第20話「闇を行く」
優し気な顔が私に問いかける。
『ねえ、アナタどこから来たの?』
『チキュウ? そんな国あったかしら……』
『この星じゃない? 異世界? ……そんなことってあるの?』
『まるでお伽噺ね。……ねえ、もしよかったらだけど……』
『私と、友達になってくれない?』
「……うん。いいよ」
ハッとして目を開けた。
夢を見ていた気がする。今度の夢は、茫洋としていてあまり覚えていない。
……何か、また口走った気がするのだが。
よだれが出ていたことに気付き、慌てて拭う。
起き上がると、違和感があった。
少し遅れて、その正体に気付く。
窓の外。どれくらい寝ていたのか定かでないが、夜のように暗い。
……そうだ。眠る前に、闇が空を覆ったのだ。
「あっ、ハル。起きた?」
マルテさんが隣で微笑んだ。
「は、はい。すみません、いつの間にか寝ちゃって……」
「いいのよ。むしろ調子が悪いときは、ちゃんと休んでね。無理したら、旅が辛くなるだけだから」
「はい……もう大丈夫です」
実際、気分は悪くなかった。
たくさん寝たからだろうか。結構すっきりしていた。
「ルゥ様、魔法を一杯かけた甲斐がありましたね!」
リィちゃんが言った。
「えっ?」
「わっ、バカッ!」
珍しく、ルゥが慌てた。
「ルゥ様は、ハルさんが苦しそうにするたびに”静寂の風”を使っていたのです。とても優しいのです」
「そうなの?」
ルゥは顔に手を当てて「しまった」という表情をした。
「別に……どうということはない。仲間が倒れれば、オレは介錯する。それだけだ」
と、勝手にしゃべった。
「……別に何も聞いてないよ」
というと、忌々しそうに顔を歪める。
フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
……こういうところあるよな、ルゥって。
わかってるよ。照れてるんだって。
「私が眠って、どれくらい経ちました?」
「ニ、三時間ってところね。空は相変わらず真っ暗。まだ日が落ちるには早いんだけどね」
「そうですか……ほかに、何か異常は?」
「ん。今んとこない。旅自体は順調よ」
「ホッ……良かった」
私は大きくため息をついた。
以前、空が似たようになった後、黒い波が押し寄せてきたことがある。
またあんなことがあれば、今度こそもうダメかもしれないという不安があった。
だが、これだけ待っても何も起きないようなら、あの時と同じ現象という訳ではないのだろう。ひとまず安心する。
その後も車は何事もなく走った後、目標としている湖との中間地点に到着した。
車を降り、キャンプの準備をする。
「……どうにも、落ち着かないねえ。この空が夜空じゃなくて、雲に塗りつぶされた黒だと思うと」
運転席から降りながら、ダンさんが言った。
「うむ。まだ油断は出来んかもしれん。各自、警戒は解くな。……ハルとリィは、慣れてないじゃろうから、無理はせんようにな」
ワースさんが私とリィちゃんを見る。
「はい」
「リ、リィは大丈夫なのです! ダン様と一緒なら……」
「そうか。なら、見張りはダンと一緒にしてもらうかのう」
「ワースさん。ちょっとよろしいですか」
レオさんが近づいてきた。
「なんじゃ。レオ」
「夜間の警戒ですが、飛竜に任せてはどうでしょうか。彼らは夜目が効きますし、耳も鼻もいいです」
「……任せてよいのか? ワシらは飛竜の世話まではできんが」
「ええ。実の所、いつもは適当なところで自由に休ませているのですが、今は怖がって私たちと離れたがらないのですよ」
レオが闇に眼をやると、グルル、と大きな飛竜が出てきた。
飛竜は猫のように小さく蹲り、レオの前に座った。
「……ワース様。彼らの目は確かです。私たちよりも、よほど闇に対しては慣れているかと」
と、マルテさんが耳打ちした。
(あっ……これも「仲良くなろう作戦」の一環かな?)
「……よかろう。夜は任せたぞ」
その言葉に、レオが頷き、飛竜は再び闇に紛れていった。
彼らが見回りをしてくれることで、私たちは安心して眠れることとなった。
ただし、もし何かあった時に対応できるよう、誰か一人は起きておく。
今日はマルテさんとワースさんが交代のようだ。
夜中。誰もが寝静まった頃。
昼間に寝ていた私は、まだなんとなく寝付けずにいた。
「……」
むくりと起き上がり、外に出る。
闇の中に、ポツリと頼りない焚火。
その横に、マルテさんが座っていた。
「マルテさん」
「あれ? どうしたの、ハル」
「なんか、眠れなくて。昼、寝すぎちゃったみたいです」
「ああ、そういうこと」
「あの、もしよかったら、少しお話しませんか?」
「話? いいわよ。むしろこっちは暇だったから、大歓迎」
そう言って彼女は手招きした。
彼女の隣に座る。
毛布に二人でくるまり、焚火に当たる。
「……どうですか? 『仲良くなろう作戦』は」
「あはっ。何そのネーミング。可愛いね」
「えへへ……なんとなく、そう呼んじゃってて」
「うん。なかなかいい感じかも。今日のレオの提案も、いつもなら突っぱねちゃいそうなやつでしょ? でも、受け入れてもらえた。少しずつ信頼関係が出来てきてるのかも」
「そうですよね。信じてない人に、あんなこと任せませんよね」
「そうそう。だから、今日のは大きな一歩! 竜と人が、歩み寄り始めたのよ」
「うふふ、すごいです。最初はどうなるかと思ったけど、見守ってきた甲斐がありました!」
そう言うと、マルテさんは目を細めて私を見た。
「……正直、ハルにはだいぶ救われているわ。いいえ。ほとんど、あなたのおかげかも」
「えっ? わ、私、何かしましたっけ?」
「いっぱいしてるわよ」
「え、え? えーと……」
と、思いつく限り考えてみる。うん……なんかしたっけ?
「あなた、いつも料理作ってくれてるじゃない。レオたちの分も」
「あっ、あ――っ!」
そうか。すっかり抜け落ちてた。自分が料理をするのが、当たり前だと思っていたのだ。
「で、でも、料理してるだけですよ? そんなんで仲良くなろうなんて……」
マルテさんが首を振る。
「案外バカにできないわよ。ハル、知ってる? ゼラとギラが、たまにご飯おかわりしてるの」
「え、そ、そうなんですか?」
「うん。レオの分だと思って持ってったら、彼らが食べちゃった」
「うわ、うわ――……」
それは、想像できなかった。そうか、やっぱり、気に入ってくれてるのかな。私の料理……
「それにね、それを食べてるアイツらがね、妙に美味そうに食べてるように見えるのよね……」
「あっ! やっぱり、ですか? そう見えますよね?」
「うんうん。竜の表情、読み辛いけどねー。アレは確実に、美味いって思ってるよ。じゃなきゃ、お代わりなんてしないし」
「ハァ――……良かったぁ」
そっか。私、役に立ってたんだ。無駄じゃなかったんだ。
そう思うと、がぜん彼らに親近感がわいてきた。
もっと、美味しい料理を作ってあげないと。
「だから、ね? ハルが来てくれて、本当に良かった。魔導院でも仕事でも、あなたがいてくれたおかげで、私、本当に助かってるし、楽しい。ハル、ありがとね」
そう言って、彼女は私を抱き寄せた。
いい匂いがする。
「ふふ、私も、マルテさんに会えてよかった」
嬉しい。本当にそう思う。
だが、同時に……一抹の寂しさのようなものも感じていた。
「マルテさん。私が元の世界に帰ったら……どう思います?」
「えっ」
彼女は意表を突かれた、という顔をした。
「あっ……そうか。ハルは、この世界に来たくて来たんじゃなかったね。ごめんね、ハル」
「あっ、そういう意味じゃなくて……マルテさん達に会えたのは本当に嬉しいです。でも、私が帰るとなったら……みんな、どう思うのかなって。純粋に」
彼女の目を見る。
ブルーの瞳が、僅かに揺れた。
彼女はわずかに戸惑うようにした後、呟く。
「……寂しい。本当のこと言えば、ずっと一緒にいたいくらい。……こんなこと言ったら、帰りづらいかな」
「いいえ。ありがとうございます。嬉しいです」
毛布にくるまり、身を寄せ合いながら、しばらく焚火を見つめた。
静かな時が訪れる。
「……マルテさん。ルゥのこと、好きですか?」
と、その言葉は思いもかけずに私の口から飛び出した。




