はじめての異世界転移
この世界に神様なんてものが本当にいるのなら、俺は、神様を許さない。
神様を呪ってやる。
そのぐらいに、神様が憎くて憎くてどうしようもない。
どうして、俺ばっかり、こんな目に……こんな目に遭わされなきゃいけないっていうんだ!
俺は、異世界に転移したことがある。
あれは、どのくらい前だっただろうか。
こちら側の時間……俺が元々いた世界の基準でいうのなら中学三年生になってすぐくらいの頃だった。
その頃の俺は、アニメや、ライトノベルにはまっていて、当時ブームだったいわゆる異世界転生・転移モノが特に大好きだった。
――俺も異世界に転生したら、英雄か勇者になれるんじゃないか?
などと、本気で考えていた。今みたいに、将来役に立つのかどうかさえわからないような勉強を強制的にやらされて、試験の点数や、先生の評価を気にしながら、一方で親の顔色を伺いながら、また別の一方で、クラスの友達と話を合わせたりして、大して面白くもない話題で盛り上がったり、笑ったり……
そんな、本当に、俺からしたらどうでもいいような、くだらない毎日を過ごしていることが、本当に嫌で嫌でしかたがなかった。
だから……異世界に憧れていた。焦がれていた。
今とは全く別の世界で、俺の人生を始めっからやり直して、世界の役に立つような、もっともっと生きがいのある人生を送ってみたかった。
有意義な生活ってやつを送ってみたかったんだ。
異世界に転生すれば、今の全てをチャラにして、最初っからやり直せる、本気でそう信じていた。
――でも、一度死ぬのは怖いから、やっぱり転移の方がいいかな。
そんなことを毎日毎日考えて、信じ続けていたら、本当にある日突然、異世界に転移させられてしまったんだ。
『夢は願い続ければいつか必ず叶う』とはよく言ったもんだ。その言葉は本当だった。
部活もやっていなかった俺は、その日、いつものように授業終了後の掃除を適当に切り上げて、校門を出た。
そこに、不思議な格好をした少女が待っていた。文字どおり俺のことを待っていたらしい。
上は白の着物、下は赤い袴。まるで、巫女さんのような格好をしていた。
ただ、本物の巫女さんと違っていたのは、その着物の生地が薄めで、ひらひらしていて、少し透け感のあるものだったことと、少女の髪の毛が、柔らかな色合いの淡い水色だったことだ。
あまりにも自然で美しいその髪の色にしばらくの間見とれてしまっていた。
何かのキャラクターのコスプレか?
それが、第一印象だった。
それにしても、この髪の色は自然すぎる。どう見たって、カツラや、染めているようには思えない。
それに、アニメ、ライトノベル、コミック、ゲームとか、そのジャンルではかなりの知識を持っていると自負している俺の記憶を探してみても、こんな姿のキャラクターはすぐに思いつかなかった。
少なくとも有名なキャラの中にはいない。それだけは断言できる。
異世界転生モノと同じくらいに大好きな歴史モノファンタジーの中でも、こんな着物を着ている女の子キャラは思いつかない。
不思議な水色の髪の毛を見つめながら、そんなことを考えていたら少女の方から声をかけてきた。
「お迎えに来ました。あなたにその気があるのなら、お連れします」
俺の顔を真っ直ぐに見ながら、唐突に少女はそう声をかけてきた。
「え?お連れするって、どこへ?」
あまりのことに、間の抜けた抑揚のない声で、反射的に俺は聞き返した。
「この世界とは別のところ。そこへ行きたいんでしょ?そうではなかったの?」
「は?」――意味が……わからない。
「あなたは選ばれたのです。あなたが望むのならば、私たちの世界にお連れします。どうなさいますか?」
その後、どんな内容の話をしたのか、あまりはっきりした記憶はない。
ただ言えるのは、話の途中から、「異世界へ行ける。本当に異世界へ行ける」その想いだけが頭の中をいっぱいに満たして、自分の耳で心臓の音が聞こえるくらいにドキドキして胸が高鳴っていたことだけは鮮明に覚えている。
そんな俺は、後先も考えずに少女の誘いの言葉に同意したんだろうと思う。
そして、次に意識がはっきりして、我に返った時には、見知らぬ別の世界で、水色の髪の少女と共に立っていた。
そこからは、セオリーどおりの、異世界モノと寸分違わない世界観と、チート上等の物語が俺を中心に進んでいった。
転移してからいくらもしないうちに俺は、その世界のみんなから『勇者様』と呼ばれるようになり、祭り上げられた。
後から知ったことだが、その世界では、『勇者様』の資質がある人間を、別の世界で見つけ出しては連れてくる、という慣わしが当然のことのように行われていた。
要するに、この世界に転移してきた者は全員『勇者様』ってことになるわけだ。
但し、資質があっても、本当の『勇者様』になれるかどうかは別問題だ。
まあ、そういうことは、元の世界でもよくあるようなことだった。才能があっても評価されない。本番ではいつもの力が発揮できない。そんな人間はいくらでもいた。
そのあたりは、この世界でも同じだった。
実際に、今までもたくさんの『勇者様』はいたらしいが、本当の意味での『勇者様』は一人も出現しなかったらしい。
この世界の者たちが期待し、待ち望んだ結果を、これまでの『勇者様』は、誰も成し遂げられなかったのだ。
役立たずの『勇者様』だったというわけだ。
そのことを知った時に、思い至るべきだった。誰かに問いただしてでも聞いておけばよかった。
――真の『勇者様』になれなかった『勇者様』たちは、どうなったのか?どこへ行ってしまったのか?ということを。
命をかけた戦いに敗れ、道半ばにして、神様の御許に召されたのだろう。
その頃の俺は、漠然とそんな風に考えてなんとなく納得していた。
しかし、よくよく考えてみれば、全員が全員同じ結末だったというのもおかしな話だ。そんな話、ある意味、出来すぎだろう。よくよくでなくても、ほんの少しでも考えてみれば思いつくようなことだった。
だけど、もう遅い。
その時は俺も、真の『勇者様』になるべく必死だったのだ。
世界を救うために。みんなの望むすばらしい未来を現実のものにするために。
俺は必死だった。他の余分なことなど考える余裕なんてなかったんだ。