万人のルール
何年か前、ある田舎町の山の上にある倉庫へ行った時のことでした。
私は大型トラックの運転手をやっています。
前日の夕方に荷物をトラックに積み、早朝にその倉庫に着きました。
他のトラックも既に何台か来ていて、倉庫の方たちは朝礼中。
朝のラジオ体操の音楽が秋の空に響き渡り、大勢の人が一斉に同じ動きをする気配が、私からは見えない倉庫の裏のほうでしていました。
待っている間、運転席でスマートフォンで『小説家になろう』を見ながら、横を見て少しぎょっとしました。
隣のトラックの人……、でかっ!
窮屈に運転席に収まっているその人は、年齢不詳な感じで、身長は明らかに2メートルは越している感じでした。
昔のガラケーぐらいに小さく見えるスマートフォンを手に持って、何かを真面目な顔で読んでいました。
荷下ろしが始まりました。
低床でも大型トラックの荷台は高く、荷台に乗る際は、倉庫に備えてある移動式の昇降台を使います。
軽量なアルミの昇降台です。これが結構ぐらぐらしていて、私はいつも両手両足で必死に掴まって昇り降りします。
倉庫内のあちこちに、『荷台への昇降は必ず備え付けの昇降台を使用すること』と書かれたポスター等が貼ってあります。
大きな人が、私の前で荷下ろしをしていました。
あれだけ体が大きければ便利だろうなあ……
そう思いながら、私はチラチラと見ていました。
荷台に昇る時、昇降台を使わずに、ひょいと高めの段を跨ぐように、簡単に昇りました。
降りる時も一度荷台の上で座り、高いスツールから降りるみたいに、するりと難なく降りました。
この上なく安全な感じがしました。
「おい! アンタ!」
倉庫の方が大声で注意しました。
「荷台への昇り降りは昇降台を使ってね! あっちこっちにそう書いてあるでしょ?」
大きな人が愛想笑いを浮かべながらペコペコし、「すいません」と頭を掻きました。
離れたところに置いてある昇降台をその人が取りに行って、持って来て、それを使用するまで、倉庫の方は離れずに見ていました。
「みんなやってるんだから! これは万人のルールなんだからね! 守ってね!」
ぺこぺこ頭を下げながら、大きな人が、軽いアルミの昇降台を昇りました。
大きな熊さんが子供用のはしごに乗ってるみたいに見えました。
どう見てもこの人が昇降台を使うのは、かえって危険なように思えました。
やがて、私が自分の荷物をフォークリフトで降ろしてもらっている時に、前のほうで大きな音がしました。
ガッシャーン!
見ると、大きな人が昇降台ごとアスファルトの地面に、顔面から倒れていました。
ヘルメットはかぶっていますが、顔を打ったようです。
顔が血だらけになっていました。
何か事が起きればルールが強化されます。
つい最近、久しぶりにその倉庫へ仕事で行くことになりました。
たぶん何かルールが変わってるだろうなぁ……。
あんなことがあったからなぁ……。
『昇降台の使用禁止』とかなってたら……笑えるかもしれない。
あるいは『身長2メートル以上の人は昇降台を使わなくてよい』とかなってるのだろうか?
そう思いながら到着すると──
変わってました。
『昇降台を使う際は、必ず他の者に支えてもらって使うこと』
二人で来てる人はいいですが……
私は一人です。
倉庫のお姉さんにいちいち支えてもらって作業しました。
なんだかなあ……。
あの大きな人が、悪者にされてしまったみたい。
色んな人がいるのに、
万人のルールなんて意味あるのだろうか?
そう思ったというだけの話です。