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水たまりの先に

作者: そらからり

……水たまりをじっと見続けたことありますか?

ええ、雨の後に地面にできるアレのことです。

見たことはある?

違います、見続けたことがあるか聞いたんです。

じっと……そう10分くらい。


こんな都市伝説を耳にしたんですよ。

曰く、水たまりの向こうには異世界がある、と。


その日は仕事に疲れていました。

どのくらいかと言われれば死にたくなるくらいには。

でも、そんなに疲れていても、死にたくなっても、どうにかして踏み止まれるんですよね。

お腹が減ったし何か買って帰ろうか。帰ったらシャツを洗濯しなきゃな。積み上がった段ボールを明日までに崩しておかなければ。

結局、帰る家があるから、帰ることができるから無茶はできないんですよ。

私達は日常を崩せないんです。


だけど、ほんの少しだけ、取り返しのつく範囲でならば非日常を味わいたくて。

雨上がりの帰り道。

街灯に照らされた水たまりを目にして、その都市伝説を思い出したんです。


異世界に行けなくても、覗くくらいならば。

そんな軽い気持ちでした。


手順としては簡単です。

“雨の降っていない夜に水たまりを10分見つめる”……たったこれだけです。

夜とはいっても真夜中で光が無ければ水たまりも見られませんからね。

街灯の下にあったのは幸いでした。いえ、運が悪かったんですかね。


5分も経過した頃でしょうか。

半ば駄目元で始めたとはいえ、こんなところで何をしているんだろう、とそんな気持ちでいっぱいでした。

なんだか情けなくなってきて、惨めになってきて、周りに広がる住宅街の暖かな家庭の光を背中一身に受けていると馬鹿馬鹿しくなってきました。


だから、気づくのが遅れたのかもしれません。

最初は涙で視界が滲んだのかと思いました。

水たまりに映る自分が少し動いたかなと、目を見張りました。

右手をあげれば、水たまりの自分も正反対に手をあげます。

まったくの歪みなく。

だけど、そもそもこんな視界の悪い場所で、水たまりを相手にして、鮮明な自分の姿が映るわけがないんですよね。

あれ、と思って見て見て見続けて。

更に数分が経過した頃でした。

鏡の自分が明らかに違う行動をし始めたんです。

くしゃみを我慢するような表情をした後に、本当にくしゃみをしました。

勿論、私はそんなことをしていません。

水たまりの向こうの私だけが、くしゃみをしたんです。


……ね、水たまりの向こうには別の世界があったんです。

それは証明されました。


え?

なんで別の世界と断言できるかって?

それに、自分と同じ姿があるならば異世界じゃないって?


ああ、そうですね。

異世界に行ける。

それだけは間違っていました。


だって、水たまりの向こうにあるのは並行世界であって。

行けるのではなく、交換になるんですから。


毎日の残業。

帰っても1人だけのアパート。

碌に貯まっていない貯金と、無欲故の無趣味。


そんなのはまだマシな方なんです。

死にたくなるほどの環境ではないんです。


終電を超えた残業。

帰っても似たような人たちが雑魚寝する一室。

貯金どころかその日暮らしすら怪しい毎日。


何故、自分は生きているのだろう。

社会の歯車にすらなれていないんじゃないかって疑う日々。

死んだ方がマシなんじゃないか。


死にたくなるのはね、死んだところで変わらないからなんです。


ええ、そこのところ、あなたは……いいえ、そちらの私は良い生活をしてそうですね。

羽振りも良さそうですし、その婚約指輪……有名なブランドのものですね。


逃げたい、ですか?

でももう遅いんですよ。

だって、……そろそろ10分なんですから。


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