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9月12日(火)朝~昼


 俺たちの家は、山の中腹あたりにある。

 行く時は山を下るので、朝は結構気持ち良く行ける。

 車道をかっ飛ばしてすべりおりる。

 当然だけど、帰りは自転車を押すことになり、結構しんどい。

 でも朝のラクチンさに負けて、毎朝自転車で登校している。

 

 七海は何も言わずに俺の前を走りおりていく。

 短いスカートを上手にお尻の下に引き込んで。

 おかっぱの髪の毛が生き物のように風に揺れている。


 聞きたいことが沢山あるのに、何も言えないままだ。


 どうして突然「付き合う」なんて言い出したのか。

 その割には、この微妙な距離感。

 その前にやっぱり七海は俺が好き……好き……好きだったの?

「ひえ……」

 そんなこと、死んでも口に出せない。

 思わず口元だけで悲鳴を上げる。

 お前俺のこと好きだったの? とか、絶対言えない、何なのそれ、自意識過剰、死ね。

 イヤイヤ、でも今日から「付き合う」って宣言するってことは、やっぱり、さあ……。

 分かってる。俺はさっきから同じ事をループで考えていて、壊れたブリキもオモチャみたいだ。

 でも考えずに居られないんだ。


 体が巨大な影に隠されて、ひやりとした風に変わる。


 巨大なインターチェンジをくぐった。

 コレは山の上にある神宮司遺伝子研究所がここに作らせたものだ。

 神宮司家が駅の北側にインターチェンジを作らせたのは、県に色々手を回したから……らしい。

 作ったのも、神宮司系列と繋がりが深い三本地所で、これまた真っ黒な繋がり……らしい。らしいばかり言うのは、すべて椎名からの受け売りだからだ。

 椎名はなんだかんだ言って、こういうことを調べるのが好きなんだ。


 今回作るバスターミナルは、絶対に南側に作ると椎名病院は言っているのだが、単純に土地がないし、バスが走る太い道は北側にある。

 無意味じゃないか! と、もう何年も戦っていて、椎名側は南側に勝手にバスターミナルを作ってしまった。

 でも党の反対にあい、北側にもバスターミナルが作られて、結局そっちが使われている。

 南側は、椎名病院にいく専門のバス停になり、予算も回らず、駅から直結もされていない。

 そんなわけで両家はずっと戦っている。

 

 北側のバスターミナルを抜ける。

 そこには、神宮司研究所に働きにいく人や、隣町までバスの乗るひとがいる。

 駅をくぐり、そのまま南側のバスターミナルを通過する。

 南側には、椎名病院に向かう人の山。今日もご高齢の方が多く待っている。


 住んでいる俺たちからすると「どっちにあっても良くね?」なのだが、負けたら市議会議員としての存在価値も消えるらしく、戦いは長い。

 神宮司家は、神宮司家のために戦ってるのではなく、北側商店街全てのために戦ってるし、椎名家も南口商店会のために戦っている。

 要するに北と南の商店街の戦いで、神宮司さくらと、椎名至も、議員になって戦わされる。

 地元の企業の代表なのだ。

 椎名曰く、そういう世界らしい。それを「アホらしい」と毎日言っている。



 大きな川にさしかかった。

 この橋を作ったのは椎名病院だ。

 俺はこの無駄に赤い橋を気に入っている。

 親戚関係に建築士がいて、その人に設計を頼んだらしい。

 橋の上に、うなるような曲線の巨大ラインが走っていて、それが川を貫いている。

 手前から真っ直ぐみるとただのラインだけど、進むとそれが波のようなデザインになっているのがわかる。

 だから自転車でゆっくり走ると、奥へ、奥へ、送られるような感覚になる。

 デザインの元になったのは、昔この場所から恐竜の骨が出たから……らしい。

 背骨をイメージしてるとか、してないとか。

 高層マンションである椎名の家から見ると、川に恐竜の背骨が横たわってるみたいで、俺は椎名の家に泊まるたびに見下ろした。

 学会のデザイン賞も取ったことがあるという変わった橋を、俺はすごく気に入っている。


 椎名の家……というか、巨大な病院施設を抜けると、学校が見えてくる。

 商業科と特進科と普通科がある高校で、ここらでは最大だ。

 俺たちは商業科だ。

 何の夢もないなら、商業科言って簿記でも取っとけば? と薦めたのは母さんだ。

 何の夢もないなんて、失礼だな、と思う。

 俺だってやりたいことの、一つや二つ……。


「おはよう」


 声をかけられて振向くと、椎名が自転車に乗っていた。

 椎名はいつも徒歩通学なのに、なんで今日は自転車なんだよ。なんて間が悪い!

 学校についたら椎名に今朝のことを説明して、話ながら、俺が落ち着くつもりだったのに。

 椎名は冷静に俺と七海を交互に見て数秒考えこんで


「和解したらしいじゃん」


 と微笑んだ。なんだそれ。敵対国かよ、お前と神宮司かよ。

 七海をチラリと見るが、押し黙っている。

 何も言わないのかよ。じゃあ俺も何も言えない。

 こうなると二人で自転車に跨がって無言。

 もう本当に意味が分からない。


「……おめでとう、で良いの?」


 椎名は口元をネコのように曲げて言った。

 俺は何も言えない。だって俺自体がよく分かってないからだ。

 言い出しっぺの七海は動かないし、何も言わない。

 やっぱり付き合うとか嘘なんじゃないか?

 結界があって、家から一キロ範囲だけ付き合うとか?

 もうよく分からない。


「……行こうぜ」


 さっき喜んだのが恥ずかしくなってきた。

 この場所から逃げ出したくなって、俺は自転車を動かして椎名を見た。

 椎名も「いいの?」的な表情をして自転車を動かし始めた。


「……待って!!」


 黙っていた七海が後ろから大声をあげた。

 あまりの声に、他の登校中の生徒も七海を見る。

 俺と椎名も自転車を止めた。

 七海は自転車に座ったまま、両手で顔を包んでいる。

 七海がよくする行動だ。

 両手で顔を隠したまま、天を仰ぎ、うな垂れるように、一気に顔を下げた。

 そのまま前髪を持ち上げて、指を退けて、顔を上げた。

 マスクをしたままなので、表情はよく分からないが、目は大きく開かれて、決意を感じた。



「あのね……今日から、諒真は、私と、付き合う、の。だから、お昼とか……諒真を、も、貰うから」



 俺の横で椎名がブフーと吹き出す。

 俺も開いた口が塞がらない。

 も、貰う?!

 俺はオマケか何かか? 

 

「だから、あんまり諒真に近づかないでって事なんだから!!!」


 そう叫んで、七海は俺たちの目の前から走り去った。

 俺はあまりのことに、どうしたら良いのか分からない。

 呆然としていると、横から漏れるような笑い声が聞こえてきた。

「……ちょっとまって、何がどうなってるのか、説明してよ……もう、おかしすぎるんだけど、ダメだ、くそ面白い、ちょっと待てよ」

 椎名は目に涙を浮かべて、笑っている。

 こんなに笑っている椎名を見るのは、初めてかもしれない。

 周りから無意味に拍手が沸いた。

 それに合わせて椎名は爆笑した。

「貰う、諒真を貰う、なにそれ!」

 意味がわかんねー、何なのそれ、面白いー! 椎名は笑い続けた。

 俺は頭を抱えた。

 もの凄く恥ずかしい。

 でも、同時に嬉しかった。

 にやにやしてしまう口元を、無理矢理固くする。

 七海と付き合うことになったのは、夢じゃないようだ。

 そんなことが嬉しくて、抱えた掌の中で、小さく笑った。



 教室に入ると「お、来ました」と俺の隣の巨体、浜島琥太郞はまじまこたろうが、うまい棒を食べながら言った。

 七海はもう教室に入っていて、一番奥の自分の席に座っている。

 クラスの冷やかしには全く動じず、何か分厚い本を鞄から取り出して、読み始めた。

 席につくと、浜島がうまい棒を一本俺の机に投げた。

「お付合い、おめでとうございます。お祝いにどうぞ。俺が一番すきなたこ焼き味だ」

 俺はここで言い返すのも、何か違うと思い、机に投げつけられたうまい棒を手元でクルクル回した。

「やっとかよ~~。良かったなあ~~」

 振向くと、野球部の織田が俺の肩を掴んで、大きく揺らしはじめた。

 二人して「詳しくきかせてくれよ~~」と叫ぶので、俺は耳に指で栓をした。

 完全にオモチャだ。

 でも逆の立場だったら、俺も騒ぐだろう。もう今日は諦めた……。

 揺らされるままに天を仰いだ。

 

 休み時間はずっと茶化されて、四時間目が終わった。

 俺は教科書を机にツッコミながら、チラチラと七海を見た。

 七海は「お昼とか、諒真を貰う」……なんて言ってた。

 実は朝からその言葉がずっと気になっていた。つまりは、一緒にご飯を食べるってことだよ、な?

 ……まじかよー。どこで? やめろよーという気持ちと、やべえ嬉しいという気持ちが同量でわき出してくる。

 正直、朝からそればかり考えていた。授業なんて全く頭に入ってこない。

 配られた簿記のプリントは真っ白だ。今週末が模試なのに、これじゃイカンと思うけど、減価償却なんかより、七海のことが知りたかった。

 全くやる気無く穴をうめて、時間が過ぎ去るのを待っていた。


 そして昼休み。


 いつもならチャイムと同時に椎名と学食にいくのだが、今日は俺は……どうすればいいんだ?

 椅子に座ったまま、石のようになって待った。口元も一文字から動かせない。笑うべき? 開けるべき?

 その前に、俺から七海の席にいくべき? 飯もってきてんの? とか。

 ……俺って、そんなキャラだっけ。もう自分が分からない。

 石のようになって瞬きを繰り返す俺。

 その姿をみた椎名が、また大きな袋に穴が開いたような息を吐き出して笑ったが、視線だけで七海を見て、俺の耳元に顔を寄せて言った。

「どうやらお弁当箱は、二つあるようですよ?」

「……マジか」

 マジです、と言いながら椎名は俺から離れて、浜島と教室を出て行った。

 入れ替わりに七海が来る。

 手には二つのお弁当用の袋を持っている。

 俺のほうを見ないで、それを机の上に置いた。


「……部室で食べない?」

「……オケ」


 俺は小さく頷いて、そのお弁当の袋を両手で持った。

 やべえええ!! と廊下で見ていた浜島が叫ぶ。その後ろで椎名がスマホで撮影している。 

 あの動画、ソーシャルされる前に抹消する……!!

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