魔女葉との出会い
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おっと、つぶらやくん。ちょっと止まってくれるかい。前髪のあたりに、ちょっと気になるものが……。
よし、取れた。確認しておいて正解だったよ。
この枯れ葉がどうかしたのかって? いや、こいつは厳密には葉っぱじゃないんだ。
ほら、よく見てごらん。葉の表面にちょこちょこと、ひげのようなものが生えているだろう? こいつは珍しいやつで「魔女葉」と呼ばれるものだ。
魔女といったら、魔法以外に怪しげな道具や素材を使って、ぐらぐらと釜を煮込む研究とかもするイメージないかい?
私たちの地元でも、そういう想像が先行していたね。というのも、地元で特殊な動植物の姿が見受けられるというのが、その後押しをしてくれたのかな。
一部の学者さんたちが研究をしていると聞くけど、まだ完全に正体をつかめていないみたい。それでも私たちはこれまでに起こったことをもとに、付き合いを続けている。
ひとまずこの魔女葉を地面に埋めて……と。魔女葉にまつわる話、聞いてみないか?
私が子供のころ、魔女葉注意報が出た。
テレビやラジオで呼びかけるものじゃなく、口伝えだったり回覧板だったりする。
回覧板に挟まれてきた写真は先ほど見たように、表面へ細かいひげをちょこちょこ生やしたような、奇妙な姿をしていた。葉っぱの形そのものは、他のものと変わらないから余計にね。
もし、このような魔女葉を見つけたなら、すみやかに土の中へ埋めてしまうことがすすめられた。あたりをしっかり払ってから、ね。
はじめて聞く魔女葉に、当時の私は興味が湧いてね。そのときに、かの魔女の研究のたとえも話してもらったんだが、この魔女葉は生き物であるという説が強い。
植物も広くとらえれば生き物に違いないだろうけど、この魔女葉に関しては植物の一部によく似た形をとっている動物とみられていたんだ。
その要因は、岩とそこから生まれる土や砂のたぐいをのぞき、別のものを食料とすることがあるからだとされる。じかにものを食べることこそ、昔の人は生き物の証と考えたらしいのさ。
その報せにあった、魔女葉にはじめて出会ったときのことも話そう。
私と友達の二人きりの下校時、先ほどのようにひらりと葉がどこからかこぼれてきて、友達の前髪に張り付いてきたんだ。
ちょうど友達の目線より高いところから舞ってきたし、さしたる気配もなかったようで、友達は葉っぱがついたことに気付かないまま、話を続けている。
私もこのときは、ちょうど盛り上がる話題だったのもあって、そのまま葉を放っといてしばらく話していたんだよ。どうせ近々気づくだろうし、そのときになってから、のぞけばいいだろう、とね。
しかし、1分ほどが経っても葉は微動だにせず友達の髪へしがみつき、いささかも離れない。
つい先ほどなど、前方からちょっと強い風が吹いてきて、普通の葉なら簡単に飛ばされてしまいそうな状況だったのに、依然変わりないたたずまい。
ようやく、私はここで「魔女葉」の存在に行きあたり、友達にも声をかけたんだ。友達も自分の前髪へ手を当てて、ようやくそれに気づいたようだった。
――魔女葉は、その表面のひげでもって対象に張り着かんとする。
友達は葉をつかんで、軽く取り除けようとしてかなわなかった。もっともっと、力を込めても同じで、髪の毛と一緒に持ち上がってしまう。
私も加勢した。二人して一枚の葉をつかんで力を入れるなど、はた目にはこっけいに思えるだろうが、私たちは懸命だったよ。それでも葉を引きはがすことはできなかった。
やむなく、カバンの中に入れているハサミでもって、葉が張り付いている部分の前髪を切り取り、投げ捨てたんだ。
アスファルトに転がった、髪の毛を張り付けた魔女葉。
それがほどなく、わしわしと、まるで咀嚼するときの頬のように上下へ動きながら、膨張と収縮を繰り返す。
そのたび、葉よりも大きい面積を持っていたはずの髪の束たちが、どんどんと背を縮めていくんだ。そうして縮む毛に代わって、葉そのものが少しずつ大きくなっていく。
――髪を食べているんだ……!
私も友達も、そう察するのは簡単なことだった。
ほどなく、髪をすっかりその身体の中へおさめてしまった魔女葉は、あろうことかイモムシがやるように身を縮めては伸ばし、縮めては伸ばしを繰り返し、動き出したではないか。
私の靴のつま先を目指して。
とっさに、私は近くの駐車場のむき出しになっている土。その柔らかい部分をつかみ上げると、魔女葉の上へ叩きつけた。
まだ湿り気があって、まとまっていたこともあってほとんど土くれのような状態。それを続けざまに5つほど投じて、完全に姿を覆い隠してやったよ。
聞いていた通り、土の中へ埋もれてしまうと魔女葉は動けないようだった。そのまましばらく待っていても、下から顔をのぞかせてくることもなかったよ。
それでも被害は甚大だ。
友達の前髪はもちろん、先ほどかすかに触れられた私の靴の先も、無残に穴を空けられてしまっていたのだから。
あのまま放っておいたら、どこを食べに走るか分かったものじゃない……私たちはその場からすみやかに逃げ出したよ。
次の日におそるおそる現場へ向かったところ、土はなくなっていて魔女葉も消えていた。
ただその一帯のアスファルトの部分がおおいに削られていたあたり、魔女葉はアスファルトならイケるやつだったのかもしれない。