第８節『紅い山』
翌朝は幸いにして晴天であった。太古の魔法使いが隠れ住むという『アイストンの工房』をめざして、北の『バレンシア山脈』にそびえる喜望峰をこれから登って行かなければならない。そこに登山道がないわけではないが、極めて険しい断崖や絶壁がいたるところで待ち受けており、ガイドなしでの登山は自殺行為でしかなかった。魔法使いの場合『虚空のローブ』で飛行して昇ることで、徒歩の場合に比べれば襲い掛かる自然の驚異をかいくぐることもできる。しかし、その方法は常時魔力の消費を余儀なくされるのであるから、効率と安全を引き換える諸刃の剣でもあった。また雨風の中を飛行して昇って行くというのも容易なことではない。従って、登山行程を予定していた日が秋晴れであったとことは実に僥倖であったといえるのである。
少女たちはテントを出ると寝具その他を荷にまとめ、食材等を片付けて出立の準備に取り掛かった。
「心配していましたが、天気がこの状態でよかったですね。」
アイラが言う。
「まったくだわ。雨も困るけど、雷と強風は本当に厄介だもの。だからといって地面を歩くのも命懸けだしね。」
シーファが応じる。
「本当に…。天気と天候の支配天使であるラファエルの加護にあるカレンにずっと天気をコントロールしてもらうという方法もあるにはありますが、今、私たちの中で一番優れているのは彼女ですから、その魔力はできるだけ温存しておかないといけません。」
「ええ、同感よ。あとはとにかく変わりやすい山の天候が、突然不機嫌にならないことを願うばかりね。」
「そうですね。その際はカレンを頼るしかありませんが…。飛びながらの天候操作です。負担は大きいですからね。危険対応という意味では、全体的に一層深刻になります。」
「その通りよ。とにかく気を引き締めていきましょう！」
二人がそんな話をしていると、食材と食器を片付ける為に小川に向かい、ついでにそこで手と顔を洗ってすっきりした顔のリアンとカレンが戻ってきた。
「準備万端ですね。」
「こちらも片付けと荷づくりができたですよ。」
「今日はほぼ一日飛び続けになり続けになりますから、『アインストンの工房』を見つけてもすぐには訪問せずに、近くで十分に休息をとりましょう。」
そう言ったのはカレンだ。
「そうね。賛成よ。とにかく魔力が枯渇する前に『アインストンの工房』を見つけ出すことが一番ね。」
シーファがそれに応える。
東から昇った秋の陽が彼女たちの美しい相貌を透き通る光で照らしている。吹き下ろしの風には身を引き締める冷たさがあった。
「みなさん、防寒は十分ですか？」
そう訊くアイラに、リアンとカレンは頷いて応える。シーファが毛の衣類をローブの下に一枚挟んでいるのをアイラは目撃していたようだ。
「では、いきましょう。」
アイラの号令に従って、４人は切り立つ山肌に沿ってほぼ垂直に飛行を始めた。魔力拡張・魔力増量系のアクセサリ（多くは法石エメラルドによって賄われる）を多数身に着けているから、少々のことで魔力枯渇を起こすことはないだろうが、飛行中に魔力を切らせて墜落などしようものならひとたまりもない。喜望峰は険しい黒曜石の岩肌で、切り立った地形の多い危険な山であり、休める場所も少なく、行程には慎重にも慎重を要する。天使として、魔力量については破格の力をもつカレンが他の３人の魔力の残量管理も兼ねているようだ。
どんどんと上空に昇る４人。探索範囲は喜望峰全体に及ぶため、密集して飛ぶのではなく、ある程度の距離を相互に保って飛行した。中腹に差し掛かって、ようやく４人揃って休息をとれそうな開けた場所に出る。そこに降りて４人は一息ついた。
＊ ＊ ＊
「みなさん危険はありませんか？今のところ、極端に魔力が減少している方はいないようですが、飛行中の魔力枯渇にはとにかく十分に注意してください。」
岩場に着陸したカレンが三人に声をかける。
「さすがにこう飛び詰めだとやはり疲れますね。特に基本が術士の私は皆さんほど魔力が豊富なわけではないので。」
額の汗をぬぐいながら、アイラは薬瓶に入れた水をのどに送った。
「リアン、大丈夫？魔法の出力に不安定はない？」
「ありがとうシーファ。これまでの旅のおかげで制御は随分安定してきましたですよ。このままなら大きな問題はないと思うのです。」
「とにかく、少し休みましょう。」
カレンの促しに従って、４人は岩壁を裂き割るようにして生えている古木の枝が落とす影の下に集まると荷を下ろし、その場に腰かけてからめいめい『急速魔力回復薬』を喉に送った。それぞれの身体に魔力の回復を告げるほんのりした魔法光が輝く。リアンはその他に『真紅の雄牛』を煽っているようだ。
空はまだ十分に青かったが、白い雲が集まりつつあるのが少々気がかりだ。すぐに荒れるわけではなさそうだが、山の天候を侮ることはできない。心なしか風も強くなっているような気がする。
「少し急いだほうがいいかもしれませんね。ここまでにそれらしい場所が見つからなかったということは、更に険しい山頂付近に『アインストンの工房』は隠されている可能性があるということです。大丈夫だとは思いますが、空模様も朝と同じとはいかなくなりました。」
立ち上がって天空を仰ぎながらカレンが言った。みなその言葉に頷いて応える。
「カレンの言う通りだわ。もう少し休憩していたいところだけど、すぐに出発しましょう。」
今度はシーファの号令を受けて全員が浮揚し、めいめいに飛行を始める。一定の距離を保ちながら、山を取り囲んでくるくるとらせん状にねじを巻くように昇って行った。山中に隠された場所を探し出すのにはその飛び方が、一番死角が少ないように感じられたからだ。幸い喜望峰は岩山で、深い木々に覆われている場所は少ない。だから、地表に視線を釘付けにしておきさえすれば、少々の隠し事は見つけらえる目算であった。
同じ所作を繰り返しながらどんどんと高度を上げていく４人。困ったのは空模様の方で、急激に沸き立ち込める雲によってあたりは瞬く間に暗くなり、雨が落ち始めた。カレンはすでに『天使化：Angelize』の術式で天使化し、雨風が過剰にならないよう天候の制御を行いながら、同時に他の三人の魔力管理を続けていた。しかし、さすがにその顔に疲労の色が浮かび始める。リアンは距離を詰めてカレンと並走するように飛び、ときどきその美しい唇に、魔力回復薬の小瓶を傾けて飲ませてやっている。その分、シーファとアイラは互いの距離を一層あけて、観測範囲をできる限り広くしようと努めていた。
すでに太陽は大きく西に傾いており、夕方というには早い時間であったが、そびえる喜望峰の裏に沈む太陽の光は思いのほか届かず、彼女たちの視界は早くも赤く染められていった。
＊ ＊ ＊
そして、ついに雨が本格的になる。カレンは空を鎮めようとして天候管理に相応の魔力を割いている。しかし偶然にも、降雨は望ましい方向に機能した。というのも、夕日による赤焼けでほとんど１色にしか見えなくなっていた岩肌に、降雨による雨筋とそれが地上に生じさせる霧によって、岩肌付近に、夕陽の赤さとはまた違う人工的な魔法光の紅さが輝いているのをいくらか確認することができたのだ。
「見て、雨と霧の間にのぞく山肌に、明らかに夕陽の影響とは違う紅く光るところがあるわ。あの周辺に降りてみましょう。」
ローブの胸元をしっかりと閉め、降りかかる雨の冷たさから体温を守りながら、シーファが言った。その言葉に頷く三人。やがて少女たちは、その不思議な紅い魔法光の見られるあたりに着陸した。その光は、上空から見た時の目の錯覚などではなく、明らかに人工的に山肌に設置された構造物が放つ錬金的な魔法光であった。それらの、光るモニュメントのような構造体が織りなす柱をかいくぐるようにして進むと、巨大な岩壁の一面に、扉のあるひときわ大きな入り口と思しき造形が姿を現した。
＊４人が山頂付近で見つけた不思議な人為的構造物が集合する領域。
「ここが『アインストンの工房』とみて間違いないでしょうね。そしておそらく、この大きな扉が入り口なのだと思います。」
アイラが言った。
「ということは、アインストンとその夫はひとところで一緒に過ごしているということねよ。まるでどこかの誰かと誰かみたいだわ。」
そう言うと、シーファは少しだけいたずらっぽい視線をリアンとカレンの方に送った後、その扉を調べ始めた。
「シーファは昨日からずっとあの調子なのですよ。何かの欲求不満なんですかね？」
素朴な疑問をアイラにぶつけるリアン。
「さあ、どうなのでしょう？彼女のちょっとした意地悪なんじゃないですか。」
アイラはそうはぐらかしておくことにしたようだ。一方、カレンはよほど疲れたのだろう。近場の造形物の一つに腰かけて『急速魔力回復薬』を煽っている。
「とりあえず、今日はここから少し離れたところにキャンプを張りましょう。敵、というのは違うのかもしれませんが、味方とも言い切れない存在の目と鼻の先でのキャンプです。念には念を入れないといけません。」
そう言ってアイラは巨大な入り口との距離と角度を慎重に考慮しながら、キャンプの場所を探しに行った。幸いにして、今いる場所から少し下ると開けたところがあり、その傍には清水の湧きだす岩場もあって、一夜を過ごすにはうってつけである。シーファたちもゆっくりとアイラの後について行った。カレンは余程疲労が大きいのだろう、その場所に着くなり腰を下ろした。
「ここにしましょう。ソーサリー・ガードドッグをおいて十分に周囲を警戒しながら、とにかく今は一日の疲れを十分にとらないといけません。特にカレンはよく休んで。」
そう言うと、アイラはカレンの背にそっと手を置いた。
「ありがとう、アイラ。私は大丈夫です。さあ、キャンプの準備を始めましょう。」
最初に動いたのはリアンだった。『魔法の番犬：Sorcery Guard Dogs』の術式を行使して周囲にそれを放つと厳重に警戒させた。召喚されたのは子犬のように愛らしい姿をしていたが、特筆すべきはその数で、単体の強さよりも数と探査範囲に重きを置いたようである。未知の場所にあってその選択は正解であるように思えた。
＊『魔法の番犬：Sorcery Guide Dogs』の術式を行使するリアン。
シーファはアイラと組んでテントを設営する。山肌が硬くペグを思うように固定できなかったが、さすがは卓越した能力の術士アイラである。巧みな道具さばきでどうにかこうにかテントをしっかりと硬い岩に固定して見せた。それを見て大いに感心しつつ、シーファはそのすぐ傍で火を起こす。
すでにすっかり陽は落ちていたが、その宵闇を薪の火が明るくあたたかく照らした。食事の用意をアイラが始める。
「そういえば、こんなものを持ってきていたのですよ。失念してました！秋の味覚というよりは晩夏の味覚なのですが、いくらか味な食事を楽しむことができるでしょう。」
そう言って彼女が荷から取り出したのは川ドジョウの魔法瓶詰だった。
＊アイラが取り出した川ドジョウの魔法瓶詰。
「これをタレで甘辛く煮着けるとおいしいんです。季節が外れていますから、わずかに泥臭いかもしれませんが、食べられないことはありません。」
それから彼女は調理を始めた。
小ぶりの鍋の中に、魔法瓶詰の野菜と川ドジョウを移し、濃いめのタレを繰り返し繰り返しまわしかけ、まろやかでありながら味をしっかりと乗せた料理に仕上げていく。昨晩の料理は少々塩味が勝っていたためだろうか、彼女は一度それを清水で洗い、塩を幾ばくか抜いてから調理しているようだ。
甘いタレの煮詰まる香りがあたりを染めていく。アイラの言うところでは、ドジョウのワタはあえて残すのがその料理の醍醐味だそうで、そのホロ苦い風味をドジョウの身と共に楽しむのが乙なのだとのことである。
やがて、アイラ自慢のその一品が出来上がった。彼女はそれをめいめいの木椀にそれをよそう。旨そうな香ばしい匂いが食欲を誘う。
＊アイラが作ってくれた滋養たっぷりの汁料理。
「これはカレンさんのための特別製です。今日は本当にお疲れになったでしょう？ドジョウは栄養価が高く元気になりますから、しっかり食べて明日に備えてください。もちろんみんなも。とにかく元気を取り戻しましょう！」
その声に合わせて、４人は食事を始めた。
アイラが巧に効かせてくれた薬味がドジョウの臭みを取り除きながらも、ワタの苦みは独特の旨味をかなでていて、あたたかい椀は少女たちの心身を大いに温め、安らかにしてくれた。
食事を終えると早々にテントに入り、体力と精神、そして魔力の回復を高めるという魔法の香を焚いて床に就いた。その薬効もあって、４人の精神は瞬く間に夜の闇の中に沈んで行く。深い眠りは瞬く間に少女たちを朝へと誘った。
＊ ＊ ＊
翌朝目覚めると、４人は荷を仕舞ってすぐにアインストンの工房へ出向いて行った。今の時点で彼女らの下には、ウィザードたちがルクスとの交渉と契約に成功し、これから『時空の波止場』に向かうという知らせだけであった。その時点ではまだ、キースたちが『時空の波止場』の使用権を得たということはまだ知らされていなかった。すなわち、時系列に直して語るなら、キースたちより前に『時空の波止場』を訪れた後、急き出立したとブレンダが言及した正体不明の人物が、この時はまだこちらの時空に留まっていた可能性があったことを申し添えておかなければならないだろう。もちろん、少女たちがそれを知る由はまったくない。
昨夕確認した入り口前に４人は今佇んでいる。用心のため、アイラはカリーナから預かった『黄龍の揃』を身に着けて不慮の出来事に備えた。そして彼女がその紅い魔法光で彩られる大きな扉を押すと、それはゆっくりと戒めを解いて、彼女たちを中へと導きいれるではないか！入り口付近は太古の神殿のような趣で、そこに一人の小柄な男が立っていた。
＊４人を待ち受けていた人物。
それは赤い衣にローブをまとい、両手には短めの二振りの双剣を携えている。
「やあ、君たちのことはルクスから聞いているよ。こんな山の中までよく来たね。なんでも、アインストンの管理する『星天の鳥船』の動力と燃料が欲しいそうじゃないか？」
４人の方を見ると、男はそのように語った。
「そこまでご存じでいらっしゃるなら、話は早いです。私たちはそれらを求めてここまで来ました。アインストンさんのところに案内してもらうことはできませんか？」
シーファはそう頼んでみた。
「うーん。僕としてはアインストンの手を煩わせることはしたくないんだよね。ルクスがどう言ったかは知らないけれど、現代魔法使いが太古の魔法を使おうというのがまずおこがましいことだからね。守られるべき秘密ってのはあるんだと思うんだ。だから、申し訳ないけれど君たちはここでとんぼ返りをしてもらうことにする。ああ、そうそう。手土産に僕が誰かだけ教えてあげるよ。僕はアインストンの夫で彼女の手が織り成す素晴らしい技術の守り手、戦神ターガだ！覚えて帰るもよし、冥途の土産にするもよし。じゃあ、行くよ！」
そう言うと、ターガは襲い掛かってきた。
「ここは私が引き受けます。みなさんは援護を！」
『黄龍の揃』を身に着けて、さっと前に躍り出るアイラ。今、ともに剣を得意とする戦神と天竜の力を得た術士が相まみえている。
「へぇ～、その歳で天竜の力を使いこなすとはなかなか侮れないね。それに天使もいるのか。あとは、…人間、なのかな？」
不敵な笑みを浮かべて双剣を構え直すターガ。刹那、幾重もの剣戟が４人に襲い掛かる。ターガの手にする得物は、大ぶりの短刀一揃いからなる双剣であったが、それは魔法的に拡張されて物理的な威力を持つ残像を繰り出すことができるようで、その剣戟はそれを正面で受けて立つアイラだけではなく、後ろで身構える３人にまで届いてきた！
＊２本の双剣から残像を生み出して夥しい数の残像を繰り出してくるターガ。
アイラは黄金色の魔法光を放つ『黄龍の剣』を見事な太刀筋で振るってはその残像のほとんどを払い落とすが、それでもやはり幾筋かはシーファたちのミニも迫った。
＊見事な太刀筋で、残像のほとんどを打ち払うアイラ。
シーファ、リアン、カレンもそれぞれの得物でアイラの剣をすり抜けて迫る残像の剣戟と相対するが、瞬く間に防戦一方に陥っていく。
「このままではいけません！なんとか活路を開きますから、その間にシーファとリアンは『人為の天使の輪』の力を解放してください。」
そう言うとカレンは詠唱を始めた。
『生命と霊性の安定を司る者よ。我は汝の盟友なり。今、神秘を介して助力を請わん。冥府の門を開いてそこから助け手を与えよ。悪霊召喚：Summon of Dark Phantom！』
＊『悪霊召喚：Summon of Dark Phantom！』の術式を行使する天使化したカレン。
詠唱が終わるや彼女の頭上には冥府の門が開き、そこから強力な悪霊が召喚される。それは巨大な鉤爪を構えると、身を挺して彼女たちを守るようにしてターガの前に立ちはだかった。
「へぇ、さすがは天使だね。こんな強力な悪霊を召喚できるとは、いよいよ侮れないな。さすがに、これを残しておくと後々厄介そうだ。」
そう言ってターガは構えを新たにすると悪霊に集中した。どうやらしばらくの間、狙いは少女たちから外れるようだ。ようやく、わずかながら体制を整えることができる。
その間に、シーファとリアンは、エバンデス婦人から預けられた『人為の天使の輪：Artificial Angel Halo』の力を解放した！
『天界の神秘の象徴たる者よ。今我と仮初の契約を成さん。その力を貸し与えよ。我にその代理を成さしめたまえ！為天使化：Artificial Angelize！』
シーファとリアンの持っていた『人為の天使の輪』が彼女たちの頭上に移り、そこからまばゆい魔法光がそれぞれの身体をスポットライトのように照らし出していく。やがてその光の中で仮初の転身が始まった。頭上には『人為の天使の輪』が輝き、その背には片翼の羽が翻っている。
＊為天使化したシーファ。
＊為天使化したリアン。
二人の為天使化が終わった頃、カレンの召喚した勇猛なる悪霊は、卓越極まるターガの剣戟の前についに組み伏せられ、影の残滓となって冥府の門に静かに消えていた。
今、天竜の術士に１柱の天使、そして新たに力を得た２柱の為天使がターガと対峙する。
＊ ＊ ＊
それでもなお、ターガと直接剣をあわせるのはアイラだ！しかし先ほどまでと違うのは、休む間なく繰り出される残像付きの剣戟の雨から三人を守るために腐心する必要から解放されたことだ。今、アイラは自分の身と決め手の機会だけを見据えていればよい。形成が変わってきた。戦神の武具であるその特別な双剣に押し負けないために、為天使リアンは『武具拡張：Enhanced Weapons』の術式でアイラを支援する。
＊『武具拡張：Enhanced Weapons』の術式で『黄龍の剣』を強化するリアン。
その恩恵を受けて『黄龍の剣』は明らかに強さを増す。残像が乗った多段的な斬撃を受けても、打ち負けることが少なくなった。むしろ今ではそれを押し返し、攻めに転ずることができている！
シーファは少し距離をとって何か機会をうかがっているようだ。その手は耳に当てられていた。『黄龍の剣』とターガの双剣が鍔ぜりあったその時！シーファは、片耳から真石ルビーのピアスを外すとそれを媒体に『赤玉による粉砕：Ruby Blast！』を繰り出す！それは燃える高速の弾丸のようにして、ターガのこめかみをかすめた。思わぬ不意を突かれたターガは身体のバランスを崩し、その隙にアイラの剣に組み伏せられた！
刹那、アイラは『黄龍の剣』から天竜の幻影を解き放ち、ターガに対してけしかける！幻影はターガの肩口にがぶりとかみつくと、その細長い体をすっかり巻きつけて彼の動きを封じて見せた！肩に走る痛みに耐えながらその場にくずおれるターガ。そこには苦々しい表情が浮かんでいる。
「ったく、いくらなんでも多勢に無勢だよ。為天を含むとはいえ５人がかりは反則だ。まったく最近の若い子は手加減を知らなくて困るね。」
負け惜しみのようなことを言いながら、自身の身体に絡みつく天竜の幻影をゆっくりと払いのけてから立ち上がる戦神ターガ。幻影に噛まれた傷は痛々しく残っているが、それでも自らの力だけで取り除いて見せるのはさすが戦神といったところであろう。
「やれやれ…。正直釈然とはしないけど、今回は僕の負けということにしておこうじゃないか。で、君たちはアインストンに会いたいんだったね？」
４人がここを訪れた目的をターガが再確認した。
「どうにもこうにも、僕もミーウのような奥の手を用意しておくべきだったかな。侮ったというわけではないんだけど…。」
何かぶつぶつとこぼしながら、ついてくるようにというそぶりで、彼は４人を奥へと誘う。やがて、何か工場のような場所の入り口にたどり着いた。
＊見たこともない太古の錬金物質で作られた工場のような空間。
「この奥にアインストンはいるよ。おーい、面倒をかけてすまないが君にお客だよ。『アストラル・パワー・グローブ』と『アインストンの血涙』が欲しいんだそうだ。すまないが対応してもらえないかい？」
奥に向かってターガがそう声をかけると、奥から、ひとりの古代魔法使いが姿を現した。
「まあまあ、貴方が負けてしまわれるなんて、私はとても悲しいですわ。」
おそらくアインストンなのであろうその魔法使いは、夫が退けられたことを悲しんで泣いていたが、なんとその涙は血涙である！
＊血涙を流す太古の魔法使いアインストン。
「『星天の鳥船』の動力と燃料が欲しいのですね？ルクスから話は聞いています。夫を退けた以上、私に拒む理由はありません。さあ、こちらへどうぞ。」
そう言うと、アインストンは工場のプラントの中へと案内してくれた。そこには様々な錬金術の成果物が陳列されていたが、その中でもとりわけ目を引いたのが次の二点である。
ひとつは、『アストラル・パワー・グローブ』と名付けられた、巨大な地球儀上の球体で、多様な色の魔法光で複雑に燃えているという代物だ。彼女の話では、それが『星天の鳥船』の動力なのだとのいうことらしい。
＊『星天の鳥船』の動力源『アストラル・パワー・グローブ』。
今一つは、『アインストンの血涙』と名付けられたもので、巨大なシリンジに収められており、彼女はそれが鳥船の燃料なのだと説明した。その名に驚いたリアンが本当にアインストン自身の血涙を集めたものなのかと尋ねたりもしたが、こちらは太古の錬金術で生成されたもので、彼女の血涙とは無関係なのだそうだ。
＊『星天の鳥船』の燃料『アインストンの血涙』。
「この二つがあれば『星天の鳥船』を動かすことができます。燃料は有限ですが、時空の果てから果てまで飛んでもまだ余りますから、事実上は無限だと思っておいてもらって差し支えないでしょう。動力は所定の場所に据えるだけで自動的に作動します。正しい手順で力を解放する限り危険はありませんが、目的外使用は厳禁です。その場の空間全体を吹き飛ばすほどの壮絶な威力がありますから、くれぐれもお気をつけて。」
更にアインストンは続ける。
「ルクスとの契約が終わったということは、もうすぐ『時空の波止場』に『星天の鳥船』が移されるでしょう。ですから、これらの動力と燃料も『時空の波止場』に転送しておきます。波止場へのポータルはこのすぐ奥ですが、扱いには慎重を要するので、その作業は夫と私で行います。みなさんはお呼びするまで、こちらの扉の外で少々待っていてください。すぐに終わりますから…。」
そう言うとアインストンとターガは工場のプラントの一層奥まった場所にある小さな扉の中に消えていった。二人を飲み込むとその扉はしっかりと閉ざされる。しばしの間、少女たちは外で待たねばならないことになる。
しかし、その時だった！
Echoes after the Episode
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、
・お目にとまったキャラクター、
・ご興味を引いた場面、
・そのほか今後へのご要望やご感想、
などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。
