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第3話 希求と懐疑

Aether本部の一角にある談話室は、暖かい電球色の光に包まれている。

夜の帳が下りてくる頃だった。


「……暗くなってきたな。真弘、車を手配するから、楓と一緒に公道まで乗っていってくれ」


灯絵の呼びかけに、真弘ははーい、と返事をして立ち上がる。

楓は星蘭たちにぺこりと頭を下げてお礼を言い、真弘とともに談話室を後にした。


扉がパタンと閉まると、星蘭は軽く伸びをして、どさっとソファに腰を下ろした。希は空になった紅茶のカップを手際良く片付けていく。


三人をよそに談話室を出ていく灯絵に気づいた育は、座ったまま彼女に声をかけた。


「司令?どこ行くんですか?」


灯絵はいつも通りの微笑を浮かべて答える。


「――少し、仕事が残っていてね」


***


楓と真弘を乗せた黒い車が、静かな道路を走っていく。


車内からふと窓の外を見ると、ざわめく木々と闇夜が幻想的な雰囲気を漂わせていた。

時刻は既に午後七時を回っている。

楓は隣に座る真弘にそっと声をかけた。


「わざわざここまでしてくれなくても……」


真弘は首を横に振った。


「元はと言えば、俺がいきなり連れてきちゃったし……それにしても、すごい前進だね!灯台下暗しって感じ」


楓は胸の奥に渦巻くEdenへの違和感を、彼に吐き出すべきか迷った。しかし真弘はEdenを仲間だと信じている。彼は長年ここにいるようだし、当然だ。


――そう、これは部外者である自分の憶測に過ぎない。


第一、あの絶望に似た表情のことも――自分が場違いで孤立している状況だったからだ。灯絵さんの考えていることを自分に都合のいいように想像して、自分と同じだと思い込もうとしただけだ。


――分からない。有亜のことも、この世界で起きていることも。


――だからこそ。


目を背けたくなる現実が待っていたとしても――この目で真実を確かめたいと思った。


「真弘」


「ん?」


楓は目を閉じて全身の力を抜くと、深呼吸をした。

車内のこもった空気が楓の肺を満たす。


「俺、Aetherに入りたい。……どうすれば戦士になれる?」


「え?」


真弘の水色の瞳が、ビー玉のように丸くなる。

夜の静寂(しじま)に響くのは、タイヤがアスファルトを滑る音だけ。


やがて真弘は目を伏せて優しく微笑んだ。

今日、楓が何度も見た彼のその表情は――不安や戸惑いをすべて包み込んでしまう夜明けのようだった。


「戦士、かぁ。……本当は俺、姉さんたちと違って、あんまり強くないんだ」


夜の道路照明灯に照らされた真弘の横顔が、どこか儚く見える。楓と同じ、何かに迷う少年の横顔。


「でも、今日……楓のこと助けられて良かったって思ってる」


「……っ」


真弘はそう小さく呟くと、楓の手を取った。

――それは、夕方の頼もしい手と少し違う。

車の揺れのせいかもしれない。楓の手を握るその手は、ほんの少しだけ震えていた。


「だから、一緒に頑張ろう。一緒に戦って、テラオギアを全部倒せるくらい、強くなろう」


***


午後九時頃。

Aether本部の会議室はまだ明かりが点いていて、中から数名の話し声が聞こえてくる。


「Edenに我々の管轄区域を一部信託する件についてですが、やはり正式にAetherとEdenの間で協定を結ぶのが先かと――」


――朝霧灯絵の声。

彼女はその判断力と並外れた戦闘能力を見込まれ、二十二歳という若さでAetherの司令官に任じられていた。


灯絵の意見を聞いた上官たちは顔を見合わせ、冷笑を浮かべる。


「今さら協定を結ぶ必要がどこにある?我々AetherとEdenは、十四年間国の(もと)で共に戦ってきたのだぞ」


「君はまだ若い。一人で部隊を指揮したい気持ちも分かるが、素直に頼ることも大切だ」


今日も全く聞く耳を持たない彼らに、灯絵は唇を噛んだ。

自分が経験不足の身であることは承知の上。このような扱いを受けることもある程度は覚悟していたが、こう何度も軽くあしらわれては、さすがに苛立ちが募る。


「そうではなく、私が申し上げたいのは……我々の管轄を安易にEdenに引き渡してしまっては、テラオギアによる被害を防ぎきれない可能性が――」


言い終わらないうちに、会議室の重いドアが開いた。


「――あら、私たちに任せるのがそんなに心配?」


その一言で、会議室が静寂に包まれる。


全員がドアの方を振り返ると、紺色の制服を身に纏ったEdenの精鋭――環ノエルが可憐な笑みを浮かべて立っていた。


(たまき)さん……どうしてここに……?」


ノエルは驚いた様子の灯絵を見ると、青い目を細めて微笑んだ。ヒールの音が室内に響くたびに、彼女の豊かな黒髪がふわりと(なび)く。


「急にお邪魔してごめんなさいね。借りていた資料データを返そうと思って持ってきたの」


ノエルはそう言うと、分厚い記録器機を灯絵に差し出した。金属の冷たさと器機の重さが、灯絵の両手にずっしりとのしかかる。


「最近は同じ任務に立ち会うことが少ないけれど……また一緒に戦える日を楽しみにしてるわ、朝霧司令」


「……我々も、その日まで訓練を重ねて参ります」


灯絵はそう言うと、いつも通り微笑んだ。


――ノエルから、今日の任務についての話は出てこなかった。やはり、楓が見たと言っていたEdenの隊員二人――妹とその仲間は、Aetherの補助として任務に派遣されたわけではないということだ。

ならば、あのテロ現場で何をしていたのか。


そしてもう一つ――今ここで、ノエルに楓の妹の存在について直接尋ねるべきだろうか。


灯絵の心には、Edenへの疑念が募るばかりだった。

口をわずかに開けたまま黙っている灯絵を見て、ノエルがきょとんとした様子で首をかしげた。


「朝霧司令?どうかしたの?」


「……失礼。少し、明後日の軍議のことを考えていました」


灯絵はまた微笑む。

その刹那、ノエルの青い瞳がきらりと光ったように見えた。


***


翌朝、楓はスマホの着信音で目が覚めた。


目を擦りながらスマホを手に取ると、画面には『朝霧真弘』と表示されている。彼から一件のメールが届いていた。


『今日は学校が終わったら、星蘭も一緒に三人で本部に行くから忘れないでね!』


部屋の窓を開けると、ちょうど太陽が昇る頃だった。薄紫色の空に、オレンジ色の朝日が輝いている。


――今日から、戦士への道を歩いていく。


楓は朝の冷たい空気をめいっぱい吸い込むと、目を閉じて一気に吐き出した。


***


Aether本部の一室。


姿見に映る楓は、支給された深紅の軍服に身を包んでいた。軍帽には赤い宝石のような装飾が施されていて、それは楓の瞳の色とよく似ていた。


「すごく似合ってる……!昨日とはまるで別人みたい」


真弘は部屋から出てきた楓の姿を見て言った。

楓が反応に困り目を伏せると、真弘は無邪気に笑った。


「大変なこともいっぱいあるかもしれないけど、楓なら絶対大丈夫だから!……よし、行こう!」


「……あぁ」


楓は真弘に続いて、赤い廊下を走っていった。


――この日を境に、楓の運命の歯車は大きく動いていく。

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