5話 死因:ゴブリンに噛まれたことによる衰弱死
あれから一晩経った。
まずは昨日の状況をお伝えしようかな。
あの後逃げるために思った以上にたくさん走っちゃって、ゴブリン遭遇前に見つけた水場の場所がわからなくなっちゃった。
ヘロヘロの体で周りが暗くなるまで歩いて、ようやく新しい池を発見できた。発見できたんだけど……。
「やっべ、マジでいてぇ……」
気がついたら腕が倍くらいに腫れ上がってた。
ええーこれ大丈夫か? 痛くて左手上げられないんですけど。
軽く触ってみるとめちゃくちゃ熱い。色も肌色の痕跡がなくて、ほとんど紫玉ねぎみたいになってきてる。
「……(チロチロ?)」
「大丈夫だよサペ太郎。ほら、お前も水飲みな」
心なしかサペ太郎も心配そうに僕の方を伺っている。促すと喜んで水の中に入っていった。
やっぱこいつも喉乾いて疲れてたのかな?
くるくるぱちゃぱちゃ、水浴び楽しそうだね!
かわいい!
しかしもう夜か……これ以上動くのは危険だろうし仕方ないからここで野営するか。と言っても腕動かないから何もできないし、そのまま横になって朝まで待とう。
「いつつ……よいしょっと」
片腕使えないと寝転がるのも一苦労だな。
仰向けに寝転がると、満点の星空が広がっている。こんなの都会じゃ絶対拝めないな。
月も出てるかなーと思って見回したら、木の間からうっすら青い丸が見える。……あれ月か? ほぼ真っ青だけど。
「信じられないけど、やっぱ異世界なんだなぁ」
ついそんなセリフがこぼれちゃうくらい、今の現状はリアルすぎる。夢だと思いたい気持ちもあるけど、腕の痛みがこの状況は現実だと訴えかけてくる。
遊び疲れたのか、サペ太郎が水から上がって顔の横でとぐろを巻き始めた。目を閉じて寝る準備をしてるっぽい。てかサペ太郎まぶたあるんだ。
考えても仕方ないし、夜もどんどんふけてきてる。とりあえず僕も寝るかな……。
んで、そこから朝。
一睡もできませんでした。
なんでって? 痛いんだよ! 左腕が! 何なら頭も痛くなってきたし!
明るくなったからようやくじっくり確認できたけど、想像以上にまずいなこれ。
色と腫れは昨日の状態と変わらないけど、歯形の傷から膿と液が混ざったみたいな薄黄色の液が垂れ流しになってグジュグジュだ。化膿した臭いも漂ってきてる。
水につけてもあんまり感覚がない。というかもう痛いを過ぎてただ重りがぶら下がってるみたいな感覚になってるな……。
体調としては、頭が痛い。というか身体中痛い。
視野角狭い気もするし、全身が重く感じる。ずっと頭に血が登ってぼーっとするし、多分ガッツリ熱出てそうなんだよなぁ。
とりあえず何とか体を起こして働かない頭でぼんやり考えてると、サペ太郎がシュルシュルと器用に首まで登ってきた。
「おはよ、サペ太郎。……お前は元気そうだな」
舌をペロペロ出し入れしながら器用に首やら肩やらを這い回るサペ太郎。昨日あんなにボコボコにやられてたのにピンピンしてる。その体力分けてくれ。
さて、これからどうしようか。
明るくなってから改めて見回すと、どうやらここは河岸らしい。そこそこの大きさの川だから、昨日着いた時はてっきり湖かと思ってた。
うーん。遭難時の定石としては下流に向かって下っていくのがいいっていうよな。でもここ異世界だし、必ずしも下流に街があるとは限らない、かも。でも立ち止まってても何も変わらないよな。
よし! 僕、行っきまーす!
1時間後。
「……っあー……」
僕、倒れました。
どうやら思った以上に容体が悪化してたらしい。一歩進むごとにどんどん体が重くなってきて、体感1キロくらい進んだ程度の距離で膝から崩れ落ちてしまった。
ダメだー。もう指一本も動かせる気がしないわ。
視界ももう殆ど何も見えないくらいにぼやけてきてるし、末端の感覚が無くなってきてる。
ゴブリンに噛まれただけでこんなになるか普通? 今まで見たファンタジー作品でこんなになるパターン一個もなかったぞ。
いや冗談じゃなくて本気で死にそう。
閉じかかってる目を無理やり開くと、目の前のサペ太郎と目があった。
もうどんな表情か読み取る余裕もないわ……。
「……ぅあぇ……あ……」
おっと、これはまずい。
声かけようと思ったらうめきしか出なかった。「サペ太郎」って言おうと思ったんだけどな。
今僕の周りはどんな状況なんだ?
敵はいるのか?
周りに町は見えるのか?
何もわからない。
……あ、ほんとにダメだ。どんどん意識が遠のいてきた。
死ぬってこんな感じなのかな。体の熱ももう感じない。痛みもない。感じるのはただただ猛烈な孤独感だけ。
死因:ゴブリンに噛まれたことによる衰弱死
って、なんかやだなぁ。まだ異世界に来て何もしてないのに。
せめて仲間見つけて冒険とかしたかったな。
そもそも元の世界の家族や友達は、僕が死にかけてることを知らずにいるんだろうな。
今向こうではどうなってるんだろう。失踪扱いで捜索願とか出されてるのかな。
親友は大丈夫だろうか。あいつ心配性だから僕がいなくなったって知ったらどうにかなっちゃいそうだ。
ペットのスネ吉も、僕が死んだら親と妹に世話任せなきゃいけなくなっちゃうな。最近ようやく大きくなってきたけど、僕以外からのご飯でもちゃんと食べてくれるかな。
あれサペ太郎は?
……あぁ、僕の左腕に近寄っていってる。傷口をじっと見てウロウロしてるけど、ご飯か何かだと思ってるのか?
それならそれでいい。いっそ僕が死んだら餌として活用してくれたらいいな。そこらへんの野生動物やらに弄ばれるよりは、助けた動物の糧になった方がまだマシだ。
お前は強く生きてくれよ……。
サペ太郎が僕の腕に牙を立てる姿を最後に、僕の意識はプッツリと途切れた。
豆知識ですが、ヘビは捕食の際に牙を使いません。牙を使うのは攻撃時のみで、捕食する場合は細かい牙を器用に使いながら獲物を丸呑みします。
自分の顔より大きい獲物を飲み込む様は圧巻なので、爬虫類や捕食シーンに抵抗のない方はぜひ動画を調べてみてください!