第16話「西端の地、ハイア。触れる足跡」
グッ、と息を呑みこんだ。
私を見つめる、六つの目。
竜が怖くないなんて、誰が言ったんだ。私だ。
だが、今改めて思い知った。
この人達、怖い。
『……ハルさん』
竜の言葉で、レオさんが言った。
『いつから、我々の話を?』
『え、ええっと、つい、今しがた……』
と、竜の言葉で答えた。
……直後に、しまったと思った。
レオさんが目を見開く。
『話せるのですか? 竜の言葉が』
『う、うえええええ……』
引っ掛かってしまった。
彼の質問は、私が竜の言葉を話せるか試してのことだったのだ。しっかり竜の言葉で返してしまった。「おはよう」だけだったら知らない言語でも言えるから、いくらでも誤魔化せたのに。
『……ハルさん。今まで、我々の話を分かっていて、知らないふりをしたのですか?』
レオさんの鋭い目が私を射抜く。
『ち、ちが、違うんです……』
ほ、本当だよ。
彼らの言葉が分かるようになったのは、ついさっきのことだ。
『ほう。違うとはどういう意味です?』
う、うう……そんな怖い目で見ないでよう。
でも、一体どうやって信じてもらえばいいんだ。
変な夢を見た後、あなた達の言葉が分かるようになりました。
アホか。そんな話、誰も信じるわけない。
『き、今日、変な夢を見ちゃって……そしたら、急に言葉がわかるようになったんです……』
だが、そのまま言ってしまった。私はそういう人間です。そうだよ、アホだよ。
『……は? 何を言っているんですか、あなたは』
疑惑を通り越して困惑、といった顔でレオさんが言った。
そりゃそうだ。話のレベルが合っていない。
『う、うううう……でも、でも、本当なんです……』
それ以上言えない。
レオさんが頭を抱える。
車内に流れる気まずい沈黙。
ヤバイ。この空気は苦手だ。なんとかしないと、でもどうすれば……
と思っていると、ずい、とギラさんが近づいてきた。
『ひぃっ!』
急に、目の前に竜の大きな顔。分かってはいても、怖くなって目を閉じてしまう。
すると、フンフン、と鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
恐る恐る目を開けると、ギラさんが料理の匂いを嗅いでいた。
『……レオ。こいつ、たぶん嘘をついていない』
『うん? なぜそう思うんだ?』
『匂いが違う』
そう、料理を受け取りながら言った。
『おい、それは料理の話じゃないか……?』
『いや、こいつ、ほとんどここに立っていない。聞き耳を立てていたなら、残った匂いでわかる』
『……ふむ』
レオさんが改めて私を見る。
ポカン、とそれを見つめ返す。
私は呆気にとられていた。
あまりにも意外なところから助け船が出てしまった。
どうしよう。信じてもらえたんだろうか。
『……しかし、だからといって、これまで我々を欺いていないとは限らないんじゃないか……』
レオさんはなおも私を怪しい目で見てくる。
『……ズルズル。本当にオレたちの言葉が分かっていたなら、それを今言う必要がない。黙っていれば、コイツはいくらでもオレたちの話を聴けた。わざわざ自分に不利になるようなことをする意味がない』
『た、確かに』
と、私が答えてしまった。
すると、ますますレオさんの顔が変になった。
さっきから彼を困らせまくってるな、私。
レオさんは諦めたようにハァ、とため息をついた。
『ハルさん。もう少し、詳しくその夢のことを教えて下さい』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『……ズルズル。という感じで、夢の中で”伝心”の魔法を使われたんです。そしたら竜の言葉が使えるようになっていました』
スープを飲みながら、説明を終えた。
後部車両では、竜の人たちと私と、みんなで朝食を食べている。
『なるほど。俄かには信じがたいが……確かに、ハルさんのように流暢な言葉は、そう簡単に身につくものじゃない。そうした夢は、これまでにも見たことが?』
『あっ、はい。彼らの夢を見るのは、二度目です。あっ、でも私、それ以外にも変な夢を見ることが何度かあって……』
そしてそれは、大概現実に影響を及ぼすのだ。
この世界に来る前に見た漆黒の波の夢。
ルゥと魔物との戦いで見た夢。
魔導学院で見た夢。
正夢というわけではないが、大抵は近しい出来事が起きた。
『……それは、夢というより、神託のようなものだろうな』
ギラさんが言った。
彼はスープを既に平らげてしまっている。
『しんたく?』
『神のお告げのようなものだ。神事において、巫女などが賜る神の言葉だ』
神のお告げ? そうなると、神はジードということになるが……あの、悪ガキみたいなのが、神? ないない。大体、私も巫女って感じじゃないよ。
『我ら竜の中にも、そのような者がいる。だからオレは、お前の話を信じるのはやぶさかではない』
そう言いながら、空になった皿を渡してきた。
ギラさんの横顔。満足そうに見えなくもない。
『ふーむ……確かに、これまで何度となくハルさんの窮地を救ってきたとなると……信憑性はありますね』
ようやく、レオさんが得心がいったという様子で頷いた。
私はホッとする。とりあえず、疑いは晴れたようだ。
『でも……一体何なんでしょう、この夢』
『それこそ、アレではないですか。魔王の遺産ですよ。”魔王の力を継ぐ者”ハルさん』
『いやいやいやいや、継いでませんから。昔からですから』
私が全力で首を振ると、僅かにその場の緊張がゆるんだ気がした。気のせいだろうか。ゼラさんとギラさんの表情。わずかに、笑っている気がする。
と、その時。
「ハルー? 朝ごはん、どうしたの? 竜の人たちに渡せたー?」
マルテさんだ。
私の帰りが遅いから心配してやってきたのだ。
「はーい! 今行きますっ」
ここにいる全員、すでに料理は食べ終わっている。
私はお皿を回収した後、彼女の元へと戻って行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ゼルン西端の地、ハイア。
そこは、石造りの要塞と、遺跡の残る古い街だ。
竜との最前線だった歴史は遥か昔となり、今ではわずかな人しか残っていない。
土地柄、竜の生息地が近いこともあり、立ち寄る旅人もわずかであると言う。
何にせよ、街だ。
久しぶりの人里に、私たちは大いに羽を伸ばした。
「くぁ――……ッ! 疲れたのう!」
車を降り、ワースさんが大きく伸びをした。
私も地に足をつけ、大いに羽を伸ばす。
深く息を吐き、胸いっぱいに空気を吸い込む。
……ハァ。
静かで、とても綺麗な街だ。
「宿はすでに取ってあります。そもそも人が立ち寄らないので、空き家を借り受けることになっています。料理は出ませんが、風呂と寝床くらいは確保できますよ。竜の人たちは――……」
と、マルテさんがレオさん達を見た。
レオさんの後ろに、どう見ても人間の姿をした二人がいる。ゼラさんとギラさんが魔法で化けてるのかな。
「もちろん、一緒ですよね」
「はい。よろしくお願いします」
「よっしゃ。宿は取った。飯は自分で作るもよし、外食するもよし。今日は一日自由時間とする。解散!」
と、あくびをしながらワースさんが言った。彼女は布団へ一直線のようだ。ルゥとダンさんは車両の点検をしている。マルテさんはまだ何か忙しそうに書きとっていた。竜の人たちは早々にどこかに行ってしまった。
となると、残ったのは。
「ハルさん。何かすることありますか?」
尻尾をパタパタと振る、リィちゃんだった。
かといって、私も何かすることもない。
今日は外食でもいい。手持無沙汰二人組。
ぶらり途中下車の旅でもやろうか。
「リィちゃん、この街、詳しかったりする?」
「ええと、ボクも初めてこの街に来ます。でも、書物では結構見たことがあります。歴史の教科書とか」
ああそうか。ここは人竜戦争時代の要衝なのだ。きっと年代の語呂合わせと共に頭に叩き込まれるのだろう。
「昔の地図ですが、ちょっとだけリィも覚えてますよ。お城の跡に行ってみますか?」
「うん! 行こう行こう!」
可愛いガイド付きの旅だ。これは助かる。
この街は西に向かって小高い丘のようになっている。
私たちは坂を上りながら、要塞の遺構の最先端を目指して歩いた。
「あっ! ハルさん。ここ見てください」
リィちゃんが道の脇にある崩れかけた壁を指さした。
「ほら、ここ。当時の結界に使われた、魔印が残っていますよ」
「あ、ほんとだ。何か書いてある」
そういえば、日本のお城にもあちこちに文字が刻まれている、というのを課外授業とかで見たことがある。歴史が感じられて、面白いな。最も、何が書かれているのかはさっぱり分からないが……
「……結構、高度な結界のようですね。何千年も昔なのに、作った魔法使いはすごいです」
「へえ。やっぱり、昔の魔法よりも、今の魔法の方が進んでるの?」
「はい。長い長い研究と研鑽により、魔法は段々と強力になっています。だから、今の魔法使いの方が強いですよ」
えっへん、とリィちゃんが胸を張った。そう言われると、魔法も科学とあんまり変わらないような気がしてきた。
私たちはやがて、高い丘の一番上にある要塞に達した。
「この要塞は、当時の魔法使いが一晩で作ったという伝説が残っています。ほら、他と材質や作りが違うと思いませんか?」
「あ、確かに。なんかちょっと立派で、硬そうだね。形も良く残ってるし」
「この要塞があったおかげで、ハイアは竜からの侵攻を防げたと言われています」
「へえー。一晩でこれって、すごいね。ルゥやワースさんにもできるのかな」
「うーん……流石に、こんな立派なものは難しいんじゃないでしょうか。地属性魔法は扱いが難しいですし。リィは、ちょっと脚色が入っていると思います。実際は、何人もの魔法使いで、頑張って何日かで作ったのでしょう」
そう言いながら、リィちゃんはそこらへんに無造作にあった椅子に座った。
私も彼女の隣に座る。
あ、ここ……遠くまでよく見渡せる。
風がそよそよと頬を撫でる。
とても落ち着く感じがする。
昔はこの椅子に座りながら、戦いの作戦を考えたりしたんだろうか……
隣を見ると、リィちゃんが小さく笑った。
目の前の小さなテーブルに突っ伏し、ゆったりと尻尾を他揺らせる。
なぜだろう。なんてことのない、観光地。隣にいるのは、心を許せる仲間の一人。襲ってくる魔物はおらず、平穏そのものだ。
だが、なぜか不思議な感覚が、全身を包んだ。
「ここ、なんか、見たことある気がする……」
私が感じたのは、既視感だった。




