第17話「問い詰める」
心がひりひりする感じがする。
何かが、自分に訴えかける。
目の前にある景色、頬を撫でる風、乾いた空気……
全て、初めて見る物だ。感じる物だ。
だが、なぜか……なにかが、心に引っ掛かるのだ。
「どうしました? ハルさん」
リィちゃんが私の顔を覗き込む。
彼女の顔。何かが重なって見える。
そうだ。この椅子の高さ。
座り心地……
彼女の顔が夢の中の人物と重なって見える。
「ミイスちゃん」
「ほえ?」
リィちゃんが不思議そうに私を見た。
それは当然だ。彼女はミイスという名ではないのだから。
だが、私には彼女の顔に、夢の中の少女の顔が二重になって見えていたのだ。
『お父様。どうやって竜を止めるのですか?』
『奴らに直接手は出せねえ。呪いを貰っちまうからな。ま、貰ったところで天才魔法使いであるオレがやられはしねえが……面白くはねえ。そこで、天候を利用する』
『てんこう? 天気を操るのですか?』
『そうだ。オレの大魔法、”雷雲”を使い、ここら一帯を大嵐にする。風向きを竜に向けてな。そうすりゃ、風を受けて空を飛ぶ飛竜共はひとたまりもねえ。いくら奴らでも、天気までは呪えねえだろうぜ』
『流石父様なのです! それなら、竜も人間も傷つかずに済みますね!』
『ああ。だが、流石にこんな魔法はオレにしか使えねえ。いや、俺だけじゃ足りねえ。ミイス。お前の力も貸してくれ』
『はいなのです!』
『……ハァ。じゃあ、この大掛かりな要塞は何の意味があった訳?』
「……ハァ。じゃあ、この大掛かりな要塞は何の意味があった訳?」
それは、私の口をついて出た。
ハッとして唇に触れる。
間違いない。私が言ったのだ。
夢を見ていた。
ほんの一瞬の間、今ここにある景色が、同じなのに別のモノのように感じられた。間違いなく同じものを見ているのだが、違うのだ。
それは、遠くの木々や、雲の形……いや、そんなうつろいやすい物だけではない。
この要塞を構成する全ての要素。石。飾り。それらが、まるで新品のように輝いて見えた。それは、つまり、私が見ているものは……
「ハルさん!」
悲鳴のような声が、私の思考を打ち切った。
リィちゃんが、泣きそうな顔で私を見つめていた。
「どうしたのですか? 急に、遠くを見つめたまま黙ってしまって……!」
「あっ! ……うん。ごめん。大丈夫、大丈夫だよ、リィちゃん。ちょっと考え事してただけ」
「……ホッ。よ、良かったのです……」
私はなだめるように、彼女の頭をなでる。くすぐったそうに耳がピピッと揺れる。その感触に、わずかに私も安堵する。
だが、彼女の温もりに触れながらも……私は、先ほどの出来事をずっと頭の中で繰り返していた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ひゃーっ! 生き返るわい!」
目の前で泳ぐ幼女。
彼女をジッと見つめる。
ここハイアの街は、名物と言えば竜との大戦の名残。城や要塞の他に、わずかに温泉があるのだった。せっかく温泉があるのだから、浸かって行こうということで、女子たち全員で来たのだ。男どもは私たちの後ということになっている。
「ボクは温泉、初めてなのです! 気持ちいいです~~」
リィちゃんが蕩けそうな顔で湯に沈んでいった。
それらを眺めつつも、私はひたすら思い返している。
どうしても、離れて行かない。
時々私を襲う、不思議な夢。
明らかに、意味がある。
時には私を導くように。時には私を助けるように。或いは、何かの断片のように。
一体、これは何なのか。これまでは深く考えてこなかったが、今日起きたことで、そうもいかなくなった。
あの要塞。無造作にあった椅子。
私の推測が正しければ、アレはおそらくジードとミイスちゃんが作ったものだ。
しかし、その見た目はどう見てもかなりの年月を経ている。
だとすると、私が見ていたのは……過去の出来事?
確信があるわけではない。だが、そう考えるとしっくりくる気がした。
一度そう思うと、もうその考えが離れて行かない。
確かめたい。だが、どうすれば……と思ったとき。
目の前にいた。
夢の中の人物と、唯一符合する人物。
ミイスちゃんそっくりなババァ口調の人物……
ワースさんだ。
「ふはぁー。やっぱり、風呂は大事じゃな。体力の回復度合いが全然違う。やはり、魔導装甲車にもつけるべきじゃないかとワシは思うんじゃ。まあ、やろうと思えば魔法でそこらへんに風呂を作れるが……ん? どうした、ハル。そんなにワシを見つめて」
「……ワースさん」
「な、なんじゃ? そ、そんな真剣なまなざしで見られると、ワシもちょっと恥ずかしいぞ! で、でも、どうしても見たいと言うなら、ハルだけには見せてやらんことも……」
「ジードという人を知っていますか」
思い切って、聞いてみた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふぁ? 急になんじゃ? ジード?」
「はい。自称天才魔法使いのジードです」
ワースさんは腕を組んで考え込みだした。
「そうか、ジードか……」
ゴクリと、唾を飲む。
彼女の反応を待つ。一体、どういう反応が返ってくるのか。
私にはある予想があった。
彼女は見た目は幼女だが、中身は一応大人だ。たぶん大人だ。
それがどれくらいの年齢なのか定かではないが……
もし、何千年も生きているのだとしたら。
人竜戦争時代から生きているのだとしたら。
ミイスという名を変えて、今はワースと名乗っているのだとしたら。
ジードのことも知っているのではないかと思ったのだ。
果たして、彼女の答えは、
「いや、知らん」
あっさりしたものだった。
「ほ、本当に? 冗談じゃなく、一人も知りませんか?」
「な、何じゃ? どうした、そんなに慌てて……一応、覚えている限りの名前は思い出してみたぞ。でも、おらんかった。ましてや、天才を自称する魔法使いなんて、ワシが忘れるとは思えんのう」
「そう、ですか……」
予想は外れた。
いや、まて。まだ聞けることがあるはずだ。
「じ、じゃあ、ミイスという名前に心当たりは?」
「ミ、ミイス? いや、知らんのう……」
「そ、それなら、キアは? ワースさんは、どれくらい前から生きてるんですか!?」
ワースさんに掴みかかる。
「なんじゃなんじゃさっきから! どうしたんじゃハル。ちょっと、ワケを教えてくれんか。何が何だかさっぱりわからんぞ」
彼女が私を押しとどめる。
本当に困ったという顔で訴えてきた。
そうか。いっそ、全て言ってみた方がいい。
私に起こる不思議な現象。そこから導き出した私の推測。
聴いて貰えば、彼女なら何か答えを出してくれるかもしれない。
「実は……」
私は全てを打ち明けた。




