第五話 魔法を使ってみよう
「あなたのゲーム内での名前はカレン。実家は下町の食堂で、母ひとり子ひとりの母子家庭」
「えっ? それ、まんま私の状況なんだけど。なんで知ってるの?」
私はエリィに名前すら教えていない筈だ。
「書いてあるじゃない。ほら」
そう言って資料の最後のページを指差した。そこにはヒロインのプロフィールが記載されている。絵姿はピンク髪の美少女だが、中身はまんま私のプロフィールだ。
(事前に用意されていた資料に……)
首の後ろを、ゾクリと薄ら寒い悪寒が走る。
偶然、なのだろうか。エリィの薄い反応が気になる。まさか、エリィがヒロインの時も?
「学校生活は丸二年。初年度は魔法学の基礎と一般教養をみっちりやって、二年目は魔法の実技が中心になるわ」
すっかり無口になった私の様子を無視して、エリィはサポートキャラの役割を全うすることにしたようだ。
「勉強すれば、本当に魔法が使えるようになるの?」
私も色々思うことはあったけれど、そこを突っ込まずにはいられなかった。
「使えるようにならないと、実技試験で落とされるわ。そうでなくても、魔界との扉が閉じられなければバッドエンドだし……。使ってみる?」
「使えるの⁈」
「この世界では、魔力は遺伝するものなの。魔力さえあれば魔法は使えるわ。カレンは平民では破格の魔力保持者なの」
「使ってみたい……!」
案の定、乗せられてテンションが上がる。
仕方ないよね? だって魔法だよ?
「ふふふ。じゃあ、まずは私がやってみせるわね」
エリィが左手で拳を作り胸に当てる。目を閉じて、右腕を真っ直ぐ前へと伸ばす。
「…………!」
口の中でブツブツと何か唱える。
「えっ、なになに? 聞こえない!」
「…………!」
「もうちょっと大きい声で言ってよ!」
「うるさいわね! 呪文が恥ずかしいのよ! 別にあなたに聞かせるための呪文じゃないから、聞こえなくても良いの!」
エリィがキレ気味に言ってパチンと指を鳴らすと、彼女の手のひらの上にシュボッっという音と共に小さな火が灯った。
「うわぁ……! すごい! 本当に魔法っぽい!」
「魔法よ!」
「どんな感じなの?」
「身体の中にある魔力を可燃性のガスに変換して、さらに着火のために指の摩擦係数を上げるの」
「へぇー! 科学っぽい!」
「……そうね。割とちゃんとしてるわ。風魔法は気圧を変えるし、水魔法は空気中の元素を分解する」
ふわっとした不思議現象じゃないんだ! すごい!
「私にも出来るの?」
「出来る筈よ。カレンは、魔力量もエネルギー変換率も王族並みだから」
私はわくわくしながら、エリィの真似をして目を閉じて腕を伸ばした。
(あ……呪文教えてもらってない。うーん、恥ずかしい呪文っていうと“我が魂の根幹を成す熱き想いよ! 炎となって顕現せよ!”とかかな?)
そんなことを考えながら、とりあえず指パッチンの練習をしてみた。
親指と中指を擦り合わせると、パスンと辛うじて下手くそな音がした。指パッチン、苦手なんだよなぁ。
「エリィ、呪文教えて……」
私の言葉は、途中でゴウゴウという爆音にかき消された。手のひらから火炎放射器のように炎が噴き出し、天井を舐めている。
「うぎゃあ! なにこれ! 助けて!」
「なにやってるの! 消して! もう! 少しは加減しなさいよ!」
エリィが慌てて水魔法を唱え、パッシャンと頭から水をかけられた。
「ヒロインのポテンシャル……半端ないわね……」
ずぶ濡れになってへたり込んだ私に、エリィが呆れたように呟いた。
魔法が使えてしまった。思ったよりも随分と簡単に。こんなのは現実世界ではあり得ない。びしょ濡れの髪の毛からポタポタと水がしたたり、焦げ臭いにおいが鼻をつく。五感がこれは現実だと突き付けているようだ。
もしかして私は本当に、乙女ゲームのヒロインとしてこの場にいるのかも知れない。
* * *
「入学式は明日。カレンは特待生だから、成績が振るわなかった場合は退学もあり得るの。その場合もバッドエンドよ」
ずぶ濡れになった私が着替えたり、水浸しになった部屋の掃除をしたりして、ようやく落ち着いたと思ったらエリィの説明が再開した。
「数学は現世の知識が使えるから、そう難しくないわ。中学生レベルね。問題は外国語と歴史、それと魔法学」
勉強は嫌いではなかったけれど、まさかこの年になって学生生活とは……。それにガワだけは少女だけれど、中身はもうすぐ二十七歳なのだ。
(十歳以上年下の子たちと同年代のふりして暮らすの、ちょっとキツイ……)
ライノルト殿下も八つも年下だ。大人っぽい容姿だけれど、プロフィール欄には『18歳』の記載がある。未成年の男の子と恋愛とか無理……。絶対無理……。だって犯罪だもの……!
「魔法学園には季節ごとに催しがあるわ。半期ごとのテストや学園祭ね。その他に王室主催のティーパーティーや舞踏会があって、地域のお祭りもある。その全てが、攻略対象……つまり、ライノルト殿下の好感度を上げる為のイベントだと思って間違いないわ」
「好感度って可視化されているの?」
「いいえ。でも任せて頂戴! 私なら、イベントの発生状況や相手のセリフで、おおよその好感度は看破できる」
「エリィはこのゲーム、やり込んでたんだね?」
「ええ! 前回の経験もあるから、イベントの時期や内容も把握してる。だから遠慮はいらないの。ライノルト殿下のことも、一番の『推し』だっただけだから! むしろすぐ近くで生イベントを見られることに感謝しているわ!」
エリィのテンションが爆上がりだ。鼻息も荒い。私はエリィの迫力に押されて『た、頼もしいなぁ〜!』と言うのが精一杯だった。
その晩は、エリィの持つ『攻略手帖』という名の日記帳を見ながら、この世界のことやキャラの説明を聞いて過ごした。
なんのかんの言って、ちょっと楽しくなって来た。
明日は、ロズワール王立魔法学校の入学式だ。