はじめての能力(2)
常人では到底一人では持つことさえ叶わない大剣――
その聖剣の授与式――
後から聞かされたことだが、それはあくまでも儀礼的な形だけのものだったらしい。姫様の足下に跪き、頭を垂れ、聖剣に額を付けて勇者としての任命を受ける。
本来、それだけの事だったのに、俺は片手でいとも簡単に持ち上げてしまった。その場に居た誰もが驚いたのも無理はない。……みんなが驚く様子を見て、逆に俺も驚いたんだけど……
その瞬間の俺は、ぽかんと口を開けて、勇者らしからぬ間の抜けた顔をしていたんじゃないかと思う。誕生したばかりの勇者様に、そんな指摘をするものは誰も居なかったけれど……
しかし、何故、俺だけがそんな人並み外れたことができたのか?
その理由が正に、俺の授かった能力、
――強く思い信じることで、その信じた事象を具現化する能力。
のせいだった。
俺が、その特別な能力のことについて知るのはもう少し後のことになる。
姫様との謁見、聖剣の授与式、勇者としての任命式、それらの儀式を滞りなく終えた後は、『勇者様バンザイ!』で、飲めや歌へのお祭り騒ぎになった。
俺の年ごろだと、この世界ではすでに成人している扱いらしく、お祭り騒ぎの中で、王家御用達の果実酒を薦められるままに飲んでしまったのが失敗だった。
次の日、目覚めたのは、もう日が傾きかけた時刻。
胸から込み上げそうになる異物を必死で我慢して、その我慢があまりにも苦しくて目が覚めた。
そんな訳で、輝かしい勇者としての第一日目は、初めて経験する二日酔いで終わってしまうという情けない状態だった。
そして、問題の二日目。
その日、俺は朝から『水の巫女』の元に案内された。
水の巫女は、その身体に纏うオーラ、気のようなものを対峙する相手の身体の奥深く、細胞の内まで浸透させ、その者の持つ能力を見極めるという力を持っていた。
故に、別名『能力診断師』とも呼ばれていた。
その能力診断師が、俺の持つ資質、真の能力を診断し、勇者に相応しい者かどうかを見定めるというわけだ。
「もっと力を抜いて無になってくれ。その方が入り込みやすい」
水の巫女が俺に語りかける。
続けて、ほとんど聞き取れないような小声で呪文のような言葉をつぶやき始めた。
俺は、まるで先生に説教をされている生徒のように水の巫女の前に立たされその言葉を聞いていた。
最初は何も感じはしなかったのだが、その不思議な呪文が進むうちに、微かな圧のような感覚を肌に感じるようになってきた。その圧は決して強い力ではなかったが、皮膚の毛穴から、一粒一粒沁み込むように肉の内側に沁み込んできて拡がってゆく。なんだか身体の内側がむず痒いような今まで経験したことのない不思議な感覚が続き、自分の身体が水風船になったみたいに、体内で液体状のものが満たされ膨らんでゆく。
痛みや苦痛を感じた訳ではなかったが、このまま自分の身体が破裂してしまうのではないかと不安になってきた。そんな恐れの気持ちから、本当に大丈夫なのかどうかを水の巫女に聞こうとしたその時、先に水の巫女が口を開いた。
「大丈夫だ。もう少しでゆき渡る。もう少しだ」
俺の思考まで読み取れるのか?……そんなことを考えた瞬間、
「これは、珍しい……変わっておるな、お主の力。もう少し、その先が見たい」
水の巫女が独り言のような、訥々とした言葉をつぶやいた。
俺の体内に溜まって充満した水が急にかき乱され、荒れる水流となって全身を走り回ってゆく。
――うっ!さすがに気持ち悪くなって眩暈がしてきた。昨日の二日酔いの再現のような気がして、思わず両手で口を押さえて前屈みに座り込んでしまった。
「すまない。もう終わる。そのまま楽にして座ってくれてもいい」
揺れる頭の中で、何かに反響するように、その言葉が重なって脳の中心あたりに届いた瞬間、身体の中に溜まっていた水が、引き潮のように、さーっと引いていった。
俺は、言われるままに、体育座りのような格好で膝を抱え込んで、その場にしばらく座り込んでいた。
「息が荒いな。少し休んでくれ。落ち着いたら話そう」
そう語りかけてくれる水の巫女の表情が、なんとも優しくて、その面差しを見つめているだけで全身の力が抜けて脱力していくようだった。