関わりたくない現実”にぶつかる回です。

よければブックマークで追いかけてもらえると更新の励みになります!

 C級任務が終わった直後。

 森の縁を抜け、土の道に出たところで、俺は息を吐いた。


 汗はかいてるが、嫌な汗じゃない。

 腰に差したロングソードの柄を軽く握り直す。左手は自然に開く。

 魔力の通り道を確かめる。


 ――最近わかってきたことがある。

 この世界、基本は分業だ。

 剣士は前に出て、魔術師は後ろから撃つ。役割が綺麗に分かれてる。


 なのに俺は、剣も振れて、水も出せる。

 一人で依頼を攻略できる人なんて、俺以外にいるのかな~

 自慢じゃない。事実メモだ。(※たぶん、黙ってたほうが長生きするタイプの事実)


 町に戻ったら何するかな。

 ギルド支部で報告と精算して、飯。風呂。あと――


 (エルフの夜の店……とか)

 (※いや何考えてんだ俺。銀行員の脳みそ、異世界に置いてこい!)


 上機嫌に歩いていた。その時だった。


 ―――


 正面から、人影が走ってくる。

 遠目でも、すぐに分かった。耳の形。髪の色。


「――ンン、、エルフ!!!!」


 反射で声が出る。が、

 視線が吸い寄せられる。


 すらりとした体つき、長い銀色の髪。青い瞳。

 走り方が切迫してるのに、輪郭だけは妙に整って見えた。

 次の一歩で、違和感が異常に変わる。


 肩。

 脇腹。

 矢が刺さっている。二本。


 どちらも背中側から入っている。


 刺さり方で分かる。

 追われて、矢を射られて、逃げている形跡だ。



 顔色も悪い。

 唇が乾いて、呼吸が浅い。


 胸元の服は濡れている。

 赤い。量が――まずい。


 さらに――なにかを抱えている。

 赤ん坊だ。


 布に包まれて、彼女の胸に押しつけられている。

 小さな手が、ぎゅっと服を掴んでいる。


 俺の視力が勝手に細部を拾う。

 赤子の耳が見えた。

 包みの隙間から。母親よりも丸みが強い。短い。


 (……この子、人間と、エルフの……)


 言葉にする前に、赤ん坊の首元で何かが揺れた。

 細い鎖。金属が擦れる音が、小さく鳴る。

 赤子の首に、ネックレスのようだ。


 ―――


 エルフの女は、俺の前で膝をついた。

 倒れ込む前に、最後の力で顔を上げる。


「……たす、け……」


 声が、掠れていた。


 ―――


 俺は駆け寄り、彼女の肩を支えながら地面に寝かせた。


(……ええっと、こういう時は安静な体位に)


 赤子は抱き上げない。

 いま動かしたら、母体が崩れる。

 胸元の布ごと、位置だけ整える。


 矢を見て、即断した。


 (抜くな。止血のための栓だ) 


 矢柄が邪魔で体勢が取れない。

 短剣で、矢柄を折る。根元は残す。

 揺らさない。揺らすと血が出る。


 ――次に、、水!

 無詠唱で、指先から細い流れを作る。

 勢いは要らない。洗い流しすぎると温度が落ちる。


 傷の周囲だけ、赤を薄めて、泥と葉屑を落とす。

 続けて、水膜を帯状に伸ばす。薄く、幅広く。巻く。


 圧迫。

 肩。脇腹。順に。

 水膜はすぐに形を変えられる。

 指で押す力を増やすと、締まる。緩めると、戻る。


 彼女の喉が鳴った。

 目が焦点を結びかけて、外れる。時間がない。


「聞くぞ。……この子は?」


 返事は遅れた。息を吸って、吐いて、やっと言葉になる。


「にんげん……と……エルフ……の……」


 そこで一度、咳き込む。血が泡になって口端に滲む。

 肺がやられている。


 俺は反射で、水を薄い膜にして唇を拭った。

 力を入れない。触れるだけ。


 彼女の指が、赤子の首元を探る。

 鎖が揺れて、また金属音が鳴る。

 幼児の首に不釣り合いな重さ。


 鎖の輪が細かい。留め具が小さく、厚い。

 指で捻って外れる構造には見えない。


「……お願い……この子の……名前は……」


 そこまで言ったところで、彼女の声が消えた。

 口が動く。音にならない。瞳だけが、俺を見ている。


 (……いや、待て)


 俺は息を整えた。

 目の前の情報を並べる。

 矢。背面から。おそらく追撃がいる。


 デミの可能性。噂は聞いたばかりだ。

 ネックレス。外せない。目的物? 目印?


 そして――俺は関わりたくない。


 ―――


 俺は、立ち上がった。

「……すまん」

 言い訳はしない。


 足を一歩、後ろへ引く。

 もう一歩。視線を外し、道へ向ける。


 その瞬間だった。


「お願い!!!」


 悲痛な叫びが、胸を裂いた。

 次の瞬間、裾が引かれる。血のついた手が、俺の服を掴んでいた。


 滑る。

 でも離れない。

 指先が、爪が、布に食い込んでいる。


 俺の足が止まった。口が勝手に動いていた。

 気が付けば、母の顔の前に膝をついていた。


「この子の、名前は?」

 (※日本人すぎるだろ、俺……)


 彼女の目が、もう一度だけ強くなる。

 それから、指の力が少しずつ落ちていく。叫びのあとに残ったのは、息だけだ。


 俺は、地面に左手をつけた。

 ごく薄い水膜を広げる。

 道をなぞるように。この人が来た方向へ可能な限り遠く。


 俺も、エルフの母も、臨終を感じていた。

 俺が引き受けると知って、穏やかな顔で、呼吸が安らかになり、この言葉で息を引き取った。

「この子は……リオ……私と“あの人”の…たいせつな……」


 生暖かい風が吹いた。


 ―――


 しばらく、手を握っておいてあげた。


 風はなくなっていた。

 草も揺れていない。


 その時


 ――水膜に波紋が走った。


 ひとつ。

 ふたつ。

 重なる。

 (……近い)

 (複数)

 (騎馬の強歩)

 (来る!)


 思考が勝手に短くなる。

 判断に余白がない。

 ここに置けない。


 俺一人なら、逃げればいい。

 でも――赤子がいる。母親がいる。

 母親と赤子を背負う?

 追手が複数なら、詰む。二人ともは運べない。


 俺は、赤子へ手を伸ばした。

 布ごと抱え上げる。軽い。泣き声はない。

 代わりに、首元で鎖が鳴った。小さく、はっきり。


 母親は、もう動かない。

 俺は水膜の圧迫を一段だけ強めた。


 意味があるかは分からない。だが、何もしないよりは――いや、考えるな。

 波紋が、また走る。

 重なる。増える。


「……ちっ」


 俺は道の先を見た。

 町へ戻るべきか。森へ入るべきか。岩場へ切るか。川へ――

 迷う時間は、ない。


 なのに。


 背後の道端の岩陰から、声がした。

「どうしたの?」


 細い。落ち着いている。

 俺の身体が、硬直する。


 ――追手に斥候がいたか?この状態で刺されたらまずい。

 ――いや、斥候がそんなこと聞くか? 


 すぅーーっと時間が引き延ばされ、視界の端が少し白くなる。


 短刀に手をかけ、振り返る。

 赤子を抱え直す。鎖が、また鳴る。


 声の主が、影から一歩出た。

 小柄な子ども。俺を見上げている。

 ――ノア。

 次の瞬間、水膜の波紋が、さらに大きく揺れた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

次話、ノアは敵か味方か/追手はどこまで近いのか/主人公はどう判断するかで一気に動きます。

今回は急転回。ブクマしておくと続きが追いやすいです。

続きが気になったら、ブクマ&評価で応援してもらえると嬉しいです!

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