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第11話「漆黒の翼、降下」

 竜と共に、天の車まで行っていただきたい――

 グラス議員はそう言った。


(え!? ま、また私!? ……で、でも)


「竜と共に」ってなに。

 この人、どう見ても人間なんだけど。

 どうして人間が竜と旅に出るように言ってくるの? おかしくない?


 ……あっ。もしかして、この人は竜が化けてるとか。

 なんかゲームでそんな魔法があった気がする。

 私が知ってるのは人間が竜になる魔法だけど。でも、この世界なら逆があってもおかしくない。


 じゃあ、私、今から竜にさらわれたりするんだろうか。

 昔のゲームみたいに?

 ということは、私は竜にさらわれるお姫様で、勇者が助けに来てくれたり……


「……おっと、誤解しないでいただきたい。私は生粋の人間ですよ」


「えっ?」


 なんだ違うのか。

 大分想像をたくましくしてしまった。恥ずかしい。


「じ、じゃあ、どういう意味? 全然意味がわからないんですけどっ!」


 照れ隠しに乱暴に言ってしまった。議員相手なのに。


「ふふ……これを見ればわかりますよ」


 グラス議員が指をパチンと鳴らした。

 すると、中空に映し出されている映像が切り替わる。

 この映像は……


「雲?」


 ただの雲に見える。さっきまでのおどろおどろしい黒い渦とは違う。

 私は首を傾げた。

 周りを見ると、ワースさんや他の議員の人達も何事かと映像を見つめている。


 注目が集まると、グラス議員は満足げに笑みを浮かべた。

 彼は指揮者のようにゆっくりと手を掲げる。

 そして、一言。


「”デ・オー・カラム!!”」


 彼の手からまばゆい光が放たれ、壁をすり抜けて空へと飛んでいった。


(……え!? 今の呪文は!?)


 似ている。

 私が議会宮殿を抜け出すときに聞いた言葉。あれと同じじゃないか!?


 すぐさま映像に変化が表れる。

 映像が()()と加速し、雲の内部へと突入していく。

 一面の灰色。それを抜けた先に、色とりどりの光景があった。

 大きな街だ。


(あれ? この街、もしかしてゼルンギア?)


 見覚えのある建物があった。魔導院本部だ。


 映像はさらに加速する。

 街の中心にある一際高い建物。

 それに向かって一直線に近づいて行き――……


 ズシン、と会場が揺れ、映像から引き戻された。

 突然のことに、全員が慌てふためいた。


「な、何事だ!?」


「地震!?」


「い、いや、映像を観ろ――!!」


 誰かの声に、視線を映像に戻した。


(――ッッ!!)


 そこにあったのは、ゼルンギアの摩天楼。

 その中の一番高い建物を映し出している。

 アレは議会宮殿、つまり今いる場所だ。


 息を呑んだのは、それではない。

 周りにいる()()()だ。


 黒く、大きい。

 それは、ついこの前この街を襲った翼。爪。牙。

 それが、何匹も。取り囲むように議会宮殿を飛び交っている。


 ――巨大な飛竜が、ゼルンギアの上空を支配していた。


 見える。この会場からも。

 大きめの窓から、彼らが時々顔を覗かせる。

 その内の一体が、ジロリとこちらを睨んだ。


「り、竜だ……」


 誰かの呟く声。それを呼び水に、議員全員が一背に悲鳴を上げた。


「いやあああぁぁあぁ――ッッ!!」


「逃げろッ!! 殺されるぞ!!」


「た、助けて、助けてッ!!」


 一斉に出口に殺到する。

 ワースさんが何事か叫ぶが、悲鳴にかき消される。

 私は何もできない。呆然と映像を見つめている。

 その瞬間、悲鳴をかき消す怒声が響き渡った。


「ゼラ!! ギラ!! 逃がすな!!」


 グラス議員が叫んだ。

 悲鳴がいっそう大きくなった。

 彼の視線を追いかける。

 そこには。


 逆巻く風を纏う、二人の人物がいた。

 アレは、入るときに見た、警備の人たちだ。

 その姿が、みるみる変化していく。


 メキメキと、翼が生える。鱗が体を覆う。

 力強く、恐ろしく変化していく。

 あ、あの姿は、まるで――

 人型の竜。竜人。

 二体の竜人が、出口に立ちふさがった。


 行き場を失った人々がその場に崩れ落ちる。

 何人かの人達が議員を押しのけ、彼らと対峙しようとする。

 アレは、本物の警備兵か。

 彼らに対して、ワースさんの怒号が響き渡った。


「やめろーッ!! 手を出すなッ!! 呪いをもらうぞッッ!!」


 ワースさんが電光石火のスピードで彼らに肉薄する。

 強引に竜人との間に割り込むと、魔力結界を展開した。強固な壁が、竜人と人々を隔絶する。


 私はグラス議員を見た。

 うっすらと笑みを浮かべている。

 ……見たことある。この顔。

 どこで。いつだったか。確か、すごく嫌な思いをしたとき――


「ハルッ!! どけ――ッ!!」


 ハッとして声の方向を見る。

 ルゥ。彼が天井の縁のような部分から私を見下ろしていた。

 剣を抜き放っている。


 転がるように地面に伏せ、ルゥの射線を空けた。

 すかさず彼が飛び込んでくる。勢いそのままに、一撃を放った。

 鋭い音が響き渡る。

 二本の剣が、ルゥの剣を受け止めていた。


(受け止めた!? ルゥの剣を!?)


 グラス議員、彼は一体。


「貴様ッ!! 何者だ!!」


「導師ルゥ。……ふふっ、あなたの魔法で確かめてみては?」


 不敵に笑う議員。

 ルゥが何かに気付く。

 すかさず呪文を唱える。


「”白日の光よ、暴けッッ!!”」


 カッ、と光が議員を包む。

 それが薄らいだ時、目の前にいたのは――


(えっ!? こ、この人――)


「き、貴様ッ!!」


「お久しぶりです、導師ルゥ」


 細面に、鋭い目つきの男。

 こいつは。この人は。

 私が魔導院の魔法使いとなった夜。

 突如現れ、ワースさんやみんなを挑発した男。

 それだけでなく、マルテさんにひどいことを言った男。


「改めて自己紹介いたしましょう。私は竜王陛下の使徒。レオと申します」


 レオが妖しく微笑みながら言った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ルゥの剣がギリギリとレオに迫る。

 正体を知った途端、ルゥの圧力が増した。


「貴様……何をしに来た!? 竜王陛下の使いだと!?」


「話し合いに来たんですよ」


「何を言っている? この前は散々オレたちを挑発し、今度は大軍で他国の空を占拠する。戦争でもしに来たんじゃないのかッ!?」


「御冗談を。そんなことをすれば、互いに永遠に争うことになってしまう。導師のあなたなら、よくお分かりでしょう?」


「確かに、竜と争えばそうなるだろう。だが、貴様は人間だ。今ここで貴様を八つ裂きにしても、呪いは貰わない」


「ふっ、確かに。しかし、それとて竜王陛下と敵対する口実になってしまいますよ」


「どうかな。竜が人間と与するなど聞いたことが無い。お前の妄言じゃないのか……?」


 ルゥが壮絶な顔でレオに迫った。

 しかし、それを前にしてレオはハァ、とため息をつく。


「……止めましょう。私はあなた方と戦いに来たんじゃない」


 そういうと、スッと剣から力を抜いた。

 ルゥの剣はそのままレオに届くかと思われたが、直前で止まった。

 レオが剣を納める。


 ……はぁ~。

 大きく息をついた。

 とりあえず戦いが収まったようで、ホッとした。

 ルゥはまだ剣を握ってるけど。でも、いきなり切りかかったりすることはなさそうだ。


 レオはパンパンと手を叩いた。

 静まり返った会場に、乾いた音が響く。


「みなさん、冷静に。我々は危害を加えません。ほら、竜たちを見てください。大人しい物でしょう?」


 全員、呆然と竜を見つめている。

 正直、いくら危害を加えないと言われても、見た目が怖すぎて受け入れがたいと思った。たぶん、みんなそう思っているだろう。

 でも、確かに、何か悪さをする様子はない。


「他国の空を平気で占拠しておいて、よく言うわ」


 ワースさんが吐き捨てるように言った。


「それについては大変失礼いたしました。しかし、こうでもしないと信じていただけないと思いまして。不意をつかないと、思慮にかけた軍の方々が攻撃してきかねませんし」


「はっ! 言いおるわ」


 喋りながら、レオは尻もちをついた議員の人達に手を差し伸べていく。呆気にとられた議員たちは抵抗することなくそれを受け入れていく。ワースさんやエアさん、ラース中佐もそれに手を貸している。……あ、マルテさんもいる。ルゥと一緒に隠れてたのかな。

 ルゥはレオをジッと睨んでいる。まだ警戒しているのかもしれない。


 二体の竜人は出入り口に陣取ったままだ。

 見た目は滅茶苦茶怖いけど、この二体も何もする気配はない。


「さあ、皆さん席について。話し合いを始めましょう」


 そう言うと、レオは中央に登壇した。

 完全に主導権を握られている。議長は全く抵抗する素振りが無い。腰が抜けてしまっているようだ。

 私はというと、自分でも驚くほど落ち着いている。多分、自分が話さなくてもよくなったからだ。ゆっくりと元の席に着いた。


「改めまして。私は竜王陛下の使徒、レオと申します。本日は、ゼルンギア議会の皆様と、魔導院の方々にお願いをしに参上しました」


「お願いじゃと? ハルをおぬしらの生贄にしろとでも言うのか?」


 ギクリとした。


「導師ワース。まあ慌てずに。順を追って話しましょう」


 レオがパチンと指を鳴らす。

 すると、映像がまた切り替わり、元の黒い渦に戻った。

 さっきから、どうやって映像を操作してるんだろう。あれも魔法なのかな。


「さて、これは魔力特異点の映像です。知っての通り、魔力特異点とは、ゼルンと竜王国の境目で観測された、巨大な魔力波の観測点です。あなた方がこれを捉えたように、我々もこれを捉えていました」


 レオが続ける。


「捉えた直後、竜王陛下はすぐさま調査隊を派遣されました。しかし、調査隊は消息を絶ってしまいます。訝しんだ竜王陛下が再度送り込んだ飛竜が捉えた映像が、これです」


 調査に赴いた一隊が消息を絶つ。どこかで聞いた話だ。まさか竜側でも同じことが起こっているとは。


「これは一体何なのか。竜王国でも話し合いが行われました。自然災害、他国の侵略……ま、結論は出ませんでした。中に入って確かめられないんだから、仕方ありませんね。

 とはいえ、手をこまねいて見ているわけにはいきません。調査隊が一個、犠牲になっているのですからね。竜王陛下はこれが他国の侵略だった場合に備え、手を打ちました」


「それが、おぬしたちによる、この国のスパイ活動か?」


 ワースさんが言った。


「否定はしません。しかし、破壊活動などは一切行っていませんから、ご安心を。我々はゼルンギアに侵入し、この国の動向を探っていました」


「グラス議員はどうなっておる?」


「彼は我々に協力していただく代わりに、自宅で休んでもらっています。ちゃんと無事ですよ。

 ……さて、侵入した私たちは、色々なことがわかりました。あなた方が我々と同じような議論をしていること。そして、結論として魔力特異点に調査に行こうとしていることを。

 ま、そのついでに、死竜兵とかいうおぞましい兵器も目にしましたが。それはとりあえず置いておきましょう。私が注目したのは、そこで戦う一人の少女です」


 ビクッ、と体が強張る。

 少女。ワースさんじゃないと思う。アレはロリババァ。

 だとすると、死竜兵と戦っていたのは……


「彼女は死竜兵の放つ、尋常ならざる魔力波を受けて、平然としていました。あの魔力波は、導師の方々だけでなく、我々も貫いていました。身をもって体感したから分かる。アレは、並の人間や竜に耐えられるものではない」


「それで、ハルというわけか」


「はい。彼女ならば、あの渦を抜けられる。……いや、彼女しかいないのです。私は導師と呼ばれる方々の実力も見せていただきました。なるほど、とてつもない達人たちだ。しかし、失礼ながら導師でもあの渦は越えられない。竜と同じように、木っ端微塵になるでしょう」


「それであの挑発か。心外じゃな……と言いたいところじゃが、あの魔力波を受けた後では、何も言えん。ワシでも動くのが精いっぱいじゃった」


「そうでしょう? 私も同様でした。そこで、ハルさんです。彼女と共にいれば、あの渦の先を確かめることができる、という訳です」


 レオさんが私を見る。

 私はサッと目をそらした。

 だって。この後、私に何か訊こうとしたでしょ?

 私、何もしゃべれないからね。


「待てっ! その前に確認しておきたい。アレは、おぬしら竜の罠ではないんじゃろうな? 調査としておびき寄せたところを、一網打尽にする……」


 レオさんがフッ、と笑った。


「我々も同じことを考えていましたよ。アレは人間達の罠で、近づいたところを狙っているのではないかと。だから、我々とあなた方が一緒に魔力特異点に向かうのです。そうすれば、どちらかの罠という問題は解決される」


「……なるほどな。納得したわ」


「ありがとうございます。 ……さて、ハルさん。いや、ハル様」


 うっ……

 見ている。レオさんだけじゃない。

 全員だ。ラース中佐も、議員の方々も。

 全員私を見ている。


「どうか、我々と……竜と共に、魔力特異点まで行っていただきたい。そして、あの渦が何なのか、互いに確かめましょう。竜と、人の未来のために」


 そう言うと、レオは恭しく頭を垂れた。

 それに合わせ、なんと……出入口にいる竜人までもが膝をつき、頭を下げた。

 全員が息を呑む気配があった。どこかから感嘆の声が漏れてくる。


 ……ど、ど、ど、どうしよう。

 どうしたらいいんですか? わ、わかんないんですけど。そんな、全員で見られても。こんな大事なこと、私は決められないよ。


「わ、ワースさん……」


 彼女を見る。

 ワースさんは首を振った。


「……ワシが答えることは出来ん。ヤツは竜王陛下の使徒と言った。その使徒がおぬしに問うておるんじゃ。おぬしが答えるべきじゃ」


 えっ? そ、そ、そういうものなの?

 で、でも、竜と一緒に、旅をする? そんなこと、できるの? も、もし失敗したら、戦争になったりしない……?

 私が悩んでいると、レオさんがポツリと呟いた。


「……ハル様。このままでは議会は悪戯に時間を浪費し、出発が遅れてしまいます。大事な妹君が、待っているかもしれないのでしょう?」


 ハッとした。

 そうだ、私がここまで来たのは、アキちゃんのため――


「ひ、ひゃい。……い、一緒に行きましょう。魔力特異点へ!」

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