はじめての能力(4)
「一点の曇りなく願い信ずれば、お主の元に奇跡は訪れよう!」
その日の別れ際、水の巫女は一言そう言い放った。
一人、自分にあてがわれた部屋に戻って、何とはなく今し方別れたばかりの水の巫女のことを考えていた。
もし、弟想いの姉がいたらこんな感じなのだろうか。
自分は一人っ子で兄弟がいない。実際の『姉』というものがどういうものかはわからないけれど、いつのまにか水の巫女に姉のイメージを重ね合わせていた。
調子に乗って浮かれていれば、窘めて気持ちを引き締めてくれる。
落ち込んで塞いでいれば、励ましの言葉をかけて元気づけてくれる。
それが水の巫女の能力の一つだとはわかっているが、俺が何も言わなくても、自分の気持ちを察してくれる。それでいて深く詮索されるわけでもなく、ただただ寄り添ってくれる感じ。自分と共に居てくれる感じがとても心地よかった。
誰かといっしょに居て、こんな感覚を味わったのは初めてだった。
今までの自分はどうだっただろうと、考えてみる。
親と居るとき、友達と居るとき、俺は何を考え、何を想ってその人たちと接してきたのだろうかと。
何かを言えば馬鹿にされるんじゃないだろうか?笑われるんじゃないだろうか?嫌われるんじゃないだろうか?誤解されて本当に言いたいことが伝わらないんじゃないだろうか?自分の発した言葉に対して相手が返してくる反応をどこか恐れているようなところがあった気がする。
「あなたって、ほんとどうしようもないわねぇ」
それが母親の口癖だった。
俺が何をしても、何かを言っても、母親はよくそう言っていた。
悪気があるわけではないのだろうけど、その返ってくる言葉を聞く度に、「自分のことはけっして理解してもらえない」という気持ちがだんだんと強くなっていった。
一番身近に居る母親からしてそうなのだ、ましてや、学校でしか会わない友達に自分のことなんてわかってもらえるはずがない。いつしか、心のどこかでそんな風に考えるようになっていた。
俺の本音や本心なんてどうでもいい。自分の心の内に大切にしまっておけばいいのだ。
みんなと話を合わせて、同じような笑顔を作っていれば、こともなく毎日は過ぎてゆく。今日も明日も、その先もずっとずっと何事もなくやり過ごして行けるのだ。
学校に行けば普通に友達もいて、話も出来ていたけれど、心の内のどこかにボッチの自分がいて、孤独な寂しい気分が抜け切れたことはなかったような気がする。
大勢の中で騒いでいても、一人だけの自分をどこか俯瞰して見ているような感覚。大勢の中で自分のまわりだけに目に見えない薄い透明な膜が張ってあって、手を伸ばしてもその膜からは絶対に外に出られないような感覚。
いつも自分はそんな風で、そんな奴だったことを思い出していた。
そんな想いに耽っている中で、ふと、先ほど水の巫女が見せた柔らかな表情が思い浮かんだ。
その瞬間、なぜだか、目頭にわずかな涙が浮かんでいることに気がついて、両の掌でごしごしと強く擦るようにして涙を拭った。
そして、頭を左右に何度か大きく振って、そんな陰鬱な考えを振り払った。
――そう、ここはもう異世界。ここのみんなは俺のことを大切にしてくれている。俺もその気持ちに応えなければ!元の世界のことはできるだけ考えないようにしよう!
その時の俺は、あらためてその想いを強くしていった。