思惑
私の名前はぎょうにんべん。
先日、私はある依頼を受けた。
ボーダーという大手冒険者ギルド、マンモスマンション200階から300階を支配している組織からの依頼だった。
ちなみに私は下部組織ショルダーに所属している。
そんなことはどうでもいいことだ。
依頼は殺人についてだ。
なんでも、100階から200階の住人が減ってきているそうだ。
何故、私に頼んできたのかって?
それは私の職業が起因しているからだ。
私の職業は推理、あまつさえスキルと一緒だというこの世界は変だ。
おっと、話が反れてしまった。
なんだたっか?
そう、《推理》を持ってるおかげでこの事件を調べて欲しいそうだ。
正直に言おう、嫌だ。
めんどくさい。
危ない。
家で寝たい。
足が臭い。
しかしボーダーからの依頼は絶対である。
ここは仕方なく調べるしかないのか?
できうるならば無職になりたいです。
目指せヒモ!
ボーダーに怒られそうなので仕事する。
この世界は素晴らしい。
人殺しが出来るのだから。
異世界、この世界に存在し、法という曖昧なものが無く、モラルに任せられる―――私が望み、願望が叶えられる世界。
元の世界、平和という真綿で首を絞められる日本人、首を絞められていることにも気付かず、蟻のように生きている有象無象の愚者達。
元来、人間は物を奪いあい、土地を奪いあい、欲望を満たすため何千年も殺しあいを続けてきたはずだ。
それなのにモラルを求め、平和を維持し、より陰湿に弱肉強食が行われている。
私はそんな世界にうんざりしていた、いや、それも言い訳に過ぎない。
私はただただ人を殺したい。
殺される人間の、あの焦燥した顔が堪らなく好きなのだ。
初めてこの異世界に来た時なぜか記憶がなかった。
しかしこの世界に来る前からわたしは人を余多殺してきた。
記憶の飴を舐めて知った記憶だ。
記憶はなかったが、魂が人を殺せと示していた。
神の掲示、いや、元々備わっていた殺人への欲求だったのかもしれない。
この異世界に来て私は3日目にして人を殺した。
まるで、それが決まっていたかのように。
そいつも私と同様過去の記憶がなくこの世界に来て間もない奴だった。
名前すら覚えていない。
殺した場所はエレベーターワールドと呼ばれるまた違う世界でだ。
後ろから短剣で背中を一突きにした。
そいつが背中を向け歩いていたから。
刺した時、暖かい血液が吹き出しそいつは《何故》という表情と共に苦悶、焦燥、哀願していた。
私は心の奥底で歓喜した。
欲求の器が溢れ、正面から何度も確かめるように短剣をそいつの腹にピストンした。
やがてそいつは動かなくなり興味も失せた。
だがあの顔は今でも私のおかずだ。
異世界に来て初めての人殺しというのもあるだろうが、私は殺す寸前の表情は忘れない。
興奮する思い出だからだ。
これは自慢だが前にいた日本でも私は人殺しをして捕まったことはない。
この異世界にも、警察に類似した自警団みたいなものは有る、だがバレることはない。
むしろより殺り易くなった。
エレベーターワールドで殺しその面をクリアーすると死体が面と共に消えるからだ。
人殺しには、打ってつけの場所なのだ。
だから私は今日も人を・・・
ここは異世界、エレベーターワールド。
異世界のマンション、マンモスマンションにあるエレベーターに乗ると行くことが出来る場所。
141階のエレベーターワールド。
太陽もないのに明るく青空が広がっていた。
それはここが異世界、エレベーターワールドだからだろう。
風によって砂埃が舞い、焼け焦げた臭いと血の臭いが立ち込めていた。
至るところに戦いの爪痕。
龍が吐いたであろうブレスの跡、大地には血痕が疎らに散っていた。
荒れ果てた荒野に男三人と赤い龍が
いた。
人間 対 龍。
この世界ではファイアーパターンと呼ばれる龍種の中でも一番気性の荒い龍であった。
全長十メートルはあろう龍は全身を鱗で固めており、一つ一つが赤く波をうっているように立体的だ。
その模様からついた二つ名だろう。
しかし彼の瞳に光は永遠に届かない。
大剣を肩に背負い至るところ返り血を浴びたフルアーマー、隻眼の大男濁酒が豪快に笑い語り始める。
「グッワッハッハ
しかし今回のボスは強かったな~
穴党|よ」
それに対しファルシオンと盾を装備し軽装な目付きの悪い男穴党が答える。
「しばらく龍とは
戦いたくないな」
「私も右に同じ」
体つきが細く病人顔、両手に短剣、目深にフードを被ったガリガリが言葉を添えた。
一息ついたところで龍の腕を椅子代わりしていた濁酒が立ち上がり
「そろそろやるか」
と呟いた。
二人もそれに習い作業に取り掛かる。
三人それぞれ思い思いの道具で龍の鱗を剥いでいく。
二時間程その作業は続けられ、やっとのことで鱗を全て剥いだ。
額の汗を拭いながら濁酒が言う。
「ふぅ~やっと終わったぜ~
しかし
これかなりの儲けになったんじゃないか?」
「これならギルドにも貢献出来ますね~」
腰を抑えながらガリガリが返した。
「しかし
この即席パーティーで
行く面にしては難易度高過ぎやしないかい?」
ブーツの爪先で地面を蹴りながら穴党が意味深なことを呟いた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
三人は押し黙った。
なんとも云えない空気が立ち込めていた。
それぞれがまるで何かを意図している様子だ。
ガリガリが堪らずその空気を解消する。
「とりあえず鱗を運びます?」
答えを返す間もなく剥いだ鱗を集め始めた。
しばらくしてガリガリが気配を消して穴党に後ろから近づいて行く。
穴党は鱗取りに夢中の様子だった。
濁酒が気付いていないのを確認するとガリガリは短剣を取り出し穴党の背中に勢いよく突き刺した・・・
筈だった。
目の前に居る筈の穴党が消えていることに気付くとガリガリは嫌な汗を掻く。
「やっほ~こっちだっよ!」
穴党が喋りきると同時にファルシオンがガリガリの腹を貫いた。
ガリガリは胸から出る血を一瞬見て
「なっ
なぜ!?」
と焦燥した表情で詰問した。
まさか自分が刺されるとは思っても見なかったからである。
ガリガリは殺人鬼だった。
その為にわざわざ冒険者ギルドに入って隠れ蓑にしていた筈なのだが。
あろうことかミイラ取りがミイラになってしまった。
「やっぱり面白いな~その顔
キミはこう思ってるんだろ
《裏切り》が発動しないと?
僕は何もかも知っているんだよ」
穴党はニヤニヤしていた。
ガリガリは今まで自分が人を殺すことを誰にも喋ったりいなかった。
むしろ、殺しの痕跡を残したことすらないと自負しているつもりだった。
しかも己のスキルすらバレていることに戦慄し表情を歪めた。
「《裏切り》は読んで字の如く
相手の信用を少しでも得られれば
発動出来るんだよね
その能力は思考加速
つまりゆっくり判断できるんだろ
しかも人間相手
人を殺す為の能力だよね
でも相手が悪い
僕はキミを信用したことなんて
ただの一度もない
さっきの戦いで何とかなると思った?
・・・アレ?もう死んでるや!」
ガリガリと呼ばれる男は事切れて地面に突っ伏していた。
途中、穴党は気付いていた。
しかし、穴党にとってそれは演技。
もう一人の男を釣り出す為の。
実際にそれは起こる。
遠くにいた筈の濁酒が今まさに穴党に横から斬りかかってきたのだ。
穴党も捕捉していたので余裕をもって後ろに飛びかわす。
「へぇ~やっぱり来たね」
「ほぉ~さすがにかわすか~
しかもオレが襲って来るのも
わかっていた節があるな~
そういうスキルか?」
濁酒が振り下ろした大剣を肩に担ぎそんなことを口走る。
穴党は鼻の下を指で擦りながら答えを返す。
「さすがは北の大地のエース
今の一連の所作で気付くよね
でも半分当たりで半分は違うかな?」
穴党の答えに濁酒は思案する。
何のスキルかは解らないが、非常に危険なスキルだと。
しかも一つだけとは限らず恐らく二つ以上は持っている可能性がある。
一つ目は思考読むスキル、それに近いスキル。
もう一つは気配遮断系のスキル。
そんなことを考えていると、穴党から次のことが告げられた。
「あんたがこの即席メンバーを
発足したのも僕達を調べ
害がある者を炙り出して
処分する為だろ
北の大地のギルドマスターに
頼まれて」
「!
さすがにそこまで
知っているとは
思わなんだわ
ますます油断のならない奴
こいつは久しぶりに
本気で相手しないとならねぇ~なぁ~!」
濁酒は何故その事を穴党が知っているのか不思議で仕方がなかった。
そもそも知り得る筈がないのだ。
昨日濁酒は北の大地ギルドマスター、トドに呼び出されて聞いた話である。
ギルド部屋にはトドと濁酒しかおらず、人払いをするほど内密の話であった。
「このギルドに害虫が紛れ混んでいる」と、報告を受けると同時に濁酒はその任務を担うことを了承した。
つまり、ギルドの中に怪しい奴を見つけ排除する任務だ。
濁酒はまずパーティーから溢れた人間、仲間が死に別れて誰とも組んでない人物を探した。
丁度、ガリガリと穴党が当てはまっていたので濁酒はガリガリと穴党に声を掛けた。
よもや一発目から当たりを引くとは思いもしなかった。
しかも二人揃って害虫であることにも驚いていた。
「穴党よ~何の為に
こんなことをする?」
「言えないね」
「どうしてもか?」
「そうだね」
「言えないには言えないだけの
理由があるということか?」
「どう捉えて貰ってもいいよ
僕が君を殺すことに
代わりはないのだから」
「後悔するぞ」
「やってみろや!」
大剣を正中に構え、濁酒は出来るだけ余分な力を抜く。
濁酒が歴戦で経験を体現したオーラを放って。
「へぇ~」
対し穴党も関心して、ファルシオンをダラリと下げた。
二人の間には見えない色のついた空気が攻防を繰り広げている様だった。
どちらも相手の気を探り想像の世界で戦っていた。
そして
穴党は何を考えたのか、おもむろに後ろを向いた。
濁酒から見れば背中を晒した形だった。
誰がどうみても正気の沙汰ではない。
斬ってくれんと云わんばかりに。
そこで動かないのは濁酒の経験によるものだ。
眉間に皺を寄せ濁酒は唸った。
「なんだぁ~!
きさまぁ~!
やる気がないのか?
それとも罠かぁ~!」
濁酒が警戒するのも無理もない。
戦いの最中に背中を晒すのは自殺行為に他ならないからだ。
明らかに警戒するのも無理のないこと。
そもそもお互いにスキルを知らず、龍との戦いでも強い印象を受けなかったのだ。
勿論、穴党がガリガリとの戦いを見ることも出来ずにいた。
穴党と濁酒は同じ冒険者ギルドに所属しながら昔から組んだこともなかった。
彼等の関係は知己程度であった。
お互いにスキルも知らない筈である。
そもそもスキルを明かすことはない。
生命保険なのだ。
この世界には法律や警察なんてものは存在しない。
従って己のモラルに任されている。
誰しもが信用できず、唯一スキルだけが信用できうる自分の武器、保険なのだ。
だからこそ濁酒は躊躇する。
ある種の気味悪さを感じていた。
スキルを晒しているような嫌な感じだ。
勿論、ハッタリの可能性も否めくもない。
しかし濁酒はこれを罠と捉え敢えて穴党の正面へと警戒しながら移動する。
濁酒の歴戦の勘がそうさせた。
「さすがエース
そう簡単にはいかないか」
「舐めるな小僧!」
言いながら大剣を振り下ろす。
穴党は横にかわさずあえて前屈みに踏み込み濁酒の腹を狙ったが―――濁酒は大剣を離し身体を捩ってかわし素手によるカウンターを横からお見舞いするも―――穴党がそのまま前転し空をきる。
その間に大剣を回収すると穴党の背中目掛けて
!突然止めた。
背中だった。
穴党の。
これこそが穴党の罠だと気付いたからだ。
では何故、始めから背中を見せたのか。
条件が揃っていなかったからだ。
そう濁酒は解釈した。
だがしかし
それは外れていた。
穴党は極度の戦闘狂だった。
実験体質とも云えよう。
ガリガリには当てはまらなかった。
スキル無しでも強い濁酒だからこそ試してみたくなったのだ。
それほど自信があるとも云えよう。
「やっぱり
強いね
かからないか~」
「条件付きスキルなんだろ?」
「そう思うかい?」
「・・・嫌な奴だな~お前」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
その一連の会話で濁酒は尻のポケットに入っている転送の砂時計を逆さまにした。
一分の砂時計、一分経てばエレベーターワールドからマンモスマンションに帰れる貴重なアイテム。
普段は緊急脱出用のアイテムである。
しかもボスを倒した後に出現しているエレベーターの扉を目の前にしているにもかかわらず。
それだけ切羽詰まっているという濁酒の判断は英断に値する。
濁酒は穴党に勝てないと判断したのだ。
濁酒のスキル《必殺》を持ってしても及ばないと。
濁酒のスキル《必殺》は当たれば必ず死ぬという恐ろしいスキルだ。
かすり傷でもだ。
しかし、1日に一度しか使えない空しいスキルでもある。
どういう状況で使うかが非常に重要なのだ。
だからこそ万全の態勢で穴党を屠らねばならない、ということも考慮に入れ撤退を選んだ。
仲間と共に戦うこと。
それが濁酒が勝つ為、強いてはスキルの使いどころと判断したのだ。
そして濁酒は――――――――