第13話「午前10時40分、ゼルンギア発」
ワースさんが窓から顔を出し、後ろをチラ見する。
小さくため息をつくと、車内の面々を振り返った。
「よし、ではいくか!」
飛び切りの笑顔で言った。
「おうとも!」
ダンさんが威勢よく返事をし、ゆっくりと車を発進させる。
小気味よく車が振動し、身体が揺れた。
「午前10時40分、ゼルンギア発……と」
マルテさんが筆を走らせる。
彼女はこの旅の行程を記録している。
白いノートに、最初の一行目が記された。
窓の外を見る。
ゼルンギアの摩天楼が遠のいていく。
開け放った窓から、風が頬を撫でる。
長い旅の予感に、心地良い震えが全身を駆け抜けた。
「最初の目的地は、ゼルンの西端の街、ハイアかのう」
ワースさんが言った。
彼女は運転手のダンさんの隣、助手席に座っている。
「ハイアまではおよそ二日程度の旅程になります。ゼルンギアから西は道があまり整っていませんので、ゆっくり進むことになりますね」
私の隣でマルテさんが言った。
ゼルンの西側は、竜王国に近いこともあり、あまり開拓が進んでいないらしい。積極的に開発するのも憚られるんだとか。
私とマルテさんは、運転席から後方の客室にいる。
客室は広々としており、寝床も兼ねている。ルゥとリィちゃんも一緒だ。
全員が寝れるくらい、この車は大きい。
日本の道路事情に規格を合わせる必要がないのは便利だな。
「リィ、ゼルンギアからこんなに離れるのは久しぶりです! 何があるのかワクワクします!」
リィちゃんが窓から顔を出しながら言った。
尻尾が私の方を向いており、フリフリと揺れている。
端的に言って可愛い。
「そうは言っても、西の方は荒れた土地しか広がってないと聞くがな。あんまり面白くないかもしれんぞ」
ルゥが窓から半身を出し、風を浴びながら言った。
おい。この男は……相変わらず空気の読めないヤツだな。
「それでも楽しみです! 未開の土地も楽しそうですよ!」
はぁ。リィちゃん、天使か。
私だったらルゥのほっぺをつねってやるのに。
(でも、確かに)
私も二人に倣い、窓から顔を出してみる。
広い。どこまでも広がる青空に、緑の大地。ここらへんはまだ一面の草原だ。
でも、ここが荒寥とした大地であっても、それは見ごたえがあるはずだ。
東京のコンクリートジャングルとは違うのだ。
「どうじゃー、ハル? 後ろからちゃんとついて来とるか?」
車内からワースさんの声が聴こえた。
彼女の言葉に従い、後ろを振り返る。
いた。
自分たちの車両から100メートルほど後方。
魔導院の装甲車と同型の車だ。
「はーい。軍の人たちも来てますよー」
「そうか。それは重畳じゃ」
私たちの後をついてきているのは、軍の車両だ。
運転席にはなんと、ラース中佐が座っている。
一番偉い人が運転するのか、と思ったが、彼も魔法使いだった。
この魔導装甲車は、魔法使いが運転すると長持ちするらしい。
軽く会釈してみる。
すると、手を軽く上げて反応してくれた。
(なんか、頼もしいな)
この前まで私を拘束していた人なのに。味方になると心強い。
あれだ。漫画とかゲームとか、中ボスが途中で仲間になるやつだ。別に戦ってないけど。
「あ、リーンさんもいる」
ラース中佐の隣に座っているのは、リーン魔導兵だ。
目が合うと、おどおどしながら頭を下げられた。
たぶんラース中佐と交代で運転するんだろうな。
「どうだ? ダン、車の調子は」
ある程度進んだところで、ルゥがダンさんに尋ねた。
「そうだねぇ。……ちょっと重いかな」
ダンさんが苦笑いしながら言った。
「そうか。交代は一日おきの予定だったが、半日おきにするか?」
「いや。魔力的には大丈夫だよ。それより、タイヤに気を付けたほうがいいかもね。あと、ハンドルとブレーキの調整もした方がいいかも」
「わかった。変更点は後ですり合わせよう」
「了解」
「ふん、余計なものを拾ってしまったからな。タイヤがダメになりそうなら、あやつらの皮でも剥いで代用してやればよいわ」
ワースさんが不満気にぼやいた。
「ワース様。彼らは耳がいいと聞きます。気を付けた方がいいですよ」
マルテさんが言った。
「……し、しかしなー、あやつらに文句の一つも言ってやらんと……」
ワースさんがバツの悪そうな顔をして呟く。
あやつら。彼ら。
先ほどから会話に出てくる人物たち。
私はチラリと、車両に連結されている後部の貨物車両に目をやる。
本来なら、そこには荷物だけが満載されるはずだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
出発前。
調査隊が集まった頃。
竜を束ねる使徒、レオがいきなり言い出した。
「当然、私達も乗せていただかないと困りますよ。我々はパーティなんですから」
「「「え”っ」」」
調査隊が全員、素っ頓狂な声を上げた。
一拍置いた後、我に返ったワースさんが反論する。
「……な、何を言っとるんじゃ! この車は調査隊で一杯じゃ! おぬしらを乗せる隙間なんぞないわ!」
「そう言われましても、我々が来ることもわかっていたことではないですか」
「おぬしらは飛べるじゃろ!? 飛んで行けばいーじゃろーが!」
「確かに竜たちは飛べます。私も彼らに掴まって空を行けますとも。しかし、この旅は互いの信を得るためのものでもあるはず。同じ目線で行く必要があると思いませんか?」
「そんなもん、最後の魔力特異点だけで十分じゃろ! それともなにか? ワシらのことが信用できんとでも!?」
「その信用をこの旅で築こうと言うのではないですか」
「ぐぬぬぬぬぬっ!! ああいえばこういう!!」
ダメだ。ワースさんとレオさんは水と油だ。全然まとまりそうにない。
私としては、レオさんの言うことは一理あると思う。
あると思うが……
チラリと彼の後ろを見る。
二人の竜人。
彼らはでかい。大男のダンさんよりも、更に一回りでかい。鎧みたいな鱗や、翼や尻尾も重そうだし……200キログラムは軽くあるんじゃないか? あんなのどこに乗せるんだ?
それに、確かレオさんには飛竜の従者がいたはずだ。彼らはどうするんだろう……
「ワース様。後部車両でしたら、多少空ければ三人ほど乗せられると思います」
「……な、なにっ?」
突如、マルテさんが割って入った。
意外なところから出た意見に、ワースさんが面食らう。
「空けた分は軍の車両の方に乗せてもらえばいいかと。ラース中佐ならそれくらい融通してくれると思います」
「えっ、い、いや、しかし」
「装甲車のキャパシティ的にも、問題ないです。レオさん。荷物と一緒になりますが、いいですか?」
マルテさんがレオさんに水を向ける。
彼も意外そうに目を見開いた。
「……ええ。突然のことでしたし。構いませんよ。なあ、ゼラ、ギラ」
「構わん」
「同じく」
話をまとめてしまった。
ワースさんはあんぐりと口を開けている。
「……ところで、あなたたち三人はともかく、飛竜たちはどうするんですか? あそこまでは面倒みられませんよ」
「ああ、ご心配なく。彼らは空をついてきますから」
「そう」
「私たちを乗せてくれるお礼に、彼らに上空を哨戒させましょう。便利ですよ。敵が近づいてくればすぐわかりますし、天候の変化も知ることが出来ます」
「助かるわ」
と、そこでマルテさんがワースさんを振り返る。
「以上です。よろしいですね? ワース様」
「……あ、ああ。しかしマルテ、おぬし……」
ワースさんが言いかけるが、途中で口をつぐむ。
それを見たマルテさんは、さっさと車に乗り込んでしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――と、そんなやり取りがあった。
つまり、後ろの車両にはレオさんと竜人二人が乗っている。
物理的に車が重くなっているのはそのためだ。
あれから、ワースさんは未だに竜のことで文句を言っている。
だが、そのたびにマルテさんが諫めるのだ。
ワースさんが戸惑っているが、それは私も同じだった。
(マルテさん、レオさんにひどいこと言われたのに……どうしてだろ)
以前、マルテさんは獣の呪いがどうとか言われたはずだ。確か、醜いとか……
そんなことを言われて、どうして庇うようなことをするんだろう。
横目で彼女の顔色を窺う。
彼女は書き物を終え、窓の外を見ていた。
風に長く美しい黒髪が揺れる。
……とても綺麗だ。それ以外に感想が浮かばなかった。
聞いてみようにも、ちょっとナイーブな話題で聞き辛いと思った。
「ハル、そろそろお昼じゃぞ!」
と、思案から引き戻された。
見ると、ワースさんが助手席から身を乗り出してこちらを窺っている。
目がキラキラと輝いている。
あ、これは。
「ご飯ですね。準備できてますよ」
「おお!! 流石ハルじゃ!」
乗り込むときに持ち込んだバスケットを取り出す。
そう。これだけは出かける時に張り切って作ったのだ。
なにせ、この旅の基本は現地調達。
つまり、下手したら蛇やカエル、はたまた虫まで食材にされかねない。
そうなっては嫌なので、先手を打って、お昼だけは作っておいた。
それが、この、
「はい、サンドイッチです!」
「おお!? 具だくさんじゃな!?」
バスケットの包みを広げる。
中から、色とりどりのサンドイッチが姿を現した。
やっぱり、みんなで出かけるときはこれだよね。
思い出すなぁ。アキちゃんと一緒に作ったサンドイッチ。
マヨネーズから自作して、タマゴサンドを作ったっけ。
あ、思い出したらちょっと涙が出てきちゃった。
気を取り直して、ワースさんに二、三個手渡す。
彼女は目を輝かせてそれを受け取った。
そして、口いっぱいに頬張る。
「……~~うんまい!! なんじゃこの、濃厚で美味いの!? 卵か!?」
「はい、そうですよ。卵から作りました」
「そして、こっちはなんじゃ……肉か? 揚げた肉か!? 美味いんじゃああ!!」
口からソースをこぼしながらワースさんが言った。
ああ汚い、でも嬉しい。
あ、リィちゃんも覗き込んできてる。鼻をひくひくさせて、尻尾が扇風機みたいになってる。あ、ルゥも。
「お、おいおい君たち! 私を差し置いてお昼を始めないでくれよ! き、休憩! 休憩するよ! そこに停めるからね!」
車を道の脇に停め、休憩が始まった。
簡易的なテーブルを設置し、そこでランチを広げる。
「美味しいです!! ハルさん!!」
リィちゃんがサンドイッチをぱくつきながら、嬉しそうに言った。
マルテさんとダンさんも美味しい、って言ってくれている。
嬉しい。ああ、やっぱり私、料理が好きだな。
あれ、ルゥは……あ、もう食べ終わってるのか。早いな。なんだよその目は。お代わりが欲しいのか。ホラやるよ。
「一杯作ってきたから、まだまだありますよ~」
軍の人たちが羨ましそうに見ている。
今回、向こうとこっちの食事は別々だ。
なにせ旅程が長いうえ、人数も多い。そこは流石に分担させてもらった。
でも……食べてもらえないのは少し残念だ。
ラース中佐やリーンさんにも一度は食べてみてもらいたいし。
そして、私もようやく一口……うん、美味しい。
ああ、アキちゃんが居ればなぁ……二人でもっと一杯料理を作って、軍の人にも上げられるのにな……
サンドイッチを食べていると、ちょんちょんと肩を突かれた。
「あ、マルテさん。どうしました?」
「ハル、美味しかったわよ。ありがとうね」
「いえいえ」
「……で、ちょっと言い辛いんだけど」
「? なんですか?」
「レオと、竜人たちの食事なんだけど」
「……ッッ!!」
ピタリと固まった。




