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森のおとしもの  作者: 二木
2/10

02

 娘はこちらに気づいた様子もない。それをいいことに、じっくり観察する。

 まったくもって森に入る格好には見えない。

 上着は長袖だが下は膝から下がむき出しという、あるまじき姿だ、あれは草木で傷ついてしまう。実際に靴下の上にうっすら走る赤い傷が、複数見て取れた。

 背丈はどちらかといえば小柄で、ジークヴァルドの肩の高さくらいか。

 全体的にほっそりしている。装飾は何もないようだが、つやつやとまっすぐな黒髪がその分異彩を放っている。


 何をしているのかと観察していると、娘は顔を上向けて手を果実に伸ばした。

 そこで初めて顔がよく見えた。

 横顔だが瞳も暗い色をしている。日に焼けてはおらず、鼻筋は通り唇は赤い。

 瞳はひたむきに果実に注がれ、背伸びして取ろうとしている。

 ジークヴァルドは果実が何か知っている。ただなぜ、あれを取ろうと思っているかがわからない。このあたりで、いやこの国や地域で暮らしていれば知っているはずだ。


 娘は苦労してようやく果実の一つを手にした。

 両手で大事そうに持ち、おそろしく真剣な目でそれを見ている。そして、おもむろにかじりつこうと口を開けた。

 反射的にジークヴァルドは叫んでいた、そして娘の手から果実をはたき落とす。


「食べるな、死ぬぞ」


 娘はびくりと身を竦ませ、ジークヴァルドから距離を取ろうとしていた。

 間近でまともに向き合う。茶色の瞳が恐怖を宿している。なぜか服の表に作ってある隠しから、何かを取り出し両手で握る。

 そしてきっと、ジークヴァルドを見つめた。

 目の前で人死にが出るのを避けられて、ジークヴァルドは安堵の息をつく。この果実はいかにも美味そうに見えるが、猛毒だ。まず例外なく死んでしまう。

 何のためらいもなく毒の果実を食べようとしていた、常識知らずの娘に目をやった。


「お前、名は? どこの者だ?」


 まだ二年ほどしか交流はないが、森に最も近い村にこんな娘がいた覚えはない。服もそうだが造作も村娘とは違う。ならばどこの娘かとなると、見当もつかないが。

 狩りに来てはぐれたようにも見えないし、隣国から森を越えて入り込んだ者としても装備がおかしい。森の様々な脅威から身を守るような服ではない。武器になりそうな物も帯びていない。


 ジークヴァルドの質問に、娘は身を固くしている。ためらいがちに口が開いたが、発せられた言葉はジークヴァルドには理解できない。


『――、―――』

「何だ。どこの言葉だ?」

 

 隣国を含め数カ国語なら聞き取れるジークヴァルドにも、娘がどこの国の言語で話しているかわからない。

 もしかすると、どこかの間者なのか?

 その可能性に思い至り、ジークヴァルドは再び緊張の度合いを高める。

 この娘が何者なのか、確かめなければ。

 無害ならいい。そうでなければ――。

 

 いつでも抜けるように弓から剣に持ち替えて、娘に近づく。伸ばした手に娘が何かを触れさせた、と認めた瞬間ジークヴァルドは衝撃を受ける。

 神の雷が身内に走った。

 痛みと衝撃が手に生じ、痺れる。娘を捕まえ損ね、今度は首筋に同じものが押し当てられ、さっきと同じ感覚が首に起こり、ジークヴァルドは膝をつく。

 信じられないことに、手も足も出ないまま痛みと痺れのために動けない。

 非力そうな娘なのに、大の男であるジークヴァルドを無力化する武器を使った。


 この娘は、危険だ。


 戦力を削がなければと思うのに、情けないが動けない。


 娘はジークヴァルドが呻いて立ち上がれない前で、両手を握りしめたまま固まっている。

 やがてきびすを返して駆けだし、木の根につまづいた。派手な音を立てて娘が転ぶ。それきり動かない。



 何かを押し当てられた手と首筋が鈍く痛むが、どうにか手足が動かせるようになった。よろめきながら立ち上がり、ジークヴァルドは剣を抜いた。一歩、また一歩、娘に近づく。

 無防備に剣の下に身をさらし、娘はうつぶせている。剣先でつついても反応がない。

 気絶したふりかと、いつでも剣で貫けるようにして足先で娘をひっくり返す。


 ジークヴァルドをにらみつけた瞳は閉ざされている。地面には黒く細長い物が落ちていた。

 さっきジークヴァルドに突きつけられた武器だろう。

 靴の先で何度かつつき、さっきのような衝撃が伝わらないのを確かめて腰を落とす。手にした物は今まで見たことがなかった。黒く、すべらかな表面で、いくつもの突起がついている。

 使い方などまるでわからないままあちこち触れていると、偶然に親指が突起に触れてそのまま少し動く。途端に、先端が光る。ぎょっとしたが、特に何も起こらない。

 どうやら親指をおいている部分を動かすと、光が生じたり消えたりするようだ。

 

「これは、いったい……」


 ためしに光っている時に指先をつけてみる。突き抜けるような痛みが伝わる。

 この光が、痛みを生じさせ、痺れさせるのか。

 ジークヴァルドは驚きを隠せなかった。手におさまる小ささで悪魔的な衝撃を与える武器と、それを使いこなす娘。

 額にこぶができていることから、どうやら娘はこけて額をぶつけ、結果気絶しているらしい。


 素性や他にも隠し持っているかもしれない武器の確認を含め、見逃せない。



 娘の手足を縛り、肩に担ぎ上げてジークヴァルドは家へと向かった。





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