第5節『太古の船主』
真の力を解放した戦神ミーウが、今、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの前に立ちはだかっている。その身が放つ魔法光はおびただしく、美しい翠の髪をなびかせ、頭上に輝く天使の輪を浮かべ大きな翼を広げている。手にする剣はその刃の全てがまばゆい魔法光で構成されており、圧倒的な威容をたたえていた。
*真の力を解放した戦神ミーウ。
「では、参る!」
そう言ってミーウが構えると、剣の刃を成す魔法光の輝きはいよいよ大きくなり、ついに視力ではとらえられないものとなった。彼がその見えない剣をひと薙ぎすると、猛烈な衝撃波が三人の身を捕える!それは文字通りの直撃で、天使の力があるために致命傷にこそならなかったが、それでも三人は広間の入り口付近にまで押し戻され、壁に身体を強打した。損傷は相当なものだ!衝撃と痛みですぐに身体を動かすことができない。
しかし、ミーウに容赦はない。彼がその手を繰り出すたびに、見えない刃が幾重にも襲い掛かる。必死に防御の姿勢をとって防ごうとするが、太刀筋を視覚として捉えられないのは致命的で、ただ身を固くしてそれに耐えるしかなかった。天使の力もいつまで耐えられるかはわからない。もはや敗北は時間の問題であるかのようにも思われた。なおも彼の繰り出す剣に容赦はない。それはとても1振りの太刀から繰り出されているとは思えないほどに繰り出しが早く、攻めが多角的で、間合いも自由自在であるかのようである。
*見えない刃を幾重にも繰り出すミーウ。
「ちくしょう!いいようにやってくれる…。」
ウィザードが、苦痛に耐えながら業火の究極術式を行使した。
*起死回生を期して業火の究極術式を行使するウィザード。
そのローブは既にずたずたに引き裂かれ、翼も大きく損傷していた。しかしまだ魔力が尽きたわけではない。究極術式が織りなす熾烈な業火が繰り出され、その炎の波がミーウに浴びせかかった。
しかし、ミーウは動じるでもなく、その見えない剣をひと薙ぎすると、天使の力で繰り出される究極術式はすっかりかき消されてしまう。先ほどまでとはまるで桁違いの強さだ!
一気に大量の魔力を放出したウィザードは肩で息をしながら膝をつくが、ミーウに手加減の意思は全く見えない。ウィザードのその身体を先ほどと同じようにして蹂躙していく。彼女はその場にうつぶせに組み伏せされ、両手に力を入れて身体を起こそうとするが、更に見えない刃が襲い掛かった。
もはや防御の姿勢もとることのできないウィザードを、ソーサラーがその身を挺してかばう。しかし、彼女にもまたそれほどの余裕があるわけではない。
*ウィザードの前に身を乗り出して、彼女をかばうソーサラー。
「このままでは駄目です!再起を図りましょう!」
そう言って、究極の回復術式である『慈雨:Rain of Affection』の術式を行使しようとするネクロマンサー。
*究極回復術式の行使を試みるネクロマンサー。
しかし、ミーウはそれすら許してくれなかった。見えない太刀筋が群れをなしてネクロマンサーを打ちのめし、たちまちにしてその身体を屈服させる。ウィザードと同じように両膝をついて前のめりに押し倒されるネクロマンサー。彼女は詠唱の余地すらも与えてはもらえなかった。
「どうする?まだやるのか?」
ミーウは、猛威を振るった不視の剣にようやく可視の輪郭を与えて構えなおすと、そう訊いた。
*攻撃の手を止め、構えを新たにするミーウ。
「くそぅ。」
肘で上体を支え、顔を挙げてミーウを見据えながら、ウィザードはそう言うのが精いっぱいである。ソーサラーとネクロマンサーにもまだ戦意はあるが、体力的にはとうに限界に到達していた。
* * *
そのときだ。神殿の入り口からこちらに向かって近づいてくる足音が聞こえてきた。こんなところにいったい誰だ?痛みに耐えながら振り返ると、そこには意外な人物の姿がある。
「アッキーナ!!」
そう、それは、ミーウとの決着がつくまで神殿の外で安全を確保することになっていたはずのアッキーナ・スプリンクであった。
*神殿内に姿を現したアッキーナ。
「やっぱり強いね、ミーウ。さすがですよ、っと。」
「大エリヤか…。やはり来ていたのか。」
「まあね。あの方か私じゃないと、ルクスとは契約できないからね。」
何を言っている?二人は既知の間柄なのか?大エリヤとはなんのことだ?二人のやりとりが俄かに理解できないまま、三柱の傷ついた天使たちはその様子を見守っていた。
「そうか…。でどうするのだ?お前がやるのか?」
「それも悪くはないんだけどね。彼女たちにはもっと可能性の外延を広げてもらう必要があるんですよ。だから、私はそのお膳立てですよ、っと。」
そう言うや、アッキーナの足元にはエメラルド色の大きな魔法陣が展開して、その全身を包んでいく。まるで三人がかつて経験した天使化と同じようであったが、それよりも遥かに規模が大きい。やがてその光が翳るにともなって、天使化したアッキーナが姿を現した。
天使?確かに背に翼をたたえ、頭上に天使の輪を浮かべてはいるが、その力は三人よりも遥かに強力に見えた。天使の輪は燃え盛る光に輝き、翼は6枚あるようだ。それはまるで伝説に言われる熾天使のそれであった。
「さあ、その内にある『アッキーナの卵』に魔力を集中して力を解放してください。今こそ、『熾天使化:Seraphimation』するときですよ、っと。じゃあ、いきますよ。」
『ラ・ウェイ・トゥ・キ・オ・ガフ・レオーラ。太古の契約に従い天界の戒めを解かん。秘められた力を解放し、極致に近づけよ!:熾天使の誘いPromote Seraphimation!』
アッキーナは太古の魔法を詠唱して、天空から夥しい魔法光を三人の上に降り注がせる。それはめいめいの身体をとらえると、圧倒的な光量の魔法光で瞬く間にそれを包み、あたりを真っ白に照らしつくした。やがてその光の翳りの中から、アッキーナと同じように天使を越えた存在が姿を現す。
*熾天使化したウィザード。
*熾天使化したソーサラー。
*熾天使化したネクロマンサー。
「ほう。さしずめ俺はかませ犬というところか…。いいだろう。熾天使といえども所詮は天使。神との力の差を改めてその身に刻んでやる。」
そう言うとミーウは構えを新たにし、全身に夥しい魔力を滾らせた。
* * *
再びその手から、見えない刃が繰り出される。しかし、今度はそれを魔法的な感覚として捉えることができるではないか!いうなれば、その太刀筋が脳裏に直接描かれるようなそのような一種の直観である。
「すげえ!よし、これならやれるぜ!」
「ほんとね!さっきまでのお返しよ!」
そう言うと、ソーサラーは、『(奇跡的な)氷刃の豪雨:- miracle - Squall of Ice-Swords』の術式を華麗に繰り出した!それはお馴染みの得意術式であったが、形作られる氷刃の1本1本が優れて魔力拡張をされており、その動きは実に巧妙かつ変幻自在で、それらを払い落とそうとするミーウの剣技をかいくぐってその身をとらえていった!
*『(奇跡的な)氷刃の豪雨:- miracle - Squall of Icd-Swords』を繰り出すソーサラー。
先程までとはてんで反対に、ミーウが大きく怯み後退していく。しかし、その高速で多元的に繰り出される剣戟はやはりやっかいだ。それを食い止めるべくネクロマンサーは召喚術式を行使した。
*冥府の門から強大なレイスを召喚するネクロマンサー。
彼女の眼前には巨大な冥府の門が描かれ、口を開くとそこから強大な体躯と魔力を持ったレイスが召喚された。それは三柱の熾天使の前に踊り出ると、ミーウの繰り出す太刀筋をことごとく無効にしてみせる。それまで圧倒的優位を誇っていたミーウが、今では心なしか肩で息をしているようにも見えた。
「これで終わりだ。『絡みつく刃:Entwine Escalation!』」
*炎の剣からしなる鞭のような刃を繰り出すウィザード。
ウィザードは、手にした炎の大剣から鞭のように自在にしなる刃を噴出させ、それでミーウを縛り上げる。その刃には切断力があるようで、ミーウの身体を覆っている神秘の甲冑を粉々に砕き、その手に握られたあの厄介極まる剣をようやく沈黙させることに成功した。
満身創痍となったミーウがその場に膝をつく。どうやら、決着がついたようだ。アッキーナがミーウの前にゆっくりと歩みでた。
「喧嘩っ早いのはいいですが、それでは奥さん泣かせですよ、っと。」
「知ったことか。だが、お前たちの勝ちだ。とどめを刺すがいい。」
覚悟を決めてそう言うミーウ。
「私たちはそんなことのために来たのではないのですよ。ただ、わけあってどうしても『星天の鳥船』が要るのです。それを譲って欲しいだけですよ。だから、お願いです。ルクスのもとに案内してください。」
アッキーナのその言葉を聞いて、ミーウは頷いて応えた。
「あの奥に祭壇があるだろう。」
その手が指し示す先には、先ほど彼が飛び込んだワニの像がある。
「あのワニ、セケトというが、あそこが『星天の鳥船』を係留するドックへのポータルになっている。その使用許可を与えよう。ルクスの下に行くがいい。」
そう言うとミーウはよろよろと立ち上がり、その祭壇までの道を開けてくれた。
「ありがとうですよ、っと。乱暴して申し訳なかったのです。先を急ぐので、私たちは早速ルクスの下に赴きますよ。」
アッキーナは三人を誘うようにして祭壇の方へ進んで行った。セケトと呼ばれるワニの像の下の石床には魔法陣が刻まれており、そこに立つと床面から天上に向けて光が立ち上り、その身体をいずこかへ運んでくれる。それが4度繰り返された後、神殿に静寂が戻ってきた。ミーウは神殿の柱にもたれかかって腰を下ろすと、大きくため息をついて、その魔法陣の放つ光が翳っていけていくのを見送っていた。
* * *
今、ウィザードたちとアッキーナは、ミーウの神殿から続く、『星天の鳥船』の在り処とされる場所に佇んでいる。そこは全体が古代の錬金術で形作られた巨大な造船所のドックで、そこには時空を駆けると伝わる一艘の船が係留されていた。それは非常に大きなもので、鯨のような船体に、横方向と縦方向に1対ずつ、計4枚の翼が付随しており、動力装置のようなものを船体下部に4機備えている。
*『星天の鳥船』を係留する太古のドック。
そのドックの切っ先、鳥船の船尾があるところに、美しい翠のローブをまとった太古の魔法使いが立っていた。4人が近づくと、その人物はゆっくりと向きを変える。
*翠のローブを身にまとった魔法使い。彼女がルクスなのであろう。
「夫を退けるとは大したものですね、大エリヤ、いえ、サンダルフォン。」
「ルクス。お久しぶりですね。ミーウを組み伏せたのは私ではないですよ。」
魔法使いとアッキーナが言葉を交わした。
「それで、今日はどうしましたか?」
魔法使いが訊ねる。
「実は、理由あって時空を航行しなければいけなくなりました。それで『星天の鳥船』を使わせてほしいのですよ、っと。」
アッキーナはそう応じた。
「しかし、古い約束では、時空と時の運航にあなたたちは介入できないはずではありませんか?」
「だから、あの方ではなく私が来たのですよ。その約束はきっと守ります。ですから、鳥船を使わせてくださいな。」
ルクスとアッキーナはやり取りを重ねていく…。
「そうですか…。夫を退けてここまで来たあなた方を無下にするわけにもいきません。一つだけ問います。それは正しい行いですか?」
「少なくとも邪悪な目的ではありませんよ。また、時空と時の運航を妨げる訳でもありません。それだけはあの方の名に懸けて宣誓しますよ、っと。」
ルクスの問いに、アッキーナはそう答えた。
ルクスは、視線を鳥船の舳先に一度映してから、再び4人の方に向いて言った。
「わかりました。あなたと契約しましょう。見る限り、彼女たちもまた悪しき力の持ち主ではないようです。この鳥船の使用を許可しましょう。さあ、古の契約板を出してください。そこに署名します。」
その言葉を受けて、アッキーナは透明なガラスのようなものでできた石板状の物体をローブの胸元から取り出して、それをルクスに渡した。
*アッキーナがルクスに差し出した契約板。
ルクスはそれを受け取ると、杖の先からペンのようなものを引き抜いて、署名を施していく。したためられる筆跡を追うようにして、魔法光が美しい軌跡を契約板の上に刻んでいった。書き終えると、ルクスはそれをアッキーナに返す。
「ありがとうですよ、っと。これで契約は完了です。」
「約束はきっと守られますように。」
「はい、それは間違いなく。」
そう言って二人は握手を交わした。目の前で行われているのは一体何であるのか、そもそも時空を駆けるというその船のなんと巨大で圧倒的であることか、三人の魔法使いたちは目を白黒させながら、その神秘のやり取りを見届けていた。
「それでは、これをお持ちください。」
そういってルクスが差し出したのは1本の鍵だった。
「これは、この船を起動するためのものです。契約の証に、署名とともにこれをあなたがたに預けましょう。時を駆け、目的を果たされるがよろしい。」
*『星天の鳥船』を起動するための魔法鍵。
「感謝しますよ、ルクス。」
「はい…。しかし、ご存じのように鳥船を動かすためには、アインストンのもとにある動力と燃料、それからブレンダの管理する『時空の波止場』の利用権が必要です。二人にはあなた方と契約したことを伝えてはおきますが、それぞれの交渉はあなた方自身にしていただく必要があります。それはよろしいですね?」
ルクスが言った。
「心得ていますよ。いま、我々の別動隊がそれぞれの場所に向かっています。彼女たちに我々の契約の成立を伝えてもらえるだけで十分です。あとはこちらで引き受けますよ、っと。」
アッキーナがそれに答えた。
「それでは、私は鳥船を『時空の波止場』に転送しておきましょう。あなたたちはその鍵を持って波止場にお向かいください。」
「わかりましたよ、っと。いろいろありがとうね、ルクス。また『アーカム』にお茶を飲みに来てくださいね。」
「ええ、久しぶりにあの方にもお会いしたいですし。くれぐれもよろしくお伝えください。」
「わかりました。伝えておきます。」
「ポータルの場所は分かりますか?」
ルクスが訊いた。
「ドックの屋内ですよね?一度来たことがあるから分かります。それでは少し急ぐのでもう行きますね。」
「お元気で。」
そう言葉を交わした後、アッキーナは三人の方に向きを変えて、一緒に行こうというそぶりをして見せた。三人は、初めて出会う太古の魔法使いに遠慮がちに会釈をしてから、アッキーナの後について行く。
ドックの中は静かで、鳥船を浮かべておくための海がかすかなさざ波の音色を立てているのみである。
* * *
ドック脇の建物の中に入り、その奥へと進んで行った。どうやらその先に『時空の波止場』に続くポータルがあるのだろう。進んでいきながらウィザードが言った。
「なぁ、アッキーナ。いったいどういうことだ。あんたの身体に埋め込まれている卵は失敗作じゃなかったのかよ?それがあんな力を持ってるなんて…。それにあたしたちの身体も…。」
それを聞いて、少し困ったと言う顔をしながらアッキーナが言う。
「あの方にアカデミーから助け出された当初、私の身体の中に埋め込まれた『人為の天使の卵』は確かにマークスによる失敗作でした。奇妙な変身能力しかなかったのは本当です。ただ、その失敗作の卵は、そのままでは生命にかかわる重大な問題がありまして…。」
「そう、なのか…?」
「それで、あの方が卵の力を書き換えて本物の天使の力を授けてくれたんです。今まで黙っていたのは、何というか…、まさか今回のように私の力が必要になるなんて思っていなかったからなんですよ、っと。」
「あんたの力というのは?」
「あの方が私の卵を本当の卵に書き換えてくださったように、私にも、天使の卵を覚醒させ拡張させる力があるんです。あの方の力と同じですね。先ほどはみなさんに以前飲んでもらった『アッキーナの卵』を経由して、その力を一段引き上げるために神秘の術式を行使しました。これでみなさんの位階は『天位:Angel』から『熾天:Seraphim』になったわけです。強い力を与えられるのはまあいいことなんですが、いよいよ人間から遠ざかります。だからこれまでは、そんなことができることさえ黙っていたんですよ、っと。」
「なるほどな。何にせよさっきは助けてくれて本当にありがとうよ。」
「どういたしまして。さっきルクスも言っていましたが、強い力はそれだけ傲慢と堕落に繋がりやすくなります。みなさんなら大丈夫だと思いますが、くれぐれもその使い方には用心してくださいね。むやみには使用しないように…。私もあの方も、みなさんに会えなくなるのは寂しいですから。」
そう言って、アッキーナは少し目を伏せた。
大きな力と、それがもたらす傲慢と堕落。その時の三人には、まだアッキーナの言葉の意味が十分には分かっていなかった。ただ、彼女の言う通り、新しいその内なる力を濫用するのだけは極力控えようと、そのように自分たちに言い聞かせていた。
やがて、4人の前に波止場へのポータルが姿を現す。
「ここですよ、っと。ここを通れば『時空の波止場』に行くことができます。管理者であるブレンダはルクスが話をつけてくれているでしょうから、私たちの訪問を邪魔することはないはずです。行きましょうか。」
そう言って、アッキーナはポータルをくぐり、その光の渦の中に消えていった。後の三人もそれに続く。魔法光の粒が中空を頻りに舞った後、静寂と共に彼女たちの姿はそこから消えた。ポータルの光だけがいつまでも揺蕩っている。
* * *
ところ変わって、ここはアカデミー。今、キース・アーセンとライオット・レオンハートの二人は、太古の魔法使いブレンダが管理するという『時空の波止場』を目指して、南部『ディバイン・クライム山』に座す『タマヤ』の洞窟に向けて旅路を紡ごうとしていた。
天頂に向かい南へとかけていく9月の陽射しがまぶしい。旅支度を整えてゆっくりと歩き出す二人の後に、何か奇妙なものがついてくる。
「おい、ライオット。それは何だよ?」
キースが訊ねた。
「これでやんすか?これはおいらの力作でやんすよ、アニキ。」
「力作と言っても、まるでアンデッドの出来損ないにしか見えないぞ。」
キースは訝しがって見せる。
「『アンデッドの出来損ない』とは心外でやんすね。これはあっしが錬金術と屍術を駆使して作り上げた、大きな声では言えないでやんすが、オートマタでやんすよ。荷物運びから、キャンプの準備、護衛までなんでもこなすオールマイティーな、いわばあっしらの執事でやんす。何かと便利でやんすよ。」
「そうなのか?」
「で、やんす。」
「まあ、お前が言うならそうなんだろう。男のくせにスカート履きの奇天烈だが、ネクロマンサーとしての腕は超一流だからな。高等部の上級生でもお前の右に出る奴はそうそういない。」
「でやんしょ?あっしはこれでも才能あふれる努力家でやんすから。」
そう言ってライオットはからからと笑った。
「でも、アニキ。こいつのことはアカデミーには内緒でやんすよ。なんせ、オートマタ(魔術駆動式の自動人形)はアカデミーの専売で、関係者以外が造っちゃいけないことになってやすからね。これがバレたら即退学でやんす。そればかりはごめんでやんすよ。」
「ああ、そりゃあ誰にも言わないし、黙っておけばただの失敗作のアンデッドにしか見えないから心配はないさ。」
慰めるような、皮肉るような言い方で応じるキース。
「『失敗作のアンデッドとはひどいでやんす…。』
大げさにしょげて見せるライオットの後ろを、そのアンデッド・オートマタが奇妙な足取りでついて来ていた。
*ライオット謹製の『アンデッド・オートマタ』。
『ディバイン・クライム山』に繋がるタマン地区に至るためには、南大通りからルート35を南下する必要があるが、それは昇りくる太陽に向かって行くのと同じ行程である。そのため、常に正面から太陽の陽射しを受け、9月末のこの時期でも服の下はじっとりと汗ばんだ。時折吹き抜ける乾いた秋の風だけが救いであった。
二人は、東から西へと目の前を駆けていく太陽を見送りながら、どんどんと南下して行く。その日はタマン地区南西方向の山に面した場所に一夜の宿を求めた。二人に追従する奇妙極まりないアンデッド・オートマタを宿の店員は訝しそうに見とがめて、それは宿の外に繋いでおいてほしいと申し出たが、ライオットは、これは大きいだけのただの人形だから害はないと店員を説き伏せて何とか部屋に連れ込むことに成功する。
部屋に入ると、順に湯浴みをしてそれから夕飯を済ませた。ライオットは、寝巻もまた女性のそれを身に着けている。
*寝巻に着替えて食事を待つライオット。
「おまえの自由をとやかく言うつもりはないが、もう少し普通に男の格好はできないのか?」
どこを見ていいか分からないと言う調子で言うキース。
「アニキ、ひどいでやんす。これはあっしのポリシーというか、アイデンティティでやんすからね。譲れないでやんすよ。アニキもやってみると案外似合うんじゃないっすか?男前ですし。」
「冗談じゃない。というか、お前にそんな恰好をされると、こっちが何とも落ち着かないんだよ。まるで女といるみたいで。」
「何言ってんでやんすか。普段、セラ・ワイズマンみたいな美人に囲まれている癖に。それにアニキはトマス兄なきいま『マジカル・エンジェルス・ギーク』の棟梁なんすから、これくらいのことでおたおたしていちゃだめなんすよ。美しいものを美しいままに愛でるのがおいらたちの信条なんすから。」
「なんだよ、それは。なにか?お前は自分を美しいと思ってるのか?」
「その自覚はあるっすよ!」
そう言って、ライオットは不敵な笑みを浮かべて見せた。
「ったく。もう知らん。俺は寝るからな。」
そう言ってキースはベッドにもぐりこんだが、どうにも落ち着かない心地であった。
「お休みでやんす、アニキ。」
その後、彼は、深夜までアンデッド・オートマタのメンテナンスを行っていた。キースはそのベッドに横たわって、その熱心さとこまめさに感心しながら、いつのまにかその精神を宵闇の中に囚われていった。やがて、カチャカチャと錬金金属をいじる音も途絶え、明かりが消えて、寝息の二重奏が聞こえるばかりとなった。
窓の外では、フクロウの鳴き声が夜の静けさを際立たせている。
* * *
翌朝、先に目覚めたのはキースだった。よほど遅くまで作業をしていたのであろう、ライオットはまだ静かな寝息を立てている。ずいぶんとかわいらしい格好をしている割に寝相はたいそう悪いようで、キースはライオットを起こさないようにそっと布団をかけ直してやった。
窓の外から秋の陽が差し込んでくる。外では山鳥のさえずりが頻りに聞こえていた。部屋に備え付けの給茶機の湯を使って、簡単に淹れられるコーヒーをこしらえて飲んでいると、ライオットが起き出してきた。
「アニキ、ずいぶん早いでやんすね。おはようでやんす。」
「ああ。おはよう、ライオット。昨日は随分遅くまでやっていたみたいだな。」
「うるさくして申し訳なかったでやんす。この『アンデッド・オートマタ』は錬金機構とアンデッドの腐肉の部分の接合がなかなか微妙でやんして、メンテナンスが欠かせないでやんす。といっても、力は強いし、魔法は使えるし、ついでにアンデッドなのに真昼間でも行動できるわで、なかなかの業物でやんす。自分で言うのもへんでやんすけどね。」
そう言って、ライオットは照れくさそうに視線をそらす。
「とりあえず朝飯を食ったら、すぐに宿を出よう。夕方までには『ダイアニンストの森』を抜けてしまいたい。その後は『ディバイン・クライム山』の登山口の手前でキャンプになるだろうな。お前、そのひらひらしたパジャマ以外に屋外用のちゃんとしたのももってるんだろうな?」
そう訊くキースに、
「かわいい以外には興味ないでやんすよ。」
そう言って、その準備がないことをライオットは暗に示して見せた。
「しょうがないな。雨でも降ったらどうするつもりだ。まあ、その時は俺のを貸してやる。」
やれやれと言った調子のキース。
「さすが、アニキ。話せるでやんすね!」
そう言って、ライオットはいつもの笑顔を見せた。
*宿の朝食。秋の味覚が詰まっている。
宿で供された朝食は豪勢なものであった。米の飯に、吸い物、出し巻き卵に豆腐、それから大根の煮たのにタマン名産の魚を焼いたものと朝からボリューム満点で、食べ盛りの少年二人の胃の腑を大いに満足させた。ライオットは小柄で華奢ではあったが、その実は大食漢で、その膳をぺろりと平らげてしまう。
「うまいっすね、アニキ。」
「そうだな。それにしてもお前のその小さな体のどこにこれが入るんだ?」
「それは内緒でやんすよ。」
そんな会話を繰り広げながら荷物をまとめ、得物を持って二人は宿を後にした。会計はアカデミーの魔法学部長代行につけておけばよいということだったのでその通りにしたようだ。
秋の陽がゆっくりと東から昇っていく。朝のうちは涼しく吹き抜ける風が心地よい。抜けるように高い空に白い雲が浮かんでいる。
二人は街道沿いに『ダイアニンストの森』へと入って行った。
Echoes after the Episode
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、
・お目にとまったキャラクター、
・ご興味を引いた場面、
・そのほか今後へのご要望やご感想、
などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。




