01
自分の他には誰の気配もしない。ジークヴァルドは目を閉じて大きく息を吸い込んだ。
土と木々の匂い。深い、深い森の匂い。清涼な空気が身体を浄化してくれそうで、胸を動かす。
国境に近い森の中に住むようになって二年、前は手探りだった過ごし方も経験を積んだ。
夏は森にも活力を与えている。今のうちに豚と鶏を太らせておこう。ロバのための餌も集めやすい。
それに、とジークヴァルドは手にしている弓をぐっと握る。
狩りの獲物にも事欠かない。ジークヴァルドは猟師だった。
酔狂なと笑われたが森の中、小川の側に小屋を作り一人で腰を落ち着けた。
相棒は忠実な犬。大事なロバ。家畜と残飯処理、そして貴重な食料になる豚と鶏。そしてジークヴァルド。
さしあたってのいきもの達だった。
拠点が定まると偵察がてら森のあちこちに足を伸ばす。昨日はこちら、今日はあちらと。
剣と弓で獲物を仕留めて持って帰る。肉を塩漬けにし、毛皮をはいで、羽も加工する。
ある程度の量になるとロバに乗せて近くの村か少し遠くの街まで行き、それらを売って森では手に入らないものを買う。
人に給仕されて食事をし、酒を飲む。
無口に過ごし、森へと戻る。そして森で生活の糧を得る。
猟師ジークヴァルド・シュテルンの日常だった。
森の中、ジークヴァルドはいつもより遠出した。この先に香木があるのは記憶していた。
加工すれば高く売れる。今日の目的はこの香木の採取で、たくさん持って帰るために袋も用意している。
途中で運良く――獲物に取っては運悪くだろうが、飛び出してきた兎を捕らえていた。腰にくくりつけ、夕食は確保したと森の奥に分け入る。
あともう少しで香木が生えている地点だ。
足を向けたジークヴァルドは、がさりという音ににわかに緊張する。
同時に矢を背負った矢筒から取り出し、つがえる。
あの音は、かなり大きな生き物でないと出せない。鹿か、猪か。それとも――狼か。
熊も否定できないと、気配を消して生き物の様子を探る。
さいわいにもジークヴァルドは風下に位置している。相手より先に、こちらが気づいただろう。
さあ、どう動く? 姿を見せろ。
油断なく視線をめぐらせていつでも弓を射ることができるように、体勢を整える。
再び、がさがさと音がした。少し、遠い。
そっと忍びより、木陰から様子をうかがう。
森の獣だとばかり思っていたのに、そこに居たのは思いがけないものだった。
うつむいているので、長く、まっすぐな黒髪が顔を隠している。
服は一見すると修道女のようにも見えるが、上下が分かれていて下が短い。
足にぴたりと沿う靴下には靴下止めが見えない。
森の奥に人が――娘がいた。
精霊の類いか異国の者か。
どちらにしても不審きわまりないと、ジークヴァルドは弓を持つ手に力を込めたまま、目をすがめた。