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第11節『星天からの帰還』

 時の翁は、大いなる威厳を眩い魔法光の放射に変えて、その背後に何があるのかを巧みに隠していた。その威容を前にして、『時空の檻』に到着して以来一言も発しなかったアッキーナが初めて口を開く。


「翁、改めて話をさせて欲しいですよ、っと。」

 そう言って彼女は翁の前に歩み出た。

「サンダルフォンか。小さき神め、みずから約束を破りはしないが、欲するものは手中に収めんとしてお前を遣わすとは、なんとも狡猾なことよ。相変わらずの厳格と冷酷であるな。」

「まあ、それがあの方の神格ですからね。あなたも私もよく知ってのことですよ…。もう既にお気づきだとは思いますが、私たちの望みは…。」

「分かっておる。『時空の檻』に囚われたリセーナ・ハルトマンの解放と、彼女が抱くかのパンツェ・ロッティの『愛の欠片』であろう?」

 なにやら忌々しそうに言う翁に、アッキーナは飄々と応えていく。

「話が早くて助かりますよ、っと。」

「しかし、いにしえの約束は果たしてもらわねばならぬ。無辜の者は何人たりとも時の神秘に触れることあいならん。しかし、お前たちの中に罪人はおらぬであろう、どうするつもりなのだ。」

「それなら問題はありませんよ。こう見えて私は第一級の違法魔法具店の店主。日常的に禁忌魔法具や術具を売り捌く極悪人ですからね、っと。」

 少し自虐的な色を載せてアッキーナが言った。

「戯言を…。そこまで見越してお前を使いに出すとは、つくづく食えぬ御方であるな。神は常に何事も思うままか…。よかろう。先刻からの一連をつぶさにみやるに、そなたたちがみな、愛を語りそれを手にするにふさわしい者共であることだけはわしにもわかる。では、ついて来るがよい。」

 そう言うと、目もくらみそうに滾る威光の放射を幾分か弱め、翁は静かに『時空の檻』の最奥へと続く道を示して見せた。その先にある壁の一面には巨大な錬金式の機械時計が設置されており、それ自体を檻とするようにして、かのリセーナ・ハルトマンその人を、ちょうどトマスがそれを模倣して『時の檻』に少女たちを捕らえていたのと同じようにして、固く戒めていた。


 彼女は、悲愛の末に転身したあの堕天使の姿のままで、古き神の時代に作られたと思しき神聖かつ荘厳な佇まいの錬金式機械時計の中央に繋がれている。虚空をうつろに仰ぐその相貌は「時が満てるまで、受けるべき愛を待つばかり」というトマスの言葉を思い出させるものであった。


挿絵(By みてみん)

*神聖な荘厳さを奏でる機械式時計の檻に繋がれる堕天使の姿のままのリセーナ・ハルトマン。


 彼女の首元にある美麗な首飾りの中央には、先ほどトマスが残したのとはまた違う佇まいの、おそらく『愛の欠片』であろう小さな奇跡が静かに輝きを放っている。


『マイ・トー・マーレ・コ・ラック・テム・シェ・エゴス。時の禁忌に触れし穢れた魂を、いまその戒めから解き放とう。我は唯一その資格を持つ時の番人なり。愚かな魂を現世に還し、再び愛の盲目に迷わせるがよい。』


 重い鐘が響き渡らせるような声色でもって、時の翁は古き神話の時代の呪文を詠唱した。刹那、リセーナの瞳に生気が戻り、その全身を束縛する美麗な彫金の戒めが魔法光の粒となって虚空に消え去っていく…。彼女はその背の翼を羽ばたかせて、静かに床に舞い降りた。

 奇跡的な瞬間を目の当たりにして、一同は完全に言葉を失う。特に、彼女の悲壮なる最期を知る、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの3人の脳裏には、当時のその劇的な一幕が反芻されていた。


* * *


 戒めを解かれたリセーナが、時の翁と相対する。


挿絵(By みてみん)

*頸木から解放され、時の翁と言葉を交わすリセーナ・ハルトマン。


「翁様、本当によろしいのですか?愛に溺れて時の法則を穢した私のような者をお解き放ちになられて…。」

「おお、リセーナ。わしもそなたをここから失うのは残念である。しかし、これもまた運命という撚糸よりいとの導きなのであろう。こやつらがお前に帰ってきて欲しいと言っておる。その真の不埒者とともにな。」

 その言葉を聞いて、リセーナは首元の『愛の欠片』を愛しんだ。


「かわいそうなリセーナ。そのような者のためにその崇高な愛を捧げるとは。しかし、その愛の深さと美しさは知っておる。それはまさに無私の愛であった。だからこそ、その不埒者は純愛の欠片を紡いだのであろう…。時の神秘に介入し、神を冒涜した真正の愚か者よ…。しかし、そなたがその純愛を捧げた対象でもある。わしはその可能性を信じることにしようぞ。」

「ありがとうございます、翁様。お心遣いと御理解に感謝いたします。この人は最期の最期に、私の想いに応えてくれた…かけがえのない存在です。あのとき彼が私に寄せてくれたただひとことの謝罪が、この『愛の欠片』を純愛の結晶としたのです。それはきっと偶然であり、必然でもありました。今、私の心は喜びと充足に満たされています。」


 懐かしいリセーナの声がそう語る。幼いころから、カリーナだけでなくリセーナをも慕っていたアイラは、その瞳に恋慕の涙をあふれさせていた。

「しかし、リセーナよ。よいのか?そなた自身気付いているのであろう。その愛の果実は、現実に回帰したそなたの重荷となるやもしれぬことを…。時を取り戻すということは、その困難を必然にするということでもある。覚悟はよいのだな?」

「はい。」

 右の手を腹の上に優しく置いて応えるリセーナの言葉には美しい決意が宿っていた。

「よかろう。幸いにして、そなたを取り囲む者共はみな愛にふさわしい者ばかりのようだ。そんな者達の手にそなたを返すとのだということだけが、今後のわしの唯一の支えとなるであろうな。さあ、懐かしい場所へ帰るがよい。」

「本当にありがとうございます。翁様。」

 それから、リセーナはそこに集う皆の方に向きを変えた。


* * *


「リセーナ様!!」

 その凛々しい顔を涙でくしゃくしゃにして、アイラがその胸に飛び込んでいく。リセーナはその身体をやさしく抱き留めた。

「アイラ。よく来てくれました。寂しい思いをさせてすまなかったですね。」

 その胸にうずめた顔をただただ左右に振る仕草で、アイラはその言葉に応える。


「みなさんも、お久しぶりです。あの時は本当にごめんなさい。あの罪過の中で、あの人と私はやっとこうして愛を紡ぐことができました。『新しい世界できっと…』あのとき私は確かにそう言いましたが、奇しくもそれは実現したのです。ある意味これは、あの時あの人を止めてくださたみなさんのおかげであると言えます。本当にありがとう。そしてごめんなさい。」

 胸にアイラを抱いたまま、リセーナは瞳を伏せてこうべを垂れた。ウィザードたちは当時を思い出し、かけるべき言葉を探すが、俄かには思い至れずにいる。


 神秘の時間が時計の針によって規則正しく刻まれていった。


「さあ、見てくださいな。これがあの人と紡いだ『愛の欠片』です。」

 リセーナはアイラの身体をやさしくそっとはなすと、胸元で静かに輝くその欠片を、首飾りから取り外してみなに見せた。のぞき込む一同。


挿絵(By みてみん)

*偽りの神にまでなったパンツェ・ロッティが最後に紡いだ『愛の欠片』。


「これが…、あの教授だってのか…?」

 思わずウィザードが言葉を漏らした。思い返せば様々なことがあり、時に深刻な衝突と対立も経験したが、しかし彼女にとってその欠片の前身は、アカデミーにおいては師であり、またともに学徒達の成長を見守ってきたかけがえのない存在でもあった。

「教授…。」

 そうこぼすウィザードの声色にもまた、懐古と恋慕の情が色濃く重なっている。


「そうだ、アニキ。あれを出すでやんすよ。」

 おもむろにそう言ったのは、お馴染みライオットだ。

「ほら、あれでやすよ。トマス兄のために前にオイラが作った、法石に記録した人格を疑似的に再生して、戯作の登場人物とかと会話できるようにするフィギュアでやんす。アレ、確か今アニキが持ってるんでやんしょ?」

「あ、ああ。確かにな。これのことだろう?」

 キースは腰の鍵束に一緒にぶら下げている小さな人形を取り外して見せた。


「ちょっとそれを貸してくれでやんす。」

 そう言うと、ライオットはリセーナからパンツェ・ロッティの残した『愛の欠片』を丁重に受け取って、その人形に取り付けてみた。するとなんということであろう!そこからは、すでに『愛の欠片』と化してしまったはずの、かの謎物教授の声が聞こえて来るではないか!!


挿絵(By みてみん)

*キースが持っていたライオット策の面白い機能を持つ人形に『愛の欠片』を取り付けたもの。


「ここは…?リセーナ!?いったい、どういうことだ。あの時、私は確かに耐えがたい愛の軛からようやく解放されて…。ここは、ここはどこなのだ。」

 それはまごうことなき、パンツェ・ロッティその人のものであった。


 ライオットの手から、その魔法石付きの人形を受け取って、リセーナが言う。

「あなた、あなたなのですか?ああ、まさかこうして再びあなたと言葉を交わせるときが来るなんて。リセーナです。わかりますか?」

 その声は感涙に震えている。

「もちろんだ、リセーナ。君には取り返しのつかないことをしてしまった。許して欲しいとはとても言えないが、しかし、君とこうして言葉を交わせることは私にとっても思ってもみないことである。本当にありがとう、リセーナ。」

「いいんですよ、あなた。あなた…。」

 そう言うと、リセーナは本当に愛おしそうにその人形を胸に抱いた。


「リセーナ…。」


 その後に到来したわずかな沈黙は幾千万の言葉よりも、二人の和解と融和を十二分に物語っていた。


* * *


「ロッティ、教授。お久しぶりでやんす。おいらが分かりやすか?」

 唐突に声を発したのはまたしてもライオットである。リセーナの手の中にあるその人形をキースと共に見つめていた。


「その声は、レオンハート君か?なぜ君がいる。ここは本当にどこなのだ?」

「オイラだけじゃないっすよ。」

「ロッティ教授、お久しぶりです。僕が分かりますか?」

「その声はアーセン君だな。いったいどういうことなのだ。君たちがいるということはブルックリンもそこにいるのかね?」

「ええ、まあいるにはいるんでやんすが、今は先生と同じ『愛の欠片』でやんす。」

「そう、なのか…。とにかく教えてくれ、ここはいったいどこなのかね?」


「ロッティ教授、ここは『時空の檻』という星天の空を遥かに越えた先にある場所です。トマス同様、先生もまたリセーナさんの手の中で『愛の欠片』になっていたんです。」

 この状況について、みなと同様に驚きの方が遥かに大きいはずのキースが、とにかく今わかる範囲のことをかいつまんで説明して見せた。


「そう、なのか…。そう言えば、さきほど聞こえた声の中に私の教え子のものがあったな。本当に君なのか?」

 探るようにパンツェ・ロッティが訊く。


「ああ、あたしだよ。教授、久しぶりだな。神とやらになったあんたにもびっくりしたが、そんなちっぽけな石ころになったあんたとまたこうして話しているなんて、ますますびっくりだぜ。」

 ウィザードがそれに応えた。


「まったく、君は相変わらずの口の悪さだな。いつになったら上役に対する適切な振る舞いというものを身に着けるのだ。まったく、最近の若い者は年長者に対する尊崇というのがなくていかん。」


「そうだな…。まさか、あんたのその決まり文句をまた聞けるとは思ってもみなかったぜ。でも残念ながらあんたはもう上司じゃないんだ。なにせ、今のあたしは魔法学部長代行だからな。もう同僚だ。」

 再開を喜び、懐かしいやり取りを愛おしむようにしてウィザードが言う。


「何を言うか。この私はアカデミー最高評議会の議長であるからして、君とはなお厳然たる立場の違いがある!」

「それはなんともご愁傷様なことだぜ。あんたが時空の狭間に消えてこんな石ころになっている間に、とっくに後任が着任してるよ。子煩悩で理解のあるおっさんだ、誰かと違ってな。あんた肝いりの学則にも近々ついに手が入るそうだぜ。」

「なんということだ!しかし、そうか…、なるほど時が流れたのであるな。それは喜ばねばなるまい。君にまた会えて嬉しく思う。」

「だからって、また『スターリー・フラワー』に行かせるのはごめんだぜ。」

「分かっているとも。なぜなら…。」

「『私という人間は聡明かつ寛大』って言いたいんだろう?」

「その通りである。さすがは私の自慢の教え子であるな。」

「それは、どうも。」

 かつて二人の間に立ちはだかった深い対立の溝は、静かに埋まっていた。


「さあ、あなた。積もる話は後にして、とにかく帰りましょう。私たちの新しい世界へ。」

「そうだな、リセーナ。そうしよう。」


「よし、ならば善は急げだ。翁殿、ほんとうに諸所かたじけありませんでした。我々はこれにて、魔法社会に帰還いたします。ご配慮とご協力に心より感謝いたします。」

 そう言って、ウィザードは深々と時の翁に頭を下げる。同道のみなもそれに倣った。


「よいよい。そなたらは今後も善き愛を知るであろう。お前達のような存在にリセーナと、そうだな…、やがて来る果実を預けることができてわしも一安心だ。最初に告げたように、ここは無辜なる者が長居する場所ではない。早々に立ち去るがよい!」

 初めて出会った時と同じ荘厳な響きをたたえて、時の翁はみなを送り出してくれた。


「では、行こう!」

 ウィザードの促しで、めいめい『星天の鳥船』を係留する桟橋に向かう。その背中を、時の管理者の神秘の瞳がただただ見送っていた。リセーナにはソーサラーとネクロマンサーが寄り添っている。


 一同は『星天の鳥船』に乗船した。


* * *


 コンソールに鍵を差し込むと、来た時と同じように、管制の表象が応答する。


挿絵(By みてみん)

『星天の鳥船』の管制を起動する起動キー。


「ワタクシハ、セイテンノトリフネノ管制デス。目的地ノ名称マタハ座標ヲ音声デ入力シテクダサイ。」


 その声にはウィザードが応えた。

「目的地は『時空の波止場』。最大船速で頼む。」

「了解。『時空ノ波止場』マデ最大船速デ航行シマス。セイテンノトリフネ、オーヴァ・ドライブ!」

 お馴染みの一連の後、その神秘の船は窓の外の星の群を矢のような線に変える驚くべき速度で帰路についた。みな、パンツェ・ロッティとリセーナ・ハルトマンを囲み、懐かしい話に花を咲かせている。そんな時、窓の外を見やりながら、ぼんやりと物思いにふける者があった。ライオットだ。その傍らにはキースもいる。そして全くの偶然にして、ウィザードがそのそばを通りかかっていた。


「それにしても、閻魔帳、結局トマス兄は持ってなかったでやんすね。いったい今どこにあるのやら。石ころになっちまったロッティ教授が持ってるってこともないでやしょうし…。まぁ、死霊の鍵を失った今となっては、仮にここにあったとしても、宝の持ち腐れになるわけでやんすが…。」

 そう言って、船の窓からのぞく流れゆく星空をライオットは遠い眼で見送る。その姿を前にして、キースはなぜかなんとも苦い顔をしていたが、それと同じような表情のウィザードが二人の下に近づいてきた。


「すまない、ライオット君。実は君に謝らなければならないことがある。」

 神妙な面持ちで突如そう語り始めるウィザードに、

「俺もだ。」

 とキースが続いた。


「なんでやんす、藪から棒に。教授先生までそんなに改まって、気持ち悪いでやんすよ。」

 突然のことに、ライオットは当惑を隠せない。

「この時空の旅に出るに際して、ともに探し出そうと君に言った『パンツェ・ロッティの閻魔帳』だが、実は、それは今アカデミーにある。」

 ウィザードは本当に申し訳ないという調子でそう告白した。

「へっ!?教授先生、それはどういうことでやんすか?」

 事態を全く把握できないライオットは、すっかりきょとんとしている。


「本当のことを言おう。トマスを隠れ家まで追い詰めた時、奴は祭壇に閻魔帳を残して逃げたので、臨場した『アカデミー治安維持部隊』のエージェントたちがその場でそれを回収している。」


「それじゃあ…!」

「本当に、申し訳ない。」

 深々と謝意を表してから、ウェイザードは続けた。

「波止場で会ったとき、私はトマスのことをよりよく知る君たちにどうしても『時空の檻』まで同道して欲しかった。それで、一番君が興味を示すであろう閻魔帳の存在を持ち出したというわけだ。それが許しがたい嘘であったことは重々認識している。だから、この通りだ。本当にすまなかった。」


「えっと、えっと。アニキは、アニキはもちろん知らなかったんでやんすよね?」

 明らかに動揺した調子で言うライオット。その顔を見て、いよいよバツの悪そうな表情でキースも言葉を発した。

「すまん、ライオット、本当にすまん。」

「えー、じゃあ、アニキまで!?」

「ああ、俺は治安維持部隊の連中と一緒にその場にいたからな。もちろん知っていた。知っていてわざと教授先生の誘導に乗ったんだ。トマスを止めに行くために、どうしてもお前の助けが欲しいと、心底思っていたんでな。でも嘘をつくべきではなかった。本当に、すまない。」

 しおらしくこうべを垂れるキース。ウィザードも改めてその姿勢に倣った。


「ってことはでやんすよ?あっしはお二人にまんまと乗せられたという寸法でやんすね?いやいや、これは一本取られたでやんす。でも、でやんすよ。それくらいにお二人がおいらを必要としてくれていたということは、悪い気はしないでやんす。むしろ名誉なくらいでやす。ほれ、いつも言ってるでやんしょ?『道具は必要とされるところで活かされるのが一番』って。事実、今回の旅で、おいらの自信作は、自分で言うのもあれでやんすが、見事に諸所のお役に立ったわけでやんすから。それはそれで、十分でやんした。だから、お二人とも頭を上げてくれでやんす。」

 そう言うと、ライオットはいつものようにカラカラと笑う。その場を支配していた緊張が、ゆっくりと緩んで行くのがわかった。


「改めて、本当に申し訳なかった、ライオット君。」

「俺もだ。ごめんよ。」


「もういいでやんすよ。おいらとしては、この旅はまんざらでもなかったでやんす。それに物がアカデミーにあると分かれば、今後調べる機会が出て来るってもんでやんすから。でも、そうっすね。教授先生にはひとつお願いがあるでやんす。」


「なんだろう?こんなことの後だ、出来る限りの配慮はしよう。」

「それはありがたいでやんす!お願いというのは、来月の『全学魔法模擬戦大会』で、おいらを男子の部でなく女子の部のトーナメントに正式に出場させてほしいでやんす。もちろん、ハンデとしてローブを着用せずに試合に臨むでやんす。それで手打ちというのはどうでやんすか?おいら、冗談みたいにしてこんななりをしているでやんすが、おいらなりの矜持と願いがあるんでやんす。それを叶えてもらえれば嬉しいっすよ。」

 少し言いにくそうにして、ライオットはそう言った。


「しかし、高等部の試合でローブ無しは相当のハンデになるぞ、それでもいいのか?」

「結構でやんす。アイデンティティーのためでやんすから。」

「ふむ、わかった。では、せめてもの贖罪に、今度の大会では君が女子部のトーナメントに参戦することを正式に許可しよう。」

「ありがとうでやんす!」

「では、これで手打ちだ。」

「がってんでやんす!」

 握手を交わすウィザードとライオットの手の上に、キースがしっかりと両の手を添えた。


 ちょうどその時、俄かに、しかしはっきりと鳥船の航行速度が減速するのが感じられた。『時空の波止場』まではもうしばらくかかるはずだ。いったい何事だろう?思案に暮れていると、管制からアナウンスが流れてきた。


* * *


「緊急事態発生、燃料ノ寡少ガ検出サレマシタ。目的地マデノ航行ハ不可能デハアリマセンガ、手動ニヨル若干ノ魔力供給ヲ必要トシマス。乗員ハ速ヤカニ動力室隣ノ『補助魔力供給室』ニ移動シテ、手漕ギデ魔力ヲ供給シテクダサイ。繰リ返シマス…。」

 同じ内容が二度聞こえた後、エネルギー節約のためなのであろう、船内は通常照明から非常照明に切り替わって急に暗くなった。

 どうやらこの船のことはアッキーナが熟知しているらしく、全員をその『補助魔力供給室』まで案内してくれる。

 そこは、手漕ぎのカッター・ボートの中のような非常に狭い空間で、両側の壁からオールが平衡に突き出しており、いかにもそれを手漕ぎせよという様相を示していた。


挿絵(By みてみん)

*『補助魔力供給室』の内部。このオールを引き出して文字通り漕ぐのであろう。


 ウィザードとソーサラー、ネクロマンサーとリセーナ、キースとライオット、シーファとアイラ、そしてリアンとカレンがそれぞれ1組になって引き出したオールを握り、漕ぐ態勢をとる。唯一船の構造を知るアッキーナは、何やら計器盤を操作して、これから生成されるのであろう魔力が、間違いなく動力にいきわたるように作業を行っている。


「私は、ここで、生成エネルギーの送信調整をしますから、みなさんは通常照明に戻るまで、力の限りというか魔力の限りオールを漕いでくださいね、っと。では行きますよ。ロー・アンド・ロー!」

 アッキーナの掛け声に合わせて、一斉に動き出す5組のオール。10人で10本を動かせば効率は良いのだろうが、そのオールは実に長くて重く、二人一組でなければ到底繰り出すことはできない代物だった。


「ねぇ、リアン?」

 少しばかり怪しげな薄暗い空間の中でそっとリアンの耳をくすぐるささやきがある。

「なんですか、カレン?」

 オールを漕ぎながら二人は言葉を交わした。


「お願いですから、あんなことを言うのは二人きりの時だけにしてくださいね。」

「何のことです…??…、えっと…、!?…、もしかしてカレン、トマスとの話を聞いていたのですか!?でも、でも、あのときカレンは確かに…。」

 思わず大きくなりそうな声を必死にかみ殺してリアンは応じる。

「だって、あのエゴの檻からは愛があれば戻って来られるのでしょう?私の気持ちはいつだってあなたと同じですよ。」

 そう言って、カレンは小さく舌を出して見せたが、顔がゆでだこのようになったのはリアンの方だ。

「そんな!じゃあ、じゃあ、聞こえていて聞こえないふりをしていたですか!?」

「だって、恥ずかしくて何も言えないじゃないですか。でも、とっても嬉しかったですよ。ありがとう。」

 そう言うと、カレンは実を少しばかりリアンの方に寄せて、その艶やかな唇をそっとリアンの側頭部に触れさせた。リアンの顔はいよいよ茹で上がる。薄暗がりの中で、二人がそっとその瞳を閉じ、互いの顔を寄せようとしたその時、俄かに周囲が明るくなった。どうやら通常照明に戻ったらしい!なんとも気まずそうにそわそわと取り繕ってみせる二人の姿が愛らしかった。


「これで目的地まで無事に帰れますよ、っと。とりあえずリセーナさんを天使から人間に戻す必要がありますから、波止場に着いたらそのままルクスのところまでポータルで移動して、そこを経由して『アーカム』に行きましょう!」

 その溌溂とした声を尻目に、リアンとカレンは少々うつむき加減に、お互いの顔をみやっている。


 神秘の船は、ゆっくりと波止場に到達した。星天からの帰還がなったのである。

Echoes after the Episode

 今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、

・お目にとまったキャラクター、

・ご興味を引いた場面、

・そのほか今後へのご要望やご感想、

などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。

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