第18話「暗雲」
私に時々起こる不思議な現象。
突然見る夢。その後に起こる出来事。
全てを、彼女に打ち明けた。
ワースさんはいつになく真面目な顔で私の話を聴いていた。
「ふむ。まるで過去を見ているかのような夢に、その後起こる不思議な出来事……か。これまでのハルの突然の行動も、それが原因だったのじゃな」
「はい」
彼女には一度その様子を見られている。
魔導学院の地下の遺跡にルゥ達が潜入したとき。
彼らからの通信が途絶えたとき、急に夢を見たのだ。
「しかも、その夢の中には、ワシそっくりな美少女が出てくるとな……むむ、確かに、これはただ事では無さそうじゃな」
「美少女とまでは言ってませんが……」
まあ、確かに可愛いけどさ。
「そこは流さんかい! ……しかし、ワシもミイスと言う名は聞いたことがない。もちろん、ジードもキアもじゃ」
「そうですか……」
「ハルはその夢を人竜戦争時代のモノと予想したようじゃが、そもそもワシはそこまで長生きしとらん。せいぜい三百歳くらいじゃ」
「さ、さんびゃく……!?」
それでも、想像より遥かに長生きだった。
一体どういう生き物なのだ。
「な、なんでそんな子供みたいな見た目なんですか!?」
思わず訊いてしまった。
「……さあ? 昔からこうだからのう。深く考えたこともなかったわ」
「ええー!?」
どういう思考回路してんだ。
それとも、この世界には彼女みたいな存在は珍しくないんだろうか。
よくあるファンタジー物のエルフみたいに。
「問題は、ワース様よりもハルの夢よね」
いつの間にか話を聴いていたマルテさんが言った。
「予言者のような存在は、ハル以外にも何度か聞いたことがあるわ」
「ただ、そのほとんどが実際に検証してみると、嘘だったり勘違いだったりしていたのです。検証していない者も、その信憑性は疑わしいのがほとんどです」
と、さらに隣で話を聴いていたリィちゃんが言った。
「でも、ハルの場合は違う。私も彼女が魔導学院の封印を解くところを見たし、本物の予言者と言って良いわ」
「わ、私のは予言というより、たぶん昔の出来事を見てるだけですよ」
「そうね……予言とは違うわね。じゃあ、何と言ったらいいかしら……『既知者』?」
マルテさんは真剣な表情で顎に手を当てて言った。
既知者……なんか無理やりじゃないだろうか。と、突っ込むのは真剣な彼女が可哀そうだからやめておいた。
「ふおお……既知者!! ワクワクして来たぞ!!」
しかし、ワースさんには効果てきめんだったようだ。知的好奇心を刺激され、目をキラキラさせて私に詰め寄った。
「ハル!! この旅が終わったら、本格的に魔導院に入ってみんか!? 一緒に、この未知の現象を研究してみようぞ!!」
「え、ええ?」
「面白そう、面白そうです! リィも魔導院に入ったら、ハルさんと研究してみたいです!」
リィちゃんまで尻尾を振ってきた。
「そ、それは楽しそうですけど。でも……」
実際、彼女たちといるのは楽しい。魔法の研究も、私も魔法を使えるようになったことだし、役に立てることだろう。魔導院に愛着も湧いてきたし、この世界にいる限りは大歓迎だ。
でも、私の旅が終わると言うことは、つまり……
「ワース様。ハルは旅が終わって、妹と再会すれば、元の世界に帰りたいと思いますよ。異世界の人なんですから」
マルテさんが言った。
そうだ。私の旅が終わるとは、そう言うことだ。アキちゃんと共に、元の世界に帰らねばならない。その方法はわからないが……
「あ、そうじゃった。ハルは異世界に帰るんじゃったな。……それなら、一緒にそれも研究すればよいぞ! その間だけでも、一緒に魔導院にいよう! な!? ハル!!」
ワースさんが満面の笑みで言った。
私もつられて笑顔になる。
「は、はい。よろしくお願いします」
そう答える。
嬉しいと思う。この世界にも、私の居場所はある。
だが、それが一時的なものだと思うと……ズキリと、胸が痛んだ気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌朝。
各種の点検を行いながら、出発の準備が進む。
一応の昼までに終えることになっているが、やることはそんなにないため、みなゆったりと作業している。
その中で、一人。真面目に魔導装甲車を眺めている人物がいた。
ルゥだ。
「ルゥ」
話しかけてみる。
彼は無視することもなく、私を見た。
「なんだ。食料の準備は終わったか?」
「うん。ルゥは?」
「オレの方も大体終わった。だが、この旅は長い。何があるとも限らないからな。どこかに綻びがないか、観察していたところだ」
「真面目だね。何か気になるところはある?」
「今のところ装甲車に不調はない。食料や燃料の消費も想定通り……いや、余裕があるくらいだ。不安だった竜たちも、大人しいものだ。順調そのものと言って良い」
「そう。良かった」
「ただ、マルテが見たという謎の生物たちが気になるが……」
「ルゥ」
彼がなおも何か言おうとするのを、名前を呼ぶことで打ち切った。
「ん? なんだ」
彼の目を見る。初めて彼を見たとき、怖いと思った。
元々人は苦手だが、彼は特に険しい顔をしていたので、怖かったのだ。
でも、今は。
彼の目は、むしろ優しく見える。思えば、いつでもそうだった。
彼は私を守ってくれた。助けてくれた。魔法を教えてくれた。
今は、彼はちょっと素直じゃないけど、とても真面目ないい人だと思っている。
「ルゥは、私が元の世界に帰ることになったら、どう思う?」
彼は一瞬、意外そうな顔をした。
「それは……喜ばしいことだ。元々、お前は平和な世界にいたんだろう。それに対して、この世界は危険も多い。実際、何度もお前は危ない目に合っている。それを考えれば、お前が妹と再会し、元の世界に帰れることは……良いことだと思う」
「そう。でもそうなったら……寂しいとか、思う?」
「……」
彼は腕を組んで考え込みだした。
……え? そんなに考えること?
答えなんて、一つじゃないの?
何とか言ってよ。ねえ。
「……お前が居なくなると、うまい飯が食えなくなるのは寂しいな」
と、ポツリと言った。
……なんだよ。それってつまり、寂しいってことだろ。
もっとはっきり言えよ。このバカ。
「バーカ! 私がこの世界にいたって、私の料理が食べ続けられる保証なんて、ないんだからね!」
そう言って、彼の傍を離れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よっしゃ! 魔力特異点調査隊、出発じゃ!」
ワースさんの号令と共に、車両が一斉に進む。
先頭を私たちの乗る魔導装甲車。その後ろに連結された。後部車両。さらに、その100メートルほど後方を軍の車両が走り出す。
砂塵が舞う中を、私たちは再び進みだした。
「マルテ。次の目的地はどれくらいじゃ?」
助手席から、ワースさんが問う。
「ここから先は拠点らしい拠点はありません。地図を頼りに進むことになります。東に二日ほど進むと、大きな湖があるはずです。一先ずはそこを目指しましょう」
「了解!」
ダンさんが軽快に車両を走らせる。
心地良い振動と共に、旅は続く。
車はその後も、順調に進んだ。
しかし、半日ほど経ったころ。
「……ん? なんじゃ?」
車内に鈴のような音が鳴った。
何の音だろう。
「ああ、ワース様。呼び鈴です。レオたちといつでも連絡が取れるように、後部車両と通信用の魔道具を取り付けておきました」
「おお。ということは、レオたちからの連絡か」
「はい。こちらマルテ」
マルテさんが魔道具と思しき受話器に手をかけた。
『ああ、マルテさん。ちゃんと繋がりましたね。良かった』
「ええ。どうかした? 何かあったの?」
『いえ、まだどうということはないのですが……今向かっているのは、レザミアの湖ですか?』
「竜の間での名前は知らないけど……湖に向かっているのは確かよ」
『そうですか。実は先行させている飛竜たちから信号が送られてきたのです。どうも”様子がおかしい”と』
「様子がおかしい? それってどういう意味?」
『それが、我々が訊いてもなんとも要領を得ない回答でして。どうも相当混乱しているようです』
「大丈夫なの? 飛竜たちは」
『ええ。信号は定期的に返ってきてるのですが……あ、今こっちに向かってます』
「そう。無事なら良かったわ」
『はい……なに? 何と言っている? ”闇が……広がっている?”』
誰かに問いかけるようにレオが言ったとき。
「ワース! 前方の様子がおかしい! あの空を見ろ!」
ダンさんが叫んだ。
一斉に全員がダンさんが差した方角を見る。
私は窓から顔を出した。
「なに、アレ……」
空に穴があいたような、真っ黒い闇の帳。それが、急速にこちらに近づいてきていた。




