第21話「約束」
言った後、なんでそんなこと口にしたんだ、と思った。
でも、もう遅かった。
隣の人物の体温がみるみる上がっていく。
汗をかいているのが分かる。
顔を見ると、真っ赤だった。
「えっ!? あっ……えっ!?」
泡を食っている。
あまりにも唐突な質問。
彼女の混乱が手に取るように分かった。
「あっ……! う……ル、ルゥ? なんで? ルゥのこと?」
「あ、は、はい……ルゥのことです。好き、ですか?」
再度問うた。
勢いで言ってしまった。
もう、聞いてしまったことを誤魔化せそうにない。
熱い。
あっ……なんでだろ。
私も汗、かいてる。顔、真っ赤だ。
マルテさんはしばらく「あうー、あうー」と唸っていた。
どうしようもなくなり、焚火を見つめながら私も黙る。
(ほんと、なんでこんなこと聞いちゃったんだろ……)
この反応を見るに、答えは聞くまでもなかったかもしれない。
そう、わかってた。
ずっと意識にあった。
だから、つい口をついて出たんだと思う。
なんでそんなことをずっと考えていたかというと、
「……好き」
その呟きで、思考は打ち切られた。
驚き、彼女を見る。
真っ赤になり、目を潤ませ、口を戦慄かせながらも、確かに言った。
その一言が呼び水となったのか、彼女は語りだした。
「私、ずっと家の中にいたの。誰にも目につかないように、静かに、隠れるように。それを、ある日アイツが来て、嵐のように私も運ばれちゃった。それから、ずっといる。……その時から、ずっと、好き」
彼女の横顔を見つめる。
言った後、僅かに息を吐いた後、若干スッキリしているように見えた。
そうか。彼女の想いは、逢ったときから。
もうずっと、その想いを抱き続けているのだ。
未だに胸にしまったままなのが、彼女らしいと言えば、彼女らしい。
……いや。彼女は言ったのか。
あれが本当に自覚してのことか分からなかったが、「禁忌の魔法」に手を出した時。確かに、ルゥに「好き」と言った。私も聞いたし、ルゥも聞いた。
アレに対する、返答はないのか。
いや、呟くように言っただけだしな……ルゥからは答え辛いか。
アイツはどう思ってるんだろうな。ほんと、そこだけはよくわかんない。
「……ハルは」
唐突に、マルテさんが呟いた。
言った後に、彼女は僅かに驚いた後、続けた。
「ハルは、ルゥのこと、どう思ってるの?」
「えっ!? うぇっ!? えっ!?」
私はアワアワと口を動かした。
汗が一気に噴き出す。心臓がバクバクと脈打つ。
先ほどとは、反対の状況になった。
やはり、私も何も言えない。
いざ、口に出そうとすると、勇気が、足りな、
「……ずるいよ。私だけに言わせておいて」
その言葉に、キュッと心臓が縮んだ気がした。
そうだ。全く彼女の言う通りだ。
人に聞いておいて、自分は涼しい顔か。
それはないだろう。ないかな? ないなぁ。ないよね。ないですよね……
「私、も……ルゥのことが」
ジッと彼女が私を見つめる。
その視線は、私を逃がしてくれそうにない。
「好き……かも?」
と、お茶を濁すに至った。
「もうっ、何それ! ずるい! ハッキリ言ってよ!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい……」
でも、これで精いっぱいだったのだ。
人にこんな告白をするのは初めてだ。
たとえ本人を目の前にしたわけじゃなくても。
そりゃ、こうなる。
ごめん、マルテさん。しんどいよね。
……ハァ。あ、でも、私もなんかスッキリした気がする。
「……ふふ。でも、ハルらしいかも」
そう言って、彼女は頭を私に傾けてきた。
「わ、私の方は、まだ会ってそんなに経ってないので……」
「……時間なんて関係ないよ。ハルの想いも、私の想いも、一緒」
「そう、ですかね……」
「そうよ」
「そう、ですか……」
認めてしまった。
そうか。私は、あの唐変木が、好きなのか。
そうなのか。そうか……
「……どうしよっか」
マルテさんが、焚火を見つめながら言った。
「えっ?」
「私とハルで、取り合ってみる? アイツ」
「えっ? ええ……?」
それは、とても、とても。
私なんかが、マルテさんに敵うとは……
大体、私に何が出来るのだ。
せいぜい、料理を作るくらいだ。
……いや? 料理が出来れば、結構いけるのでは?
アイツ結構良く食うし。
いやいやいやいやいや。
やっぱり、無理、無理……
「……私、多分無理だな。ハルと争うの」
そう、焚火に投げかけるようにつぶやいた。
彼女の横顔。
とても、寂しそうだった。
思い出す。
追憶の中で、泣いている彼女に魔法をかけてあげるルゥ。
その時に思ったこと。
「……私も、多分、無理です」
三人一緒が、いい。
そう思った。
……現実的に、そんな選択が可能なのか?
この世界に、重婚はありなのか?
いや、その前に、アイツの想いはどうなるのだ。
私を選ぶとは限らないじゃないか。
そうだ。
それに、何より、私は、私は……
いずれ、戻らねばならないのだ。元の世界に。
その時、アイツはどうなる。
私を選んだアイツはどうなる。
一人、残されるじゃないか。
そんな選択肢は、ダメだ。
それならば、やはり、彼女を選ぶべきなのだ。
なのだ。なのだ。なのだ。なのだ。
……でも、やっぱり、この世界にいるうちは……
「三人がいい」
そう、思った。
彼女は私の呟きを聞いただろうか。
「私も」
確かに、そう聞いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
〇月×日。天気、コールタールの日。
空は相変わらず真っ黒だ。
だが、時計は朝を示している。
起きる時間は変わらない。
キャンプを回収し、出発準備を整える。
「……問題は無いか? ……無いな? では、出発!」
ワースさんが号令をかける。
ライトを照らし、魔導装甲車は静かに動き出した。
「予定では今日の昼前には湖に到着です。そこから先は、一直線で魔力特異点に向かいます」
「いよいよか。空の異常以外は、今のところ何も問題ないな。各自、気を引き締めておけ」
「了解」
今日はルゥが運転手だ。彼は軽快にハンドルを滑らせた。
……なんだろう。なんか、おかしいな。
ただ車を運転してるだけなのに。
ドキドキする。
……あ、マルテさんもルゥを見てる……若干、頬が赤い気がする。
いかんな。気が引き締まってない。私が悪いんだけど。
窓から外を見る。
暗い。木々が多い。
普段なら朝日が照らし、緑が綺麗だと思っただろうが、空が真っ黒に塗りつぶされてしまうと、ただただ怪しい感じが際立ってしまう。今にも何かが飛び出してきそうだ。
だが、何事も起きない。
車は無事、あと数十分で湖まで到着する、という時だった。
呼び鈴が鳴った。
すかさずマルテさんが応答する。
「レオ、何かあった?」
「マルテさん、飛竜が前方に激しい風の予兆を感じ取りました。湖付近は嵐になる可能性があります」
「そう。このまま行くのに支障はある?」
「まだ、なんとも……ただ、空が空です。気を付けた方がいいかと」
「確かに……どうします、ワース様」
「む……ひとまず、ゆっくり向かってみるか。嵐の様子を窺いながら進んでみよう」
「了解」
ルゥがすぐさま速度を落とす。
景色がゆっくりと流れる。
車の制動音が小さくなり、車内に静寂が訪れる。
だが、しかし。
微かに、耳が何かを捉えた。
マルテさんの耳がピピッと揺れる。
「ワース様……何かおかしいです」
「何じゃ? 何か見つけたか」
と問われ、マルテさんが返答を保留する。
耳をそばだて、周囲に警戒を巡らせる。
私も耳に意識を集中してみた。
……ゲッ、ゲッ、ゲッ、ゲッ……
不安を掻き立てる音だった。
確かに、聴こえてくる。
今も動いている車の周囲から、ずっと。
「何かが居ます。闇に紛れて、こちらを窺っているようです」
「む……よし、魔力シールド展開!」
すかさずワースさんが計器を操作する。
すると、暖色の光が装甲車を包んだ。
「ラース中佐、警戒せよ。何かが我らを追跡している可能性がある」
「了解。魔力シールド展開」
これで、一応防衛体制は整えた。
魔力シールドは導師の魔力結界にも相当する防御力があるらしい。
急に何かが襲ってきても、大丈夫なはずだ。
「マルテ、様子はどうじゃ」
「いえ、まだ……聞こえてきます。あちこちから」
「速度を上げるか?」
「致し方あるまい。いったん、速度上昇。嵐を避けるため、湖を迂回する進路を取れ」
「了解」
速度を上げたことで、追跡が止むことを期待する。
だが、予想に反し、不気味な声はどんどん増えていった。
「どうなって居る……? 追っているわけではないということか? 周囲全てに、何かがいるのか?」
その声の直後に、大きな振動が車体を襲った。




