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第2話 秘密の戦士

爆破事件から約一時間後。


楓の左隣にいるのは、あの怪物から彼を守ってくれた少年――真弘。そして右隣には、桃色のツインテールをふわりと揺らす少女。彼女も真弘と同じく赤い軍服を着ていたが、女子はズボンではなくワンピース型のものが支給されるようだった。真弘は、先程からずっと落ち着かない様子で少女の手元を見ている。


「ちょ、星蘭(せいらん)、なんか雑じゃない……?やっぱり俺がやったほうが……」


「だいじょーぶ!!待ってて、もうすぐ終わるから」


星蘭と呼ばれたその少女は、丹念に楓の右腕に包帯を巻き付ける。包帯がギュッ、と腕を締めつける度に、楓は思わず顔をしかめる。真弘がそわそわしているのが、楓自身にも伝わる。


「――はい!とりあえず応急処置ね。本部に着いたら、ちゃんと巻き直すから」


「あ、ありがとう……ございます……」


楓はぼそりとお礼を言うと、すぐに下を向いてしまった。星蘭は興味津々な様子で、じっと楓の顔を覗き込んだ。金色のつり目が猫によく似ているな、と楓は思った。


「……ところで」


「ん?」


楓の声に、真弘と星蘭が小さく首をかしげた。


不規則に揺れるトラックの荷台の中――楓は真ん中で鎮座している。周りを見回すと、赤い軍服を着た人ばかり。人が多くて窮屈な上に、自分だけ黒い学ランを着ているせいで妙に居心地の悪さを感じる。ときどき刺さる視線が痛い。


楓はそっと口を開く。


「……何で、俺までここに……?」


***


一時間前。


真弘の誘導により避難を終え、しばらく経った後。

楓は建物の陰に座り込み、(うつむ)いていた。有亜が自分の人生を歩んでいるならそれでいい。一目その姿を見るだけで十分だった――はずだった。濁った(もや)のようなものが、楓の心にぐるぐると渦巻く。


――有亜は今、幸せなのだろうか。


「……誰かと、話してたよね」


ふいに声をかけられ顔を上げると、さっきの少年、真弘が立っていた。後から走ってきた真弘には有亜の姿が見えなかったようだ。何も答えられずに宙を見つめる楓を見て、真弘は小さく息を吐いた。


「……訳あり、みたいだね」


「……っ」


楓の瞳が大きく揺れる。真弘は何かを確信したように頷くと、しゃがんで楓にそっと手を差し出した。お互いの目が合う。


「俺たちと一緒に来てほしい。……何か力になれるような気がする」


真弘は微笑んだ。透き通るような水色の瞳は、楓にとって眩しいほどに(きら)めいて見えた。

楓が小さく頷いて彼の手を取ると、真弘は嬉しそうにぱあっと顔を輝かせた。


「よかった……!じゃあ、早速なんだけど」


「……?」


真弘は少し遠くに見える大型トラックを指差す。真弘と同じ『Aether』の隊員らしき人々がぞろぞろと荷台に乗り込んでいくのが見えた。


「あれに乗って、一緒に本部まで来てくれない?」


***


トラックが止まり隊員たちが続々と降りて行く中、楓は真弘と星蘭に続いて、ためらいがちにトラックを降りた。


顔を上げると、目の前には会社ともアパートともつかない、四角く大きな建物。周囲には木々が茂り、帰り道にいつも聞こえるような、車の音や人々の騒がしい声がまったくない。世間との隔たりを感じるような、(ひそ)やかな空間。


真弘に言われるがままこんな場所まで来てしまったが、本当に大丈夫なのだろうか。怪物のことといい、ここにいる人々の素性といい、楓には何も分からないままだ。


「いきなりごめんね、全部ちゃんと説明するから」


真弘と星蘭に続いて、建物の中へ入っていく。

壁に沿って等間隔に並ぶ窓から差し込む黄昏の光が、薄暗い廊下を照らしていた。楓は、着いてきて、と合図する二人の後ろをのそのそと歩いていく。真弘はちらりと楓を見ると、前を向いて歩きながら話し始めた。


「ここは国家機密組織Aether(エーテル)。……まぁ、秘密結社と似たようなものかな。俺たちはさっきの怪物――"テラオギア"から民間人を守るために戦ってるんだよ。」


「テラオギア……?」


楓の問いかけに、星蘭が応える。


「あんたも見たでしょ?頭が歯車みたいな……あの化け物のこと。最近増えてる、犯人が分からないテロとか、いろんな人巻き込んだ事故とか……ああいうのはほとんど、アイツらのしわざなの」


「じゃあ、そのテラオギア……は、事故と見せかけて人間を殺している……ということか?」


楓の言葉に、二人は目を伏せて頷いた。真弘はくるっと振り返ると、少し口角を上げて言った。


「そういう被害を防ぐために、俺たちはここで訓練を重ねて、日々戦ってる……って感じなんだよ」


灰色のレンガ調の壁が続く廊下。壁は古めかしい木製の扉とウォールランプがぽつぽつと点在している。学校と同じように、さまざまな部屋があるようだ。ふと、歩いている楓のそばにあった扉がギィ、開いて、誰かが部屋から出てきた。


「……おっ、真弘と星蘭?と……誰?」


「新人さん?……あれ、学ラン?制服は?」


扉の前には、金髪の少年が二人。お互い、顔立ちがよく似ていた。


一人は楓と同じくらいの身長で、ところどころ髪が跳ねている。鋭い目をしているが、深紅の軍服に身を包んだ姿が貴公子のように感じられた。


もう一人は女性と見間違えそうなほど柔らかい雰囲気の少年で、萌黄(もえぎ)色の瞳が楓の姿を映している。少し外に跳ねた金髪のショートボブが、彼の可憐さをさらに引き立てている。


「……目雛楓です。その……」


とりあえず着いてきただけで、このよく分からない組織の新入隊員になりたいわけでもない。テラオギアの存在だって、今さっき知ったばかりだ。

何を言うべきか分からず黙っていると、すかさず真弘が間に入った。


「ちょっといろいろあって来てもらったんだよ、困ってるみたいだったし、力になれるかなーって思って……」


貴公子のような少年の鋭い目線が、じっと楓を捉えている。楓はいたたまれず目を逸らしたままだったが、少年はふぅ、と息をつくと口を開いた。


「俺は白雪育(しらゆきはぐむ)。で、こいつが俺の双子の弟の……」


育の隣にいた少年はにこりと微笑んで、一歩前に出る。


「僕は白雪希(しらゆきのぞみ)。ここで会ったのも何かの運命だし……よろしくね、楓くん」


「はい……」


楓が小さく返事をすると、星蘭が何かを思い出したようにぱたぱたと駆け寄ってきた。


「あたしは月音星蘭(つくねせいらん)。よろしくね、楓!」


いきなり始まった自己紹介だったが、五人の間に和やかな空気が流れ、楓の緊張も少しずつほどけていった。


***


「……妹を探してる?」


落ち着いた雰囲気の談話室。

時計の針は午後六時を指していた。真弘たちは赤いソファに腰掛け、楓の話を聞いていた。テーブルには人数分の紅茶が置かれている。希が気を利かせて淹れてきてくれたものだ。楓は言葉を続ける。


「七年前に家を出ていったきり、どこで何をしているのか分からなかったけど……今日の爆破テロが起こったとき、煙の中に――確かにいたんだ」


星蘭は考え込むような仕草をして、楓に問いかけた。


「久しぶりに見たって言ってたけど……どんな感じだった?服装とか、誰かと一緒にいた、とかさ」


「…あぁ、紺色の――」


楓が言いかけると同時に、談話室のドアがノックされた。五人は一斉にドアの方を見る。ガチャ、とドアが開くと、一人の女性が入ってきた。


楓以外の四人――真弘、星蘭、育、希は突然立ち上がると、その女性に敬礼した。


「朝霧司令……!お疲れ様です!」


「朝霧……?」


楓は聞いたことのある名前に首をかしげた。朝霧司令、と呼ばれたその女性は――澄んだ水色の瞳と、高い位置で結ばれたストレートの黒髪。楓は瞬時に状況を理解した。


「あぁ、君たちか。――真弘、星蘭。任務の報告書、今日中に提出するように」


言い終わってすぐ、彼女は楓の存在に気づいたようで、無駄のない動作で近づいてきた。


「君が目雛楓か。爆破テロの後、真弘から連絡があった。怪我の具合は?大丈夫か?」


そう言って微笑んだ表情が、真弘のものとよく似ている。楓がはい、と小さく頷くと、真弘は彼女に話しかけた。


「姉さん、勝手に連れてきてごめん。どうしても話が聞きたくて……」


真弘は楓を見て言葉を続ける。


「楓、妹を探してるんだよね?実は……姉さんはAetherの司令官なんだ。何か手がかりが掴めるかもしれないって思って……」 


「妹を……?」


そこへ星蘭が割って入ってくる。


「灯絵さん、何か分かったりしない……?あ、楓!さっき言いかけてた妹さんの特徴、教えて!」


ソファに座ったままの育と希が、二人でひそひそと話している。


「なぁ、希……俺ら、この身内ノリの中にいていいの……?なんか楓の話も重要そうだし……」


「身内ノリって……まぁ確かに、真弘と星蘭はいとこ同士で、朝霧司令は真弘のお姉さんだから、実質この三人は家族だもんね」


二人は再び楓の話に耳を傾ける。


「妹は、成長していたけど……顔や髪色はあまり変わっていませんでした。それで――紺色の軍服のようなものを着ていて、仲間らしき男と一緒に姿を消してしまいました」


「……え?」


その瞬間、部屋が水を打ったように静かになった。真弘と星蘭はお互い顔を見合せ、希と育も二人でひそひそと何かを話し始めた。


灯絵は心底驚いたような顔をしていた。

楓は一瞬その表情に、驚きの裏に隠されたなにか――一種の絶望のようなものを感じ取ってしまった。


「あの、どうかしましたか……?」


楓が問いかけると、灯絵が答えるより先に、真弘が嬉しそうに楓の両手を取った。


「紺色の制服ってことは……それ、『Eden(エデン)』の人ってことじゃない?!」


「Eden……?」


楓はまたもや聞き慣れない言葉に困惑し、目を丸くした。そこへ希が説明を加える。


「Edenっていうのは、僕たちAetherと同じ、もう一つの機密組織のこと!もう真弘から聞いたと思うけど……テラオギアと戦うための組織ね」


真弘もにこにこと説明を続ける。


「Edenは別の組織だけど、テラオギアから民間人を守るっていう根本的な目的は同じだから、たまに一緒に戦ったりもするんだよ!まさか、こんなに早く妹さんの居場所が分かるなんて……!よかったね、楓!」


楓の悩みが解決した、と嬉しそうに笑う真弘たちをよそに、楓はパンクしそうな頭を必死に回転させて考える。


有亜は今、Edenにいる。自分を襲ったあの『テラオギア』と戦うために。


――なぜ、有亜はそんな場所に?


父は『いい預け先が見つかった』と言っていた。そのEdenが、『いい預け先』のことだったのだろうか。


そして、今考えるべき問題はそこじゃない。


星蘭は言った。原因不明のテロはテラオギアのせい。

真弘は言った。EdenもAetherと同じで、テラオギアから民間人を守っている。


――なぜ、爆破されたビルからEdenの二人が出てきたのか。

あのとき救助活動をしていたのはAetherの隊員だけだったはず。


ふと、楓と灯絵の目が合う。


――あなたも同じことを考えているんじゃないか。

楓はなんとなくそう思った。


「あれ……姉さん?楓?どうしたの?」


真弘が、黙り込む二人を不思議そうに見つめる。灯絵は我に返ったように顔を上げると、コホン、と軽い咳払いをして言った。


「……Edenの本部は、ここからすぐに行ける距離じゃない。もう暗くなってきたし、詳しいことは明日以降決めよう」


灯絵と楓の視線は、お互いに絡み合ったままだった。


***


午後六時頃、Eden本部。


有亜が執務室の扉をノックすると、中から「どうぞ」と柔らかい声が聞こえた。


「……失礼します。こちら、本日の任務の報告書です」


有亜は執務室の机に書類を一束置いた。本棚を整理していた銀髪の少年は、はぁ、と大きくため息をつく。


「……また有亜さんだけですか。(はるか)さんは、今どこに?」


少年が問いかけると、扉の外からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。少年が呆れた表情を隠さず扉を開けると、紺色の軍服に身を包んだ少年が飛び込んできた。胸元にオレンジ色のブローチが光る。


「ラピスーー!!今日中に提出の報告書の紙なくした――ってあれ?もしかして有亜がやってくれたの?!」


少年があわただしく駆け寄るたび、彼のふんわりとした淡いベージュの髪が風に揺れ、オレンジ色の瞳がきらきらと輝く。


「毎回毎回同じくだりを……見ているこちらはいい加減飽きてきました」


ラピスと呼ばれた少年は、つまらなそうに銀色のストレートの髪をいじっている。ラピスラズリのように煌めく瞳が、普段よりじとっとして見えた。そんなラピスの様子をものともせず、(はるか)はソファにごろんと横になると、思い出したように話し始めた。


「そういえば有亜、今日の任務中、誰かに話しかけられてたよね?あれ、本当に知らない人?」


有亜はちらりと遥を見て、本棚に目線を戻した。ラピスが不思議そうに首をかしげる。


「任務中に、ですか。任務の内容については僕はよく知らないのですが……今日はテラオギア退治ではなかったのですか?」


遥はもう夢うつつだった。有亜は本棚からファイルを取り出し、パラパラとページをめくると、また本棚に戻した。

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