6話 知らない、天井
何かに鼻の頭をくすぐられている感覚と、顔に当たる日光で目が覚めた。
「ぅう……眩しい」
起きると目の前にサペ太郎。
くすぐったいのは顔を舐めていたサペ太郎の舌か。僕が目を開けたのを確認して胸の上でくるくる回ってる。なんかこいつ犬みたいだな。
よしよし、撫でてやる。お前僕が気を失ってから噛みついてきてたみたいだけど、見なかったことにしてやろう。
おはよう世界、グッモーニンワールド。
ラッキーなことに、どうやら僕は死ななかったみたいだ。
あの意識の落ち方的に絶対死んだと思ったんだけどな。正直めちゃくちゃ怖かった。
少しずつ体が冷たくなっていき、まるで僕が僕じゃなくなるみたいな感覚。もう二度と経験したくない。
というか、何だ? この違和感は。まあ違和感といっても憑き物が落ちたような、妙にすっきりしたようなポジティブな気持ちだ。例えるなら、ずっと歯に詰まってたご飯のかすがようやく取れたみたいな感じ。
あ、わかった! 腕が痛くない! 体が軽いぞやっほう!
気絶する前の熱や苦痛が嘘みたいだ。てか今気づいたけど普通に左腕動いてるな。さっき無意識で左手で鼻の頭かいてたわ。
歯形もほとんどかさぶたみたいになってるし、腫れも引いてる。色も元の色に戻ってる。
おかえり僕のもちもち素肌若干乾燥気味! あれだけ目も当てられない状態だったのが信じられないほどの劇的ビフォーアフター!
ほとんど死にかけの状態から今の全快パーフェクトボディにまで復活するのがびっくりだ。何かの奇跡が起きたとしか思えない。
……てかそもそもここどこ?
さっきからエンドレス疑問botになっちゃってるけど構うもんか。実際意味わからんことだらけだもん。
ずっとスルーしてたけど、ここ川じゃないんだよな。
ふかふかのマットレスにお日様のにおいの毛布がかかってて、清潔なリネンのシーツにもちもちの枕が頭の下にある。
そう、ベッドなんだよな。
皆さんこんにちは! 僕は今、おそらくお屋敷か何かの一室にいます!
せっかくなので、こちらのお部屋を紹介してまいりましょう!
今まさに温まっているこのベッド、どの寝具も一目で上質なものだと分かりますねー。
ベッドフレームも装飾一つひとつに意匠が凝らされていて、とても豪華です!
そのベッドの横にあるのは、ドレッサー……ですかね? シンプルながら取っ手の金具が非常に細かく装飾されていて、丁寧に作られたことが想像できます!
そして何より、この天井! ちょっといい値段するホテルの一室くらいの大きさはあるこの部屋の天井全面に絵画が描かれています! 分かりやすくお伝えするのであれば、ローマの天井画が近いでしょうか? このような一室にここまで芸術をあしらうとは、非常に贅沢ですねぇ。
知らない、天井。というにはあまりにも彩が豊かすぎる。
起きてすぐこんな芸術見てたら、丁寧な暮らしとか比較にならないほどQOL爆上がりしそう。
最後に出入り口となる部屋の扉ですが、暗い色の木製で大変重厚そうに見えますね。アンティークショップにおいてある年代物の扉がまさに設置されているといった印象です。部屋の雰囲気と絶妙に混ざり合っていて、大変カッコよく……
ガチャっ。
「おや、目が覚めたようだね。調子はどうだい?」
おーうびっくりしたぁ。
一人で勝手にエアルームツアーをしていたら、急に扉が開いて人が入ってきた。ノックくらいしてよね、もう!
姿を現したのは、茶髪の男だった。首元に紐を通したシャツを着ている、三十路手前くらいの男。理知的で整った顔に穏やかな笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「あ、どうもおはようございます。体調はすこぶる上々です」
「それは良かった! 言葉が通じるようで安心したよ」
そう言いながらきれいな翠色の目を細めてはにかむ男。やめてくれ、寝起きにイケメンスマイルは威力が高すぎる。
そっちのケがない僕でもオチちまいそうだぜ、ふう。
「いやー無事に目を覚ましてくれて本当に安心した。3日前支度をして屋敷から出たら、門の外で君が倒れていたんだよ。森で魔物に襲われたのかい?」
「はい、このヘビを助けようとしたら噛みつかれてしまって……って、3日前!?」
待て、今3日前って言った?
「うん、部屋に運び込んでから君は丸3日眠り続けていてね。その左腕の状態も君の容態もかなり深刻だったから、治癒魔法をかけて休ませておいたんだ。そこのヘビくんもずっと君のそばについていたよ」
男は耳心地の良い澄んだ声で告げる。
うわまじか、僕そんなに寝込んでたのか。というか本当に死にかけだったんだな。よかった生きてて
本当!
でもおかしいな、確か川のほとりで倒れたはずなんだけど。意識も朦朧としてたし、窓の外見たらすぐ近くに川があるから、ここを見つけて自力でたどり着いたのかな。だとしたらよく粘った自分。えらいぞ自分。
しかし見ず知らずの僕を部屋に運んで丸3日も甲斐甲斐しく世話してくれてたのか、この男。清潔な自分の体を鑑みるに、泥だらけの僕の体も洗ってくれたんだろうな。聖人か?
「助けてくれてありがとうございました! マジで死ぬかと思いました……そういえば、あなたの名前って何ていうんですか?」
「あぁすまない、名乗るのが遅れてしまったね。私はウィリアム・ギレム。ここティンケル王国の辺境伯だよ。よろしくね」
男、いやウィリアムはにこやかにそう言った。
どうやらイケメンは名前もかっこいいみたいだ。