第12話「ストレンジ・ジャーニー」
静謐な朝の空気。
通りに溢れる和やかな喧騒。
ゼルンギアの商店街は、東京の街並みにも負けないくらい活気がある。
その中に、挙動不審な人物が一人。
辺りをキョロキョロと見回しながら、影に隠れるように移動している。
周囲を警戒してそんな歩き方をしているが、それが返って怪しさを倍増させている気がする。
しかし、そうしない訳にはいかないのだ。
(あ……あった! あそこだ!)
お目当ての店を見つける。
相変わらずコソコソしながら、店にたどり着いた。
「……らっしゃい」
店主が私の方を見ると、一瞬訝しんだように眉をひそめた。
ギクリとし、冷や汗が背中を伝い落ちる。
だが、それだけだった。
そっぽを向き、見ていたものに視線を戻す。
私はホッとする。
(ええと、これと、これかな……あ! これもいいかも)
いったん買い物モードに入ると、気にしていたことを忘れた。
ウキウキとしながら、品定めを開始する。
目の前にあるのは、色とりどり、多種多様の調味料たち。
匂いを嗅ぎ、一舐めして味を確かめ、次々に取り皿に入れていく。
(ふふっ。これがあれば、またカレーだけじゃなくて色んな料理が作れるぞ。みんな喜んでくれるかなぁ)
たくさんの料理に想いを馳せる。
みんなの喜ぶ顔が目に浮かぶ。料理にだけは、少しだけ自信があるのだ。
ちょっとエスニックなものに偏ってしまうが、ここは日本ではない。贅沢は言えないので、あるもので出来るものを作るしかない。
とはいえ、いつかは和食にも挑戦してみたい。
だから、こういう店に来るとき、日本の食材に近いものが無いか、いつもワクワクする。
残念ながらここでは見つからなかったが。
あらかた吟味が終わり、会計を済ませようとした時だ。
その音声が響いた。
『どうか、我々と……竜と共に、魔力特異点まで行っていただきたい。そして、あの渦が何なのか、互いに確かめましょう。竜と、人の未来のために』
全身に震えが走った。
(うげえ、まただ……)
店主が熱心に映像を観ている。
あれは、テレビのような受像機だ。電波ではなく、魔力的な仕掛けで映像を再生している。
その魔法の機器が、見るたびにうんざりする場面を流した。
恭しく礼をする竜王の使徒レオ。それに合わせて頭を垂れる竜人たち。
そして、そして……いよいよあの場面が流される。
(嫌だ!! もう見たくない!!)
嫌嫌をするようにかぶりを振る。
しかし、想いも空しく、それは流れた。
『ひ、ひゃい。……い、一緒に行きましょう。魔力特異点へ!』
それを聞いた途端、店主はプッと小さく笑った。
……熱い。
顔から、いや、顔と言わず全身から火が噴き出そうだ。
どうして、どうして。
なんで、なんで!!
(よりによって、あそこで噛んじゃうの!?)
ひ、ひゃい。
ひ、ひゃい。
ひ、ひゃい。
頭の中で木霊する。やめてほしい。
でも否応なく頭の中に流れる。
この現象、たまにあるのだが、何といえばいいんだろうか。
誰か止める方法を教えていただきたい。
「こ、これください……」
小さな声で、店主に話しかける。
店主はおっといけねえ、と言いながら会計を始めた。
「ええと、ヨリスグリの実に、エリゴノミの種に……お嬢さん、随分色々買うねえ」
「え、ええ、はい。ちょっと、長旅に出るもので……」
「へえ、旅人か! 小さいのに、見かけによらないねえ。コイツを選ぶとは、なかなかお目が高いよ」
……いるんだよなぁ、こういう店員。
お客さんに話しかけてくるの。特にこういう小さな店で多い気がする。
全然悪くはないのだが、私にとっては都合が悪い。
都会的に、さっさと会計だけ済ませてほしい。
「り、料理だけは、ちょっとだけできますので……」
「お嬢さんはパーティの料理担当って訳かい。いいねえ。腕のいい料理担当はパーティじゃ大事だよ。オレは腕っぷしより大事だと思ってる」
「あ、はは……そうですね」
「……ところでお嬢さん、アンタの声、どっかで聴いたことある気がするなぁ」
「えっ! き、気のせいですよ」
「そうかぁ? そういや、なんでそんなフードかぶって、黒いメガネしてるんだい? 暑くないか?」
「ええええと、私、寒がりなので……」
そう答えるも、ジロジロと見られる。
……まずい。何か怪しまれている気がする。
品物を受け取って、さっさと切り上げよう。
「ああああの、私、早く行かないといけなくて……」
「ああそうかい。ほい品物。ありがとうね」
「あ、ありがとうございま」
食い気味に答え、答え終わらないまま振り返ろうとした時。
慌てすぎていた。
往来に溢れる人々。その人の流れに、逆らうようにぶつかってしまう。
間抜けにも、その場に尻もちをついてしまった。
誤って買い物袋も落としてしまう。
「あ、いててて……」
「おいおい大丈夫かいお嬢さん。ほら、ちゃんと持ちなよ」
店主が買い物袋を拾いあげ、親切に渡してくれる。
その顔が固まる。
どうした。なんで私の顔を見たまま固まっているんだ。
嫌な予感がする。
店主は後ろを振り返る。何かを確かめると、また私の顔を見る。
そして私はそのとき、フードがはだけ、メガネもずり落ちていることに気付いた。
「や、やばっ!」
「あ、あんた、あの議会中継の……!?」
声がでかい。
往来の視線が一斉に私に集まる。
カッと一気に全身が熱くなる。もう、火が噴き出るどころじゃない。全身火だるま、マグマの塊のようだ。
気付かれた、絶対気付かれた。
周囲のざわめきが大きくなる。人がにわかに集まりだす。
私は、我慢できなくなった。
「シ、シルフ!! 顕現せよ!! ”私の姿を消して!!”」
ワァッ、と一気に喧騒が大きくなった瞬間、私はその場を一目散に逃げだした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ハァ。もう、やだ……」
魔導院の地下への階段を下りる。
肩を落としながら、半べそをかきながら歩いている。
この一週間、あの映像はひっきりなしに流れているのだ。
まさかこの世界にもテレビ的なものがあるとは思わなかった。
だって部屋にはないし。
そしてまさか、あの映像が何度もリフレインされるとは思わなかった。
本当にやめてほしい。
私は顔を隠す芸能人の気持ちが分かった。分かりたくなかった。
「ワースさぁん、買ってきましたぁ……」
たどり着いた。魔導院の地下、そこは駐車場だ。
ゼルンギアに乗ってくるまでに使っていた車、魔導装甲車がそこに停めてある。
『ひ、ひゃい。……い、一緒に行きましょう。魔力特異点へ!』
聞き覚えのある声が響いた。
目を見開く。
ワースさん。マルテさん。ダンさん。リィちゃん。ルゥ。
みんなが携帯用の受像機であの映像を観ていた。
「な、なんでまた観てるんですかぁ!! やめてくださいよ!!」
私は泣き叫びながら、みんなに駆け寄った。
「す、すまんすまん。色々と確認したいことがあってのう!」
ワースさんが慌てて弁明する。
「私の所は別に観なくていいでしょ!?」
「い、いやいや、そんなことはないぞ?」
「そんなことありますぅ!!」
ワースさんの手から受像機をひったくる。
バンバンぶっ叩くと映像は消えた。
「ここに来るまでにも何度も見せられて恥ずかしかったし、バレそうになってひどい目にあったんですから!!」
ていうかバレたんだよ。
「そ、それは災難じゃったのう」
「そうだったの。ハル、可哀そうに。私が買ってきても良かったのに」
マルテさんが優しく頭をなでてくれる。少しだけ落ち着く。
「い、いえ。私は調査隊の料理担当ですし。必要なものは自分で揃えたいですから」
「本当にすまんのうハル。じゃが、ハルの料理は本当に楽しみにしとるぞ。のうダン、リィ」
「うん。私も久しぶりにハル君の料理が食べられそうで嬉しいよ」
「リィはハルさんの料理初めてです! 早く食べたいです!!」
ダンさんが穏やかに笑い、リィちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
そこでようやく、私はいつもの落ち着きを取り戻した。
「……えへへ。楽しみにしててください」
良かった。
やっといつものパーティだ。
最近、敵らしい敵がいない割には、色々ありすぎた。
本当は修行だけするはずだったのに。本当に大変だった……
しみじみ思う。
ここまで来れてよかった。いよいよ出発できるんだ。
……でも、なんか足りない気がする。
誰か忘れてないか。
そうだ、ルゥだ。
ルゥは……腕を組んで私を見ていた。
なんとなく彼を見る。
すると、彼も私を見る。
……どうした。何か言ってくれないのか。
私の視線から何かを察したのか、ルゥがゆっくりと口を開いた。
「……まさか、あのタイミングで噛むとはな」
頭に一気に血が昇った。
「もう!! 忘れかけてたのに!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
調査隊全員が集まり、ワースさんはコホンと咳ばらいをした。
「よし。これで料理担当と、食材もそろったな」
「はい!」
自信たっぷりに答える。
ワースさんが満足げに頷いた。
「一応、食料は全員の一か月分を積んである。ただし、旅程がどれだけになるか分からん以上、なるべく現地で調達する。狩りはリィの担当じゃ」
「はい、ワース様! ハルさん、任せてくださいね。リィはこの数日間、ダン様に食材調達のイロハを叩き込まれました!」
「うん、よろしくね、リィちゃん」
リィちゃんがニッコリと笑い、私も笑い返した。
「ダンとルゥは魔導装甲車の担当じゃ。交代で運転してもらう。燃料は食料と同じく一か月分持っていくが、導師が運転することにより、遥かに長く運用が可能じゃ」
「よろしく頼むよ、ルゥ君」
「ああ。こちらこそよろしく頼む、ダン」
二人が拳をゴツンとぶつけ合った。
「旅の行程の記録、報告はマルテの担当じゃ」
「はい、ワース様」
「みな、食料や燃料などの消費は、マルテに報告するようにしてくれ」
「了解だ、ワース」
「はぁい」
報告はマルテさん、と……
「そして前回と同じく、軍の一団が同行する。メンバーは前回とほぼ同じじゃ」
「あ、ザングさん達ですね」
良かった。また一緒に来てくれるんだ。ちょっと嬉しい。ザングさんは美味しそうに私の料理を食べてくれるからな。
しかし、なぜかワースさんが微妙な顔をした。
「あ、いや。ザングだけは来られんのじゃ」
「えっ、そうなんですか?」
「うむ。軍の上層部が更迭された関係で、あやつは昇進してのう。ちょっと現場に出られるような立場じゃなくなってしもうたんじゃ」
「そうなんですか……じゃあ、兵長は誰がやるんですか?」
「うむ。聞いて驚くなよ。ラース中佐じゃ」
「えっ」
ラース中佐。あの、私を捕まえていた人か。
「どうもあやつから志願したようじゃな。リーンと言う副官もついてくるようじゃ。ザングとの阿吽の呼吸が取れなくなるのは残念じゃが、ラース中佐も実力者じゃからな。文句は言えん」
そっか。ラース中佐かぁ……
ザングさんが来れないのは残念だけど、彼なら、まぁ……いいか。
悪い人って感じじゃないし。
「そして、全体を束ねる隊長をワシがやる! みな、何かあったらワシまで報告するようにな!」
ワースさんが薄い胸を張った。
今回も彼女が隊長か。やっぱりなんだかんだで偉いんだな、ワースさん。
単に目立ちたがり屋な気もするけど。
「ワシからは以上じゃ。何か質問はあるか?」
ルゥが手を挙げた。
「……奴らはどうする気なんだ」
ルゥが怖い顔をしている。
奴ら。この場にいない誰か。
それは無論、あの人たちのことだろう。
レオと、その他の竜たち……
「うむ。それなんじゃがのう。そろそろ来る頃なんじゃが……」
ワースさんが時計をチラ見する。
すでに落ち合う約束をしていたらしい。
しかし、今だ姿は見えない。本当に来るのだろうか。
「いますよ、ここに」
全員がギョッとした。
暗がりから、ぬっとレオさんが姿を現した。
彼に続いて、二体の竜人が影から現れる。
「おい! いたんなら声をかけんか!!」
「すみません。どうやって声をかけようか、悩みまして。……いや、本当に」
本当に焦っている様子で、レオさんが言った。
もしかして、ずっとあそこにいたのか。
「改めまして。私はレオ。そして後ろの二人は、王の眷属。”ゼ・ラ・バ”と、”ギ・ラ・バ”と言います」
「……竜の最高位の種族。”王竜種”の竜か」
ルゥが呟くように言った。
王竜種? ゼ・ラ・バに、ギ・ラ・バ?
……なんか、呼びにくくない?
「ゼ・ラ・バだ。……ゼラでいい」
「ギ・ラ・バだ。……ギラでいい」
げっ。喋った。
そっくりな見た目をした二人が、そっくりな声で喋った。
「なんだか分かりにくいのう」
「二人は兄弟なんですよ。見分けにくいんですが、ゼラの方は右頬に傷があって、ギラは左頬に傷があります」
他種族の上に、兄弟とは……見分け辛いにもほどがある。
でも、気を付けないと。間違えたら殺されそうだ。
ええと、右がゼラ、左がギラ、右がゼラ、左がギラ……
「それで? おぬしら、どうやって付いてくる気じゃ。空でも飛んで行くのか?」
その質問に、レオがニッコリと微笑んだ。
「それは、もう。当然、私達も乗せていただかないと困りますよ。我々はパーティなんですから」
「「「え”っ」」」
調査隊全員が、素っ頓狂な声を上げた。




