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火炎の国の妹姫

作者: 橘暁子
掲載日:2022/06/21

 

 旅人の娘は夢を見る。

 

 それは、今は遠い、故郷の姿。

 そして彼女の運命が決定的に変わってしまった、あの日の『儀式』――その、前日。


火瑠羅(カルラ)


 夢は、決まって姉の声から始まる。


火深羅(カミラ)姉さま」


 少女――火瑠羅はにこりと微笑んで、頬杖から顔を上げる。

 夜陰に紛れた姉の姿を、細い月光が照らす。

 真っ直ぐ伸びた深紅の髪。怜悧(れいり)な顔立ち。深夜だというのに、一分の隙もない服装と立ち姿。

 対して妹の方は、緩やかにうねった髪と艶やかな顔立ち、着崩した夜着に、だらしなく片膝を立てている。

 唯一、髪の色は全く同じで、それがかえって、この姉妹を対照的に見せていた。


 一族の中で最も赤い髪を持つ姉妹。

 火深羅と火瑠羅は、この国唯一の王位継承者だ。

 いずれはどちらかが、女王になる。


「いよいよ明日ね」


 青い瞳の火深羅が、抑揚の薄い口調でそう言った。


「そうね、姉さま」


 赤い瞳の火瑠羅は、姉にそう微笑みかける。


「ねえ、姉さま。明日、私を選ぶ神は現れるかしら」

「……せめて『神様』とおっしゃい」


 姉は嘆息して、けれど、律儀に答える。


「きっと、いらっしゃるわ。この国には、八百万の神々が御座(おわ)すのだから」


 それに、と、火深羅は続ける。


「……美しく、魅力的で、誰からも好かれる貴女が、選ばれない筈が無いわ」


 私と違って、という最後の呟きには気づかず、火瑠羅は眉を下げて微笑む。


「言い過ぎよ、姉さま。私は私のやりたいようにやっているだけ」


 そう言って、火瑠羅は身を乗り出して、姉におねだりする。


「ね、姉さま。私にもう一度、見せてくださらない? あの、美しい炎を」

「……仕方ないわね」


 火深羅はため息をついて、両手を胸の前で合わせる。そして目を伏せ、何かを呟くと――


「……嗚呼、やっぱり綺麗!」


 次の瞬間、受け皿のような形にした火深羅の両手に、赤い、そして中心が青い炎が、ポウッと灯っていた。


「言い過ぎよ、火瑠羅」


 そう言う火深羅は、どこか誇らしげだ。

 そして掌の炎からぽぽぽぽぽ、と小さな炎を生じさせると、桜色に変えたそれを、火瑠羅の周囲にはらはらと舞わせてみせる。


「わあ」


 火瑠羅は嬉しそうに、それに触れる。

 炎のはずのそれは触っても火傷することなく、ほのかに温かかった。


「やっぱりすごいわ、姉さま。国の象徴の『火神』に選ばれるなんて!」

「王族なら、当然のことよ」


 火深羅はそう言った後、目を伏せ、それに、と続けた。


「貴女だって、『火神』に選ばれるかもしれないわ」

「ええー、嫌よ!」

「どうして?」

「だって、私まで選ばれてしまったら」

「しまったら?」

「……兎に角! 私は選ばれたくないわ。だって、目立ちたくないもの」

「まあ」


 火深羅は嘆息する。

 同時に、周辺を舞う炎がゆらゆらと揺れる。まるで、笑っているように。


「あ、ごめんなさい。姉さまの神様、気分を害されたかしら?」

「……いいえ、笑ってらっしゃるわ。大丈夫」


 そう言いながら、火深羅は炎をパッと消し、踵を返す。

 その表情は再び夜に紛れ、火瑠羅からは窺い知ることは出来ない。


「もう寝なさい、火瑠羅。明日は貴女の、あなたたちの、『成人の儀』なのだから」

「そうね、姉さま。お休みなさい」

「ええ」


 部屋に戻っていく姉の後姿を見送りながら、火瑠羅はぽつりと呟く。


「本当よ。本当に、私は、神様なんかに選ばれたくはないの。……姉さまの邪魔にはなりたくない。だって」

 女王に相応しいのは、火深羅(姉さま)なのだから。


          ◆◆◆


 翌日。

 十五歳になった少年少女は、御祠山(みほこらやま)という、「神域」の一つに集められる。

 ――ここで、彼らの『成人の儀』が行われるのだ。


「次の者。前へ」


 早朝から始まった儀式。そろそろ太陽が中天を退き始めた頃、火瑠羅の番となった。


「嗚呼、貴女様でしたか。説明は」

「要らないわ」

「左様ですか。では、いってらっしゃいませ」


 そう、短く言葉を交わして、火瑠羅は神域の入口へと向かう。


 ……此処は、この国の者が生涯にただ一度だけ、足を踏み入れることが許される場所。

 十五歳になった春、少年少女は儀式用の服に着替え、己の名を書いた細長い木札のみを持って、山に足を踏み入れる。

 そこには数千、いや数万は下らない、数えきれないほどの小さな祠があり、その一つ一つに、『神様』が宿っているのだ。

 そして少年少女は、これからの人生を守護してくれる神様――『守護神』を探す。

 いや、選んでいただくのだ、と、儀式を終えた大人たちは言う。

 常人には計り知れぬ次元の眼を以て、神々は私たちの資質を見定めている。

 そしてその審美眼に叶った者だけが、『守護神』の加護をいただくことが出来るのだ、と。


 神様に選ばれたって、どうやって分かるの、と、火瑠羅はかつて、姉に訊いたことがある。

 火深羅は、そうね、と少し考え、やがてぼそりと言葉を紡いだ。


「実は、あまり覚えていないの」

「ええ?」

「無意識のうちに、走り出していて――いつの間にか、その祠の前に居たのよ。そして」


 私の神様が、目の前に御出(おい)でになったの。


 そんな姉の言葉を、火瑠羅はぼんやりと思い出していた。


 山の麓、入口の真逆、そこに打ち捨てられたかのように在った、苔生(こけむ)した小さな祠。

 気が付くとそこに居て、目の前には薄く光る、人影。


(嗚呼――選ばれてしまった。けれど)


 姉の邪魔になってしまうという、絶望。

 そして、隠しきれない胸の高鳴り。


(私の神は、どうしてこんなに――綺麗、なのかしら)


 火瑠羅は夢見心地のまま、神様に促されるまま、自分の名を――決して離すまいと握りしめていた、名が書かれた木札を、神に捧げてしまったのだ。

 それがどのような存在なのか、これからの自分に何が待ち受けているのかも、知らぬまま。

     

        ◆◆◆


 ふ、と瞼を開く。

 どうやら寝てしまっていたようだ。軽く頭を振って、火瑠羅は起き上がる。


『大丈夫か?』

「……ええ、大丈夫よ。私は、大丈夫」


 頭に響く声。

 そんな『彼』の言葉に応えながら、彼女は夢に思いを馳せる。


 あの後、国は大騒ぎになった。

 彼女の『守護神』が、国始まって以来の、前代未聞の存在だったから。


 ……彼は『時神』。

 神話でしかその存在が語られたことのない、時間を司る、強大な神。

 当の本人は、今は最早殆ど力は残っていない、と言うが。

 そんなこと、人間にとっては些末なことだった。


 国民は、幻の神に見出された火瑠羅を褒め称えた。

 流石は王族、『守護神』を得られなかった先代とは大違いだと。

 そして遂には、火瑠羅を次期女王に推す声ですら上がり始めたのだ――あれ程、国民の前では、愚かしく奔放(ほんぽう)な王女を演じていたというのに!

 

 それだけだったら、まだどうにかなったのかもしれない。

 あんなものは一時の熱だ。

 普段の火瑠羅を思い出したら、火深羅の方が女王に相応しいことなど、誰かどう考えたって自明な筈だから。


 けれど、事態は火瑠羅が考えていた程甘くは無かった。

 最も近くに居た人、尊敬してやまない、唯一の親族。

 ……真面目で優しい、火深羅姉さま。

 彼女をあれ程までに傷つけていたのだと、もっと早く、気付けていれば。


『……あの子なんて、最初から居なければ良かったのに――』


 あんな言葉を、聞かずに済んだだろうか。


『本当に、大丈夫か』

「ふふ、大丈夫だって言ったでしょう?」

『嘘だ』


 薄く透ける両腕を伸ばし、『彼』が彼女の頬に触れる。


『泣いている』

「嘘。……あら」


 頬に触れると確かに、涙の跡があった。

 如何(どう)してだろう。

 夢、それ自体は、そんなに泣く程のものでは無かったのに。


『……あの日々に、戻りたいのではないのか』

「え?」

『ずっと、言っているだろう。私の力はもうほとんど残っていないが、お前一人、望みの時間に飛ばす位は、簡単なことだと』


 だから、望みを言え。

 そう言う『彼』に、火瑠羅は緩やかに首を振る。


「これも、ずっと言っているでしょう。私は貴方の力を生涯、借りるつもりは無いって」

『……』


 不服そうにする彼に、彼女は苦笑する。

 火瑠羅だって、考えなかったわけではない。

 あの日に――あの、楽しかった日々に、戻ることが出来たなら、と。


 ……あの日、火瑠羅はすべてを失った。


 美しい故郷。

 優しい姉。


 もしかしたらこれらは、過去に戻ってうまく立ち回れば、失わずに済むかもしれない。


 ……けれど、火瑠羅は昔から、衆目を集めやすい存在だった。

 それはまるで、呪いなのではないかと疑うくらいに。

 だから、遅かれ早かれ、自分は火深羅の負担になったのではないかと思うのだ。

 それを悟れば、自分はきっと今のように、故郷を出る決心をするだろう。

 それでは過去に戻る意味が無い。


 それに、例え戻ったって、手に入れられないものもある。

 彼女にとって、それは――()()()()の、鮮烈な恋。


 誰にも言ったことのない、彼女の願い。

 普通の娘としてありきたりな日々を過ごし、誰かと恋をして、結婚して、子どもを産んで。そうして家族と一緒に、幸せに老いていく。

 そんな、ありきたりな、けれどかけがえのない夢だった。

 だと、いうのに。


 あの日目の前に現れた彼女の神は、これまでに見たことのない程、美しく、綺麗で。

 そんな『神様』に、彼女は愚かにも恋をした。

 ――絶望的に、人間とはかけ離れた存在の『彼』に。


 彼相手に、己の夢が成就出来る筈もないし、これは過去に戻ったってどうにか出来ることでもない。

 だから、火瑠羅は生涯、『彼』の力を行使しようとは思わない。したく、ない。


『火瑠羅』

「なに?」

『……私は、如何すれば良いのだ。これではお前の守護神になった意味が無い』

「まあ」


 火瑠羅はからりと笑う。


「何も。何も、しなくて良いのよ。ただそこに在ってくれれば」

『……』


 ぐっと眉根を寄せる『彼』。

 実際自分のことを隠さなくて良い、絶対的な味方が常に側に居るのは、旅人の身である彼女にとって、とても幸運なことだった。

 それが初恋のひとであるなら尚更。嗚呼、けれど。

 

 彼女は己の身の内に渦巻く、どろりとした、薄暗く、浅ましい感情に気付いている。


 貴方は、そのまま見ていてくれれば良い。

 私の人生を、もどかしく、私を、私だけを見て。

 そうして、貴方に頼らず、私は最期まで、生きて、生きて、生き抜いてやる。

 

 そうすれば、それは、普通の人間の一生よりも、何時何時(いついつ)までも貴方の中に、鮮烈に(のこ)るでしょう?


 くすりと、けれど、どこか儚げに笑みを深めた彼女を見て、『彼』は何も気づかず、不審そうに首を傾ける。


「カルラさーん? 起きてますぅ? 踊りの指導を頼みたいんですけど!」


 不意に、テントの外からかけられた声。それに彼女ははっとして、慌てて声を張り上げる。


「はぁい、朝食の後にね!」

「やったぁ!」


 うら若く弾む声が、彼女のテントから遠ざかる。

 彼女はぐっと伸びをして、ぱぁんと頬を張る。

 それに目を白黒させている『彼』を見て、彼女はからりと笑う。


 『彼』に対する、浅ましい感情。

 どこまでも彼女は人間で、神である『彼』とはやっぱり違う。

 けれど、それで良いのだ。

 そして『彼』に美しく記憶される為に、彼女は毎日を生き生きと過ごさなければならない。

 だって、ジメジメした自分を、初恋のひとに覚えていて欲しくはないでしょう?


 そうして、彼女――旅団の一番の舞手・カルラは立ち上がる。

 顔に、誰もを魅了する、艶やかな笑みを浮かべながら。


「さぁて、今日も一日、生き抜きましょうか!」



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

これは連載中の小説、「舞踏会の夜から始まる契約結婚」のスピンオフ的作品です。

よろしければそちらもどうぞ。


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