はじめての異世界生活
自分で言うのもなんだが、その頃の俺はとても素直な人間だったと思う。
良くも悪くも典型的な日本人の中学生だった。
他人と対立するようなことは避けていたし、大人が望むような振る舞いをしていた。人が嫌がるようなこともしなかったし、一般的に正しいとされるような行動をとっていた。
自分で望んでそうしていたのか?というと、微妙だが……そうすることが普通で、当たり前だと思っていた。
だから、異世界の生活でも、みんなに望まれることを、みんなが望むように行動していた。
そして俺は、『勇者様』と呼ばれるようになって、『勇者様』であろうと努力した。
望んで手にした異世界の生活だから、全てをやり直すつもりで、精一杯がんばった。
元の世界のように、気がついたらそこにあって、誰かが決めたレールの上をただただ真っ直ぐに進んでいるような生活ではないと思えたから、自分の意思で正しくあろう、この世界のみんなの為にある自分であろう、そう思っていた。
俺の転移を待っていた、異世界のみんなが望んでいたこと――それは、戦争のない幸せな暮らしだった。
異世界では、千年にも及ぶ長い長い戦争が繰り広げられていた。
戦争というものは、決して慣れるものではない。千年も続いて、戦いが日常的に行われていたとしても、誰一人その生活に慣れている者などいなかった。戦場に立つ者も、そうでない者も、いつ自分の命が絶たれてしまうかわからないような不安な毎日を強いられていた。
自分のことだけではない。大切な家族や、愛すべき隣人たち。いつ、その人たちが傷つき倒れてしまうかもしれない。そういった生命に関わる根源的な恐怖、生物としての防衛本能を毎日刺激させられ続けているという耐え難い不安に苛まれ続けていた。
さすがに、みんな疲弊していた。
そして、悪しき敵を討って、戦争を終結させられる勇者をみんなが待ち望んでいた。
創世の頃から語られているという伝説に登場する勇者の出現に縋る思いで希望を託していた。
いろいろな世界……というか、次元の異なる世界を巡って、伝説の勇者を探してくる役目を負っているのが『風の巫女』と呼ばれる妖精族の少女だった。俺を迎えに来た、水色の髪の少女だ。
千年の間に、『風の巫女』も代替わりを繰り返しながら、勇者となる者を探し続けてきたらしい。
気が遠くなるようなお話だ。
その、気が遠くなるような戦いの相手が、魔族の王『魔王パラニル』と、それを信じ付き従う者たちの軍団。
人族、獣族、妖精族は、元々『創世の神』を祀り信じてきた。魔族の教えとは相容れることはできない。
そして、戦争になった。この世界での長く続く戦いは、所謂宗教戦争なのだ。
宗教戦争なので、武器を持って直接的な戦闘をする以外にも、信者集めという勧誘のような行為も行われていた。
人族、獣族、妖精族の中にも途中から宗旨替えをして、魔族の軍団に加わった者もいれば、逆に、魔族のやり方に耐えられず『創世の神』側に付いた魔族の者もいたりする。
単純に種族の違いだけでは割り切れない一面もあった。
だから、この戦争の審判を下すものは、この世界の者とは違う存在。つまり異世界から来た『勇者様』であって欲しい。という意味合いもあったのかもしれない。
とはいえ、俺は、『創世の神』側の『風の巫女』に連れられてこの世界に来たのだから、当然、『創世の神』側に付いて戦った。
それに、魔=悪、神=善、という構図は、元いた世界の価値基準として俺の頭の中に刷り込まれていた。
だから、魔族が信者獲得の為の布教でよく語っていた言葉も、ただの方便としかその時の俺は受け取っていなかった。
「神は試練を与えるばかりで、何も救ってはくれなかった。
それに比して、魔王パラニル様はどうか?
迷える者たちに救いの手を差し伸べ、救済をなされてきたではないか!
どちらが信ずるべき存在なのか、もはや明白!」
今にして思えば、その言葉も間違いではなかったことがよくわかる。
今の俺は、神様への恨み辛みの言葉しか思いつけない。
あの時、俺が行っていたことも決して間違いではなかたっと思う。
……しかし、神様はなんで、世界を救った俺をこんな目に遭わせるんだ……くそッ!
くやしくて……くやしくて……目頭からじわっと熱い感情がこみ上げてきた。