私の旦那様は口下手のようです
拙作の『愛していると言いたい』の妻視点になっております。
本当はもう少し色々書き込みたかったのですが、文字数が膨れ上げり過ぎそうで断念しました。
結構駆け足になってしまったので、その辺りはもっと勉強してきます。
それでは、少しでも楽しんで頂けたのでしたら幸いです。
「そんなに怯えて役目を果たせるのか?」
出会い頭に婚約者様から吐き出された言葉。身長差から自然と見下ろされていたのですが、その風貌も相まって僅かな希望も打ち砕かれたと思い知らされました。
整った顔に表情はなく、そこに友好な要素を何一つ見つけ出す事など出来ませんでした。
私は王族とは言え、王が気まぐれに孕ませた侍女の子供です。後ろ盾がない私も母も幼い頃からずっと辛い目にあってきました。
ただ一つの望みと言えば、政略結婚は避けられないにしても少しでも良い関係を築き。今だ苦境の最中に居る母を引き取ってもらう事。
その縋っていた望みすら打ち砕かれ、私は絶望に包まれました。
「それはあまりにも失礼でしょう! まだ婚約しているだけで、式は挙げていません。無礼はおやめください」
打ちのめされ何も言えずにいた私に変わり、幼少時代から唯一私に尽くしてくれたカレンが大声を上げます。
ああ、いけません。彼はこの前の戦で立てた功績から、伯爵の位を陛下より授かっております。ただの庶民の腹から生まれた私よりすでに権力も強いでしょう。なによりカレンは豪商の娘とは言え平民です。ここで彼がもしカレンを切り捨てる事も出来るのです。
そこで、カレンが震えている事に気が付きます。
彼女はそれらを承知の上で、それでも私の為に声を上げてくださったのでしょう。
でも、私はそんな事よりカレンを失いたくありません! 何とか助けられないかと口を開き――婚約者様の取った行動に言葉は出ず、目を見開く事しか出来ませんでした。
深々と頭を下げ、とても先ほどの言葉を告げた方の行動だとは思えません。
「ささ、旦那様も反省していらっしゃるようですし。どうかお許し頂けないでしょうか」
婚約者様の執事の方から声を掛けられ、やっと我に返ります。
「こちらこそ、侍女が大変失礼な真似を致しました」
慌てて声を掛け、婚約者様に頭を下げます。
事情が読めずにかなり混乱したままですが、もしかすると第一印象と違うお方なのかもしれません。
それからはとても奇妙な毎日でした。
出会って一月ほどの通常では考えられないほどの速さで式を挙げた私達ですが、予想に反し奥様として迎えてくださいました。
屋敷の皆様は信じられない程お優しいです。カレンも、今まで平民だからと蔑まれていたのに、ここでは対等に扱ってもらえると驚く日々が未だに続いているようです。
なにより、旦那様から数々の配慮を見える部分もそうでない部分もしてくださっていて、驚かされます。
なのに、口を開くとびっくりするほど冷たい言葉を突き付けられ、自分でも感情の整理が尽きません。
「何をお考えなのかしら」
自室でため息と共に呟きます。
思い返しても不可解な事が多すぎるのです。
例えば私がまともに習い事もさせて貰えなかったと知ると、庶民のお前なら当然だなとおっしゃり。翌日には何人もの家庭教師を私に付けて下さり、詰め込む訳でなく私の好きなように習い事をさせて頂ける環境を作って下さいました。
また、数少ない私の趣味が本読みだと知られた時、女の癖に生意気だなんて冷たく突き放し。翌日図書室の使用の許可と流行りの本の数々を贈られました。
月のものが来て辛さを隠して朝食に出た私に、一見しただけで体調が優れない事を悟られこれだから女は使えないと突き放し。次の食事から私の部屋にわざわざ食事を運んで下さり。普段は私付きの侍女はカレンだけですが、他に二人も侍女を付けてくださいました。その侍女もカレンと仲が良く私も知るメンバーを選んでくださったみたいです。
蔑むようにお前は庶民の出だと聞いたぞと言われた時は、出会ったころ以上に絶望したものです。なのに、言葉以外は本当に信じられないくらいよくして下さっております。
ええ、本当に口を開かないと一緒に居ても常にお優しいのです。
ちょっと髪形を変えたら、すぐに気づいて下さりまるで似合っていると言うように撫でて下さります。口を開くと今まで撫でていたのは何だったのと言うくらい酷い言葉を投げつけては来ますが。
それで、最初の頃は怯えて固まりなるべく髪形を変えようとはしていませんでした。
ただ、言葉以外の優しさから歩み寄ってみたところ、本当に優しく撫でて下さって。母以外から撫でられる事など殆どなく、だからこそ撫でられて妙に心地よさを感じられるようになりました。
初めて撫でられた時は鳥肌が立ったと言うのに、今では撫でられたくて毎日髪形を変えているくらいです。
最初の頃こそ撫でた後声を掛けていらっしゃいましたが、今では何もおっしゃいません。それが嬉しくもあり寂しくもあります。ただ、撫でて下さっている間は表情もとても和らいでいらっしゃって、本当に心地の良い大好きな時間の一つです。
「はあ、考えてもやっぱり分からないわ。嫌われて居ないとは思うのですけど、でも口を開くと酷い言葉ばかりですし。どえすでしたかしら。そのような事をカレンから聞いて勇気を持って聞いてみたら、全力で否定されてしまいましたし。だとすると、好かれてもいないのでしょうねぇ」
再びため息が零れます。
いつの間にか旦那様の事をお慕いしてしまった私ですが、旦那様は一向に言動が変わる事がありません。
好かれようと思ってあれこれすると、いつも酷い言葉しか返ってきませんし。でも、口を開かない時は満面の笑みを浮かべて下さるのですよね。
今までで一番満たされている筈なのに、今までで一番何かを求めている気がします。
とうとう旦那様は、何の得もないのに私のお母様まで救って下さいました。
ただ、その時もひと悶着あったようで、お母様は旦那様の事をとても警戒していらっしゃいます。
時間が経てば旦那様のお優しさにも気が付くでしょう。それでも、毎日旦那様の事を悪く言われるとついつい反論してしまいます。
お母様は騙されていると言って聞いて下さいませんが、少しで早く旦那様の良い所が伝われば良いですのに。
「奥様、奥様の母上殿。少々宜しいでしょうか」
執事長にそう呼ばれたのは、そんな最中でした。
詳しく聞けば、どうやら付いてきてほしいとの事です。
旦那様が嫌いなあまり屋敷の者全員に不信を抱いているお母様は、しばらくごねましたが何とか説得する事が出来ました。
付いていくと、旦那様と中で話すから外で聞いていて欲しいとお願いされていまいます。
盗み聞きなどはしたないと断ろうとするものの、強くお願いされて折れてしまいました。
本音を言えば聞きたい気持ちの方が強かったのもあります。勿論怖くて聞きたくない気持ちもない訳ではないですが。
それに、盗み聞きをして旦那様に嫌われたくなんてありません。
それでも、絶対に大丈夫ですし必ず良い結果にしてみせますと、一度も約束を裏切った事のない執事長に言われてしまえば。断る事が出来なかったのです。
「旦那様、流石にきちんと事情をお話しした方が良いと思います」
部屋の中から執事長の言葉が聞こえてきます。
自分でも握った拳に力が入るのが分かりました。
「私もそう思うが。無用だ」
続いて聞こえて来た旦那様の弱った声に、ぎゅっと目を瞑ります。
「私はそうは思いませぬ。行動で見せていく主義の旦那様だとは言え、流石に奥様も奥様の母上様も困惑しておいでです。常々お優しいのに口を開くと行動と真逆の言葉ばかり出てくる。貴方の本心が分かりませんと」
「うぐぐぐ」
ああ、ドキドキし過ぎて口から心臓が飛び出てしまいそうです。
でも、もう聞くことを止められません。
「大事にしたいんだよ。こんな私にも声を掛けてくれるし笑顔すら見せてくれる妻を大事にしたい。だからこそ彼女の母親も助け出したし、もっと仲良くなりたい」
自分に都合の良すぎる旦那様のお言葉に、ぽかんと口も目も開いてしまいます。
と、音ともなく扉が開き、執事長がからかうような表情で口に人差し指を当てた後私達を部屋に招き入れます。
顔をうつ向かせていた旦那様は、私達が入った事に気が尽きませんでした。
そのまま執事長が言葉を紡ぎ、旦那様が答えていきます。
「それをお伝えしましょう。きっと伝わります」
「しかし、今日も困らせてしまった。あまりに美味しそうに食べているから、見ていて気持ちがいいと言いたかったのに。そんなによく食べられるななどと言うなんて。王女殿下も母上殿も手が止まってではないか」
「そうでしたね」
「連日このようなミスを繰り返すのに、一切責めず笑顔を向けてくれる殿下がどれほど素敵か伝えたいのに。媚びを売るのは得意なんだなとか。ほんと意味が分からない! どれほど私が彼女に癒されているか伝えたかったのにだ! なんだこの口は。私は自分で自分が憎らしいよ」
「ふむふむ、どうぞ続けてください」
ああ、何てことでしょう。胸がいっぱい過ぎて頭にすら言葉が浮かびません。
旦那様のこんな弱々しい口調も初めてですが、その内容が衝撃的過ぎました。
「昨日もだ! 最近口を閉じていれば何やら良い雰囲気になるようになったと学習したのに、欲に負けて押し倒そうだからって。お前の貧相な体を、さていつまで見続けさせる気か? とか自分でも意味不明だ! 魅力的過ぎて恥ずかしいし、照れるから少し離れてくれって言いたかったのに謎過ぎるだろう! ああもう、いつもいつもありがとうってお礼すら言えなくて情けなさ過ぎるわ!」
「その、別に押し倒して下さっても宜しかったのですよ?」
勇気を出して旦那様のお言葉に返事をしてみます。
ああ、顔から火が噴出しそうです。
だと言うのに、旦那様はすぐには私だと気付いて下さいませんでした。
「そんな訳にはいくまい。すでに結婚したとはいえ。そしてたとえ私が好意を持っていたとしても、こんな憎まれ口をたたき続ける相手を好きになんてなるものか。可能な限り彼女が過ごしやすいようにと努力してきたが、別居した方が良いかもしれん」
「そんな、私は離れたくありませんし。貴方様の事を今ではお慕いしておりますよ」
「離れたくはないって――あれっ?」
ようやく私だと気付いて下さったみたいです。
顔を上げポカンとした表情を浮かべた旦那様を、ついつい可愛らしいと思ってしまいます。
それ以上に愛しくて愛しくて、感情に突き動かされるまま口をパクパクと開けて閉めてと繰り返す旦那様の頬に手を差し伸べました。
「言葉はともかく、こんなに良くして頂いているのに気付かぬ訳がありませんわ。それに、よく見れば言った後の表情で本心でないのも分かるようになりました。ですから、そうやって恐れないでください」
本心でないような気がしていたの事実で、でも、それは私の思い込みだと思って居ました。
でも、実際旦那様は本心を口にするのがとても苦手なだけだったのですね。
「大丈夫です。きちんと受け止めていきますから、これからしっかり話していきましょう。……旦那様? 旦那様!」
一生懸命言葉を伝えていたら、急に旦那様から力が抜けていきます。
慌てて周りに助けを求めましたが、誰も旦那様の介抱を手伝って下さいません。
執事長はしたり顔で微笑むばかりですし、お母様は驚いた顔で固まるばかりです。
唯一少し頬を染めたカレンが手伝ってくれましたが、ほんと執事長もお母様も酷い人達です。
ああ、旦那様。何事もなければ良いのですが。
口下手なヒーローを題材に描いた作品ですが、いかがでしたでしょうか?