第19話「魔界顕現」
空が塗りつぶされる。
まるで絵具の黒をぶちまけたように、黒い雲が広がっていく。
先ほどまではちっぽけな黒い点のようだったのものが、凄まじい速度でこちらに向かってきていた。
ギャア! ギャア!
飛竜たちが叫びながら降下してくる。
彼らは何かを狩っているのではない。
追われるように、私たちの傍に降りてきていた。
「ワース!」
ダンさんが叫ぶ。
「一旦停止!! 軍の車両もじゃ!!」
ワースさんの号令により、全車両が動きを止める。
「”光の壁よ、顕現せよ!!”」
ワースさんが魔力結界を車両を覆う形で展開する。
暖色の光が私たちを包んだ。
ルゥとマルテさんが外に飛び出す。
周囲を警戒するように構えた。
全員が固唾をのんで空の変化を見守る。
闇はやがて、私たちの頭上を覆い、通ってきた道の先まで染め上げていった。
全員、頭上の変化に目を見張りながらも、周囲に異常が無いか警戒を続けた。
「……全員、無事か」
ワースさんが言った。
「こちらマルテ、問題ありません」
「ルゥ、問題なし」
「ダン、車両に異常なしだ」
「リィです! 大丈夫です!」
「こちらラース中佐。異常はない」
「レオです。我々の方も、異常ありません。飛竜たちも、全員戻ってきました」
無事を伝える声が次々と聞こえてくる。
その声を聞きながら、私は……私は。
「……ハル? ハルは無事か!?」
ワースさんが客室に乗り込んでくる。
彼女の姿が目に映る。
そして、私は……
「あ……あ……あ……」
逃げ込むように、客室の端で震えていた。
ただひたすら、空を見つめながら。
「ハル! どうした!? 大丈夫か!?」
彼女の声が聴こえる。
しかし、反応できなかった。
私は……思い出していた。
この世界に来る前。
東京の空を覆った闇。
その後に起こった出来事。
全部が消えた。
空も、家も、アキちゃんも。
似ているのだ。あの時の空に。
まるで、タールを落としたように、黒い空……
「いや……! いや……!!」
「ハル、大丈夫じゃ! しっかりせい!」
ワースさんが私を抱きしめるも、震えは止まらない。
寒い。ワースさんのからだが熱い。怖い。誰か。助けて。アキちゃん。
「どけっ!!」
ルゥが車内に入ってくる。
彼はワースさんをどかすと、私に触れた。
「”静寂の風よ、鎮めよ!!”」
彼の手から優しい光が溢れてくる。
光は私を包み、少しずつ恐怖を溶かしていった。
「あ……あぁ……」
呼吸。
激しく喘いでいたのが、徐々に治まる。
動悸、汗、それらも引いていく。
「ハァ……ハァ……」
ルゥの手を握る。
暖かい。
……大丈夫だ。戻ってきた。
いつもの、私だ。
「あ……ありがとう、ルゥ。もう、大丈夫……」
「本当か? 無理してないか?」
「本当だよ。ちょっと、怖いことを思い出しただけだから」
と言って、微笑んで見せる。
その様子に、車内流れていた緊迫した空気が収まっていった。
ワースさんがホッと息をついた。
「ふぅ、ハルが無事で良かったわい。ナイスアシストじゃったな、ルゥ」
「……コイツにこの魔法を使うのは、よくあることだからな」
「ハルも無事じゃ! 全員、一旦状況を確認するぞ!」
ワースさんが外に呼びかけると、全員が集まってきた。
私、ワースさん、マルテさん、ダンさん、ルゥが車内に戻る。ドアを開けたままにし、外にいるレオさんやラースさん達と話し合いが行われた。
「一体なんじゃ、この空は?」
「普通の雲ではありません。動きが速すぎます。とても自然現象とは思えません」
「……わずかに魔力干渉を感じる。魔力を持っているのか? あの雲は」
「ああ、嫌な感じだ……雲からプレッシャーのようなものを感じるよ。まるで、雲そのものが生きているかのようだ」
「飛竜たちが怯えています。あの雲には近づきたくない、と言っています」
「……ふむ。やはりただの雲ではないようじゃな」
全員が空を睨んだ。
変わらない。
真っ黒な雲が存在しているだけだ。
「……だが、今のところワシらに対して何か起きるようなことは無いな……無視して進んでいいと思うか?」
ワースさんが思案するように顎に手を当てる。
「ワース様。選択の余地はないかもしれません」
マルテさんが車内の機器を覗き込みながら言った。
「何、どうした? 何かあったのか?」
「……魔導院と連絡が取れません。ペンダントだけでなく、車内の通信機器からも」
「なにっ?」
すかさずワースさんが魔導院のペンダントを起動する。
「こちらワース、魔導院本部! エア! 聞こえるか!?」
だが、応答はなかった。
彼女だけでなく、ルゥ、ダンさんもペンダントを起動していた。
結果は同じようだった。
「くっ。これが、あの雲の魔力干渉による影響か……!?」
ワースさんが呻く。
「待ってください。ワースさん」
レオさんがワースさんに呼びかけた。
「何じゃ?」
「我々も、竜王国との通信手段を持っています。今、試しています」
「おお!? して、結果は?」
「ゼラ、ギラ。どうだ?」
レオさんが竜人の二人に問いかける。
全員が彼らを見つめる。
「……ダメだ。我らの信号も、届かない」
「向こうからの信号もない。途絶えてしまった」
その言葉に、シン、と場が静まった。
「……我らは孤立無援、という訳か」
呟くように、ワースさんが言った。
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「計器類は無事か?」
「ああ、一応方角はわかる……が、魔力を用いた物はダメだな。全ていかれてしまっている」
「どうする? この現象が収まるのを待つか?」
ルゥがワースさんに訊いた。
ワースさんはしばし目を閉じ、むむむ、と唸った後、
「……行こう!! もとより、魔力特異点周辺は激しい魔力嵐となっているという。ならば、この程度の異変で我らが怯むわけにもいくまい。時も食料も有限じゃ! 道を切り開こうぞ!」
「……わかった!」
ダンさんが力強く頷き、全員がそれに続く。
魔導装甲車に全員が乗り込み、軍の人たちは軍の車両に戻って行った。
「飛竜は少々低空を行くことになります。これまでのように遠くを見通せませんが、ご容赦を」
「構わん。助かったぞ」
と、レオさんが後部車両に戻って行った。
それを見送ると、私はコテン、と横になった。
「ハル、大丈夫? 無理しなくていいからね」
マルテさんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「はい、大丈夫です……少し、横になってていいですか?」
ルゥに癒しの魔法をかけてもらったが、それとは別に妙にだるかった。旅の疲れが一気に出てきたのかもしれない。
転がった私に、マルテさんが優しく毛布を掛けてくれる。
横になって、思う。
窓から見える空は真っ暗だ。先ほどまではあんなに明るかったというのに。
これから先、何か不吉なことが起きなければいいが……
魔導装甲車のライトが灯る。
闇を切り裂くように、私たちは進んだ。




