第四話 エリィ
「ライノルト殿下は、そんな安っぽいお方じゃないわ!」
思わずパチパチと瞬きをしてしまう。これまでエリィは、どこか作り物めいた印象だった。令嬢っぽい話し方とか、感情を乗せない表情とか。
だから『サポートキャラ』という自己紹介が、違和感なく受け入れられたのだ。
だが、そんなエリィが初めての『ついうっかり』を引き出したのは、私のライノルトへの悪口だった。
これは……! そういうことだろうか?
「もしかして……エリィのお相手はライノルト殿下だったの?」
「私の攻略対象は、アーノルド様……辺境伯のご子息で、次期王国騎士団長様よ」
典型的な『脳筋枠』の肩書きだ。私は資料をパラパラとめくってアーノルドのページを探す。
あった。
『カルディア王国 辺境伯嫡男 アーノルド・ルドガー』
体格が良く、髪色はオレンジ寄りの赤。見るからにおおらかで人の良さそうなタイプだ。意思の強そうな眉と大きめの口が印象的だ。
「良さそうな人じゃない? 攻略出来なかったの?」
「とても大事にして頂いたわ。でもそれは、亡くなった妹さんの身代わりみたいな感じだったの。私も彼のことは実の兄よりも信頼していた。でも恋にはならなかったわ」
「へぇ、エリィのことだから、攻略重視で手練手管を駆使したのかと思ったら、案外誠実に対応したんだね」
「酷い言い草ね……。でもその通りよ。私は生き残るためには何でもするつもりだったもの。でもアーノルド様はとても真っ直ぐな方で……」
「それなのに、私にはガッツリ攻めろみたいに言うの?」
「だからこそ……よ。確実な方法をサポートするのが、私の役割りだもの」
「それで良いの? ライノルト殿下が好きだったんでしょう?」
エリィの顔がみるみる赤く染まる。
「アーノルド様とライノルト殿下はとても親しい間柄だったから、そのご縁で私もご一緒する機会が多かっただけよ! べ、べ、べつに好きとか……そんなんじゃないわ!」
とてもわかりやすく動揺した。
「だったら……」
「もう終わった話なの。あなたがトゥルーエンドを達成すれば、私も一緒にゲームから抜けられる筈なんだから……。現実に戻ればすぐに忘れる。たかが恋じゃない!」
いのちだいじに。
私のゲームを進める上での、一番の方針だった。回復アイテムは所持数上限まで集めたし、最高装備が手に入るまでは決して先へと進まずに、辛抱強くレベルを上げた。
いのちだいじに。
この理不尽なデスゲームのエンディングが、本当に生死と直結しているとしたら、当然トゥルーエンドを目指す一択だろう。
いのちだいじに。
エリィの言う『たかが恋』は間違っていない。命の方が大切だ。恋愛なんて一過性の熱病みたいなものだ。ましてや、虚構の中のキャラクターとの恋愛に、将来があるとも思えない。
エリィの失敗を教訓にして、ライノルトとのイベントを効果的に進めて、着実に高感度を上げてゆく。それしか道はない。
「それで良いの?」
「当たり前じゃない! 全力でサポートするわ。一緒に現実に戻りましょう」
エリィの言葉は、多少の強がりを感じたけれど、本心からのように思える。エリィの『私にはもう後がない』という立場からしても説得力がある。
けれど。
古今東西、恋に溺れて全てを引き換えにした人間が、どれほどいたことだろう。恋愛に関する物語が、どれほど紡がれて来たことだろう。
それに……。
ここが本当に乙女ゲームの世界なのだとしたならば。
恋に全てを賭けることこそ『正解』なのではないだろうか?
私は頭の片隅でそんなことを考えながら、赤くなった顔を取り繕うようにゲームの進行について説明をはじめたエリィを眺めていた。