第2話-世界が嫌う存在
銀貨十枚の依頼。
その裏にあったのは、思っていたよりも重い“現実”だった。
気ままにギルドの依頼を受けながらの宿生活で2週間がたった。
転移してきたころよりも、身体能力も上がり、水魔法に慣れスムーズに魔法が使えるようになってきたと感じる。
経験した分だけ成長しているのを感じる。
ドアから名前を呼ぶ声がした。
「おい、マサヒト!いるかね。」
扉をあけると年老いた宿の主だ。無意識で枕の下に忍ばせていた短刀を持っていたが、音もなく棚に置く。
彼は険しい表情で俺に近づき、ささやいた。
彼の顔には切迫感が感じられる。
「実は東のエルフ国へ物資を運ぶ予定だったんだが、護衛の一人が倒れちまったと連絡が入ってな。助けてくれれば銀貨十枚を渡すって話だ。今はもう出発して南の森に入ったころだろうが、魔物が出るから心配だからの。」
首をひねった。銀貨十枚なら悪くない報酬だ。
しかも俺も同じ方面へ行く予定だ。
「いいだろう。安く泊まらせてもらっているし、受けてみるか」
(まあ、あっちの森ならこの間の依頼でレベル感はわかってるしな)
安心したように、主は続ける。
「こういっちゃなんだが、運んでるブツがあれでな…追手と勘違いされると面倒だから、遠くから見守ってもらえんか。」
俺は内心あきれながら、困り笑いをした。
「そういうのは先に言うんだよ。旦那」
短刀・細身のロングソードといつもの装備を整えて、宿を後にする。
ーーーー
森の小道を進む護衛隊はすぐに見つかった。
勘づかれないように、距離をもって追跡する。
ギルド員は荷馬車の横に馬を並走しぴりぴりしながら周囲を警戒し、
女魔術師は魔法の杖を手にしながら荷馬車の後方に座り、警戒していた。
空気には獣の匂いが混じっている。
ギルド員がびくりと目を見開いた瞬間、森の奥から低いうなり声が響いた。
「うわっ、くそっ!」
ギルド員が悲鳴をあげる。低木の茂みを破って、二匹の黒い熊が飛び出したのだ。ギルド員の血の気が引く。魔術師が咄嗟に矢を放つが、熊の爪で跳ね返され、彼女は叫んでよける。
「こいつら、ブラックベアだ!」
その言葉とともに、荷馬車後方の茂みから数匹の熊が追いかけている。
荷馬車が止まり、商人がルドとその部下が剣を持って飛び出す。
俺は即座に状況を整理した。
多対二。
今なら荷馬車を狙っている追っ手だとは思われない。
「まあ、たまには人助けの本番も悪くないな」俺は呟いた。
銀行員生活ではノーリスクしか考えなかったが、今はもう後戻りできない。
ギルド員は一匹に抱きつかれ、動けなくなっている。
一匹だけ大きな熊もいる。
(リスク分析:護衛倒れ一一、熊複数、補給荷物あり。負ければ全滅)
俺はすぐさま戦闘態勢に入る。
腰のロングソードを引き抜き、短剣を握りしめた。
全力疾走で接近し、最も優先すべきターゲットとして、ギルド員を目掛けて走る。
ーーズッ!!
ロングソードをブラックベアの耳元に、縦になるように刺し、
鮮やかな鮮血が走る。
剣の持ち手を握り変え、上向きに剣を振りぬく。
もう一匹を目で追い、上に振った剣の重みと慣性を軸に、体を翻し、
ブラックベアの喉元に一閃。
巨体が倒れこむ。Cランク任務程度の難易度だ。
ギルド員が血まみれだが無事なことを横目で確認しながら、魔法使いへ目をやる。
火を放つ魔法を唱え攻撃しているが、
焦っているのか思うように火力が出ていない。
一匹は倒している。
一瞬で、最大効率の攻略方法を逡巡させる。
すかさず、
「時間を稼ぐから広範囲攻撃を!!!」
俺の存在に驚きながら、詠唱を開始すると、
大きな魔法陣が地面に浮かび上がった。
俺は、近寄るブラックベアをいなしながら、
うちこぼしによる魔力のロスがないように、魔法陣の中心に誘導する。
「いくわよ!さがりなさい!」
「いまだ!」
(……助けられてるのにタメ口かよ)
内心でツッコミながら、合図とともに魔法陣の外に出る。
多数のブラックベアの断末魔と、赤い炎塵が立ち上り、次々に倒れこむ。
「一件落着かな」
すぐさま女魔術師が近づく。
「ありがとう。助かったわ。でもあなた、何者?」
「ああ、宿屋の主人から、、、」
言いかけるさなか、遠くから声がした。ギルド員の声だ。
「あぶない!うしろ!」
背中で死の気配を感じ、右手で女魔術師を押し飛ばす。
視界の左側が、巨大な黒い体躯とその陰で覆われる。
(……短剣を抜く余裕も、大量のマナを練る時間はない!火魔法のような高出力魔法もない!今の手持ちは、、、水だけだ!)
俺は左手でガードするように、頭上に出しつつ、左手でこぶしを握りその中に魔力を込める。目の力を抜き、熊の影に目を落とし、手の中の水のイメージに集中する。
(……速度優先。少ないマナで一転集中。水を極限まで圧縮して……)
「ここだ!!」
目を見開く。
影で見極めていた心臓の左右の座標をそのまま上に、ずらし、正確に心臓――ブラックベアのコアを打ち抜く。
――一閃。
ブラックベアは、雄たけびを上げて力なく倒れた。
魔力消費はほぼゼロ。
誰も口を開かずに、俺の方を見ている。
ーーー
――血生臭い匂いが野に満ちる中、俺は改めて呼吸を整える。
「やれやれ、何とか…」しばらくブラックベアの死体の下に下敷きになっていたギルド員を抱き起こしながら、俺は呟いた。まだ震える手でロングソードの血を払い鞘に納める。
商人ガルドたちが口々に感謝を伝えながら、近寄る。
それよりも速く女魔術師が駆け寄る。
「あなた!今の詠唱していませんでしたよね!?本当に何者、、」
困惑した顔で、目を丸くする。
(……もしかして“無詠唱”は特別な力なのか?)
「俺はマサヒト。この世界で転移?転生?したんだが、フリーで冒険者をやっている」
場が凍り付くのを感じ、振り返ると、
自分以外の人間たちが目をやりあっている。
(……おいおい、なんかまずいこと言ったか?)
女魔術師が言う。
「助けてくれたから教えてあげるけど、この国、いや世界中で転生者と転移者はタブーとされているの。」――魔術師が続ける。
「なんでかわからないけど、かかわらない方がいいといわれているわ。殺されるとかで、」
「私たちは黙っててあげるし、聞かなかったことにするわ。いいわね?」商人とギルド員の方に振り返る。
「あなたたちも当然、よね?」しばらく目線をかわしていたが口々に
「ま、命の恩人だし、黙っていれば平気だろう」
俺の方に振り返り
「私は見ての通り、魔術師のアリスよ。よろしくね」
若手のギルド員もそれを見て、
「先ほどはたすかった。あっしは黒龍ギルドのラルバンでやんす」
商人のガルドが袋から金貨を二枚取り出し、俺に手渡した。
「命の恩人だからな。礼に受け取ってくれ」
(※いや、太っ腹すぎるだろ―――!!)
それから、隊形を組みなおし、
エルフの国の国境へ同行する。
ーーー
――道中、この世界のことについて、アリスは様々なことを教えてくれた。
「あなた、能力は高いけどその感じだと、魔法のいろはもしらないんじゃなくて?」
それからアリスは、戦闘には、魔術・体術/剣術・スキルの三つの体系であることを説明してくれた。
魔法には5元素の火・土・水・風・雷の属性とそれとは異なる属性の光属性と闇属性の魔法があること、適正はあれど、修行をすれば誰でも習得可能であることを教わった。
光属性には治癒魔法や神聖魔法、闇属性には空間魔法や呪いなどが存在する。
基本的には、文法と言霊による詠唱で、それぞれの属性を組み合わせて新しい体系を作り上げることで、研究され進化してきたらしい。
(…前世で言うところの科学やテクノロジーといったところか)
体術/剣術は様々な武器と肉体鍛錬・魔力による強化をベースに習得すること。
――スキルには、生後獲得できる49種のスキルと、生まれたときに獲得される“ギフト”があるらしい。
スキルの獲得は戦闘中や鍛錬を通じて偶然獲得されるが、どのように獲得するかはまだ分かっていないという話だ。
ギフト自体、多種多様で一つ持っているだけでも非常にまれ。
血統との関係性はあるものの、ほぼランダムに与えられる能力で、歴史上最大で3つのギフトをもって生まれた人物もいるらしいが、そのくらいレアな存在のようだ。
(……俺にもなにかギフトがあるのだろうか)
「ちなみに、ギフトで一番外れだったのは、カエルを召喚する能力だったそうよ。」
(※こどものときあこがれてたやつッ!)
ーーー
数日後、荷馬車をエルフ国境へ送り届けたあと、
元居た宿に到着した。
その夜、狭い村の宿に落ち着くと、宿主が豪華な料理を振る舞ってくれた。
――結婚式でもないのに、なんだこのもてなしは!?
「おもてなしはうれしいが、こんなにごちそうになっていいのかぁ?」
俺は胃袋が締まるのを感じながら、念のため遠慮を見せる。
「いやいや、護送してもらった商人のガルドは私の友人なんです。聞けば、窮地をすくってくれたそうじゃないですか!銀貨十枚じゃわりに合わないものですよ」
「ラルバン、お前もよくやった。飯も奢ってもらえ」俺が言うと、ギルド員のラルバンはちょっと照れ笑いを浮かべた。俺も思わず口元を緩ませた。
アリスは焚き火の側で髪をかき上げながら言った。
「それにしても詠唱なしで水魔法か…ちょっとした逸材ね。普通は魔法陣を描いたり呪文を唱えたりしないと使えないのよ?」
俺は苦笑し、拳で頬を軽くパンと叩いた。
この流れなら、もっといろんな話を聞けるかもしれない。
宿の主を見て、俺は言う。
「実はずっと田舎にいたもんで、魔法以外はからっきしで、よかったらこの世界について教えてくれないかな?」
魔術師アリスが目でウインクを送る。(※かわいい、、)
宿の主はにっこりと笑う。
「この世界では種族固有の力とか考え方があってな。ドワーフは富国強兵で魔法具や武器の製造に強いし、エルフは長寿故の民主的な治世と知恵の蓄積を重視してて、独自の魔法体系も豊富で、他には共有していないんだ。」
「ビーストマンは獣の力に長け、剣術や肉男性には勝るが産業は農業くらいで文明はそこまで。」
宿主は学者のように口調を変えた。アリスも真剣に頷く。
アリスが言う。
「ここ、『ヴァルヘリオン帝国』から西には、エルフの国『アスティリア王国』があって、この二つの国の南側にドワーフの『ドワルガ王国』。この三つは経済軍事ともに強国ね。中立国の『レイノス国』を通じて貿易をやっているけど、国境付近での戦争はかなり多いわね」
「人間の国、ヴァルヘリオンと、エルフのアスティリア、ドワーフのドワルガが国境を接している地方があって、数年前にも大規模な戦いがあったわね。」
アリスは続ける。
「『レイノス国』は人間国家で永世中立国よ。エルフのアスティリアと、ここヴァルヘリオンの間で、100年前にヴァルヘリオンから独立したの。商人ギルドや貿易を牛耳って、傭兵を国家事業としているわ。国民皆兵も実現していて、経済大国かつ軍事大国よ。あなたも冒険者をやっていたら一度は行くと思うわよ。」
宿主は言う。
「レイノス国は開かれた商売をしているんだが、情報が全然なくてだな。かなり閉鎖的なんだ。国主はめったに人前にもでないんだ。」
アリスは言う。
「人間の国ヴァルヘリオン帝国とドワルガ王国の南西には、さまざまな獣族が連合してできたビーストロア連合国があるけど、産業面には劣るわね」
「これら諸国のさらに北側は、『極寒の大地』とよばれ、強大な魔物やゴブリンやコボルトみたいな知能の低い魔物がたくさん住んでいるのよ。国ではないわね」
「エルフ国へ向かうなら気をつけることだ。最近はデミ――混血児の噂が絶えんからな」商人ガルドがぽつりと言った。
(デミ…あの銀髪の子か?)俺は眉を潜める。
「異種間の雑種たちで追われてるものたちのことだ。エルフは精霊から生まれた種族で、その誇りがある」
「人間は、神の形と同じ姿形をしているとされていて、神の子孫なんだ。神は人間を加護してくださるのがその証拠なんだ」
一瞬の沈黙ののち、宿の主が続けた言葉に俺は固唾をのんだ。
「だからこそ、獣人やデミどもは許せないんだ。種族の誇りを捨て、他の種族と子をこさえるだなんて。吐き気がするってもんだ」
「大昔の戦争で、獣人が国を作った時には、大勢の人間やエルフが虐殺されたのは知っているな?獣人どもは野蛮だが、人口が多くて厄介なんだよ。獣人はヴァルヘリオンの国外じゃ人権を勝ち取ったが、デミも獣人もここいらでみかけたら通報するか奴隷にされるかだな」
その言葉に、俺は再び背筋が凍った。
(……確か、デミ狩りをする王国もあるって噂だ)
どこの世界にも差別はあるが、この世界は種族が多い分、
差別意識は別格のようだ。
そんなデミとは極力かかわらない方がいいと思いながら、
差別の話をなるだけ考えないように会話と食事を楽しんだ。
部屋に戻り、目を閉じる。
窓の外の星が静かに瞬いていた。
(……この国から出て見分を広めよう。そうだ、ドワルガに行って、伝説級の剣でも探してみよう)
2週間後、マサヒトは否が応でも、自身の運命に巻き込まれることを知らずに、
人知れず眠りについた。
※ここまで読んでいただきありがとうございます。
次話、主人公の運命を大きく左右する人物と出会います。
それは、助けるべき相手なのか。
それとも、この世界の常識に従うべきなのか。




