第一話 命懸けの乙女ゲーム
3万文字程度で完結予定の短編です。ストック分だけぶっ放して、あとはのんびり更新予定。
気楽に楽しんで頂けると幸いです!
「ねぇ、ちょっと待って! じゃあ、命懸けでこのキラキラしい王子殿下を誑し込めって言うの? こんな美人の婚約者がいるってのに?」
状況を把握しなくてはいけないのに、頭が回らない。だって、こんなの……信じられない。血管が切れそうだ。
「下品ね。“恋に落ちる”とか“心を通わせる”とか言えないの?」
そんな綺麗な言葉で飾るような行為じゃない。結婚が決まっているカップルの仲をぶち壊し、仁義を無視して横から掻っ攫えってことだ。
「婚約は政略的なものよ。少なくとも殿下は乗り気じゃない」
「私だって、そんなの乗り気になれるわけない! あんた、横恋慕がどれだけ女子の間で非難されるか知らないの?」
「知ってるわ。でも死ぬよりマシでしょう? ゲームはもうはじまってしまったの」
自称『サポートキャラ』の茶髪少女が、言いながら皮肉っぽい笑みを浮かべる。彼女が言うには、今はチュートリアル中らしい。
「何を呑気にチュートリアルなんて……ログアウトも出来ないデスゲームじゃない!」
いったい、何がどうなると、こんな事態に陥るのか……。私が何をしたと言うのだろう。
* * *
私が何をしたか……。
私はただ、朝の通勤電車で暇つぶしに、はじめたばかりの乙女ゲームアプリを起動しただけだ。
起動した瞬間、目の前が暗くなり、チカチカと星が飛んだ。
『あ……貧血……?』
体調が悪かった自覚はないが、立ちっぱなしの電車で貧血を起こしたことがないわけではない。困ったなぁと思いながらも抗うすべがなく、諦めて意識を手放した。
そして次に目を開けた時には、コスプレじみた可愛らしい制服を着て、この部屋に佇んでいたのだ。高校を卒業してはや七年……生足で膝上十五センチのプリーツスカートなど、無謀にも程がある。何だか股下がスースーして心許ない。
ここはどこだろうと、辺りを見回す。知らない部屋だ。
貧血を起こして意識を失い、ヤバイ場所に連れ込まれてしまったのかと血の気が引く。
このままでは、あやしい店で働かされてしまうかも知れない。ワンルームらしき部屋には少女趣味のベッドがあり、否応なく労働の内容を想像して青くなる。
「だ……誰か来る前に逃げなきゃ!」
だが三階らしき部屋の窓から飛び降りる勇気はない。ドアには外から鍵が掛かっているのか、内にも外にもびくともしない。
なすすべがなく、ウロウロと部屋の中を歩き回ったり、何か武器になるものはないかと、探しているうちにドアの向こう側に人の気配がした。
その筋の人が来たと思い、緊迫感で胃がキリキリと痛む。何か武器になるものはと物入れを開けた途端にドアがカチャリと開いた。
入って来たのはコワモテの男性ではなく、今の私と同じ制服を着た、茶髪の少女だった。
「ど、同僚の方? この店で働いているの?」
私はこの部屋をコスプレ制服で性的なサービスをする風俗店で、彼女はここで働く店員だと思ったのだ。だが『同僚』は語弊があったかも知れない。私はまだ雇用契約を結んでいない。そして結びたくない。
「ここはロズワール王立魔法学校の女子寮よ」
「ああ、そうなんですね……」
いかにもな店名だ。客は魔法少女とイチャイチャエロエロしちゃう訳だ。私にそんなサービスが出来るとは思えない。その旨を伝えて、速やかに退店したい。
「あの……私、制服を着るのはちょっとアウトな年齢ですし、テクニック的にも自信がないので、今回は縁がなかったということで……」
茶髪の彼女から目を逸らし、脇をすり抜けようとした。
「ロズワール王立魔法学校。聞き覚えがあるでしょう?」
腕をガッチリと掴まれてしまった。小柄で華奢なのに、意外に力が強い。
「ろずわーる……まほう、がっこう……」
思わず復唱してしまう。
そう言われてみれば……確か、はじめたばかりの乙女ゲームがそんな感じの学園モノだった気がする。あれ……? 制服も似ているかも……。
不自然な符号に、不安感が募る。
「あの……私はなぜ、ここにいるんでしょう?」
何とも情けない質問になった。まるで記憶喪失の人のようだ。だが、電車の中で意識が途切れ、気がつけば見知らぬ部屋にいたのだ。それについて説明してくれる人がいても良いのではないだろうか。
「ゲームがはじまったからよ。お互いにベストを尽くして、エンディングを迎えましょう。私たちは一蓮托生なの」
彼女の応えは意味がわからなかったけれど、なかなかに物騒で、そして切実な響きを帯びていた。
「げえむ……」
私はといえば、彼女のテンションに着いて行けずに、英語を習いはじめたばかりの中学生のように、下手くそな発音で彼女の言葉を復唱するしか出来なかった。
こうして、私と彼女の生き残りを賭けた、乙女ゲーム攻略の幕が切って落とされた……。
らしい。
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