第4節『天翔ける船を求めて』
時空の折に囚われたリセーナ・ハルトマンを探し出して助け出して欲しいというカリーナ・ハルトマンの依頼を受けたウィザードたちは、その方法を求めて今、神秘の地『アーカム』を訪れている。
時空を旅する方法について語るそのサファイアの瞳は言葉を続けた。
「それでは、具体的な話をしましょう。まず、太古の魔法使いたちの首魁である緑のルクスと交渉して、その協力を取り付ける必要があります。しかし、彼女を守る戦神ミーウはきわめて好戦的かつ強力な存在ですから、この中で最も力の強い者がその任に当たらなければなりません。先生方が担うより他にないでしょうね。ただ、太古の神秘と契約する方法を知っているのは私とアッキーナだけです。既にお話ししたように時空と時の運航について私とその眷属は干渉できませんから、ルクスとの交渉役としてアッキーナを同行させましょう。アッキーナ、準備をしていらっしゃい。」
少女アッキーナはそれを聞いて小さく頷くと、いつものようによちよちと店の奥に消えていった。
「戦神ミーウの神殿には、この店の最奥にあるポータル(移動装置)から赴くことができます。しかし、彼と対峙するのには相当の覚悟を求められるでしょう。心構えはよろしいですか?」
思いとどまるようにとの念を暗に滲ませながらエバンデス婦人は言った。ウィザードたちは互いに顔を見合わせ、そして深く頷く。
「わかりました…。では、先生方はミーウの神殿に行き、緑のルクスと交渉して、時空を航行する船『星天の鳥船』の船体とその鍵を手に入れてください。ルクスとの交渉に成功すれば、残る二人の魔法使いは胸襟を開くでしょう。如何にして戦神ミーウを退け、ルクスとの交渉を無事終えるかが今回の旅路の鍵となります。それをくれぐれも忘れないよう、心に留めておいてください。」
カウンターの上で互いの手を取り合い頷くウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの三人。魔方光に照らされた神秘の空間を彩る香のかおりがふと強くなったように感じられた。
「続いて、バレンシア山脈に隠された『アインストンの工房』に出向いて『星天の鳥船』の動力である『アストラル・パワー・グローブ』と、燃料の『アインストンの血涙』を入手する必要があります。」
聞き入る一堂に再び緊張が走る。
「アインストンは技巧の戦神、ターガに守られています。ターガはミーウほど強大という訳ではありませんが、しかし並の人間が太刀打ちできる存在ではありません。彼には、シーファさん、リアンさん、カレンさん、そしてアイラさんに挑んでもらわねばならないでしょう。」
少女たちの表情が緊張で強張るのがわかる。
「幸い、アイラさんは義姉様から素晴らしいものを受け取ったようですから、それはきっとあなた方の旅路を大きく助けてくれるでしょう。それに、カレンさんの天使の力も存分に役立つはずです。しかし相手は戦神、それだけでは心許ないところが多分にあります。ですから、シーファさんとリアンさんにはこれを差し上げます。」
そう言うと、エバンデス婦人は二人の前になにか円形のものを差し出した。
「これは人間に人為的に天使の力を授ける古い禁忌魔法具で、名を『人為の天使の輪』と言います。天使の卵ほど大きな力は得られませんが、それでも人の限界を超えることができますわ。これを活かして力を合わせ、アインストンの下に無事辿り着いてください。」
*シーファのための『人為の天使の輪』。火と光の強い力が込められている。
*リアンのための『人為の天使の輪』。水と氷の力を大きく拡張することがわかる。
差し出されたそれらをまじまじと眺めるシーファたち。リアンがエバンデス婦人に訊ねた。
「ありがとうございますなのですよ。でも、これはどうやって使うですか?」
その問いに優しいまなざしを向けながら、婦人は応えた。
「『人為の天使化:Artificial Angelize』を引き出す術式は、それ自体に刻まれています。必要な時にその術式を詠唱することで、『人為の天使』の力を得ることができるでしょう。」
そう言うと、婦人は目を細める。
「わかりましたですよ。やってみるのです。」
なおもそれに目をくぎ付けにしながらリアンは応えた。
「『アインストンの工房』はバレンシア山脈『喜望峰』の頂上付近に位置しています。非常に危険な旅路となりますから、虚空のローブをはじめとする飛行魔法具を必ず身に着けていきなさい。また戦神ターガとの戦いも熾烈を極めるでしょう。4人とも、本当に大丈夫ですか?」
先生たちと同じようにカウンターの上でそれぞれの手を取り、頷いて応える少女たち。
「あなたたちの決意はわかりました。必要なものはここで揃えていくとよいでしょう。動力と燃料が揃ったら、それをもう一人の太古の魔法使い、黄金ブレンダが管理する『時空の波止場』に転送してください。その後は、あなたたちにもそこに向かってもらいます。これがその座標…、いいですね?」
少女たちは再び、頷いて応えた。
「最後は、ディバイン・クライム山の中腹にある『タマヤの洞穴』の最奥部に置かれたポータルから『時空の波止場』に行って、ブレンダから波止場の使用許可を得ることです。しかし、問題は誰がこれを担当するかですね…。」
エバンデス婦人は声を曇らせた。香の燃え滓が咳を誘うくすぶりを漂わせる。
* * *
「アッキーナが一緒に行ってくれるとすると全部で8名だ。これを3、3、2に再編するのじゃダメなのか?マダムとユイアが同行できないんじゃ、それしかないぜ。」
ウィザードはそう提案するが、婦人の反応は重かった。
「それはよした方がいいでしょう。ターガも侮れませんが、ミーウの力は本当に強大です。あなた方3人とアッキーナの力を合わせたとしても、勝てる保証はどこにもありません。」
「そんなに強いのか!?」
驚きを隠さないウィザードに、婦人はただ静かに頷いて応えた。
「黄金のブレンダを守っている戦神は他の戦神と同じく脅威なのですか?」
そう言ったのはシーファだ。
「いい質問ですね。」
婦人はいつものように目を細めて言う。
「ブレンダの夫ハーマは温厚で友好的な性格で知られています。またブレンダ自身も気さくで話しやすい人物です。ですから、妻を守ることに特別の執着を燃やすミーウやターガを相手にするのに比べれば、それほどの困難はないと思ってもいいでしょうね。」
「それならば、協力者に心当たりがあります。」
シーファには何か当てがあるようだ。
「それは誰だ?信頼のおける人物なのか?」
「はい、先生。トマスの元友人で『マジカル・エンジェルス・ギーク』の副部長、キース・アーセンです。彼は、トマスを止めて欲しいと、そしてそのためであれば我々に協力すると約束してくれました。ですから、まずは話しをしてみます。」
「しかし、そいつは元トマスの仲間なのだろう?本当に大丈夫なのか?」
ウィザードは心配でならないでいる。
「確かに、現時点で全幅の信頼を置けると言いきれる確証はありません。しかし、以前地下墓地で遭遇したときの彼の言葉に嘘はないように思いました。ですから、試してみる価値はあると思います。」
シーファには彼女なりの思惑があるようだ。
「わかった。お前がそこまで言うなら任せよう。」
ウィザーはそう応じた。
「どうやら、お話はまとまったようですわね。それではそれぞれ必要な準備に取り掛かってください。先生方はすぐにでも『ミーウの神殿』に発つご用意を。シーファさんたちは明日にでもその協力者を訊ねてください。そして首尾よく協力を取りつけられたら、その足でバレンシア山脈に向かうのです。協力者の方にも、南方『タマヤの洞穴』に行ってもらわねばなりません。しかし、最後にもう一度だけ聞きますわ。みなさん、本当によろしいのですね?今回はどんな困難に見舞われようとも、私とこの子は手助けすることができないのです。」
その場で7人は互いに顔を見合わせてから、大きく頷いて応えた。カウンターを照らす魔法光が心なしか強くなったような気がする。
* * *
そうこうしていると、店の奥からアッキーナが戻ってきた。
*旅支度を整えてきたアッキーナ。
「この店を離れるのなんてずいぶんと久しぶりですから、とても緊張しますよ、っと。」
そう言って姿を現したのは、先生たちの教え子と言うにぴったりの、年の頃15歳ばかりの女性魔法使いの姿をしたアッキーナだった。初めて見るその姿に、一同新鮮な驚きを感じている。
「アッキーナは緑のルクスとの交渉の要です。彼女がいなくては、太古の神秘と契約を結ぶのは不可能です。いかにして彼女を守りながらミーウを退けるかが鍵となります。そのことをくれぐれも忘れになりませんように。」
「わかった。最善を試みるよ。」
婦人の言葉に、ウィザードはそう応えてみせた。
「よろしくお願いしますよ、っと。」
アッキーナもウィザードたちに会釈する。
「それでは、今日はひとまず解散としましょう。先生方とアッキーナはすぐにでも出発できるよう準備を進めてください。シーファさんたちは一度アカデミーにお戻りになるとよいでしょうね。ご武運を願っています。」
「みんな、手伝えなくてごめんね。でも、きっと大丈夫よ!」
ウォーロックも婦人の言葉に続いた。
ウィザードたちはいそいそと店の奥に向かうと、おのおの必要なものを準備し始める。シーファたちは荷物をまとめてひとまず『アーカム』を後にした。
店内の黴た匂いが、香の燃え滓と相まって、なんとも複雑に気配を染めている。それは、これから彼女たちを待ち受ける未曾有の困難を暗示しているかのようでもあった。
シーファたちがM.A.R.C.S.を逆順にたどってアカデミーに帰着したときには、秋の陽はもうとっぷりと暮れて、白い月があたりを青白く照らし出していた。
「大変なことになったけど、頑張りましょうね。」
「はい、なのですよ!」
「みんな、無理は禁物ですよ。難しい旅ですから、とにかく慎重に行きましょう。」
「ええ、十分に気を付けて。みなさんは私が守ります。」
「とにかく準備はしっかりね。翌朝ここに集合しましょう。講義前に『マジカル・エンジェルス・ギーク』の部室を訪ねるわよ。」
めいめいにそう言葉を交わしてから、少女たちは寮の自室に消えていった。吹き抜ける風が秋を思わせるが、それは風雲急を告げるかのようでもある。さわさわと音を立てる枝葉が、武者震いを喚起した。
* * *
翌朝7時、シーファ、リアン、カレン、アイラの4人は旅支度を整えて、アカデミーの部室等前に集合した。朝陽が東雲を美しく彩っている。吹き抜ける風が心地よい。
「さあ、目的地はこの部室棟の3階よ。結構すごい場所だからびっくりしないように覚悟を決めてね。」
シーファがそんなことを言っている。それもそのはず、『アカデミー治安維持部隊』のエージェントしてトマスたちの部室を訪れたことがあるのはシーファだけなのだ。その余の三人はそれがどれほど変わった場所であるのかをまだ知らないでいる。意味がよくわからないという面持ちで、三人はシーファの後について行った。
石造りの階段を三階まで昇ると、そこはあの月夜の晩と同じ場所に確かにあった。
「ここよ。ちょっと待っててね。」
そう言って、シーファはドアをノックした。
「おはようございます。『アカデミー治安維持部隊』のエージェント、シーファです。キースさんはいらっしゃいますか?」
そう声をかけると、中から声が聞こえてくる。
「開いてるよ。入ってくれ。」
それはキースのものであった。
「どうやら在室のようね。行きましょう。」
扉を開いて先導するシーファに促されて、続く三人も中に入って行く。そこは相変わらずの様子で、大きく引き伸ばされた女学徒の魔術記録が所狭しと何枚も飾られていた。撮って良いと言った覚えのない自分の魔術記録がそこにあるのを見て、リアンはなんとも渋い顔をしている。
キースは、例の魔術式電算装置のある奥の机に向かっていた。
*朝の部活動に勤しんでいるのだろうキース・アーセン。
「おはよう。先日は助けてくれてありがとうな。…それで、あんたがここに来たってことはトマスのことが何か分かったのか?」
いつもの調子から少し角を落として、キースが訊ねた。
「ええ、そんなところね。実は、彼の足取りを追うために人手が要るの。手伝ってくれないかしら?」
事情の説明を始めるシーファ。彼女は、トマスが時空航行を計画していること、その後を追うために南部『タマヤの洞穴』に赴いて『時空の波止場』の使用権をもらわなければならないこと、そしてその人材が不足していることをつぶさにキースに伝えた。
「そうなのか。そのブレンダとかいう太古の魔法使いに会って、『時空の波止場』とやらの使用権をもらってくればいいんだな?」
キースが内容を確認する。
「そうよ。私たちはそれぞれ別のものを求めて違う場所に出向かないといけないの。だからどうしてもあなたの助けが要るわ。頼めないかしら?」
「そうだな…。トマスを止めて欲しいと頼んだのは俺の方だし、あんたらに協力するとも約束した。しかしな…、それは俺一人でできることなのか?」
キースのその問いはもっともだった。一瞬返事に窮するシーファ。しかしその時、奥で何事かしていたもう一人の人物が話しかけてきた。
「なに言ってんすかアニキ、つれないでやんすね。アニキには俺がいるじゃねぇっすか?アニキがそのなんとかの波止場とやらに出向くんなら喜んでお供しますぜ。」
そう言ったのは、なんと男子学徒であるのに可憐にスカートを身に着けた、ネクロマンサーの少年である。
「オイラの名前は、ライオット・レオンハート。キースアニキの舎弟でやんす。以後お見知りおきを…。」
その姿に少女たちは思わず息をのむ。決して珍妙という訳ではないのだが、しかしその格好が多様な性の在り方を示していることだけは間違いなく、日ごろそうした光景をあまり見慣れていない少女たちを驚かせるには十分だった。
*スカートをはいて現れたキースの舎弟を名乗るライオット・レオンハート。
「その格好…。」
カレンは思わず言葉が漏れてしまった。
「ああ、これでやんすか?笑えば笑えでやんす。でも、自分の身に着けたいものを身に着ける。これはオイラのポリシーでやんすからね。誰に言われてもそれは曲げないでやんすよ!」
その言葉には確固たる自負と決意が滲んでいた。
「ごめんなさい…。」
「いいんでやんすよ。最初はみんな同じ反応でやんす。」
謝罪を述べるカレンに、ライオットはカラカラとそう言った。
「こいつは、見かけはこんなだが、ネクロマンサーとしての実力は折り紙付だ。こいつが一緒ならその旅も何とかなるかもしれない。トマスを止めてやりたいのは本当だからな…。これ以上あいつを狂気に囚われたままにしておくことはできない。あれでもあいつは俺たちの大事な仲間なんだ。」
「そうでやんすよ。トマス兄を止めに行くでやんす、アニキ!」
そう言って二人は顔を見合わせた。
「それじゃあ、引き受けてもらえるということでいいのかしら?」
シーファが訊く。
「ああ、そういうことだ。それで確認だが、タマンの南『ディバイン・クライム』山の中腹にある『タマヤの洞穴』から、『時空の波止場』へのポータルを目指せばいいんだな?」
「で、ブレンダさんとやらから波止場の使用権をもらってくるでやんす。」
「ええ、そうよ。あなたたちが赴く『時空の波止場』が私たちの集合地点でもあるから、首尾よく使用権をもらう事が出来たら、そこで待っていて欲しいの。」
二人の応答を受けて、シーファが言った。
「わかったよ。」
「了解でやんす。で、出発はいつでやんすか?」
ライオットが訊いた。
「別動隊が手に入れた船を波止場に転送する必要があるから、早いに越したことはないわ。できれば一両日中にお願いできるかしら?」
シーファはそう依頼する。
「しかし、今は後期学期の最中だ。講義を休むなら許可がいるが、どうすればいい?」
「その点は心配ないわ。これは魔法学部長代行先生からのご依頼ということになっているから、公休扱いよ。必要な手続きは私たちの方で済ませておくから、あなたたちは準備ができ次第、出発してちょうだい。」
「わかった。そういうことなら協力しよう。何にしてもトマスを止めたいのは俺たちも同じだからな。」
「でやんす。」
「そう、心強いわ。で、『タマヤの洞穴』の場所は分かる?」
「オイラを誰だと思ってるでやんすか?こう見えても霊の使役には通じているでやんす。ディバイン・クライム山にあることさえ分かれば、調べるのは容易なことでやんすよ。」
そう言って、ライオットは自信をのぞかせた。
「そう。それなら波止場の利用権についてはあなたたちに任せたわ。きっとおねがいよ。ただ、とても危険な旅路になるから準備だけはしっかりね。」
シーファが念を押す。
「わかったよ、ありがとう。気を付けて行ってくる。後ほど波止場で落ち合おう。」
「ええ、よろしくね。」
シーファが男性陣と交渉している間、リアンとカレンは、十代前半の少女たちを花になぞらえて飾り立てるその部屋の異様に圧倒されて言葉を失っていた。リアンの青い瞳には好奇と嫌悪の両方が渦巻いていた。
秋の陽が少しずつ東から天頂へと首をもたげていく。出発の時は近い。
* * *
ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサー、そしてアッキーナの4人は旅支度を整え、『アーカム』で一堂に会している。戦神ミーウの神殿に繋がるポータルはこの店の最奥にあるという。めいめい得物を入念に手入れして、怠りなく準備を済ませている。
「しかし、太古の神殿に繋がるポータルがあるなんて、ここは本当に何でもありだな。」
ウィザードが感嘆の言葉をこぼした。
「まあ、いろいろあるんですよ。それにこの店もさすがに常連がいてくれなければ潰れててしまいますからね。」
アッキーナがそれに応じる。その手には美しいエメラルドの戟が握られていた。
「みなさん、準備はよろしいですか?」
「覚悟がいいなら出発よ!アッキーナ、道案内をお願いね。」
ネクロマンサーとソーサラーが檄を飛ばす。
「いつでもいいぜ!」
「じゃあ、行きましょう。こっちですよ、っと。」
そう言うとアッキーナは、いつも姿を消していく店の奥へと三人を導き入れた。そこには下階段と上階段があり、後者を昇ると表の『キュリオス骨董堂』へ通じるわけだが、今日は前者を下って地下に向かうようだ。埃にまみれた薄暗い木製の階段を四人は慎重に降りて行く。足を繰り出すたびに踏板がミシミシと鳴るが、踏み抜いてしまうのではないかと不安になるほどの酷い音を奏でてくれる。
狭い階段を降り切ると、そこは冷たい石畳の細い通路に繋がっていて、アッキーナはエメラルドの戟に照明代わりの魔法光をたたえながら、慎重に前進していった。顔にかかる蜘蛛の巣が気持ち悪くて仕方がない。どうやらこの通路は随分長い間使用されていないらしい。やがて、その最奥にミーウの神殿に繋がるとされる魔法のポータル(移動装置)が姿を現す。
『アーカム』の最奥に座す神秘のポータル。
「ここを抜ければ、ミーウの神殿はすぐですよ。みなさん準備はいいですか?」
アッキーナが念を押す。みな力強く頷いて応えた。
「じゃあ、いいですね。いきますよ、っと。」
そう言うと、アッキーナはポータルに渦巻く魔法光をくぐる。刹那その身体は光の粒となってその奥へと吸い込まれていった。ウィザードたち三人もその後に続く。はじめ、視界の全周が青白い魔法光に包まれたようになったが、やがてそれがほどけるようにして、荒野にそびえたつ太古の神殿の像を網膜に結んでいった。戦神ミーウの神殿だ!
*荒野にそびえるミーウの神殿
「すげえ、ここはどこだよ?」
ウィザードが思わず声を上げた。
「北方騎士団の領土よりも更に北に位置する忘れられた荒野ですよ。そしてあれが戦神ミーウの神殿です。波止場へは神殿内のポータルから行くことになりますから、何としても任務を成功させないといけませんよ。」
アッキーナはそう言った。緊張が、否が応にも高まっていく…。
「とにかくだ。ここから先はあたしたちだけで行く。交渉役のアッキーナに万一のことがあれば全部台無しになるからな。事が終わるまで神殿の外で身を潜めて待っていてくれ。ミーウを片付けたら声をかけるよ。」
ウィザードのその言葉に、
「わかりましたよ、っと。じゃあ私はここで待っていますから、皆さんはミーウに会って来てください。くれぐれも油断してはいけませんよ。本当に強敵ですから。」
アッキーナはそう応じた。
「じゃあ、行こう。」
そう言うと、ウィザードはその荘厳な扉に手をかける。鍵はかかっていないようで、力を入れて押し込むとその古い錬金術による彫刻が施された石の扉は静かに内側へと開いていった。石のきしむ音があたりを揺らす。
神殿の内部は、整然としており神聖な様相であった。エメラルドやヒスイを思わせる緑を基調としたその内装は格調高く、太古の神殿とは俄かには思えない新鮮さと美しさをたたえていた。通路を奥へと進んで行くと、やがて、広間が視界に捉えられてくる。その奥には、甲冑の上に緑のローブを羽織り、美しい翠の長剣を携えた人影が静かに佇んでいた。それが戦神ミーウに違いない。三人が近づいて来るのを察すると、それはゆっくりと向きを変えた。
*翠のルクスの夫、戦神ミーウ。
「なんだ、お前たちは?太古の神殿に許可なく踏み入るとは不躾だろう。」
威厳のある声でミーウが咎める。
「失礼は深くお詫びします。私どもは太古の神秘、『星天の鳥船』を探し求める旅人です。わけあって時空を旅せねばなりません。そのために『星天の鳥船』の管理者である太古の魔法使い、緑のルクス殿にお会いしたいのです。お取次ぎ願うことはできませんか?」
よそ行きの声色でウィザードがそう言った。
「ルクスに会いたい?『星天の鳥船』で時空を航行するだと?正気で言っているのか?」
応じるミーウの声は冷たい。
「はい、時の狭間に捕らえられた魂を探し求めに参ります。どうかお取次ぎを…。」
ウィザードは再度願いを伝えた。
「そうか…。古の魔法は厳重に守られている。現代の、誰の目にも触れさせることまかりならん。そして、その神秘の核心たるルクスを守るのがこの俺の務めだ。ルクスに会いたいのならばお前たちの力を見せてみろ。力こそが資格だ。」
そう言うとミーウは抜き身の長剣を構えなおし、臨戦態勢をとった。どうやら交渉で事態を打開することには失敗したようだ。
三人は『天使化:Angelize』の術式を行使する。まばゆい魔法光の中から三柱の天使が姿を現し、勇ましき戦神と対峙した。
「ほう、お前たちは天使なのか?まがい物…?ではないようだが、力は知れている。それで俺に勝てるのか?」
ミーウの威圧が耳を捉える。三人は距離を測って得物を構えた。
「まあいい。力あればルクスに通じ、さもなくばこの場に斃れる。それだけのことだ。行くぞ!」
「しゃあねえな。やっぱりこうなるのか!受けて立つぜ!」
ウィザードたちも意を決する。そしてついに戦いの火ぶたが切って落とされた!!
* * *
ミーウがその身の丈もある長剣をひと薙ぎすると、強力な衝撃波が巻き起こって三人に襲い来る!ウィザードは手にした炎の大剣を携えてさっと前に躍り出ると、その衝撃派をかき消して見せた。どうやら渡り合うことはできそうだ。
*ミーウの放った衝撃波をかき消すウィザード。
「いいじゃない!今度はこっちの番よ!『(最大級の)氷刃の豪雨:- maximized - Squall of Ice-Sowrds!』」
得意の術式を繰り出すソーサラー。その手から成る数多の氷刃がミーウの全身を的確に捉えていった!
*『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Sowrds』の術式を繰り出すソーサラー。
ミーウは巧みな剣さばきで襲い来る氷刃を払いのけ、転移術式を小刻みに繰り返しながら、後続をかわしていくが、それでも繰り出された氷刃のいくつかは確かにその身を刻んだ。ローブは裂け、鎧には亀裂が入る。
「ほう、やるな。ここまで来たのは伊達ではないようだ。」
そう言うとミーウは長剣を乱雑に振るい、そこからカマイタチのような衝撃波を幾筋もけしかけた!鋭利な真空の刃の数は多く、速く、とても回避は間に合いそうにない。
しかしその時、ネクロマンサーが強力な死霊を眼前に召喚する!
*衝撃波に対して縦にするように死霊を召喚するネクロマンサー。
それは半実半霊の巨大なアンデッドで、群れ成して襲い来る真空の刃の前に立ちはだかった。瞬く間にその身は切断され、傷つくが、しかしたちまちの内に修復していく。ひとしきりの騒乱の後、その死霊はついに全ての暴虐に耐えきって見せた。役目を終えて、それはゆらゆらと揺らめきながら冥府の門に還っていく。
「そうか、これは手を抜けんな…。」
こぼすようにミーウが言う。だがその相貌にはまだ余裕の色が見て取れた。
「すかしてんじゃねぇ!」
そう言うが早いか、ウィザードは燃え盛る炎の大剣を一振りにミーウに襲い掛かった!彼はそれを長剣で受け止めるが、押し勝ったのはウィザードだ!力負けしたミーウはそのまま神殿の奥へと飛ばされ、そこに鎮座する奇妙なワニの偶像の下にへたれこんだ。
*炎の大剣でミーウを薙ぎ払うウィザード。
「うむ、そうか。まあ時にはこういうこともある。」
そう言うと、ミーウはその場に怪しく佇むワニの像の、その大きな口の中に自ら飛び込んで行くではないか!
その時だ!神殿内をまばゆい魔法光が包み、ワニの像を中心として膨大な魔力が形成されていく。それは渦巻く大きな球体となった後、次第に縮退して人型となり、そこに新しい戦神の姿を描き出していった!なんとミーウは転身したのだ!その威容がゆっくりと三人の前に現れる。
Echoes after the Episode
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、
・お目にとまったキャラクター、
・ご興味を引いた場面、
・そのほか今後へのご要望やご感想、
などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。




