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第八話 入学二日目

 次の日も、朝は容赦なくやって来た。


 朝食の席の私は、おそらく酷い顔をしていたのだろう。昨夜は落ち込んでほどんど眠れぬままに朝が来てしまったのだ。


 そんな私を見かねたエリィが、ある提案を持ちかけて来た。


「まずは魔法学校の生活に慣れることを優先しましょう」


 毎日の授業やクラスメイトとの交流、サークル活動もあるらしい。ライノルト殿下のことはしばらく考えなくて良いと言った。


「いいの? まだ出会いイベントさえ発生してないのに……」


「うん。実はヒロインだった頃は、私もけっこう楽しんでたって思い出したの。だって魔法、楽しくて」


 プレッシャーかけ過ぎてごめんと謝られた。命綱である私の精神を心配しているのかなと、卑屈な考えが頭をもたげる。私の行動がエリィの進退を決めるのだ。あながち見当はずれな考えではないだろう。


 私としてもエリィのサポートは絶対に必要なのだ。上手く付き合っていかなければならない。


 事情が変わったわけではないけれど、少し気持ちが軽くなった。魔法学校生活はまだ二日目。はじまったばかりだと、お互いに励まし合った。


「大丈夫、好感度の上がるイベントは把握してるし、その対策を完璧に仕上げてみせるわ。ライノルト殿下の行動パターンや交流関係を改めて洗い出したり、やることはいくらでもあるもの」


 推しキャラであるライノルト殿下のことを調べるのは、エリィにとっても楽しいことらしい。目をキラキラさせながら、猛烈な勢いでメモを書き連ねてゆく。


「ああ、まずは隠密魔法のレベルを上げるのが先ね!」


 楽しそうで何よりである。ストーカー行為なのでは? という言葉は飲み込んだ。要領の良いエリィのことだから、大丈夫……たぶん、きっと。



 朝食を済ませて制服へと着替え、エリィと二人で学校へと向かう。今日は時間に余裕を持って寮を出た。


 教室への入り口であるドアノブに手をかけるが、少し気後れする。


「昨日のやらかしで初日から欠席してしちゃったし、身分制度怖いよ」


 この世界は身分社会なのだ。王族を頂点として、上位貴族、下位貴族、一代限りの準貴族の順と立ち位置が明確に決まっている。平民はさらに下、その下には税金を払っていない流民や非民が続く。


 現実世界の令嬢ロマンス小説では、平民は蔑まれ見下されていた。


「クラス分けは入学試験の結果で決まるの。Aクラスには特待生が何人もいるし、学校にちゃんと勉強しに来ている人ばかりよ」


「でもさー、法律だって貴族と平民は違うんでしょ? 不敬罪とか本当にあるの?」


「……あるわね。まぁでも平民は『知らなかった』が割と通るのよ。その法律自体を周知・教育出来てない王族の責任になるから」


 なるほど。貴族の無礼や不敬はそうはいかないのか。良かった……平民で!


「裁判制度もちゃんとしてるし、そもそも学校内は身分を理由にすることに罰則があるの」


 それならちょっと、安心……かなぁ。でも現実社会でもいじめはなくならないし。


 そんなやり取りをしていたら、教室の内側からドアが開いた。出て来た男子生徒を曖昧な笑顔で見送ってから教室に入る。


 段差のある室内に長いテーブルと机が並ぶ様子は、大学の講義室の雰囲気だ。誰もが少し心許ない表情をしているのは、入学二日目で人間関係が作れていないからだろう。


 エリィと二人、窓際の一番後ろの席に腰を下ろす。教室全体を見渡せて、用のない者は近寄らない位置だ。


 教科書を確認する仕草で、エリィが顔を寄せて来た。


「廊下側の一番後ろの席の茶パツ男子が、グレゴリー・エヴァンス。世話焼きでクラスのムードメーカー。攻略難易度低めだけど、仲の良い幼馴染の女の子がいるの」


 前や隣の席の男子と楽しそうに話している。なるほど、コミュニケーション能力が高そうだ。


「窓際の前から二番目の席の長髪がカシュー・リード。元天才子役と呼ばれた演劇界のホープ。訳ありで舞台から遠ざかっていたけど、演劇部に入る……予定」


 頬杖を突いて窓の外を眺めている。今は後ろ姿しか見えない。


「普段はほんと、ポンコツなのよ。舞台に立つとびっくりするほど素敵なんだけどね。そのギャップが人気なの」


 一応資料では目にしていた二人だが、目の前で動いているのを見ると圧倒的な違和感に戸惑ってしまう。私とエリィ以外はこの世界で生まれ、この世界で生きて来た人達なのだ。


 こんなにも異質な自分達が、この世界の人間関係に割り込んで良いものなのだろうか。何とはなしに日本の生態系を壊す外来種や、先住民族を迫害する侵略者のイメージが湧いてしまい憂鬱になる。


 現実世界で読んだ『悪役令嬢モノ』と呼ばれる漫画や小説で、ヒロインちゃんが嫌われるのも無理はないと思ってしまう。


 だが、こちらにも譲れない事情がある。


「ライノルト殿下以外の攻略キャラの、好感度を上げる必要ってあるの?」


「イベントによっては必要なのよ。確か、グレゴリーは体育祭、カシューは文化祭のイベント解放に関係しているわね」


 エリィが攻略手帖をめくりながら教えてくれた。人間関係が複雑になるなぁと、意図せずため息が出た。


 気分転換に教科書を開いてみる。もちろん『魔法学』の教科書だ。


 エリィによると私には、かなりの魔力と才能があるらしい。さすが乙女ゲームのヒロインだ。


 ワクワクしながら教科書の目次を眺める。


『魔法とは』

『魔法理論』

『杖について』

『各属性魔法』

『特殊魔法』

『呪文の構築』


 なかなかのパワーワードが並ぶ。


 特に『杖』とか『呪文の構築』とか! 


 テンション爆上がりでページをめくる。


「始業前に予習かよ! さすが特待生はイイコちゃんだな!」


 からかいを含んだ声に顔を上げると、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべたグレゴリーがいた。


 感じわるっっ!




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