第九話 攻略対象者、バグってるよ!
感じわるっっっ!
グレゴリー、世話焼きでクラスの人気者なんじゃないの?
戸惑いと少しの非難がましさを込めて、チラッとエリィに視線を向けるとブンブンと首を横に振った。
「平民の特待生様、文字の読み書きは出来るのか? 教えてやろうか?」
うわっ、めっちゃ絡んでくるなぁ……! これがこの世界の『世話焼き』なの?
「心配してくれたの? ありがとう。でも大丈夫。私も試験に受かってここにいるの」
ムカつきを抑えてにっこり笑って応える。相手は思春期真っ只中……つまり反抗期だ。平常心、平常心!
「何だよつまんねーの。平民のくせにお貴族様みたいな対応しやがってさー!」
く、くそガキ! 小学生男子かよ!
全方位を敵に回すような発言をしながら元いた席に戻って行くグレゴリーを見送る。
「驚いた……。私の知っている彼とは別人みたいだわ……」
エリィがパチパチと瞬きをしながら言った。
「エリィがヒロインだった時はどんな感じだったの?」
「爽やかで誰にでも親切なスポーツマン」
それも嘘くさいなぁ。どっちにしろ、あまりお近づきにはなりたくない。いじめっ子、めんどい。
教科書で隠して大きなため息を噛み殺していると始業のベルが鳴り、担任らしき教師が後ろのドアから入ってきた。
* * *
売店でランチボックスを買い、エリィと二人で中庭へと向かう。午前中はクラスの顔合わせや選択授業の説明、クラスにおける役員や係の選定といった新年度お約束のスケジュールをこなした。午後からは講堂でのクラブ活動の勧誘・発表会だ。
「エリィ……、あの二人、本当に攻略対象者なの? あれじゃあゲームが成立しなくない? グレゴリーは小学生レベルのクソガキだし、カシューはゲイなんでしょう?」
演劇界のホープであるらしいカシュー・リードは、クラスの自己紹介でいきなり自分がゲイであることをカミングアウトした。
他人の性的指向にとやかく言うつもりはないし、偏見もないつもりだけれど……。乙女ゲームの攻略対象者がそれでは、無理ゲーとしか言いようがない。
「ゲームにそんな設定はなかったのよ。前回の私はカシューと個人的な接点が薄かったから本当のところはわからないけど……。少なくとも自己紹介でカミングアウトはなかったわ」
エリィの言うところの『前回』とは、エリィがヒロインとして過ごした三年間のことだ。
「まぁ、あの二人は攻略しなくて良いんでしょう?」
乙女ゲームにおける『攻略』とは、数人いる対象者とのエンディングを迎えること。ゲームにもよるが対象者との関係や、イベントの結果によりエンディング内容が変わる。
私はキラキラ王子こと『ライノルト殿下を攻略せよ』というのが、エリィの指令だ。
エリィ曰く、攻略対象者と共に魔界への扉を閉じることが、バッドエンド回避の条件。卒業式までに攻略対象者の心を射止める、絆を深める等の条件を重ねることでエンディングが変化する。
二人の関係が恋愛未満であれば、『ノーマルエンド』。これはエリィが経験した終わり方だ。世界の崩壊は防げたが、現実世界へと戻ることは出来ずに世界がリセットされ、エリィはサポートキャラとなった。
魔界の扉を閉じた上で、攻略キャラと晴れて両思いとなった場合、エンディングはグレードアップする。『グッドエンディング』『ハッピーエンディング』『ベストエンディング』、そして『トゥルーエンディング』。
全ての問題を解決し、世界の謎を解明し、尚且つ攻略対象者と心が通じ合った場合のみ、大円団である『トゥルーエンド』へと至る。その際にはエリィも私も、現実世界へと帰れるらしい。
「ちょっと待って……。『世界の謎』ってなあに? 初耳なんだけど!」
「その質問には答えられないわ」
サポートキャラ、サポートしてくれない。
世界の謎……ねぇ……。
私にしてみれば、現状は謎だらけだ。ほぼ全てが謎と言っても過言ではない。
五感を操作されて夢の世界を現実として暮らしている……という映画を思い出す。人間の脳は意外に騙されやすいらしいので、バーチャル技術が発達した未来ではあり得ない話ではない。
だがそれは『現実世界を知る、私にとっての謎』だ。エリィの言うところの『この世界の謎』ではない。
「まぁ、あやしいのは魔界への扉……かしらね?」
私の質問を、エリィは聞こえないふりを決め込んで知らんぷりしている。
サポートキャラ……サポートしてくれない……。
昼休み終了5分前の鐘が、カランと一度だけ鳴った。エリィが立ち上がって、空っぽになったランチボックスをゴミ箱へと捨てながら言った。
「午後はクラブ活動の説明会よ。講堂へ行きましょう」
寮生活、毎日の授業、そしてクラブ活動。
訳五年ぶりに過ごす学生生活は、それが終わる二年後に私とエリィの存続を左右するほどのエンディングの舞台となる。
エリィには悪いのだけれど……。その深刻さを、私は実感出来ない。
何故なら、その舞台でシナリオ通りに踊るのは、ピンク色の髪の美少女なのだ。
『まるで現実としか思えない、謎技術満載のVRゲーム』『仕事もせずにゲーム三昧』『美少女キャラを操作して恋愛アドベンチャー』
そう。このワクワクは新しいゲームをはじめた時の高揚感だ。
そして私の関心は、『この世界の謎』よりも、こんなことを私にやらせて『誰に、何の得があるのか』ということにある。
成人して社会に揉まれてはや五年。『ええっ、大変! 頑張ってライノルト殿下を攻略しなきゃ!』とは思えない程度にはスレている自覚がある。
今のところ、他に手立ては見当たらない。エリィと二人でイベントをこなしてゆくしかないだろう。
私はランチボックスの底に残ったタコさんウインナーを口に入れると、空き箱をゴミ箱に入れてエリィのあとを追うことにした。
ちなみに好きなものは最後に食べる主義だ。