第十二話 かっしゃん、どら
「新入生の特定の生徒に注目が集まるようなことをなさるのは、よろしくないと申し上げます」
凛とした、迷いのない口調に元々静まり返っていた大講堂に、ヒヤリとした困惑が流れる。
「このようなプライベートな一幕を、全校生徒の耳目に晒すことについて、殿下は配慮すべきではないでしょうか」
『着衣の乱して走る平民の小娘が好きなの? わたくしというものがありながら! ムッキー!』とかいう、わかりやすい婚約者ムーブとは隔絶した様子だ。
ガチで説教だよ! 正論でフルボッコ! あと、このやり取り、事前に幕裏でやって欲しかった。
「かっしゃんどら、ぼくはとてもうちゅくしいとおもったんだ。そのうちゅくししゃを、ひょうげんちたくて……」
殿下の長ぜりふ、耳で聞いてその幼児言葉を頭の中で推測変換するのに時間がかかるな……。どうやら美しいと思ったから、芸術家魂に火がついてしまったと言っているようだ。
私が舞台のライノルト殿下とカッサンドラ様とに視線を泳がせているうちに、当のカッサンドラ様はアルカニックスマイルを浮かべて舞台へと歩み寄り、信じられないくらい優雅にふわりと壇上へと上がった。
そして殿下をごくごく自然な感じで抱き上げて、そのまま美しいカテーシーを披露する。……腕の力強いな……!
「これにて美術部の発表、及び実演を終了させて頂きます。この度の部長の芸術家ゆえの暴走、わたくし前部長カッサンドラが代わってお詫び致します。今後は個人への配慮をもって活動して参ります。どうか、美術部をよろしくお願い致します」
「う、うむ。もうしわけない。だが、いのちのうちゅくしさゆえ、ひょうげんへのかつゅぼうは……」
「殿下のお考えは広報を通じて発表させて頂きますわ。次の発表が控えております。これにて失礼致します」
カッサンドラ様は、すっかりしゅんとしてしまった殿下を縦抱き(いわゆる子供抱っこ)したまま、グリグリと頭を撫でながら風のように舞台袖へと去って行った。
「若君ー、元気だしてー!」
「カッサンドラ様、おかんー!」
生徒たちは割と不敬罪のことは気にしていないらしい。好き勝手に声をかけている。
「ライノルト殿下、しっかり尻に敷かれてるねぇ……。それになんか懐いてない?」
カッサンドラ様の様子は、保護者以外の何者でもない。今頃は控え室で更なる説教をかまされている事だろう。
「前回は普通に悪役令嬢だったんだよね……カッサンドラ様」
「えー、昨日も優しくて頼りになる感じだったよ?」
保健室での様子を話すと『カッサンドラ様もまるで別人ね……』と驚いていた。エリィがヒロインだった前回では他の攻略対象の婚約者たちの先頭に立って、けっこうエグい感じで虐められていたらしい。
「はぁー。呪い解けないと話にならないし、二人仲良しじゃん。ほんと無理ゲーだよ」
何だかいっそ清々しい気持ちだ。
「いいえ! これはチャンスよ! 幸いライノルト殿下はカレンのことを認識していて、しかも髪もスカートも振り乱して走るあんたを『美しい』と評したのよ。イケるわ! まずは、ライノルト殿下の呪いの原因を探って、その後は呪いを解く方法を探しましょう!」
エリィが早口で言いながら、猛然とメモを取りはじめた。
「入るわよ! 美術部!」
えー、私は魔法植物の栽培したいなぁ……。
エリィと私でコソコソと作戦会議をしているうちにいくつかのクラブの発表があった。楽器部や飛翔部、魔法道具研究会などの実演を含む発表は、エンタメとしても楽しめた。
「飛翔部は浪漫あるけどちょっと怖いかな。魔道具はパソコンのプログラムっぽいよね。難しそう」
「しーっ! 剣術部の演舞がはじまるわ! フェリクス殿下とアーノルド様が所属しているの!」
フェリクス殿下はメインヒーローで俺様王子、アーノルド様はエリィが前回攻略に至らなかった脳筋枠だ。
どうやら楽しみにしていた生徒が多かったようで、準備の段階からざわめきが湧き起こっている。
舞台脇に二つの大太鼓が据えられ、ドーン、ドドーンと迫力満点の低音が響きはじめる。ひとしきり激しく打ち鳴らされた太鼓の音がピタリと止まると、閉まっていた緞帳がスルスルと上がった。




